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«飛行機と雲雀下弦に春の風 | Main | さまざまの事おもひ出す桜かな(芭蕉)»
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爛漫の春は完成桜咲け [2015年03月29日(Sun)]

fumihouse-2015-03-29T19_02_54-1-thumbnail2.jpg「桜花爛漫」は春の完成形です。色とりどりの新緑が春紅葉といわれる時分も春ですし、まぶしい初夏の太陽で日焼けが気になる頃も春そのものなのですが、花冷えで寒さを感じはしても私には桜花の頃がもっとも完成された春に思えるのです。

桜、特にソメイヨシノが万朶と咲き誇る時季に人は夢中になります。狂うといってもいいでしょう。つぼみが膨らんだといっては話題にのぼらせ、三輪四輪と開けば気象台が開花宣言を出します。三分咲きだ五分だといっては花に目がいきます。満開になれば花の下にくり出し興じ、人によっては狂喜乱舞する。散り始めた桜を惜しみ、葉が芽を出して花のない木を見ては残映に寂しさを思う。桜の頃に私たちは心穏やかではいられないのです。

梅もまた初春を告げはしますが、艶やかさには欠けます。白梅は3月の曇り空にあって灯をともしたように清楚に輝き、紅梅は華やかに濃艶な色香を散らします。鼻を近づければほのかな香りは漂っても、ピリリと冷たい空気に揺れる梅はつつましい春なのです。杏にしても桃にしても、もちろん梅も直線に咲きます。枝がまっすぐ伸びて周囲に花が咲く。花が線上に咲いて、その線を集めると花は面になります。

一方でソメイヨシノは違うのです。枝分かれが多くて曲線的に花が咲く。しかも花の量がとても多く、幹にまで花が咲く。したがって、面から立体になって圧倒的な質量となり見る者をクラクラさせるのです。まるで地面を持ち上げるかのように躍る花の姿に強い衝撃を受けます。一見静かであっても桜のエネルギーは私たちを高揚させます。私たちは狂います。だから私にとって、桜花爛漫は春の完成形なのです。

ちょうど桜の咲く頃は入学式や入社式の頃です。新年度も始まって一年がまた始まった、と決意に満ちる頃でもあります。そのドキドキ感に加えて桜が私たちを高揚させてくれます。松江、出雲でもソメイヨシノが咲きました。さあ、花に狂うとしますかね。

(写真は「サクラ」と名付けられたアメリカ産の椿。出雲村田製作所に植えられた千種類もの椿の花の一つです)
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