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7-01 ぼくたちが向かった場所 [2011年10月05日(Wed)]

ぼくたちは、病院の駐車場で
村長を待ちかまえていた
ワゴン車に乗り込んだ。

横には、福島原子力村×R水素って書いてある。
自然エネルギーで作った水素で動く燃料電池車らしい。

村長は「ちょっと急がなきゃね」と言ったけど、
ずいぶんノロノロ走っている。

この村でクルマを見かけることは少ないし
見かけても、ゆったり走っている。

なんだか都会とリズムが違うんだ。
時間の流れ方も違う感じ。

会場に向かう車の中で、
ぼくは、こんなにも多くの人が
この村に住んでいることを初めて知った。

みんな家族で仲良く歩いている。
あるいは自転車で一列になって走っている。

誰もが笑顔を浮かべているんだ。

目と目が合っては、
あいさつを交わしている。

見ているぼくまで楽しくなる。

ぼくたちに気づいたのか
みんな手を振ってくれた。

うれしいけど
ちょっと恥ずかしい。

みんなの行列も
ぼくたちのクルマも、
みんな一カ所に向かって流れていた。

それは...
原発の跡地だって
ぼくにもすぐわかった。

目の前に、あの石の棺桶のような
廃墟が迫ってくるから。

みんな怖くないのかな。

ぼくたちは、
原発の石棺のすぐそばで
クルマを降りた。

自在放送局で見た時よりも
原発がおそろしく見えるのは
下から見上げてるからだろうか。

でも、原発の前は広々としていた。

驚いたことに美しい広場と
公園になっていたんだ。

青々とした芝生。
美しい林に囲まれている

巨大なすりばち上になっていて
もう、多くの人たちが思い思いの場所に
腰かけていた。

なんだかみんなで
ピクニックか野外コンサートに
来ているみたいだ。

原発に向かった中央には
小さな塔が立っている。

その前にステージが
作られていた。

ぼくたちは、芝生の客席ではなく
そのステージの舞台裏に入っていった。

なんだかドキドキする。

特別な場所で特別なことが始まるって
ぼくにもわかったから。

そして、となりには彼女がいる。

さっきまでベッドで寝込んでいたことが
うそのように、彼女は凛としていた。

まっすぐ前を見ていた。

これから何が起きるか
彼女は知っているみたいだ。
7-02 鐘の響きと静かな祈り [2011年10月06日(Thu)]

会場に入ると
村長はあわただしく
式典の準備を始めた。

彼女とぼくは、
舞台のそでにある椅子に座って
式典を見るように
校長先生に言われた。

ここだと、舞台も会場も
よく見えるかららしい。

たしかに、舞台の上からは
会場の大きさも、参加する人の多さも
よくわかる。

静かに波が押し寄せるように
会場に人が集まってきている。

誰もが押し合うでもなく
争うわけでもないんだ。

かといって規則正しく
整列しているわけでもなかった。

まるで緑のキャンバスを
自由に美しく塗りつぶすように、
みんなは自分の場所を見つけていった。

やがて、みんながこの広場に
集まったところを見はからったように
鐘の音が広場に鳴り響いた。

その瞬間、楽しいおしゃべりや
あいさつが交わされていた会場は
しーんと静まり返った。

 カーン
 ゴーン
 カーン
 チーン

中央のモニュメントには
色々な鐘がついていて、
それぞれの音色や音程で
美しいメロディや和音を
作り出していた。


 「あの鐘はね。

  世界中の人たちから
  贈られた鐘なの。

  いろもかたちも違うけど
  どの音色も好き。」


彼女が、ぼくの耳元で
そっと教えてくれた。

しばらく、ぼくは
鐘の音色に聴きいった。

初めて聴くのに
懐かしい響きだった。

続いて、色とりどりの服の人たちが、
舞台に静かにのぼってきた。

神道の宮司さん、仏教のお坊さん....
きっとお祈りをするんだね。

あれ?

