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この作品は、福島と日本中の人々を不安と悲しみに陥れ、世界にも多大なご迷惑をかけた「愚行=原子力発電所事故」を二度と繰り返さないために書き綴るSFファンタジー=親子で読める童話です。世界で一番危険な場所で、命をかけて、「人災」の収拾に取り組んでいる方々に、心からの敬意と感謝を込めて、何かを書かずにいられません。未来の子供たちに、少しでも安心で安全な世界と、美しい自然を残せるように、「こんな世界になったらいいな」という祈りをこめて、キーボードを叩きます。
7-14 黒き魔物との3つの約束 [2011年10月21日(Fri)]

おじいちゃんは辛そうだけど
話しだすと止まらなくなった。


 「しかし、ただお金を集めただけでは、
  この村も、世界も良くならない。

  そして、あの大きな黒い魔物たちは
  まだ力をもったままだ。

  また暴れだすだろう。

  そこで、私たちは考えた。
  毒をもって毒を制することを。

  このお金で、黒い魔物たちを
  呼び寄せるのだ。」


大きな黒い魔物?
毒をもって毒を...

どういうことだろう?


 「君も見たはずだ。

  君のすぐそばにいる子供たちの涙が
  世界中の株式市場を動かしたのを。

  原発ビジネスをしている企業群
  つまり魔物たちの片割れの
  弱点をついたんだ。

  銀行からの融資を止め
  株価を下げる。

  しかし、これだけで弱る
  魔物たちではない。

  かといって、
  戦い続けていても
  何も生まれないし、

  その間に
  日本は大変なことに
  なってしまう。

  さから、私たちは考えた。

  むしろ、魔物たちを
  生まれ変わらせるための
  新たな餌を、いや魔法の薬を
  使おうと。」


魔法の薬...
なんだろう?

ぼくは、彼女を見た。

きっと、彼女も
興味がわいているだと
思ったからだ。

しかし、彼女は
この話を知っているのか
目を輝かすというより
ちょっと辛そうな顔をしていた。


 「その魔法の薬が、
  君が通って来たであろう
  暗闇の中に置いてあった。

  気がついたかな?」

え?

そんな薬が
あの中にあっただろうか?


 「あまりに大きかったので
  気がつかなかったかな。

  それは...
  あの巨大なゆりかご。

  原発のゆりかごだ。」


ええっ。

あの四角いかたまりが
魔法の薬だって!


