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子どもから親の背中を見るや否 [2011年11月30日(Wed)]

前を見てひたすらつんのめるように進む。当然ながら周囲に気を配る余裕はなく、なにげない美や感動には鈍感となる。

横をキョロキョロと眺めながら進む。何か面白いものが見えてくるかもしれず好奇心が弾む。

後ろを振り返りながら進む。時折振り向けば違う景色が見えてきて、意外さに感動することがある。前はよかった、などと未練がましく進むと足元が危うい。

進むときは自分ばかりではない。家族や同僚、後輩などとともに毎日が過ぎていく。日常を過ごすことは前に進むこと。特に子どもにはそれなりな親の姿を見せてやりたいと思う。

≪よく「子どもは親の背中を見て育つ」と言われる。言葉の綾ではないが、「背中」を見せるには、親が前を進んでいなければならない。絶えず自らが向上を目指すところに、教育の基本がある。≫
 (「名字の言」聖教新聞H23.11.22付け)

そうなのだ。背中を見せるには自ら進んでいくところを見せてやらねばならない。父や母とは、こんな人だとイメージをもたせるためには進み続けなければならないのだなあ。
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