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凛として遥かかなたに美の人が [2011年10月21日(Fri)]

美女がいた。ビルの5階から見るとお堀の水辺にたたずむ美女がいた。距離は約80mほど向こうに美女がいた。ハイヒールの足を交差させて水面を眺めている美女だ。髪は長く軽いウエーブがどこかしらなまめかしい美女だ。黒か濃い灰色のスカートをなびかせながら美女は歩き始めた。掘に沿ってボーイフレンドと時折手を重ねて美女は行く。

80mも離れてよく顔が見えるものかと不審の人もいるかもしれない。なぜ美女なのかと。むろん顔がはっきりと見えるはずはない。ただ凛とした立ち姿が美しい。歩幅が優雅に大股で美しい。後ろ姿を見せればそれもまた優美だ。微笑みをたたえた(であろう)頬のラインが美しい。

だから彼女は顔は見えずとも極めつけの美女なのだ。一挙手一投足に美女を感じるのだ。美女は顔だけにあらず。美女は全体のたたずまいで美女であり、生きる姿がきっと美しい。生き生きと日々の課題や目標をかなえるがゆえに一層美女となる。

美女は顔の美醜にて決まるものならず。

(コメント)
>美女は全体のたたずまいで美女であり、生きる姿
 がきっと美しい。  ↓
 美男もしかり。
 で、
 意外と範たる「美男」は少なくないかも・・・

*本日は、早朝より食材を調達いただきありがとう
 ございました。堪能しました!
投稿者 きゃど : 2011/10/21 (金) 22:11

どんな美人でも死ねば骸骨。
>美女は顔の美醜にて決まるものならず。
美醜を決定するは、人の「こころ」にあり。・・・。

「色は空に異ならず」
自我意識は時にはとても大切なことだと思いますが、自分を正しいと思い込むことが時として自我意識を誤らせてしまいますね。(*先日は失礼しました)
自我を解体してゆくとどうなるのか?
自我を空じ、空じつくしたあとに果たして何が残るのでしょうか?
投稿者 こーじ : 2011/10/21 (金) 22:21

きゃどさん (⌒ー⌒)
全体のたたずまいで美女を演じようとしたら、さぞ疲れるでしょうね。男もしかり。われわれがどうかはさておいて、自然体でいきましょうぞ

こーじさん ヽ(´ー`)┌
自我を解体していけば色相は姿形はなくなっていくのでしょうが、その人の命の本質=宿業として生命に積み重ねたものは、たぶんそのまま残るのでしょうね。またそんな話でもしましょうね
投稿者 ふみ : 2011/10/23 (日) 12:08
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