 「既に格納容器まで
  溶け落ちてしまった原子炉の
  怒りの炎を鎮めるには、

  その回りの土も含めて
  丸ごと囲い込むしかなかった。

  そして、この後
  どんな地震や津波が起きても
  大丈夫なように

  そっとゆりかごで包んで
  柔らかく守り続けるしかなかったのだ。」


そうか!
だから、ゆりかご。
ゆりかごと呼んでいたんだ。


 「これは、莫大なお金がかかる事業だ。

  研究開発の費用も入れれば、
  実際には、原発を作るよりも
  お金がかかったといっても良い。

  だから、この巨大な事業を受注すれば
  魔物たちは儲かると気づいたのだ。

  さらに、この技術と実績があれば
  今後、日本中で、世界中で、
  原子炉を廃炉にする時に注文がとれる。

  私たちは、そのように
  魔物たちに耳打ちした。

  つまり、電力会社が
  電機メーカーやゼネコンに使ったのと
  同じように、カネの力で
  魔物を味方につけたのだ。」


おじいちゃんが「カネ」という言葉を使った時、
ほんとは、ちょっとだけがっかりした。

でも、ぼくは、その言葉を使った
おじいちゃん自身が
一番残念そうな顔をしたのを
見逃さなかった。


 「あの世界中に迷惑をかけた原発事故の後でも、
  まだ、世界一安全な原発を作ると
  海外で公言する政治家もいた。

  だが、賢い魔物たちは、
  実はわかっていたのだ。

  ネットで何もかも知れ渡る世の中では
  この日本の甘くて汚い仕組みも長続きしない。
 
  そして、海外でも、もう日本製の原発は
  売れそうにないということをな。

  そこで、私たちは、魔物たちと一緒に
  世界で一番安全なゆりかごを作ろうと
  手を組んだのだ。」


知らなかった。

日本を駄目にした張本人たちと
侍たちは真っ先に手を組んだなんて...。


  「ただし、魔物を
   魔物のままでおいてはいけない。

   だから、私たちは、三つの約束を交わせる
   魔物とだけ、手を組むことにした。


   一つ目の約束は、原発建設からの撤退だ。

   私たちは、これから原発の建設には一切関わらない、
   原発を廃炉にして、再生可能な自然エネルギーを広める
   ビジネスしか行わないと明言させ、実行を見届けた。

   実際には、そうしないと、株価も下がるので
   すぐに同意した経営者も多かった。


   二つ目の約束は、この村に新会社を作ることだ。

   いきなり古い体質の会社の文化は変わらない。

   そこで、本社から選び抜いた人材を中心にして、
   この村に、廃炉と新エネルギーの新会社を作った
   企業にだけ発注すると宣言をした。
 
   その代わり、世界中から優秀な研究者を集め
   すべての規制を取り除いて、あらゆる実験を
   自由にできるようにした。

   さらに、税制でも、国際規制でも
   この特区では、世界で最も有利に変えていった。

   だから、多くの魔物たちは
   気がつけば、本社まで、この村に移したのだ。

   ここで生み出した最新の技術を
   世界に広めて、どんどんビジネスを
   拡大していった。


   三つ目の約束は、貧しい国に子会社を作ることだ。

   石油や天然ガスなどの資源を持たない国は
   エネルギーの自給ができるだけでも
   貧しい暮らしから抜け出すのに役立つ。

   そこで、先進国での廃炉ビジネスや
   自然エネルギーへの転換で儲かったお金で
   貧しい国にも技術を広めてもらうようにした。

   なあに、難しいことではない。

   この村に納める税金の一部を使って
   貧しい国にも子会社を作ってもらうだけのことだ。

   君も見てくれたね。
   この村の学校を。
   
   あの学校で、次のリーダーが学んでくれた国に
   優先的に作って、エネルギーの新会社を作って行った。

   だから、結局は、その国だけでなく
   その会社も利益が出て、しあわせになったし、
   その国に派遣された日本人の多くは
   英雄に変わったのだ。

   だから、多くの会社では,優秀な人ほど
   貧しい国の新会社の社長になりたがった。


   こうして三つの約束を守ってくれた
   魔物たちは、

   いつしか村の守り神に

   いや世界中で愛される
   日本の守護神に

   少しずつ変わっていったのだ。」
7-13 この村を築くための決断 [2011年10月18日(Tue)]

ぼくの声が届いたかのように
おじいちゃんはニコッと微笑んだ。

しかし、その後、
急に厳しい顔になって
強い調子で言った。


 「もし、君が、少しでも
  この村を好きになってくれたら、
  そして、私のことが好きになってくれたら
  こんなにうれしいことはない。

  しかし、私は心配している。

  ひょっとしたら、君は、
  この村の明るい部分しか
  見ていないのではないかと...。

  だから、私は
  これから、この村の
  もう一つの素顔について
  話さなくてはならない。」


明るい部分?
もうひとつの素顔?

ということは
ぼくがまだ知らない
何か暗い素顔でもあるのだろうか?