よく見ると、色々な国の人がいる。

キリスト教、イスラム教...
見たことの無い衣装の人たちもいる。

全部で20人ぐらいはいるかな。

彼女が、ふたたび
ぼくに耳元でささやいた。


  「この村のために
   世界の平和のために

   世界中の宗教家の人たちが
   毎日お祈りを捧げて
   くださっているの。

   いつもは、自分の国の
   自分の教会でね。
  
   でも今日のような特別な日には、
   この場所に来て、みんなで
   お祈りをしてくださいます。」


最後に、大きな鐘の音がひとつ鳴った。

すると、もう一度、
場内は静まり返った。

モニュメントの上部につけられた
大きな時計は2時46分を指していた。

40年前に東日本大震災が起こった時間だ。

各国から来てくれた神官や僧侶たちは
壇上から、会場に集まった人たちに
ゆっくり頭を下げた。

ぼくも、思わず手を合わせて
深いおじぎをした。

彼らは、舞台の上に
それぞれの場所を見つけた。

いつもの祭壇も音楽もないけれど
自分たちの祈りを、静かに静かに
始めようとしている。

みんな、別々の顔で、別々の服を来て
別々の儀式を進めている。

でも、ぼくには、
なぜか美しく調和して見えた。

そして、みんなのお祈りは、
きっと一つにつながっている
きっと届いているって感じたんだ。

会場に集まった人たちも
それぞれのやり方でお祈りをしている。

ただ頭を下げる人
手を合わせている人
十字を切っている人
無言で口を動かしている人

あまりに静かな場所だから
大きな声は出せないけれど
みんな心の中で何かを唱えているんだ。

ぼくは、こんなにもたくさんの人が
一心にお祈りをしているのを
見たことがなかった。

なにか目に見えないあたかたかいものに
包まれているような気分だった。

ぼくも手を合わせようとすると
彼女の小さな声がした。

となりで、目を閉じて
手を組んでいた。


 「この村の人たちも
  今日来て下さった偉い人たちも
  
  毎日2時46分になるとね。

  みんな自分のやり方で
  お祈りを捧げている

  そんな姿を思い浮かべると
  やさしい気持ちになれるの

  つらいことがあっても
  元気になれる気がする」


そうか。
そうだな。

「ぼくにもわかるよ」
って言おうと思った。

だけどやめたんだ。

だって、彼女とぼくでは
背負っているものが違いすぎる。

いつ倒れるかわからない
毎日を送っているんだから。

さっきの病院での話を聴いたら
ぼくにもつらいことがあるなんて
とても言えないよ。

だから、ぼくも目を閉じて
お祈りをすることにした。

みんなのように
一心にお祈りをしようと思った。

きっと今までで
一番のお祈りだった。

これまで真剣にお祈りを
したことなんてなかったから。

この村のこと
七人の侍や子供たちのこと
ここで暮らす素敵な人たちのこと
ここを愛して応援している人たちのこと

たった2日間のことだけど
目を閉じるとたくさんのイメージが
頭の中にわいてきた。

でも、そんなイメージも、
いつも途中でかき消されてしまう。

どうしても、彼女の横顔が
浮かんできてしまうんだ。

いつも、どこか悲しそうな横顔。

今は、その理由も、
ちょっとだけわかった気がする。

だからこそ、お祈りをすればするほど
彼女の顔ばかり浮かんでくる。

そして、最後の最後に
彼女の笑顔が浮かんだ。

その瞬間、大きな鐘の音が響いて、
ぼくは目を開いた。
7-03 世界とつながっている村 [2011年10月07日(Fri)]

