CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

«メモリアル丸いお目めに楽し声 | Main | 究めたり世相を映す一字にて»
<< 2019年10月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
検索
検索語句
月別アーカイブ
カテゴリアーカイブ
最新コメント
ふみハウス
心地よし父の胸にて寝入る子よ (02/05)
心地よし父の胸にて寝入る子よ (01/27) ふみハウス
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/26)
冷たくて濡れそぼる雨陽気待つ (01/23) 駅伝ワクワクをとこ
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02)
元旦の賀状楽しみ友を知る (01/02) 食欲のをとこ
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (11/02) 正中館道場
食べ過ぎを防ぐためなりよく噛んで (10/28) 計算苦手をとこ
筋力と宇宙の闘い空間で (06/29) 計算する者
筋力と宇宙の闘い空間で (05/15)
http://blog.canpan.info/fumihouse/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/fumihouse/index2_0.xml
最新トラックバック
亡霊になるは死人か生き人か [2015年01月17日(Sat)]

fumihouse-2015-01-17T22_03_51-1-thumbnail2.jpg私はときどき亡霊になる。いるのだけれどもいない、心ここにあらずという状態だ。よくありがちなこと。しかもかけがえのない人を傷つけてしまいがちの行動。パソコンに向かっている時にしばしば起こる。

「僕だよ、僕はここにいるよ、君の前に」と亡霊のサムはモリーに伝えた。声は聞こえないけれど、モリーはサムの存在を五体に信じとった。15年前の映画『ゴースト ニューヨークの幻』を観た。ゴーストに託して遂げられなかった愛を語る物語の構成だ。ウィキペディアによれば、死んだ人の霊が生前に果たせなかったロマンスを語る映画はこれがはしりだと。

愛の言葉を口に出すことはこうも難しいことなのか。照れくさいし「愛している」を安売りすべきではないと考える人は多い、特に日本人には。ニューヨーカーだがサムもその一人だった。モリーは「愛してる」と言葉にする。サムは「Ditto(同じく)」としか応えない。サムは十分幸せだったがモリーは不満だ。

毎日毎どき「愛している」と言葉にあらわし、キスをして髪を触りベッドで愛を語り合う。したくてたまらない、していなくては身がもたないほど燃え立つときは、そうすればよかろう。しかし慣れ親しんで、二人の毎日が当たり前になってしまうと、常にストレートに愛を表現することはかえって苦役になる。

愛してると言ってくれないから愛は冷めたのか。おいおい待ってくれ!冷めたわけじゃない。当たり前の状態になっただけなんだよ。表現はしないけど、愛の思いはたくさんあるし、君への感謝はあふれるばかりにあるんだよ!と、言いたい日本の男はたくさんいるのだと思う。男だけではない。女性もそうかもしれない。

それでも、思いがけなく突然に相手がこの世から消えてしまったらどうだろう。通り魔に刺されることだって、不治の病にだってある。そのときに後悔しないように機会をみつけて言葉を使うことが望ましい。「愛しています」と。

モリーの危機が去り、サムに天国からの迎えがきた。天国の霊が光とともにサムを天上へと導いていく。反対に悪人どもは死んだ途端に地獄の霊がやってきて、彼らを地獄の底へ引きずり落とす。そんなふうに、人間どうしの愛だけでなく、神の愛の表現方法を描いていたという点でも印象深い映画だった。
コメントする
コメント