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いっしょに作って、いっしょに食べよう!のお知らせ3[2019年03月15日(Fri)]
 最初にお知らせ。

 募集対象者ですが、中学生以下のお子さんをお持ちの親であれば単独での参加も可能にしました!

 申し込みお待ちしています!


 で、当日、作る予定のもう一品。

DSCF7152.JPG

 ハスカップのゼリー。(写真がイマイチだね)

 ハスカップとは北海道の勇払原野に育つ果樹。

 野生のものはなかなか見かけなくなり、栽培が主ですが、なかなか貴重なものなのです。

 ゼリーといっても、ゼラチンを使おうか、寒天にしようか思案中。


 お申し込みお待ちしています!

 
いっしょに作って、いっしょに食べよう!のお知らせ2[2019年03月12日(Tue)]
前日のブログでお知らせした、

「いっしょに作って、いっしょに食べよう!北海道と福島の食材で!」

の続きです。

で、いったい何を作るのかというと...

一つはコレ、「オハウ」。

DSCF7154.JPG

先住民族である「アイヌ民族」の代表的な料理です。

今回作るのは、糠ニシンを使ったもの。

オハウはそもそも獣の肉等を使っていたと聞きますから、これは、おそらく北海道でニシン漁が盛んになってから、すなわち和人が北海道で大掛かりな漁をする様になってから作られる様になったのではないでしょうか。

糠は米が手に入らないと使えないですからね。


糠臭くないし、魚臭くないんですよ。

発酵による魚の旨味、昆布の旨味、根菜の旨味が凝縮されています。

福島の美味しい野菜と日本酒が味を整えます。


もう一つ紹介しましょう。

北海道式赤飯。

DSCF7173.JPG

これは、あんまり説明しません。

小豆の代わりに、金時豆の甘納豆が入ります。

ふふふ...なまら美味いよ。

ぜひ、会場に!!
いっしょに作って、いっしょに食べよう!北海道と福島の食材で![2019年03月11日(Mon)]
 今日で、震災から8年になります。
 去年は、苫小牧を含め、隣町の、厚真、安平、むかわで大きな地震がありました。
 亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、私たちは、経験したことを一生忘れずに生きていきます。


 さて、イベントのお知らせです。
 (H31.3.15 一部変更しました)

 ふくトマが、北海道から美味しい食材を持って福島県郡山市に出張します。
 そして、その時期出回っている福島の食材を利用して、2つの地域の食材で美味しい食事を作ります。
 美味しいものを食べれば、自然と笑顔になりますよね。
 知らなかった味との出会いは、少しの感動を生み出しますよね。(美味しかったらという条件がつくけど あせあせ(飛び散る汗)
 美味しいものを食べて少しの感動が生まれれば、知らなかった人、知らなかった考え方への共感も生まれるもの。(要するに「同じ釜の飯を食った〜」というヤツですね)

 保養をするしないは関係ありません。
 北海道の料理に関心ある方、子どもに調理体験をさせたい方、いっしょに美味しいもの食べてお話ししましょう。

 以下、イベントのチラシからの抜粋です。


いっしょに作って、いっしょに食べよう!
  北海道と福島の食材で!」


 2018年9月、厚真町、安平町、むかわ町、苫小牧市他、北海道で大きな地震がありました。
 その際には、東北の方々から心配や励ましの声を沢山いただきました。
 8年前の東日本大震災以降に生まれた東北と北海道のつながりは、現在も続いています。
 私たち「ふくトマ」も、そのつながりの中から成長してきた市民グループです。
 私たちは、子ども達の未来のため、このつながりをこれからも残しておきたいと思います。
 このイベントは「ふくトマ」が北海道から出張して行う、北海道と福島の食材を使った、小さな、そして美味しく楽しい、交流イベントです。
 いっしょに作って、いっしょにおいしく食べましょう!

1 会場      郡山市中央公民館(調理室)
          郡山市麓山1丁目8−4
2 開催日時    平成31年3月30日(土) 
          10:00受付 
          10:15〜15:00
3 参加対象    開催日に中学生以下の子どもとその親
          (または祖父母)。
4 定員      親子で合わせて20名程度
          (申し込み多数の時は先着順)
         中学生以下の子どもの保護者は単独でも参加可能
5 参加費     保護者及び中学生800円、小学生500円、
          3才以上300円、2才以下無料
6 今回の料理   オハウ(アイヌ民族料理 三平汁の原型)、
          赤飯(北海道式)、菜の花と貝柱のご飯、
          他デザート含め2品
7 申込み期間   平成31年3月5日〜26日
          (定員になり次第締め切り)
8 申込み・問合せ ふくトマ 石田     
          携帯電話 09052235476

 申し込み、お待ちしています!