目を開けて、前を見ると
舞台には村長が立っていた。

やさしい笑みを浮かべている。


 「みなさま こんにちは」


村長は、いつも道で交わすような
気さくなあいさつをした。

堅苦しい式典かと思っていたので
ちょっとびっくりした。


 「今日は、2011年から数えて
  40回目の震災祈念日になります。

  そして、2050年は
  21世紀の折り返し点、 
  節目の年でもあります。

  2050年の震災祈念日には
  この村とつながる世界中の人たちと
  新しい時代の幕開けを祝い合いたい。

  それが、初代村長の夢
  七人の侍たちの夢でした。」


ここで大きな拍手が
会場から起こった。

七人の侍たちは
みんなから敬愛されているって
拍手の音だけでわかった。


 「もちろん、それは
  私たちの夢でもありました。

  今日は、世界各国から
  私たちと心をひとつにしている
  国々の代表がいらっしゃっています。

  会場のみなさま
  どうぞ大きな拍手でお迎えください」


ぼくたちのすぐ横を通って
各国の代表たちが舞台の中央に向かった。

色とりどりの民族衣装。
きれい。どこの国だろう。

見おぼえのある大国の大臣も
目の前を通り過ぎて驚いた。

各国の代表は、
舞台に並べられた椅子に着席した。

最初に演台に向かったのは、
先程、お祈りを捧げた時にも
登場した人だった。

鮮やかな色の民族衣装から
真っ黒な顔と腕がのぞいている。

聞いた事の無い国名と、
一度では憶えられなそうな名前が
読み上げられた。

どうやら王様らしいってことだけは
ぼくにもわかった。

国王のあいさつが始まるので
あわてて自動翻訳機を耳につけた。

でも、聞こえてきたのは、
意外にも日本語だった。


 「みなさん。こんにちは。

  今日は、福島原子力村にお招きいただき
  本当にありがとうございました。

  この村は、私にとって
  第二の故郷です。

  今から20年あまり前にまりますが、
  私はこの村で3年間学ぶことができました。

  そのおかげで今の私があるのです。

  どうもありがとうございました。」


国王は深々と頭を下げた。

会場のどこからか「おかえりー」
という声がかかった。

国王は満面の笑みを浮かべながら
手を振った。


 「ただいまー。
  村のみなさん。」


場内を、笑いと拍手がつつんだ。

   
 「私たちの国は、赤道近くにある
  小さな島の集まりです。

  貧しい暮らしを何とかしたいと
  私は日本に留学しました。

  ところが、経済を発展させると
  工業化が進んで、自然が破壊され
  西洋化が進んで、伝統や文化が失われます。

  大きな代償を払わなければならないことに
  私は気づいたのです。

  いくら、国民の所得が増えたとしても、
  私たちを育んでくれる大自然や
  先祖から受け継いできた伝統や文化が
  失われてしまうのは、がまんなりません。
 
  経済発展を取るか。
  大自然と伝統文化を取るか。

  私は悩みに悩みました。

  そんな時に、この村のことを知ったのです。」


国王は、遠くに見える里山を
並木道と溶け込んだ風車を
なつかしそうに眺めた。


  「この村に、私が求める暮らしがありました。

   この村の発電所は、嫌な臭いもしなければ
   毒のある水や空気を垂れ流すこともしません。

   資源を買うお金の無い私たちでも
   太陽や風だけはふんだんにあるので大丈夫です。

   自然の力で作った電気で、
   水を分解して水素を作って溜めておき、
   クルマやバイクを動かしています。

   この村のクルマは排気ガスがでないのです。

   クルマは、必要最小限だけ
   一日のうち決まった時間にだけ走っているので、
   村の中では、ほとんど見かけません。
 
   この村では、いつでも歩く人と
   自転車に乗る人が主人公だったのです。

   最先端のエネルギーや、
   インターネットを活用する一方で

   農業や漁業は、昔ながらの自然な方法で
   続けられていました。

   田植えや稲刈りなど、忙しい時は、
   ご近所でお互いに助け合って
   楽しそうでした。

   伝統的な工芸品も
   職人の手仕事で作られていて、
   みんな大切に使っていました。

   最新鋭のハイテクと、昔ながらの手仕事が、
   デジタルの技術と、アナログの感性が、
   見事に調和していたのです。

   私は、この村で学び、暮らしながら、
   多くのことを学びました。

   そして、卒業式の日に、
   この村の設備や技術を
   私たちの国にも導入したいと
   先代の村長さんに相談したのです。

   でも、私たちの国は貧しいので
   お金がたくさんあるわけではありません。

   しかし、村長さんは、
   この村の学校を卒業した留学生のために
   大きなファンドを作っているから大丈夫だと
   笑って私の背中を押してくれました。

   この村で開発された技術やノウハウは
   世界の貧しい国に、無償で広めていくのが
   私たちの使命だと、村長さんは言いました。

   そのおかげで、私たちの国の子供たちは
   今、こんなに幸せです。」


国王が、合図をすると、
舞台の大スクリーンに
美しい島の映像が映しだされた。

それは、まさに地上の楽園。

空も海も、どこまでも青く、
昔ながらの家並みと美しく調和していた。

屋根にソーラーパネルが乗っていたり
風笛発電所が立っていたけれど
古いたたずまいに溶け込んでいた。

子供たちの笑顔、笑顔、笑顔。

はだかで、はだしで走り回り
海に飛び込む姿は幸せそのものだった。

日本とはあまりに違う風景だけど、
なんだか懐かしくて行ってみたくなる。


 「みなさん、どうもありがとう。

  私たちの国に住む人なら誰でも
  この村からのありがたい支援の
  ことを知っています。

  だから、毎日、2時46分に
  みんなでフクシマの方を向いて
  お祈りを捧げているのです。

  この村と、私たちの国は
  見えない絆でつながっているのです。

  みなさん。本当にありがとう。」


国王は最敬礼をすると
会場からは大きな拍手がまきおこった。

中には泣いている人もいた。

ぼくだって、子供たちの笑顔を見ていたら
なんだか泣けて来た。

この村のもう一つの姿を
ぼくは知ったんだ。
7-04 チェルノブイリから来た博士 [2011年10月08日(Sat)]

続いて舞台に上がったスピーカーも
大きな拍手で迎えられた。

今度は、真っ白の顔をした
ちょっと気難しそうな紳士だ。

彼も、日本語であいさつをしたので
またびっくりした。


 「なつかしいフクシマのみなさん。
  チェルノブイリから、また帰ってきました」


大きな拍手だ。
顔見知りが多いのかな。

立ち上がって手を振っている人や、
「はかせー」と叫んでいる人がたくさんいる。

はかせ。博士なのか。


 「この村に初めて来た時、
  私はまだ若い研究者でした。

  世界中から、放射能汚染をとりのぞく
  研究者を集めていると聞いて、
  チェルノブイリから飛んで来ました。

  もう30年以上も前のことです。

  私のふるさとでの苦い経験と
  これまでの研究成果が
  少しでもみなさんの
  お役に立てばと思ったからです。

  それから5年間、
  私は、この村で暮らしました。

  それは、私の人生で最も楽しく
  充実した日々でした。」


博士の彫りの深い顔が
くしゃくしゃの笑顔になった。

本当に楽しかったんだなと
ぼくにも博士の想いが伝わってきた。


 「この村には、世界中から、
  高い志をもった研究者が集まっていました。

  この村を、
  はやく元の美しい村に戻したい。
 
  そして、世界中から、核の汚染をなくしたい。
  化石燃料や原子力に頼らない社会にしたい。
 
  そんな想いをいだいた研究者たちが、
  人種や国境や言葉の壁を超えて
  集まっていました。

  一つの目標に向かって
  力を合わせていたのです。

  村長はじめ、七人の侍たちは、
  私たちが研究の障害だと考えることは、
  できるかぎり取り除いてくれました。

  お金や法律のことなど考えないで
  自由に研究をさせてくれたのです。

  私たちひとり一人を信頼して、
  すべて任せてくれたのです。

  研究者にとって、こんなに嬉しくて
  やりがいのあることはありません。

  しかも、その研究成果を、
  個人のためでも、どこかの会社や国のためでもなく
  世界中の人たちのためにオープンにするのです。

  侍たちが考えていた
  国益よりも地球益を考える思想に、
  私たちは深く共感していました。

  私たちが研究したことが、
  そのまま世界中の人たちのために活かされて
  みんなの幸せにつながるのです。

  いつの時代も最新の科学技術は
  真っ先に軍事に使われてきました。

  となりの国の人を苦しめたり殺したりするために
  私たちは研究などしたくなかったのです。

  しかし、そんな誤った科学の歴史を
  私たちがこの村で終わりにできるかもしれない。

  そんな予感がしたのです。

  その予感は、だんだん
  確信に変わっていきました。

  さきほど、国王が見せてくれた
  子供たちの笑顔をご覧になりましたよね。

  そして、ご存知の通り、
  2050年の今、最も貧しい国でさえ
  私たちの技術と、自然の恵みを生かして、
  平和で幸せに暮らせるようになったのです。」


博士の力強い言葉に心動かされて
会場は総立ちになった。

みんなで笑顔で
拍手をしている。


 「しかし、私の5年間を振り返ると...

