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空間に野獣の美をば想像し [2011年10月16日(Sun)]

島根県立美術館の企画展「ふらんす物語」を鑑賞してきた。アンリ マティスの絵『待つ』(制作年1921〜1922)に目がとまった。説明書きにパリに学んだ川島理一郎の言葉が紹介してある。

≪マチスは人と話ながらでも、あるいは煙草を喫いながらでも決して鉛筆を離さない。カジノのカフェでお茶を馳走になったときなどでも、そどんな時にでも鉛筆を離さず、あたりの人を写生している。そうして寸時も自然から教えらるる事を忘れない。≫

マティスは鉛筆と紙に託して何を書き残していたのだろう。対象のさりげない美しさであり、変化し揺れ動く造形の一瞬の美であったのかもしれない。その人の瞳がもつ陰りをとどめたかったのだろうか。あるいは感化されて得たインスピレーションを対象になぞらえて表示したものだったのかもしれない。

「待つ」という作品はいたって大人しい。だが、学芸員によるギャラリートークでの説明によれば、フォービズム(野獣派)という荒々しいなまえを付けられている。フォービズムは強烈な色彩や激しいタッチが特徴であるというが、今の感覚からすれば大人しい印象だ。当時は顔色や線に肌色を使わないことひとつとってみても革命的で破天荒であったとのこと。

絵は、南仏の保養地にある別荘だろうか、窓際に立ち遠い目をした左側の女性、レースの透き通ったカーテン越しに伏し目がちに頼りなげにたたずむ女性が気になる。派手なペイズリーの壁絵、窓枠は灰色ながら陽光が部屋に入り込んで明るい色合いだ。2人は何を誰を待つのだろうか、答えは与えられなくても自身の想像は広がる。だから美術館はおもしろい。

(写真は紅葉した柿の葉。これもいっぱしの美術品。この赤や茶、虫食いの周囲だけ緑が残るのがなんともいえずよろしい。そして艶やかさも絶品だ)
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