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手垢つく煎じて飲めまい常套句 [2015年01月19日(Mon)]

fumihouse-2015-01-19T21_12_40-1-thumbnail2.jpg「手垢のついた」という表現がある。使い古されてしまった単語や言い回しのことだ。あくまで私が思うという程度のものなので、あしからず。

【癒やし】
元は「治癒」の言葉のとおり病気や怪我がなおることだが、さかのぼればキリストが癒したような宗教的奇蹟。20年くらい前からだろうか、癒しブームとなり、ストレスからくる緊張を和らげ、疲労を軽減させることを総称するようになった。人柄にも「癒し系」と使ったりして幅広い。曖昧となってもはや判別不能である。

【元気をもらう】
マスコミの見出しでは「感動をありがとう」と言うこともある。そもそも、元気を注入したりされたりできるだろうか 。元気を出力して他人に元気をあげると力はなくなるのか。ロールプレイングゲームのやり過ぎだ。むろん相手が頑張る姿に触発されて感動することはできる。そう表現すればよろしい。

【○○させていただく】
謙譲が過ぎた表現。もはや当たり前の言い回しだが、謙虚のようにみえて、実は周囲に嫌われまいとする恐れが元だ。二重にも三重にも予防線を張って、させるのはあなた、いただくのは自分という過剰な意識があって私は好かない。第一、説明が長くてまだるっこしくなる。

【絆】
これが手垢のついた言葉と言うと非難されるだろう。大震災の2011年は「絆」を皆が使った。大震災で私たちは絆がいかに大切であるかを知った。しかしここまで使われ過ぎると、かけがえのなさを大切にという本来この言葉が持つ思いが損なわれるような気がしてしまうのだ。

【お休みをいただく】
これも「させていただく」と同類の過剰な嘘っぱち謙譲だ。有休なり休日出勤の代休をとるのは労働者の権利である。会社外の第三者からへりくだって頂戴するものではない。私にとっては不快な表現だ。

【ふれあい】
よく行政機関が使うが、「妙に湿った手で肌をなでられる気がしてぞっとする」と評した人もいるとおり、嫌みたっぷりに他人から体全体を触りまくられるような錯覚が起こってくる。元々「絆」と同じ意味で使われていたのだろうが、行政機関が編みだしたあたりさわりの表現のひとつだと思う。

【○○と思う今日このごろです】
これも苔が生えたような俗物的表現だ。新聞の投書欄によく見る。新聞記事の本体にも古びた言い回しが多用される。【○○とこぼす】とか、 【やり場のない怒りをにじませた】【○○と言って顔をしかめた】【疲れ切った表情でつぶやいた】などたくさんある。やりきれない不満や悲しみを取材相手から感じた記者が使う表現だろう。最初は新鮮だったかもしれないが、陳腐化したのにもかかわらず記者もデスクも疑問なく使う。

【抜けるような青空】
今では陳腐な言葉。1964年東京オリンピックの開会式でアナウンサーが発した「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和」の斬新さにはかなわない。もう二度と使えない言葉ではあるが……。

ここまでくると、「手垢のついた」というよりは、私が好まない表現といったほうがふさわしい。もちろんどんなに手垢がついていても、使いたいのならば使えばよろしい。べつに私は妨害しませんよ。
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