  一番印象に残っているのは、

  この村にいちはやく戻ってきた
  村人たちの笑顔でした。

  限りなくやさしい笑顔。

  多くの村人は、年老いた
  おじいさんおばあさんでしたが、

  異国から来た私たちのことを
  まるで本当の息子のように
  かわいがってくれたのです。

  毎晩のように違う家に招かれては
  美味しいお酒と手料理をいただきました。

  最初のうちは、私たちも言葉が
  わかりませんでしたが、
  不思議なことに心は通じあうのです。

  それぞれのふるさとの歌を歌っては
  笑ったり泣いたりしました。

  あの時のことが、
  この村のみなさんの心からのおもてなしが
  今も忘れられません。

  私たちにとって、
  村のみなさんと過ごすひと時が
  何よりの喜びでした。

  私たちの仕事に対する
  最高のごほうびだったのです。」


博士は、感きわまって
涙を流し始めた。


 「今日、この式典が始まる前に
  なつかしい家々を訪ねました。

  昔、お世話になった
  おじいさんおばあさんたちに
  お線香をあげてきたのです。

  よく帰って来たなと
  なつかしい声が聞こえてくるようでした。

  うれしいことに、
  お子さんやお孫さんたちも
  この村に戻ってきて
  仲良く暮らしていました。

  そして、私のことを
  いつもいつも話していたと
  教えてくれました...」


ついに博士は話せなくなった。
大泣きを始めたんだ。

会場で総立ちの人たちも
みんなもらい泣きをしている。


 「はかせー 泣かないで」
 「今晩も 夜通し歌おうよー」


会場からの声に
ようやく涙をこらえて
博士が言葉を続けた。


 「ありがとう。
  本当にありがとう。

  この村のことを
  この村の人たちのことを

  心から愛しています。」



会場は割れんばかりの拍手となり、
いつしか博士のふるさとの民謡の
大合唱がはじまった。

となりの歌声に気づいて
彼女を見た。

泣きながら歌っている。

彼女もこの歌を歌えるんだ。
お父さんから教わったのだろうか。

ぼくも、みんなについて
歌っているうちに、
涙がこぼれてきた。 
7-05 米国の田舎知事だった長官 [2011年10月09日(Sun)]

博士のふるさとの民謡の大合唱には、
壇上に上がっていたゲストの人たちも参加していた。

終わると、会場の人たちと一緒に
大きな拍手を、みんなで贈り合っていた。

笑顔。笑顔。笑顔。

こんなにたくさんの笑顔を
間近で見たのは初めてだった。

となりで立ち上がって、
人一倍大きな拍手をしている
彼女の笑顔もまぶしかった。

ぼくは本当に幸せな気分に
満たされていた。

続いて、博士と握手をして
ジーンズ姿の大男が現われた。

この人なら、ぼくも知っている。
アメリカの財務長官だ。

また日本語であいさつを始めたけど
もう驚かないよ。


 「みなさん、こんにちは。
  いや、ただいま帰りました。」


会場のあちこちから「おかえりー」
という声が飛んでいる。


 「本当なら、すぐにでも
  私のふるさとの民謡を歌いたいのですが、
  
  アメリカの国民を代表して、
  いや、世界の人々にかわって、

  ぜひみなさんに、
  そして七人の侍と子供たちに
  心からのお礼をさせてください。」


え?

米国の財務長官が、
福島原子力村にお礼をするの?


 「40年前、震災が起きた年。

  私は、ウォール街の投資銀行で
  若き幹部社員として活躍していました。

  片田舎から死にものぐるいで勉強して、
  あこがれの仕事についたのです。

  しかし、海の向こうの日本で
  驚くべきことが起こりました。  

  銀行に並ぼうと訴える子供たちの涙と
  それを応援するインターネットの力で、
  一夜にして、世界が変わったのです。

  株式市場も、銀行も、そして事業会社も
  名も無い個人が集まってお金を動かしたらす
  無力だということがわかりました。

  それだけではありません。

  日本の首相や銀行家が、
  七人の侍たちが、この村で
  信じられないような実験を始めたのです。

  だから、私は、思い切って
  仕事をやめてしまいました。

  そして、この村に飛んで来て
  多くを学んだのです。」


信じられないような実験?
いったい何だろう?



 「まず驚いたのは、寄付の呼びかけだけで
  小さな国ができたことです。

  福島原子力村の美しい構想を発表しただけで、
  驚くほどの寄付が世界中から集まりました。

  小さな国をまかなうには
  十分な財政基盤ができたのです。

  世界中の国々が財政赤字や国債で苦しんでいるのに
  志と夢だけで、なんと無償のお金が
  世界中から集まったのです。」


そうか、この村は特区で、
いわば小さな独立国。

国づくりの資本金が必要だけど
日本政府からのお金より
世界中の寄付の方が大きかったんだ。


 「次に驚いたのは、できる限り地元で経済を回そうという
  最適地域圏という発想です。

  私がビジネススクールで習ったのは、
  世界一、給料が安いところで生産して
  世界一、顧客が多いところで販売するといった
  グローバルな経営モデルでした。

  ところが、この村で始まった古くて新しい経済は、
  たとえ値段が高くとも、なるべく地元の
  それも知っている人から買おう、
  その分、長く大切に使おうというものでした。

  それは、法律でも新しい仕組みでもありません。

  ただ、みんなで「そうした方が幸せだ」と意識して
  買い物の仕方を変えるだけで実現したのです。

  みんなが買い物の仕方を変えた結果、
  世界中で失業が増えているのを横目に、
  この村では、仕事がたくさん生まれていきました。

  さらに、仕事は、みんなで分け合うことで増えました。
  週に3日働いたら、あとは他のことをするという
  新しい生き方を、みんなで始めたのです。

  給料をもらえる仕事日の3日以外は、
  地元のNPOの活動を手伝ったり
  家庭菜園や釣りをして食料をまかなったり、
  趣味の仕事を楽しんだりする。

  そんな暮らしが当たり前になって、
  みんな生き生きしていたのです。

  この村では、土地も住宅も、
  村から安く借りられる仕組みでしたし、
  食料も、エネルギーも自分でまかなったり
  ほとんどタダのように安かったのです。

  だから、「食べるためにあくせく働く」
  必要がなかったのですね。

  それに、自然が豊かで、みんな仲良しで
  誰もがお金のかからない趣味を楽しんでいた。

  山登りや自転車、祭りや踊り、
  読書や詩作、絵画や写真...
  