 チラシ ↓
fukusimadetukuttetabeyou2.pdf
第2回 ふくトマ ウトナイ湖冬の小運動会[2019年02月01日(Fri)]
 去年、けっこう子ども達が楽しんでくれたこの企画。

 今年も開催します!

 ふくトマ ウトナイ湖冬の小運動会!!

 自然の中で思いっきり雪まみれ!

 隣のウトナイ湖道の駅では、苫小牧の銘柄豚「B1トンちゃん」で
おなじみの「プレジール」さんが、「ありがトン!祭」を開催中です。

 楽しく遊んでみっぱい食べて、冬を楽しみましょう!

1 開催日時
   平成31年2月17日(日) 
   13時〜14時頃
   ★受付 12時50分〜13時

2 会場
   ウトナイ湖野生鳥獣保護センター横
   (センター駐車場から見て左側に会場があります)

3 参加対象及び定員
   小学生以下
   20名まで(申し込み順)

4 参加費
   保険代100円

5 種目
   エゾリスは忘れん坊(雪の中からエゾリスの食べ物を見つけよう!)
   長ぐつ取ってきて!(雪の中のかけっこ)
   我こそは雪の王(雪の上で綱引き)
   ★天候や雪の状態で種目が変わる場合があります。

6 注意事項
   ★雪まみれになりますし、汗をかきます。
    でも、周辺に着替える場所はありませんので、それなりの
    用意をしてきてください。
   ★競技中、待っている保護者は、とても寒いです。防寒を充分
    にして来てください。

7 申し込み
   ふくトマ 石田 
   メールで連絡ください。こちらから返信いたします。
   アドレスは、右の「プロフィール」に掲載しています。

8 その他
   最初にご紹介したとおり、隣のウトナイ湖道の駅では
  「ありがトン!祭」を開催中です。
   冬の小運動会に参加してくれたお子さんには、「豚まん」の
  100円引き券(当日のみ有効)を差し上げます。
   なまら、うまいよ!

   ウトナイ湖道の駅内「プレジール」←クリック!!
   
2019年保養の募集(夏の保養)[2019年01月29日(Tue)]
 こんなに早く、今年の夏の保養支援の募集です。
 なぜ、こんなに早いのかは、前日の記事を見てくださいね。

 今年はこれまでとやり方が違います。
 苫小牧で保養をしたい方と一緒に保養活動を作り上げて行きます。
 
 といっても、最低限決まっていることはあります。

1予定期間  
   苫小牧滞在 7月28日(日)〜8月3日(土)
    仙台港発 7月27日(土) 苫小牧港発8月3日(土
   苫小牧滞在 7月29日(月)〜8月4日(日)
    仙台港発 7月28日(日) 苫小牧港発8月4日(日)
    ※1、2日、前後する可能性があります。

2予定宿舎
   苫小牧市内(例 過去4年間と同じく錦西•すずらん町内会館)

3支援対象(募集対象)及び支援人数(募集人数)
(1)年齢
   @平成25.4.2〜28.4.1に生まれた幼児とその兄弟と保護者。
(兄弟の年齢は問いません。保護者は1名のみ)
    A上記に当てはまらない小学生以下の子どもとその保護者。
    (保護者は1名のみ)
   ★上記@とAは5項の一次募集期間での優先順位です。
    一次募集期間で定員を超えた場合は、@に該当する方が優先
    されます。
(2)居住地域
   現在、福島県及びその近郊に居住している方で、住居周辺や
  子ども達の 遊び場等に、空間放射線量が0.07μSv/h(苫小牧の
  最大値)を上回っている場所がある方。
(3)支援人数
   最大4組(12名内)
(4)その他
   日常生活で何らかの配慮を必要とする方は、申し込み時に、
  あらかじめご相談ください。

4ふくトマの保養の考え方
  ◆観光ではないので、基本的に観光地めぐりはありません。
  ◆滞在中の食材は、そもそもは不要な添加物を使わないものの
   使用等、子どもの健康を考えた食材を吟味します。
  ◆睡眠時間をしっかりとります。
  ◆朝食作りと掃除は、基本的に保養者が行います。
   (スタッフも手伝います)