 「おそらく、今日の式典には
  この村を愛してくれている
  世界の友人たちが来てくれているだろう。

  彼らは、この村で学び、生活したことで
  この村と人々を敬愛してくれている。

  それは、この村にとって
  何よりも大切なことだ。

  この友情と信頼関係こそが、
  この村の平和と安全を守る基本だ。

  この村の人々の暮らし方
  大自然とも隣人とも共に生き
  お互いに信頼しあい助け合う精神を

  少しずつ、少しずつ
  世界中に広げることこそが、
  この国と世界を平和にしていく。

  それだけではない。

  まわりの国の資源や富を奪わなくとも
  自分の国の文化を捨てなくとも
  自然の恵みで行きてゆける

  そんな、エネルギーや食料自給の
  先端技術を開発して、
  世界に広めるためことも大切だ。

  きっと、今日の式典のスピーチでは
  世界の友人たちが、私の代わりに
  そんな話をしてくれたのではないかな。」


ぼくは、さきほど聴いた
ゲストのスピーチを思い出していた。

そうだ。

みんな、この村で学んだことを
自分の国に持ち帰った。

そして、便利だけれど、
無駄遣いをしないで助け合う。

そんな、新しくて懐かしい暮らしに
戻っていったんだ。

自分たちの文化も守りながら...


 「だが、それも、友人たちの力で
  いくつかの貧しい国が豊かになった
  今だから言えることだ。
  
  また、友人たちが
  いくつかの大国のあり方を
  変えることができたから
  安心して暮らせるようになったのだ。」


おじいちゃんは
ちょっとうれしそうにほほえんだ。


 「ところが...

  この村ができたばかりの頃は
  私たちは吹けば飛ぶような存在だった。

  だから、私たちには力が必要だった。

  これまでの奪い合い競争し合う
  世界を変えなければならない。

  それには、国と企業と学校と、
  さらには軍隊までが入り交じった
  得体の知れない黒い大きな魔物たちと
  世界中で戦わなければならない。

  その魔物たちは
  毎日を普通に暮らす人々の
  心や生活などお構えなしだ。

  もっと言うなら
  魔物たちの中で働く人々の心さえ
  凍り付かせながら

  黒い魔物は
  ただただ大きくなろう。

  そんな世界を巣食う魔物と
  戦うためには、力が必要だったのだ。」


得体のしれない...
黒い大きな魔物....
それって何だろう。


 「君も、この村が、
  世界中の人からのありがたい寄付からできた
  という話は、聴いただろう。

  しかし、それだけでは
  足りなかった。

  この村の汚染をとりのぞき、
  山や海に命をよみがえらせるにも

  原発を止めながら豊かになり
  世界中に美しい村をつくる
  夢の技術を開発するにも

  とても、とても足りなかった。

  私たちには、夢をかなえるための
  大きな財源が必要だった。」


村長は、手元にあったコップを
震える手で取って、水を飲んだ。


 「その方法は、どう考えても
  一つしかなかった。

  本当は飲みたくなかった劇薬だ。

  しかし、それしか方法がなかった。

  それは、日本中の汚染物質を、
  私たちが引き取るという選択だ。

  あの忌まわしい原発事故の後で、
  日本中の人が困っていた問題を
  根本的に解決できるのは、
  私たちの村だけだった。

  だから、私たち七人は決断した。

  だれもが、そばに置きたくない
  汚染物質を、原子力村で引き受ける。

  原発の横に、深い深い穴を掘っては
  そこに核のゴミを埋めていき、
 
  長い長い期間、この村で
  怒れる放射能を鎮めていこうと決めたのだ。」


ぼくは、言葉を失った。

さっき僕たちが歩いた巨大な穴は、
この村だけでなく日本中の汚染物質を
飲み込んだ悲しい闇だったんだ。


 「その代わり、国や県が用意した
  処分場を作り、核のゴミを廃棄するための
  莫大な予算を、そのまま、
  この村が受け取ることになった。

  自らばらまいた毒を
  今一度、自分たちで受け入れることから
  この村はスタートを切ったのだ。」
7-12 初めて知らされたこと [2011年10月17日(Mon)]

スクリーンには、
ひとりの老人が映し出された。

病院のベッドだろうか。
辛そうに体を起こしながら
ぼくたちを見据えている。

その顔には見覚えがあった。


 「はじめまして。

  この村、福島原子力村の、
  初代村長の原です。」


そうだ。

年をとってはいるけれど、
たしかに、元首相で
この村を作った原村長だった。

その目はやさしく、
それでいて、たしかな力を秘めていた。


 「2050年3月11日...