  だれもが仕事以外にも何か特技を持って
  誇りを持って暮らしていた。

  これは、年中無休、24時間働いてきた
  仕事人間の私にとって衝撃でした。
  
  たしかに地位も収入も得ましたが
  この村の人より、私は幸せでないことに
  気づいたのです。

  だから、本当にこの村に来れて良かった。
  本当に幸せでした」


またも会場から大きな拍手が
まきおこった。

そうか。

この拍手と笑顔の人たちが
幸せに生きる達人なんだ。

ウォール街より
この村の方が良かったんだ。

国や会社が大きくなったり
収入が増えたりすることと
幸せになることは
イコールじゃないんだね。


 「でも、私が一番驚いたのは、
  お金の流れ、お金の使い方でした。

  この村は、まるで中小企業のように
  お金をかけずに運営されていました。

  どうしても村でやらなければいけないこと以外は、
  役所のかわりに企業やNPOがやっていました。

  議会や役所の仕事も、ボランティアで
  みなさん仕事の合間にこなしていました。

  もちろん、最初の10年は、放射能の除染や、
  新しいエネルギー投資にお金がかかっていましたが、

  やがて、そうした原発事故の後始末も終わりました。

  逆に、村の産業が花開いて税収が増えたり、
  研究成果が花開いて特許収入なども増えて
  村は豊かになってきました。

  普通なら、そのお金を、
  無駄遣いしたり、自分のふところに入れたり
  ウォール街に預けて悪さをしたり!
  するところです。」


長官は、ウインクをした。
場内を笑いが包む。


 「ところが、この村では、
  そのお金を、世界中の恵まれない国々や
  地域に送り始めたのです。

  ウォール街の人たちが投資をしないような
  貧しい国や地域に、寄付と、無利子の融資を
  続けていきました。

  それも、ただお金を送るのではありません。

  自然エネルギーや農業技術など最新のハイテクを
  特許料抜き、人材育成つきで贈与したのです!

  この村でできたことを
  それぞれの文化を大切にしながら
  世界中に広めていきたいと
  七人の侍たちは心から望んだのです!」


ええっ。

歴史の教科書にも、
そんなことは書いていなかったよ。

自分たちだって大変だったのに
せっかく豊かになったのに

人知れず、世界の国々を
助け続けていたなんて。

すごい。
すごいよ。


 「助けの手をさしのべてもらったのは、
  発展途上国だけではありません。

  実は、私のふるさとも、
  この村に救ってもらったのです。

  私のふるさとには、
  かつて、いくつもの農園や工場がありました。

  しかし、今では、賃金の安い中南米に移転して、
  すっかり空洞化してしまいました。

  学校を出ても就職できない人であふれ
  所得格差は広がり、治安は悪くなる一方でした。

  私は、この村で学んだことを
  まずは、自分が生まれた街で試してみました。

  そして、成果が上がると、
  またとなりの街に広げて行きました。

  そして、いつしか州知事になり、
  今では財務長官となりました。

  この村で学んだことを活かして、
  それぞれの地域の人たちが、
  笑顔で幸せに暮らせる仕組みを
  米国全土に広げようとしているのです。

  米国で一番のお金持ちは
  有名な財閥でも創業社長でもなく。
  多くの人たちが働いて積み立てた年金です。

  その大切なお金、世界中の株式を上げ下げして
  人や国を不幸せにするためではなく

  積み立てた人たちのふるさとが幸せになるために
  使えるようにするのが、私のサムライスピリットです。

  なにもかも、この村のみなさんから
  私が教わったことです。

  本当にありがとうございました。」


長官は、深々と
会場の村人たちに頭を下げた。

壇上のゲストも
きっと同じ想いだったのだろう。

みんな、もう一度立ち上がって
一緒に頭を下げていた。

長官は、長いおじぎを終えると、
大きく深呼吸をしてから笑顔で言った。


 「さあ、堅苦しい話はここまでにして、
  みんなで、民謡を歌いましょう。

  民謡を歌って踊るのに
  お金はいりませんしね。」


場内から大きな笑い声と
そうだーっと叫ぶ声。

そして、長官が歌いだそうというその前に
はやくも会場から歌声が流れ出した。

その歌声は、みんなに伝わって
どんどん大きくなっていく。

ああ、長官も一緒に歌っている。
さっきの博士と肩を組んで歌っている。

会場のみんなも
肩を組んで歌いだした。

こんな特別な光景を、
2011年の福島の人たちは
世界の人たちは想像できただろうか。

悲惨な事故の40年後に、
日本に、それも福島に
世界を変えた人たちが集まって
肩を組んで歌っているんだ。


その時、ふと、
ぼくの肩に重みを感じた。

え。

となりを見て
今度は体中に電気が走った。

彼女が、ぼくと肩を組んで
歌っているんだ。

なんて幸せなんだろう。

ぼくはそっと目を閉じた。

すると、たしかに感じるんだ。
彼女との心の絆を。

ここにいるすべての人たち、
この村とつながっている人たちとの
あたたかな絆を。

誰もが知っている民謡を
口ずさみながら、ひとつになる。

ひとつになるって
こういうことだって
ぼくは体中で感じていたんだ。
7-06 祭りの最中に向う場所 [2011年10月11日(Tue)]

その後は、スピーチというより
この村と仲良しの国々の
歌と踊りで盛り上がった。

まるで、お祭り
野外音楽フェスティバルだよ。

舞台の上のゲストたちは
それぞれお国自慢の民族音楽の
バンドやダンサーを連れてきていたんだ。

簡単なスピーチと
その歌詞やメッセージについて話すと、
あとはバンドやダンサーの紹介だ。

もう言葉はいらない!

