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ヨハンスン人類初のルーシーを [2014年09月06日(Sat)]

img_20140906.jpg図らずも人類創世の旧人類の名を与えられたルーシーが脳の稼働域を広げていく過程で、ノー天気なお嬢さんから冷静沈着で完全無欠な超能力者に変化していく様子が凄まじい。

映画『ルーシー』は、宇宙の壮観な歴史絵巻でもある。また壮絶な殺人アクションであって12歳未満禁指定というのがうなずける。ルーシーだけではなく、韓国マフィア(今まで観たことがない設定だ)が冷血無情な黒い殺人集団として登場するのと併せて身震いがした。

100%脳を使いきったらどうなるか。それをルーシーは実現した。だがそれは二度と市井には戻れない、それどころか愛する人と触れ合うことはもちろん、言葉さえ交わせないことを意味する。すなわち一人の人間にとっては死である。「私はどこにでもいる」とルーシーが言い残したとおり、彼女は宇宙とともに、いや宇宙そのものとして森羅万象に溶け込んで永遠の生命を獲得した。脳を100%開発するということは、人類の歴史のすべてのみならず、宇宙のすべてにコミットすることなのだ。人間の目には消えてしまったとしか見えないが、彼女は生きている。仏法の生命観と同様に、宇宙に遍満して生き続ける。

宇宙と一体化するのは脳を完全に使い切ったルーシーだけではない。死を恐れる人たちよ、愛する者と死別せざるをえなかった人たちよ、悲しむな。死者はそこにかしこにいる。あなたを見つめているよ。再び縁に触れて生まれてくるかもしれないよ。そんなメッセージが聞こえてくるような気がした。

人間は脳の能力のうち10%しか使っていないという。物忘れが多い、新しいことが覚えられない、想像したり予測ができない、人の気持ちがわからないなど日々頭で思い悩む私たち。1%でもいいから脳の働きが増えてくれないかと願うのは、わたしだけではあるまい。

その望みは適度にという条件がつく。脳の力が必要以上に増強するということは、その場のすべてを記憶し、過去の記憶の断片を再解釈し生まれて以降のことすべての感覚を思い出すことである。他人の感情も掌にあるかのように把握できる。さらに映画では超超超能力者として、他人の意志や体までコントロールできた。

その程度であれば喜ばしい。ところが、眼の前の人が考えていることや生活歴や日々のネットワークまでわかってしまうどころか、第六感でピンとくる以上にデジタル化して情報が得られ、そのすべてを記憶できる。知りたいことだけでなく、知らなくてもよいこと、知りたくなかったことまでもすべて頭に入ってしまうのは悲劇だ。今のまま抜けているくらいがちょうどいいのだと思うことにしよう。

小説『アルジャーノンに花束を』で、発達遅滞の青年チャーリーは手術によって、ネズミのアルジャーノンと同様に天才的な知能を獲得する。一方で彼の心身はバランスを失し孤独になっていく。最後は以前より低いレベルにまで知能は退化した。映画『2001年宇宙の旅』では、宇宙の創世記からの歴史が人間の生命にも備わっていると表現した。また人工知能ハルには頭脳さえ明晰ならばよし、とする不遜な考えがあった。私の頭の中にはこの二つの物語が連想されたのである。

旧人類アウストラロピテクスで最初に発見された名が「ルーシー」。ルーシーを発見したのが考古学者のヨハンスンだそうな。スカーレット・ヨハンスンがルーシー役をやったのは、美形で演技力抜群だという理由だけではなさそうだ。そのスカーレットはルーシーを演じてどう感じたろうか。すべてを知っている、すべてを感じられる、なんでもできる……。いわゆる「全能の神」の状態に置かれたら、孤独で寂しくて望みなんかなくなって、意外性を楽しむこともなく、一日で嫌になるね。とスカーレットは言うに違いない。

(今宵の西の空。ルーシーはここにも存在するのだろう)
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