  この日が来ることを
  私はどれだけ待ちこがれたか。

  この日こそ、私たち七人の侍が
  目標にしていた期日なのです。

  放射能で汚染されてしまった
  福島原発のまわりのこの一帯を
  日本で一番美しく住みやすい村にしよう。

  もともとこの地に住んでいただけでなく
  日本全国から、いや世界中から
  この村に住みたいという人が
  集まってくる村にしよう。

  子供たちから、お年寄りまで、
  いつも笑顔が絶えない村、
  ご近所も家族のように仲良く暮らす
  コミュニティを創ろう。

  美しい海や里山を守って、
  人間と動植物が共生しながら
  100年後も、1000年後も
  続くような暮らし方をしよう。」

  さらには...

  日本が、世界が、
  困っていることを解決するために
  優秀な人材を育て、自然や文化を壊さない技術を作り、
  お金や仕組みも合わせて提供できるような
  世界貢献村になろう。

  そして...

  2050年の3月11日には、
  その達成を、みんなで祝いあえるようにしたい。

  そのため毎日一歩ずつ
  夢を失わずにがんばろう。」


話すのは、ゆっくりだけど
村長の声は、ぼくの心に
そのまま届いて震わせた。

まさに、今、目の前で
しゃべっているかのようだった。


 「ただ...残念ながら、

  私は、その日まで、
  生き長らえることは難しそうです。

  あと10年、生きたかったけれど...。

  でも...

  私の体は、放射線を浴びながらも
  思ったよりも長持ちしてくれました。

  だから、七人の子供たちが、
  立派に、私たちの後を引き継いでくれるまで
  見届けることができました。

  本当にありがたいことです。

  きっと、このビデオメッセージも、
  新しい七人の侍たちが
  一緒に見てくれていますね。

  どうもありがとう。

  みなさんがいなければ
  私たちの想いは達成できなかった。

  ありがとう。

  ありがとうございます。」


老人が、深々と頭を下げると、
あちこちですすり泣く声が聞こえて来た。

みんな、泣いているんだ。
さっきまで元気だった侍たちが...。

村長も泣いている。

原さんを心から慕っていたんだね。

老村長は、涙をふきながら
赤い目で笑顔をうかべて
話を続けた。


 「さて、今日の主役は来ているかな。

  君に会えるのを、
  私は心から待ち望んでいた。

  私のかわいい孫に...。

  君が生まれてから、
  毎日、写真を見て暮らしているんだ。」


老村長が手に取った写真立てを見て、
ぼくは,本当にびっくりした。

それは、ぼくのお父さんとお母さんが
大切にしている写真立てと同じだったから。

しかも、そこに入っている
5枚の写真までまったく同じだった。

ぼくの写真だ!

ぼくは....村長の孫だった?!


 「きっと、君は、
  今、びっくりしていることだろう。

  君と私とは、名字も違うし、

  お父さんもお母さんも、今日まで
  このことは話していなかったはずだ。

  私との固い約束だからね。

  私が昔、この国の首相として
  やり抜いた思い切った改革は
  一部の人から深い恨みを買った。

  だから、この村に移る時、
  私は家族を守るために、縁を切った。

  他の侍たちも同じだ。

  だから、妻も娘も名字が変わった。

  その娘が、君の父親と恋に落ち、結婚して、
  また、別の名字になったというわけだ。

  でも、私は、片時だって
  家族のことを忘れたことはない。

  娘も、君のお父さんも
  そのことは、よく理解してくれた。
 
  だから、君が生まれると
  真っ先に私に報告をしてくれた。

  そして、ぜひ君を会わせたいと
  言ってくれたんだ...。」


ここで、これまで威厳を保ってきた老人、
いや、ぼくのおじいちゃんが
突然、涙をこぼしはじめた。

ぼくは、思わず
「おじいちゃん」と声をもらした。

近くにいたら、そばにいって
手を取ってあげたかった。

涙を拭いて上げたかった。


 「...でも、私はそれを断った。

  私には、ひそかに誓った
  目標があったからね。

  それは....