もちろん、この村の人が
初めて見聞きする音楽や踊りも
多かっただろう。

でも、会場は総立ち、みんなで歌ってる。
となりの人と手を取り合って、踊り出している。

平和って
こういうことなのかな。

ぼくも、彼女の手を取りたいなと思った瞬間、
村長と校長先生が、ぼくたちの前に現われた。


 「二人を案内したいところがあるの。
  ついていらっしゃい。」


ぼくは、もっと祭りの続きが見たかった。
一緒に歌って踊りたかった。

でも、村長の言うことにしたがった。

だって、笑顔を浮かべた村長の目の奥に
今まで見たことのない真剣な光を感じたから。

ぼくたちは、みんなに知られないように
舞台の裏側から、そっと抜け出した。

早足の、村長と校長先生の後を
ばくたち二人もあわてて
ついていったんだ。

みんなの歌声や歓声が
背中の方で小さくなっていく。

ちょっとさみしいな。

そのかわり、目の前には、あのおぞましい建物が、
原発を囲ったコンクリートの固まりが迫ってくる。

ぼくたちは、きっと
あの中に入るんだなと直感した。

そう思うと
心臓がどきどきしてきた。

これから何が起きるのか
どんな風景を目にするのか

ぼくには想像ができなかった。

原発跡と公園をさえぎる
林の中を、4人で進んでいく。

豊かな緑の小径だ。

風の音や、小鳥のさえずりが聞こえるけど、
おそろしいほど静かな場所だと、
ぼくは思った。

なんだろう。
このゾクゾクする感じは。

5分ほど歩いて、林を抜けると、
突然、目の前に、巨大なコンクリートの
固まりが現われた。

それは、高い高い壁に囲われていた。
これでは誰も近寄れない。

何もかも開けっぴろげな村の中で、
ここだけ異様な光景だ。

さらに、入口では
何名もの警察風の人たちによって
厳重な警備がされていた。

ぼくたちを見つけると
彼らは、いきなり銃をかまえた。

心臓が止まるかと思ったよ。

その後、ぼくたちが
村長や校長先生の一行だとわかると
敬礼をしてあいさつをした。

しかし、そのまま
中に通してくれるわけではなかった。

村長であっても
指紋や瞳を機械に押しあてて
人物チェックをしたんだ。

厳しい持ち物検査や
ボディチェックもしている。

もちろん、ぼくたちも
同じように調べられた。

チェックが終わるのに
何分かかったかわからないよ。

なんて厳重な警備だろう。

ぼくは、この中に
何か特別なものが隠されていると
直感した。

期待と不安がふくらんで
胸がはりさけそうだった。


 「ここに来たことある?」


ぼくは彼女に
小声でたずねてみた。

彼女は、ぼくの方を見て
首を横に振った。
7-07 重くて固い巨大揺りかご [2011年10月12日(Wed)]

建物の中に入ると、白い防護服に
身を包んだ人が待ち構えていた。

そして、ぼくたちにも、
防護服を身につけるように言った。

え?
ぼくたちも着るの?

いったい、どこまで近づくんだろう?

村長は、振り返って
ぼくたちに笑いかけた。


 「大丈夫。怖がらないでいいのよ。

  これから、この建物の奥の
  特別な場所に入るから...

  念のため、着てもらうだけ。」


となりにいた彼女は、
さっさと用意をしている

僕も、急いで着なきゃ。

4人が着替えると、
案内役の人が、ぼくたちを先導した。

冷たいコンクリートで囲われた
細く長い廊下を進んで行く。

薄暗い中をまっすぐ進んでは、右に曲がり
また、真っすぐ進んでは、右に曲がる。

ぐるぐると回りながら
原子炉に向かって
進んでいるのだろうか。

あまりに単調な景色で
ぼくは逆に怖くなった。

もはや、何周したのか、
どの方角に向かっているかも
わからなくなっていた。

何分ぐらい歩いただろう。

ようやく、廊下は行き止まり
重そうな金属製の扉が現われた。

引率してくれた係の人と村長が、
扉の両側にある装置に
カードをかざしながら、
自分の顔をカメラに向けた。

装置の表示が
赤から緑に変わった。

校長先生も、後に続く。

また装置は
緑色を表示している。

校長先生は振り返って
ぼくたちにカードを差し出した。


 「このカードは、君たちのものだ。

  さあ、君たちもやってごらん。
  そうしないと、ここから中には入れないよ。」


ぼくも見よう見まねで
やってみる。

この装置に、ぼくの顔も、
既に登録されているのだろうか。

一瞬の空白。

緑だ!よかった!

彼女は、淡々と
カードを差し出して
ちょっとにらむようにカメラを見た。

そして、装置が緑になると、
ようやく扉がゆっくりと開いた。

すると、突然、ほの暗い
部屋が現われた。

おそるおそる中に入ってみると
自動的に、ほのかな照明がついた。

あ!