51次募集期間
  平成31年1月29日(火)〜2月17日(日)
                2月20日(水)
  ★友人と一緒に参加でなければキャンセルという申し込みは
   お受けできません。
  ★一次募集で定員に達しなかった場合は、3月上旬に再募集
   の予定です。

6予定自己負担額
  中学生以上17000円、小学生8000円、未就学児童無料

7交通
  仙台港〜苫小牧港間は往復ともフェリー。


 以上が決まっている内容ですが、次に、どうやって活動内容を一緒に作って行くかを説明します。

@初回の打合せ
  2月23日(土)午後を予定しています。
  会場は福島県郡山市内。(会場は未定です)
  まず、顔合わせと説明です。
  説明を聞くだけでもかまいません。

A同日、保養中の活動の大枠を考えます。
  滞在中の子ども達の活動は、基本的に次の3つに別れます。
  小学生以上 
   活動A 苫小牧に来たから体験してほしいこと(全体活動)
   活動B 北海道に来たから体験したいこと(個別活動)
  未就学児童
   活動C 公園遊び、自然体験等の全体活動
  母親
   苫小牧の母親達との交流。(1回だけ)
   
  活動Aは、ふくとまが、「苫小牧に来たんだからこれだけは」
 と思うものです。
  これは、全員揃って参加します。
   ○アイススケートが滑れる様になってもらう
   ○雄大な自然を学んでもらう
 
  活動Bは、「北海道に来たんだからこれがしたい!」または
 「北海道でも練習は欠かしたくない」等のリクエストに答える
 ものです。
  以下は例ですが、みなさんからどんな要望が出るか分からな
 いので、指導者を確保しているわけではありません。
  打合せ時に候補を挙げてもらい、それから指導者を確保します。
  なので、答えられないものもあるかもしれません。
   藍の生葉染め等染色、乗馬(馬の世話込み)、民謡、
   スケートボード、野球、サッカー、柔道、
   ピアノ、料理、アイヌ文化、港湾学習、浄水場見学
   自然体験、その他自由研究対策など。

  活動Cはふくトマの基本的な活動です。
  この構成は基本的にふくトマにお任せ願います。
   一般的な児童公園、遊具の充実した大きな公園、
  自然公園での活動。イモ掘り等で構成されています。

B大枠の日程を決めます。
   小学校低学年のの就寝時間は20時ですが、小学生高学年に
  なれば宿題があるし、就寝も21時くらいにしたいという方もい
  ますね。
   あと、大人の交流会も...。
   それぞれの思いや違いを理解し合いながら、時間割を作って
  いきます。

C2回目の打合せ
   3月31日(日)を予定しています。
   会場は福島県郡山市内。
   保養期間と保養宿舎を確定し、2月に話し合った内容をもとに
  固まった日程を見ながら細かい打合せをします。
   前回の段階で定員が埋まっていなかったり、欠員が出た場合は
  ここで新たな希望者がある場合がありますが、振り出しに戻して
  組み直すことはありません。

 以上のような内容です。

 お問い合わせは、メールでお願いします。
 メールアドレスは、右の「プロフィール」欄にあります。

 お問い合わせお待ちしています!
   
今年(2019年)の保養の募集開始です!!(詳細は明日)[2019年01月28日(Mon)]
 今年(2019年)の保養の募集を開始します!

 春休みの保養ではなく、夏休みの保養です。

 なまら早いしょ!

 「7ヶ月も先の予定は立たないよ」という方ばかりだとは思いますが、あえて募集開始です!

 なぜ、こんなに早く募集するのか?
 
 それは、保養に来る方と一緒に.今年の保養を作り上げて行くからです。

 保養の多くが、受入れ側で保養中の活動を組み立てたプランを用意しておき(全くの自由行動というプランも含め)、保養に行きたい人は、各地の保養団体の中から、自分が求めている内容と一致するところを選ぶというものになっていると思います。
 私たちも、これまでの7年間は、保養滞在中の活動をあらかじめ用意してきました。

 でも、もうこのやり方では保養を続けられないと感じています。

 原発爆発事故からもうすぐ8年になろうとしています。
 子ども達の年齢の幅が広くなりました。
 例えば、ふくトマの保養の対象は幼稚園・保育園相当年齢の子とその兄弟ですが、兄弟の年齢が高くなって来ました。
 始めた数年感は、上下に3才位という場合が多かったですが、今は幅が広がってきて、遊びや生活リズムを別に組み立てないとならなくなってきました。

