CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

«パラレルのスポーツ祭典終わりたる | Main | 交通の安全求めて立つならば»
<< 2019年10月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
検索
検索語句
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新コメント
ふみハウス
心地よし父の胸にて寝入る子よ (02/05)
心地よし父の胸にて寝入る子よ (01/27) ふみハウス
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/26)
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/23) 駅伝ワクワクをとこ
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02)
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02) 食欲のをとこ
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (11/02) 正中館道場
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (10/28) 計算苦手をとこ
筋力と宇宙の闘い空間で (06/29) 計算する者
筋力と宇宙の闘い空間で (05/15)
http://blog.canpan.info/fumihouse/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/fumihouse/index2_0.xml
最新トラックバック
死に場所は人の尊厳大切に [2016年09月20日(Tue)]

fumihouse-2016-09-20T18_52_46-1-thumbnail2.jpg2025年問題。団塊世代のすべてが75歳以上の後期高齢者(平均して介護リスクが高い)になるため、医療や介護が追いつかないことを意味する。10年もない近い将来だ。東京五輪2020を華やかに終えると、その時はやってくる。

2030年には47万人が病院でも家でも死ねない状況が想定されるそうだ。名付けて「死に場所難民」。引きこもり者が今ざっと50万人ということだから、それに匹敵する人数が病院でも自宅でも看取られなくなる公算だ。

在宅看護も進みつつあるが、在宅医が少ない。ふだんから安心して訪問看護をしてくれる診療所がいざという時に看取りの手ほどきまでしてくれるのが一番よいが、医師が少ない。病院のベッド数も削られる傾向にある。介護施設の建設にも限度がある。

おのずと介護保険を使いながらギリギリの状態で在宅介護を続けることになるが、最期の世話をないがしろにするわけにもいかない。しかし、担当医もいない状況で家で亡くなれば、警察の検死が待っている。できるならば避けたい。救急車を呼んで救急病院に駆け込もうとするが、病院も満杯で受け入れを断られて切羽詰まる。これが死に場所(死なせ場所)難民と言えるであろう。

在宅医療や在宅介護を充実させるべく、地域包括ケアシステムの構築も急がれているが、今や行政と医療界、産業界、地域も一体となって取り組むべき課題のひとつである。

(難しい問題はさておいて、美味しい林檎でも食べてリラックスすることにしよう)
コメントする
コメント