  2050年3月11日
  福島原子力村が、世界中から祝福される
  記念の式典に、子供たちや孫たちを
  ゲストとして招くことだ。

  それまでは家族に会わない。

  私たちがちゃんとゴールに
  たどりつけるかどうか
  外から見守って欲しかった。

  しかし、君が生まれたことで
  私にもう一つの大きな目標が生まれた。

  すぐに、私にとって
  それは一番の関心事になった。

  それは、2010年3月11日に、
  私たちが成し遂げたことを
  かわいい孫に見てもらおうという計画だ。

  その時、果たして
  こう言ってもらえるだろうか?

  『おじいちゃんのやったことは
   立派だったよ。

   日本の人も世界の人も
   喜んでいるよ。』

  もし、君にそう言ってもらえるなら
  私の人生には意味があったことになる。

  そのためにも、体も心もガタはきているが
  まだやり残していることを片付けなくては。

  だから、君が生まれてからの3年は
  この老いぼれは、君から命を
  授かったようなものだ。

  ありがとう。
  本当にありがとう。」


おじいちゃんは、泣きながら
ぼくに深くおじぎをした。


 「おじいちゃん」


ぼくも涙が止まらなかった。

おじいちゃんは、ぼくのために
ぼくにこの村を見せたくて、
人生の最後にがんばってくれたんだ。


 「ありがとう。

  がんばったね...。

  おじいちゃん、
  ありがとう」

7-11 思いがけない歓迎 [2011年10月16日(Sun)]

今度の部屋は、今まで見て来た
巨大なゆりかごから比べると
はるかに小さな場所だった。

ちょうどプラネタリウムのような
大きさのドームになっている。

天井は、全体がスクリーンになっていて
村の地図や、イベントの様子など
たくさんの画像が映し出されている。

部屋の真ん中には、
直径5メートルぐらいの円卓があって、
それを囲むように椅子とモニターが並んでいる。

円卓の回りには、5人の大人がいて
ぼくらを待ち構えていた。

そして、みんな立ち上がって、
拍手でぼくらを迎えてくれたんだ。


 「ようこそ、原子力村の中心へ。」

 「よく来たね。」

 「会いたかったよ。」

 「なんとなく、
  面影があるな...。」

 「うん。思ったより頼もしい」


なんだか歓迎というより
ぼくをチェックしているみたい。

ふと彼女を見ると、
既に、みんなとは
顔見知りみたいだった。

村長と、校長先生も
5人の輪に加わって
ぼくをまっすぐに見た。

そして、村長が
微笑みながら言った。


 「どう、私たちに
  見覚えはない?」


ぼくは、並んだ7人の顔を
ひとりずつじっくり見た。


 「あ!」


ぼくは、気づいた!

もう大人になっているけれど
間違いないよ。


 「みなさんは...
  あの時の...
  七人の子供たちですね!」

 「おお!」


ぼくの一言で
七人から、歓声と
大きな拍手が巻き起こった。

七人のうち残り5人とは、
初めて会ったのに、
そんな気がしなかった。

学校の前の銅像と
ビデオで見ただけなのに
不思議な感じだった。

そして、
ぼくは、もう一つ気づいた。


 「すると...

  みなさんが
  新しい...七人の侍だったのですね」


七人は、笑顔を浮かべて
うなづいた。

そうか、七人の子供たちが
この村に帰って来て、
七人の侍たちの仕事を
引き継いだんだ!

ぼくは感動した!

七人の子供たちは

日本を変え、
故郷を変え、
世界を変えたんだ!