 ふくトマのスタッフも年齢が高くなってきました。
 私でさえ「走れる50代」と、子ども達に言われてしまう始末。(笑)
 若いスタッフも少し入ってくれていますが、小学4年生以上と未就学児を一緒にみることは難しくなってきました。

 保養に来る方も、来てから他の家族構成が分かるのでは、なかなか大変です。
 来てみたら、年齢の高い兄弟がとても多かったとか、うちの子、女の子だけど男の子ばかりだった(逆もあり)とか。

 そもそも保養は、保養をしたい人が内容を組み立てるもの。
 でも、爆発事故直後は、そんな余裕は無かったから、受入れ側で用意しました。
 もちろん、知らない土地にはどんな宿舎や施設があるか分かりませんしね。
 その流れでここまできましたが、保養をする方の経験値は高まっているし、今は保養はしていないという人も、自分の経験をこれからする人たちに伝えることができるでしょう。
 
 なので今年から、フクとまは、みんなで一緒に保養を組み立てることにしました。

 苫小牧で保養をしたいという人たちで集まって、お互いの子どもの年齢や個性、子どもに経験させたいと思っていること等を話し合いながら、みんなが充実した保養ができる様に作り上げていきます。

 去年の11月19日のブログに書いた様に、そもそも、自分がしたいから始めたことなんだけど。
 もう少し続けたいので、企画段階から保養をしたい人に参加してほしいです。

 募集記事は、明日掲載します。
名前変わります。「フクとま」→「ふくトマ」[2019年01月27日(Sun)]
 2回目の名称変更です。

 といっても「フクとま」が「ふくトマ」に変わるだけ。
 音は一緒。わーい(嬉しい顔)
 詳しく言うと、こう。

 正式名称「フクシマとつながる苫小牧」
 略称「フクとま」
      ↓
 正式名称「ふくトマ」
 基礎名称「ふくしまとつながるトマコマイ」

 最初の名前「福島の子どもたちを放射能から守ろう2012実行委員会」から「フクシマとつながる苫小牧」に変えた時(2011.11.11)の記事にはこうあります。


「つながり」という言葉がキーワードに。

 そしてお互いの地名を入れて「福島とつながる苫小牧」に。

 で、略称を領収書とか自己紹介で通称にしようということで

「ふくとま」。

 これを「福苫」ではあんまりなので

カタカナと平仮名を組み合わせて「フクとま」に決定。

 これから正式名称を「フクシマとつながる苫小牧」に。

 とまこまいが正式名では漢字なのは、

「フクシマとつながるとまこまい」ではピリッとしないから。

 正規器名称の「福島」カタカナなのは、

略称にあわせたのと、

原子力発電所の事故から始まったことだということを忘れないため。



 補足すると、「原子力発電所の事故から始まったことだということを忘れない」というのは、それを福島の人達に負わせるのではなく、爆発事故時に大人だった私たち全員が子ども達に対する責任を負い、この事故を忘れないためというものでした。

 さて、あれからもうすぐ8年、福島の状況も変わってきました。
 それに、福島県外の人たちの意識も変わってきました。

 私たちは、「忘れない」という責任を、これからは自分が暮らすまちの中で果たすという意味を込めて、カタカナ表記を「フクシマ」から「トマコマイ」に移します。

 そして、正式名称を「ふくトマ」とします。

 今後ともよろしくお願いします。


《付記》
 ブログのタイトル背景も変わりました。
 分かれ道。
 目指す所が一緒なら、方向が違ってもまた会える。
 「だって地球は丸いんだもん!」byフォーリーブス「地球は一つ」(1971.11.1)
ソロプチミスト日本財団 年次贈呈式に出席[2018年12月25日(Tue)]
 福島〜宮城の旅の最後は、仙台で行われる「ソロプチミスト日本財団 平成30年年次授与式」への参加です。

 このブログを読んでくださる方には、「ソロプチミスト日本財団って何?」と思う方も居ると思うので、ちょっと説明します。


 ソロプチミスト日本財団(以下 S日本財団)とは、日本のソロプチミスト会員によって設立された公益財団法人で、「ソロプチミスト精神に則り、さまざまな奉仕活動に対する援助や協力を行うことにより、より豊かな生活を実現し、国際相互理解の促進に寄与すること」を目的しています。
 ソロロプチミスト精神とは「社会的・経済的エンパワーメントをもたらすプログラムを通じて女性と女児の生活を向上させる」使命を持つものです。
 ※エンパワーメント・・・ひとりひとりが,発展や改革に必要な力をつける こと。

