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5-29 前代未聞の返上式 [2011年09月09日(Fri)]

「父」の呼びかけは、すぐにはじまった。

勲章を返上し、復興金に私財を投じることに
賛成してくれた有志は、100人を超えた。

しかし「父」は不満だった。

そこで、いわゆる「河橋メモ」に
掲載されている人の名前を
ネットで公開してしまった。

もちろん、父と、
どんなことがあったかは書かれていない。

それに、当時どんな役職にあったか
書いてあるわけでもない。

名前だけ。

でも、恐るべきネットワーカーたちは
すぐに、その名前の主が、どんな人物で何をしたのか
今どこで何をしているのかを突き止めて、
ネットで公表しはじめた。

それを、マスコミも面白おかしく取り上げたから
日本中が大騒ぎになった。

だから、気乗りがしなかった残り数百人たちも
勲章の返上式に参加するしかなくなったんだ。


そして、いよいよ、
前代未聞の「返上式」

天皇陛下が、異例の式にご出席くださるか、
「父」もぼくも不安でたまらなかった。

しかし、陛下は、
「父」がしたためた手紙を読んで
スピーチまでご用意してくださった。

「父」が手紙に何を書いたかは
ぼくにも教えてくれなかったけどね。

返上式の冒頭で行われた。
天皇陛下のスピーチは、
もちろん世界に放送された。

それを聴いた人なら
誰もが実感するはずだ。

今回の震災と原発事故で、
陛下がどれほど心を痛められていたかを。

遠い昔から、今に至るまで
陛下は、毎年、皇居の中で米作りをして
神様に捧げている。

日本全国が豊作でありますようにと。

だからこそ、田んぼや畑が汚されて
米作りができなくなった人たちの深い哀しみが、
誰よりも理解できたんだ。

さらに、七人の子供たちのことにも
陛下は触れられた。

言葉のひとつひとつに
福島や東北の子供たちへの慈愛が
満ちあふれていた。

最前列で聴いていた「父」は
うつむきながら号泣している。

もちろん、ぼくも。
そして、子供たちも。

今度は、勲章の返上者に向けて
陛下はスピーチを続けられた。

河橋メモが怖くて、いやいや参加していたように見えた
返上者たちも、みるみる態度が変わっていった。

陛下の口調はやさしかったが
厳しく責任を問う内容のスピーチだったからだ。

自分たちの犯した罪を、
ようやく恥ずかしく思ったのか
最後は、頭を垂れて、涙を流していた。


昭和天皇の玉音放送が
第二次世界大戦の終わりを告げたように、

平成天皇のスピーチが
戦後の一時代を終わらせた。

原子力ムラに代表されるような
戦後の政官財報の癒着が終わったと
誰もが実感したんだ。
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コメント
小6の息子と一緒に読んでいます。続きを楽しみにしています。いまの世の中も、このお話のように、よくなっていかないと!
Posted by: 555sugar555  at 2011年09月09日(Fri) 15:36