新しい侍たちは、
口々に、ぼくに話しかけてきた。


 「君のことはよく知っているよ。」

 「昔から、いろいろ聞いていた。」

 「昨日、この村に来てからの
  君の感想も読んだよ。」

 「それから、ゲームのプレイも...」

 「夕食も一緒だったけど気づいたかな」


なんだか、みんな楽しそう。
ぼくも嬉しなってきた。

しかし、盛り上がる5人を制して
校長先生が言った。


 「まあまあ、みんな話したいことも
  あるだろうけど...

  式典のフィナーレまでに
  ぼくたちも戻らなくてはならない。
 
  やるべきことを
  一番大切なことを

  すぐに始めなくては...」


やるべきこと!
一番大切なこと!

一体なんだろう?


 「そうだな。」

 「はじめよう。」


何が始まるんだろう?
ちょっと緊張してきた。


 「それでは、二人は
  この椅子に座ってください。」


ぼくたちは、円卓の椅子を勧められて
隣り合って腰掛けた。


 「それでは始めます。

  実は、ぼくたちも
  初めて見るんだけどね。」


部屋の電気が暗くなっていく。

正面のドームに四角い明かりが
映し出された。

5...4...

カウントダウンの数字が
表示されている

3...2...1

一体、何が始まるのだろう?
7-10 待ち構えていた光 [2011年10月15日(Sat)]

聖なる穴の中心は静かだった。
宇宙の真ん中にいるような気分だ。

村長は、その中心から、
またゆっくりと歩き始めた。

この、深い闇の向こう側に
渡ろうとしているのだ。

どちらからともなく
ぼくたちは手をつないで歩いた。

もう怖くなんかなかった。

一緒に、向こう岸まで
歩いて行きたい。

そんな気持ちに
なったんだ。

やがて、橋の前方に
向こう側の壁が見えて来た。

一歩進むごとに円筒形の壁が、
こちらに迫ってくる。

あの壁の向こうには
何が待ち構えているのだろう。

橋を渡りきると、
その壁には、これまでにない
厳重な扉が用意されていた。

扉の上には、いくつものカメラが
埋め込まれていて、動き回っている。
ぼくらをすばやくチェックしているようだった。

一通りチェックが終わると
村長と、校長の前の壁が開いて
人の形にくりぬかれた穴が現われた。

そこに二人が入り込むと
その装置の中を光が上下左右に
飛び交い始めた。

どうやら、二人の全身をスキャンして
調べているらしい。

ぼくらは、初めて見る
不思議な光景に見とれた。

どうやら、この中には
よほど大切なものがあるらしい。

二人のスキャンが終わると、
今度は、ぼくたちの目の前の壁が開いた。

同じように人の形の穴があいている。


 「さあ、あなたたちも
  その中に入りなさい。

  人物を照合するのよ。

  この建物の入口でスキャンした
  あなたたちの情報と一致するかどうか。

  そうしないと
  次の部屋には入れないから...」


そうか。

知らないうちに、入口で、
ぼくの体の特徴も調べていたんだ。

この村の開けっぴろげな
雰囲気と似合わないな。

きびしいセキュリティに
ぼくは戸惑っていた。
  
おそるおそる
穴の中に入ってみる。

すると、かすかな光や音が
ぼくの回りを飛び交いはじめた。

早く終わって欲しいと思ったけど
なかなかチェックは終わらなかった。

やがて、すべての光や音が消え
ぼくの目の前に、先程と同じ
カードリーダーが現われた。


 「さあ、これで、
  みんなが同時に
  カードを入れれば
  扉が開くわよ」


ぼくは村長に
言われた通りにした。

すると、扉がゆっくり開いて、
目の前に明るい光が差し込んで来た。

まばゆい光だ。

最初はまぶしくて
目が開けられなかった。

少しずつ目が慣れると
大きな円卓のようなものが
見えて来た。

そして、ぼんやりと
人影も浮かんでいる。

円卓を囲んで
何者かが、ぼくらを
待ち構えているようだった。
7-09 深くて暗い穴 [2011年10月14日(Fri)]

