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空気感出雲と石見離れてる [2014年04月15日(Tue)]

__tn_20140415184138.jpg出雲市多伎町に続く山が仙山峠。ここを境にして出雲地方と石見地方が分かれる。出雲部と石見部では、お茶の飲み方ひとつとっても文化が違う。人の気性も異なると感じることもある。

その仙山峠の脇をすり抜けるようにしてJR山陰本線は海端を走る。切り立った岩盤と深い森が続き、列車の窓から見える岩礁には白浪が押し寄せて、青い海とおぼろな空の色がコントラストをなして目を和ましてくれる。

トンネルを抜けるのは4つだろうか、5つだろうか、石見に入る。大田市の波根駅に到着すると、出雲市の小田や田儀で感じていた空気が違うように思えるのは錯覚かもしれない。錯覚であってもよい。どちらがよくて、どちらが馴染まないとかいうのではない。どこか違う場所に来たかのような感覚が起きてくるのだ。

邇摩高校まで通勤を始めてまる2週間。その違和感はおそらく旅人が感じる情緒ではないかと思い当たる。わたしは日々旅を続け、鈍行列車に揺られながら、思索し景色の変化を楽しんでいる。

今朝はある生徒が驚いていた。わたしの長距離通勤を。その彼だって出雲部の端から通学している。他の教職員だって、ほぼ同様の道のりを車で通勤する。距離は変わらない。

ただ違うのは、列車の揺れに身をまかせながら、わたしは本を読み、ラジオ番組や音楽を聴く。そしてこうしてブログを書く。時折うとうとと眠る。その旅人の気ままさが、車での通勤者とは異なるのだ。車での通勤と列車通勤を比較しても、せいぜい30分程度の差しかないが、そこに大きな落差というか、異次元の旅人感がある。それを楽しみつつ、かわいい生徒たちの姿に目を細めながら、明日も通勤は続く。

(邇摩高校の「仁心の庭」に咲いている名を知らない花。静寂で慎ましやかだ)
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