ぼくは思わず声をあげた。

部屋だと思った場所は、
実は、巨大な空間だったんだ。

天井は、どこまでも高く、
目の前と、右側とに広がる奥行きも、
どこまで続いているのかよくわからない。

そして、ぼくたちが立っている
金属の網目の床の下にも、
おそろしい闇が広がっていた。

しかし、何より驚いたのは、
この広い空間の中央に
黒々と浮かんでいる
巨大な立方体だ。

一辺が100メートル...
いや、もっと大きいかもしれない。


 「ひょっとして、
  あの中に....」


誰にたずねたわけでも
なかったけれど

ぼくのつぶやきに
村長が答えてくれた。


 「そうよ。

  あの中に、事故を起こした原子炉が
  まるごと封じ込められているの。」


一瞬、沈黙が流れた。

今度は、彼女がつぶやいた。


 「なんだか。
  浮いているように見える。」

 「そう見えるわね。

  どんな地震や、津波が来ても
  大丈夫なように、

  6つの方向から柔らかく支えて
  揺れるようになっているのよ。

  だから、私たちは
  揺りかごって呼んでいる。

  もう目を覚まして
  悪いことができないように
  揺りかごに寝かせてあるの。」
7-08 揺りかごが鎮めるもの [2011年10月13日(Thu)]

村長は、廊下を
静かに歩き始めた。

足元の網が
わずかにたわんで
足を取られる。

この廊下は金属製かと
思っていたけれど、

足音や柔らかい感触からすると、
もっと軽い素材かもしれない。

なんだか不安定だ。

二人並んで歩けるから、
3メートルぐらいの幅はあると思う。

でも、足元が透けて
下には真っ暗な闇がのぞいている。

片側は壁だけど、
もう片側は手すりもないんだ。

巨大なゆりかごまで、
10メートル以上も空いていて
不気味な暗闇が広がっている。

なんだか怖いよ。

実は、高いところも
真っ暗なところも苦手なんだ。

そのことを彼女には知られまいと
なにごとも無いかのように歩いた。

でも、どこかぎくしゃく
していたのかもしれない。

彼女は、手すりの無い側に寄り添って
そっと手をつないでくれたんだ。

あたたかい手だった。

本当は、すごくうれしかった。
でも、ちょっと恥ずかしかった。

ぼくは、彼女に気持ちを悟られまいと

どうでもいい質問を
校長先生にしてしまった。


 「この下は...
  どのぐらい深いんですか?」

 「そうだね。

  怖くて歩けなくなると
  いけないけど...

  水面までは
  100メートル以上はあると
  言っておこう。 

  いざという時には、
  このゆりかごごと
  水の中に沈めるためにね。」


100m!

そんなに高いのか。

それを聞いて、
また足がガクガクしだした。

すると、彼女は、さっきより強く
ぎゅっと手をつないでくれた。

不思議なことに、
足のガクガクが止まった。

ぼくの感覚は、
あたたかくてやわらかな
彼女の手のひらに集中した。

つないだ手をゆっくり振りながら
一緒に歩くのがうれしかった。

わずか、2〜3分だったと思う。

何も言葉をかわさなかったけど
幸せな幸せな時間だった。


 「着いたわ。」


村長は、急に立ち止まった。

そこは、長い廊下の中央付近だろうか。
ゆりかごがちょうど正面に見える。

廊下が、そこだけ広場のように
せり出して舞台のようになり
小さな台が用意されていた。

スポットライトに照らされた台の上には
まだ火がついている長いお線香と
美しい花々が飾られていた。


 「みんなで、これからお祈りを
  しましょう。

  原発事故が原因で亡くなられた
  多くの人たちのために。

  この揺りかごができあがるまで
  大量の放射線を浴びながら
  命と引き換えに働いてくれた
  勇気ある人たちのために。

  この村からはるか離れたところにいながら
  被曝して命を落とした人たちのために。」


村長は、深々と頭を下げて
手を合わせた。

ぼくたちも、
村長の後ろでまねをした。

村長がお経をあげている。

それは、ぼくもよく知っているお経だった。
父の真似をして、いつの間にか覚えたお経。

不思議なことに、
みんなで一緒にお経を唱えていると
少しずつ怖い気持ちも薄れてきた。

この村の、世界の子供たちの
未来のために命を落とした人に
心の中でお礼をしながら
お祈りしたんだ。

村長のお経が終わると、
ふたたび沈黙が訪れた。

すべての音が
目の前や足元の闇に
吸い取られているかのようだった。

ふと彼女を見ると
涙をこぼしていた。

ぼくは、あわてて目をそらした。
とても神々しいものを見た気がしたから。

そして、彼女のことが
ますます好きになった。


 「一緒にお祈りしてくれてありがとう。

  この揺りかごが鎮めているのは、
  原子炉の残骸だけではありません。

  私たちは、毎日、揺りかごの前で
  お祈りをしています。

  無念の死を遂げた魂が
  安らかな眠りにつけますように。」


40年も経っているのに
安らかな眠りにつかない原子炉。
安らかな眠りにつけない魂。

巨大なゆりかごだけでは
鎮めることはできないのか。

この村の人たちは
これまでも、これからも
揺りかごのお世話と一緒に
毎日お祈りを続けるんだね。

ぼくは、もう一度
手を合わせてお祈りをした。

となりで彼女も
そっと手を合わせてくれた。

ぼくたちの祈りは
揺りかごの中まで
届いただろうか。
7-09 深くて暗い穴 [2011年10月14日(Fri)]

お祈りを終えたぼくたちは、
細い廊下をさらに奥まで進んで行く。

ほのかに見える
村長と校長先生の背中をたよりに
彼女と手をつなぎながら歩いて行く。

ぼくたちが歩いたこの長い距離が
揺りかごの大きさでもあるんだな。

この巨大な揺りかごの中に眠っている
核燃料は、溶け落ちたかたまりは
どんな大きさで、どんな形なのだろう。

大げさなゆりかごを目の前にすると
あらためて、自分たちの祖先が犯した
愚かなあやまちが実感できた。

その過ちのおかげで
どれだけ多くの人が...

そして彼女が...

胸が熱くなった。
怒りがこみあげてきた。

彼女の手を握りしめると
不思議そうに、彼女は
ぼくの方を見た。

まっすぐな視線で。

突然、目の前の
二つの背中が止まった。

どこまでも続きそうな空中の廊下が
ようやく終わったんだ。

またも分厚い金属の扉。
これも何重にもなっている。

そして、また真っ暗な長い廊下だ。

壁をくりぬかれて作られたような廊下は
少し進むたびに金属の分厚い扉で
仕切られていた。

それを何度か繰り返すうち
ようやく次の部屋に入るための
鍵付きの金属の扉にぶつかった。

カードと顔による
セキュリティチェック。

なんか特別なものが
隠されているのだろうか?