 なお、世界的な組織として国際ソロプチミストという組織があり、日本のソロプチミスト会員は国際ソロプチミストアメリカ連盟に属しており、日本には5つの組織(リジョン)があって、フクとまを支援してくれている「国際ソロプチミスト苫小牧はまなす」は「国際ソロプチミストアメリカ日本北リジョン」に属しています。


 さて、フクとまは、「国際ソロプチミスト苫小牧はまなす(以下 Sはまなす」さんの推薦で、S日本財団の「災害復興援助」に応募し、Sはまなすさんの応援もあって、援助金をいただけることになりました。
 
 フクとまは2021年まで保養を続けると公言していましたが、最後の1年の資金が無く、どうしようか困っていた所だったので、とても助かりました。
 S日本財団のみなさんにも、Sはまなすのみなさんにも本当に感謝です。
 
 授与式には、全国から会員が集まります。
 もちろん日本中の全会員ではないですが、この日の仙台国際センターには、2000名近くの会員が集まったそうです。

DSCF7518.JPG

 そうそう、ソロプチミストの会員は女性だけ。
 会場には、センター職員等を除けば、男性は20名も居たでしょうか?
 女性99:男性1。
 すごいアウエー感でした。
 ちなみにこれは、昭和51年の衆議院議員の男女比の逆とほぼ同じ。
 ちなみに今の衆議院の男女比は、女性7:男性93。
 女性の議員の方、大変ですね。

 贈呈式は、予想していた感じとは全く違っていたものでした。
 なんとなく、事務的に淡々と進行するのかなと思っていましたが、違いましたね。

 贈呈される方も推薦したクラブも、とても晴れやかな顔をしていて、特に贈呈された方々のスピーチは、夢や目標がしっかりとしていて、そして自分が活動を始めた理由も明確に伝えていて、強い意志を感じました。
 それに、フクとまが贈呈された「災害復興援助」に、同じ保養活動をしている「川崎市民の会」さんが選ばれていたのも心強かったですね。
 お会いすることはありませんでしたけれど。

DSCF7520.JPG

DSCF7521.JPG 

 贈呈式終了後、次の日は遅くても午後から出勤しなくてはならないので、...仙台の夜...残念ながら、フェリーで帰路につきました。

 船内で、今回の旅を振返って頭の中をいろいろ整理しました。
 本当にいろいろあった旅でした。

 特にフクとまは、あと3年を「無事に保養ができれば」と思っていましたが、終わるとしてもそれだけではこれまでの多くの方の支援に応えたことにはならない、そう感じました。
 では、どうするのか。

 まとまったら、掲載します。

 
南三陸町と山元町〜その2[2018年12月24日(Mon)]
 南三陸町の後は、山元町に。

 山元町は、震災からそんなに時間が経っていない、5月24日から26日に行ったところ。
 私が、初めて本格的なボランティアをしたところです。
 このボランティアで、知らない土地の人のために自分の時間を使い、知らない土地の人たちと一緒の目的を持って活動するということを学びました。

 これまで、人生の転機って2回ありましたが、これは3回目のできごとでした。
 私は「パラレルワールド」という概念が好きなのですが、自分については、人生の転機(選択の機会)ごとに、まあ大きな間違いはしていないだろうなと、数えきれなく分岐した私の世界の中で、まあ、いい方の世界に居るんだろうなと思っています。
 比較のしようがないんですけどね。

 さて、このボランティアの経験が、フクとまに繋がって行くのです。

 あの時訪れた山元町は、ガレキと壊れた家と車、海水が混じった池、泥だらけの荒野でした。
 初日に行ったのは石巻だったんだけど、行った所は住宅地が集まっているところで、そこに車や船がひっくり返ていて、その時は戦争があったのか、爆弾が落ちたのか、と思うような状態だった。
 しかし山元町は、平坦なまちなので、ああみんな波に持って行かれたんだなって、確かに「津波」が来たんだなって思った。
 休憩時間に、辺りを歩いて、落ちている車のおもちゃとかを見つけると、一人一人の生活を感じて、そしてそれが一瞬で流されて行ったんだなって、悲しくて。

 今回訪れたのは、現在「大地の塔」という慰霊碑の立っている、旧山下駅跡。
 現在の山下駅は1kmくらい山側に移っています。
 震災の年の5月25日に私が活動した場所は、おそらく旧山下駅から東か西(全く反対方向だけど、全然分からない)へもう少し行ったところだと思うんだけど状態はそう変わらないでしょう。
 
