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着飾ってごちそう食べてハレとケよ [2013年08月20日(Tue)]

__tn_20130820183541.jpgかつて、私たち日本人は特別な日に、着飾ってごちそうを食べて人に会って、普段はしない経験をしたものだった。そうした非日常を「ハレ」と呼んで滅多にないワクワク感に身をおき、時によっては日常をかなぐり捨てて新しい自分を発見したものだった。そんなときには周りも大目に見てくれた。

その分、平常のときである「ケ」は地味なものだ。着るものも食べるものも質素で、突飛な行動は後ろ指をさされ、許されなかった。年のうち大半を占める日常を、ハレの日が早く来い!と、特に若者は待ち望んでいたかもしれない。

しかし今やほとんど毎日がハレとなった。質のいい服を着て装飾品で身を飾る。家に帰れば好みの調度品に囲まれて満足だ。安くても美味しいものが好きなだけ食べられて、少し奮発すれば素敵な環境で豪華な食事にありつける。そのあげく、ダイエットに励まなければならない始末だ。ケは消えてしまったかのようである。

≪「消費者が食べ物にわざわざお金をかけるのは、(1)身体にいい食べ物 (2)ハレ(非日常)の日に食べるイベント食 (3)自分にとって大切な人と一緒にする食事―の3パターンがある」と話すのは、丸千千代田水産専務の石橋剛本部長。最近、景気に明るさがみえてくるにつれ、(2)の傾向が際立っているらしい。「ケ(日常)の日にはまだ節約志向だが、ハレの日の食べ物にはお金をかける家庭が増えている」。まずはイベント食に注目するのが、水産消費復活の早道か。≫
  (日刊水産経済新聞13年8月6日付け「記者席」)

と、しばらく前の新聞にあったのだが、イベント食として、魚を主体として取り入れてもらえるといいと思う。ただ心配なのは、魚がハレの日の食べ物となってしまうと、ケの日には目が向かなくなってしまう。今や動物の肉よりも減ってしまった魚肉の消費を増やすためには、ふだん気軽に魚を食べるようにならなければ、全体的な消費量は増えていかないだろうと私は予想している。
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