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おつきあい同んじように付き合って [2014年04月23日(Wed)]

__tn_20140423183341.jpg「つきあい」と「おつきあい」は違うそうですね。考えてみれば確かにそうです。とりあえず相手に合わせておけばいいや、という語感が「おつきあい」にはあります。おためごかしのテキトーさというか、不実さと言っていいのでしょうか。相手に迎合する(あくまで軽くですが)のが、「おつきあい」です。

おつきあいで募金する…おつきあいで飲み会に出る…おつきあいで会話する…おつきあいで立ち話する………。数限りないおつきあいがあるのですが、自分のしたいことは本当は違うのだけど我慢して表面的には相手に合わせいくか、とあきらめるのが「おつきあい」です。

一方で「つきあい」には正面を向き合った真剣勝負といった趣があります。思いのたけを述べあって本音を語る。互いの腹の中を見せ合って深い関係になる、あるいはすでにその関係、というのが「つきあい」です。

「おつきあい」があればこその世の中だとは思いませんか。大勢に従っていく人がいるからこそ、流行は生まれるのですし、経済活動も活発になるのです。でも「おつきあい」だけでは軽い、物足りない。だからときには「つきあい」が必要なのです。家族と向き合って語り合い、将来の見通しを推測しあい、友人にズバズバと欠点を指摘して険悪な場面が出てきたとしても、恐れてはならないのです。それが「つきあい」というものでしょうね。

目の前にいる人にはいろんな種類があります。自分との関係性という点で。全くの没交渉な人、袖振り合うも多生の縁で会話のきっかけが生まれる人、前に語ったが今は深いつながりはない人……。いろいろありますが、時と場合によっても関係は変わります。変わる日々の繰り返しで、私たちの生活は形づくられ、集成としての人生ができていくのですね。

(フリージアは、おつきあいでは咲かない。強い種の意志で咲く)
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