 7年ぶりに訪れた山元町のその場所は、あの時とほとんど変わっていなかった。
 もちろん、ガレキや壊れた車もなく無くなっているんだけど、駅から海に向っ行くほど原野に家がぽつんぽつんと建っている風景は変わらない。
 駅から山に向って、家の数は多くなるけど、津波の前から建っていた家ばかりで新しい家は見当たらなかった。
 津波に襲われた時のままになっている家もあったし。

 ボランティアでうかがった家はどうなっただろうと、多分場所は違うんだよなと思いながらも、付近に立っていた古い案内図(個々の家の姓が表示されている)を頼りにうろうろ歩いていたら、2回すれ違った女性に「どちらかお探しですか?」と尋ねられた。
 この付近でボランティアをしたこと、その時うかがった家はどのようになっているか、住んでいた老夫婦に会わなくていいから、遠くから確かめたいと思っていることを伝え、老夫婦とボランティアと一緒に撮った写真を見せて、その夫婦の名字を伝えたけど、「申し訳ないけど、このお二人は存じ上げないですね」とのことだった。
 
 声をかけてくれた女性は、依頼を受けて他の地方で震災の様子を話す語り部のようなこともしていると言っていた。
 また、この付近で活動したボランティアの中には、活動した家のおばあさん(だったかな?)とつながりができ、毎年必ず会いに来る人も居ると教えてくれた。
 そんなふうに被災地の人とボランティアのつながりができるって、きっと他にもあるんだろうね。
 何気ない一言がきっかけで関係が深まるってことがあるからね。
 もちろん逆のパターンもあるんだけどさ。

 もう一回来ることが合ったら、その時は、あのお宅の付近を訪問できればいいな。

 最後に、大地の塔の写真。
daitinotou.png

DSCF7515.JPG
 
南三陸町と山元町〜その1[2018年12月17日(Mon)]
 11月12日は東日本大震災の起きた年にボランティアに行った、南三陸町と山元町に行きました。
 両方とも、電車の便が悪く、南三陸町に行くのは今回はあきらめていたのですが、親戚が車を出して運転手もしてあげると言ってくれ、2カ所に行くことができました。
 感謝です。

 最初に行ったのは南三陸町。
 震災の年、私は、11月7日にここに来ていました。
 ちょうど7年前ですね。

 私は、歌津地区と志津川地区で活動しましたが、特に印象に残っているのは歌津。
 あの時の歌津は、こういう風景でした。
 minamisanriku1.png
 左側に見えるのは、防災庁舎です。
 下が今の様子。
minamisannrikunoima1.png
 土地のかさ上げが進み、護岸も高くなり、防災庁舎が沈んだ様に見えます。
 私が行ったとき、プレハブで乾物屋さんが開いてました。
 油麩とかをお土産に買ったような記憶があります。
 もちろん、今はありません。

 今は、歌津駅から海を望む。
 この白い建物はマリンバンクだったと思います。
 ここから海に向って奥が商店街になりました。
 あの時は、私たちボランティアにも「ここは商店街になるらしいよ」って情報が入り、頑張らなくちゃという思いと、ここに商店街ができてどうするんだろうかという思いが交差したような気がします。
minamisanriku12.png

 今です。
 あの白い建物は無くなり、奥に商店街があります。
 ここは、かさ上げされてないんですよね。
minamisannrikunoima2.png

 歌津駅です。
 ここは確かに朽ちてきているけど、時間が止まったようでもあります。
minamisanriku10.png

minamisannrikunoima3.png
 ちょっと分かりにくいけど、奥のトンネルには駅の下側から登ってくる舗装道路が繋がっています。だから、ここにはもう電車は通らない。

 ボランティア作業の休憩中、私はしばしばこの駅から海までを眺めていました。
 ボランティアには、石巻市(半日)、七ヶ浜町(1日)、山元町にも行ったのだけど、もう一度立ちたかった「場所」はココ。
 周囲で繰り広げられている工事が終わった頃、また来たい。
 
 オリンピックも万博も要らない。
 一瞬の経済効果なんて、国全体で見れば虚しい。
 早く、静かに、落ち着いて暮らせる様にして欲しい。

 次は、山元町に行きます。


(付記)
 胆振東部地震のブログでは写真が無いのに、ここでは使っています。
 街の変化を知っていただきたくて、使いました。
 心を痛めている方がいらっしゃいましたら、お詫びします。
    
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