扉が開いて、向こう側に足を踏み入れると
そこには、また巨大な空間が広がっていた。

ただ、この空間をつくる壁は直線ではない。
四角く囲われてはいなかった。

向こう側の壁が見えないほど
巨大な円筒形になっていたんだ。

天井のあかりは、ほのかに見えたけど、
底はまったく見えない。


「さあ、こっちよ
 この橋を渡りましょう。」


ちょうど、巨大な円筒を突っ切るように
橋が渡されていた。

さっきと同じ、柔らかくて
下が透ける網目のような橋。

手すりはあるけれど
まるで空中を歩いているような気分だった。

なにしろ、足元には
巨大な穴がぽっかり空いているのだ。

どれだけ深いかわからない。
真っ暗な闇。

ぼくの気持ちを察したのか
校長先生が話しかけてくれた。


 「この底に向かって
  叫んでごらん」


え?

ぼくは、とまどったけれど、
手すりに体をおそるおそる預けながら
暗い闇に向かって叫んだ。

 
 「おーい」


ぼくの精一杯の声は
かすかな響きを残して
闇に吸い込まれていった。

そして、こだまは
忘れた頃に小さく帰って来た。

どれだけ深いんだろう?
なんのためにこの穴を....。

となりにいた彼女が
校長先生に尋ねた。


 「ここが...
  最終処分場なのね。」

 「そうだよ。」

 「はじめて...来た。」


最終処分場!

そうか、放射能で汚染された
土や、樹や、あらゆるものが...
ここに捨てられたんだ。

ぼくは、ニノミヤ先生の
尊い仕事を思い出していた。

汚れた土を再生しようと
さまざまな植物を植えては捨て
植えては捨て...。

この村の犠牲になった
かわいそうな草花たちも

ニノミヤ先生を助けて
放射能を取り込んだ草花たちも、

この穴の奥底で眠っているんだ。

なんて切ない場所だろう。


 「最終処分場っていう名前、
  私、好きじゃない。

  だって...。」


彼女は、ちょっと悲しそうに
つぶやいた。

ぼくにも、彼女の気持ちが
ちょっとだけわかった気がした。

放射能を浴びた両親から生まれて
ずっと特別扱いされてきた
彼女の気持ちが...

村長は、言葉につまった彼女を
やさしく抱きしめた。


 「そうね。
  私も好きじゃないわ。

  だから、見て。

  ほら、ここにも
  お花を飾っているの。

  そして、毎日みんなで
  お祈りを捧げています。

  だって、ここで眠る
  生き物たちには
  何の罪もなかったのだもの。

  さあ、今日は
  一緒にお祈りをしましょう。」


この...
誰も知らない大きな穴。

日本中の闇を引き受けてくれた
聖なる穴の真上で、ぼくたちは
長い長いお祈りをした。

もう形もとどめていない
かもしれないけれど...

どうか安らかにお眠りください。
7-10 待ち構えていた光 [2011年10月15日(Sat)]

聖なる穴の中心は静かだった。
宇宙の真ん中にいるような気分だ。

村長は、その中心から、
またゆっくりと歩き始めた。

この、深い闇の向こう側に
渡ろうとしているのだ。

どちらからともなく
ぼくたちは手をつないで歩いた。

もう怖くなんかなかった。

一緒に、向こう岸まで
歩いて行きたい。

そんな気持ちに
なったんだ。

やがて、橋の前方に
向こう側の壁が見えて来た。

一歩進むごとに円筒形の壁が、
こちらに迫ってくる。

あの壁の向こうには
何が待ち構えているのだろう。

橋を渡りきると、
その壁には、これまでにない
厳重な扉が用意されていた。

扉の上には、いくつものカメラが
埋め込まれていて、動き回っている。
ぼくらをすばやくチェックしているようだった。

一通りチェックが終わると
村長と、校長の前の壁が開いて
人の形にくりぬかれた穴が現われた。

そこに二人が入り込むと
その装置の中を光が上下左右に
飛び交い始めた。

どうやら、二人の全身をスキャンして
調べているらしい。

ぼくらは、初めて見る
不思議な光景に見とれた。

どうやら、この中には
よほど大切なものがあるらしい。

二人のスキャンが終わると、
今度は、ぼくたちの目の前の壁が開いた。

同じように人の形の穴があいている。


 「さあ、あなたたちも
  その中に入りなさい。

  人物を照合するのよ。

  この建物の入口でスキャンした
  あなたたちの情報と一致するかどうか。

  そうしないと
  次の部屋には入れないから...」


そうか。

知らないうちに、入口で、
ぼくの体の特徴も調べていたんだ。

この村の開けっぴろげな
雰囲気と似合わないな。

きびしいセキュリティに
ぼくは戸惑っていた。
  
おそるおそる
穴の中に入ってみる。

すると、かすかな光や音が
ぼくの回りを飛び交いはじめた。

早く終わって欲しいと思ったけど
なかなかチェックは終わらなかった。

やがて、すべての光や音が消え
ぼくの目の前に、先程と同じ
カードリーダーが現われた。


 「さあ、これで、
  みんなが同時に
  カードを入れれば
  扉が開くわよ」


ぼくは村長に
言われた通りにした。

すると、扉がゆっくり開いて、
目の前に明るい光が差し込んで来た。

まばゆい光だ。

最初はまぶしくて
目が開けられなかった。

少しずつ目が慣れると
大きな円卓のようなものが
見えて来た。

そして、ぼんやりと
人影も浮かんでいる。

円卓を囲んで
何者かが、ぼくらを
待ち構えているようだった。
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