お祈りを終えたぼくたちは、
細い廊下をさらに奥まで進んで行く。

ほのかに見える
村長と校長先生の背中をたよりに
彼女と手をつなぎながら歩いて行く。

ぼくたちが歩いたこの長い距離が
揺りかごの大きさでもあるんだな。

この巨大な揺りかごの中に眠っている
核燃料は、溶け落ちたかたまりは
どんな大きさで、どんな形なのだろう。

大げさなゆりかごを目の前にすると
あらためて、自分たちの祖先が犯した
愚かなあやまちが実感できた。

その過ちのおかげで
どれだけ多くの人が...

そして彼女が...

胸が熱くなった。
怒りがこみあげてきた。

彼女の手を握りしめると
不思議そうに、彼女は
ぼくの方を見た。

まっすぐな視線で。

突然、目の前の
二つの背中が止まった。

どこまでも続きそうな空中の廊下が
ようやく終わったんだ。

またも分厚い金属の扉。
これも何重にもなっている。

そして、また真っ暗な長い廊下だ。

壁をくりぬかれて作られたような廊下は
少し進むたびに金属の分厚い扉で
仕切られていた。

それを何度か繰り返すうち
ようやく次の部屋に入るための
鍵付きの金属の扉にぶつかった。

カードと顔による
セキュリティチェック。

なんか特別なものが
隠されているのだろうか?

扉が開いて、向こう側に足を踏み入れると
そこには、また巨大な空間が広がっていた。

ただ、この空間をつくる壁は直線ではない。
四角く囲われてはいなかった。

向こう側の壁が見えないほど
巨大な円筒形になっていたんだ。

天井のあかりは、ほのかに見えたけど、
底はまったく見えない。


「さあ、こっちよ
 この橋を渡りましょう。」


ちょうど、巨大な円筒を突っ切るように
橋が渡されていた。

さっきと同じ、柔らかくて
下が透ける網目のような橋。

手すりはあるけれど
まるで空中を歩いているような気分だった。

なにしろ、足元には
巨大な穴がぽっかり空いているのだ。

どれだけ深いかわからない。
真っ暗な闇。

ぼくの気持ちを察したのか
校長先生が話しかけてくれた。


 「この底に向かって
  叫んでごらん」


え?

ぼくは、とまどったけれど、
手すりに体をおそるおそる預けながら
暗い闇に向かって叫んだ。

 
 「おーい」


ぼくの精一杯の声は
かすかな響きを残して
闇に吸い込まれていった。

そして、こだまは
忘れた頃に小さく帰って来た。

どれだけ深いんだろう?
なんのためにこの穴を....。

となりにいた彼女が
校長先生に尋ねた。


 「ここが...
  最終処分場なのね。」

 「そうだよ。」

 「はじめて...来た。」


最終処分場!

そうか、放射能で汚染された
土や、樹や、あらゆるものが...
ここに捨てられたんだ。

ぼくは、ニノミヤ先生の
尊い仕事を思い出していた。

汚れた土を再生しようと
さまざまな植物を植えては捨て
植えては捨て...。

この村の犠牲になった
かわいそうな草花たちも

ニノミヤ先生を助けて
放射能を取り込んだ草花たちも、

この穴の奥底で眠っているんだ。

なんて切ない場所だろう。


 「最終処分場っていう名前、
  私、好きじゃない。

  だって...。」


彼女は、ちょっと悲しそうに
つぶやいた。

ぼくにも、彼女の気持ちが
ちょっとだけわかった気がした。

放射能を浴びた両親から生まれて
ずっと特別扱いされてきた
彼女の気持ちが...

村長は、言葉につまった彼女を
やさしく抱きしめた。


 「そうね。
  私も好きじゃないわ。

  だから、見て。

  ほら、ここにも
  お花を飾っているの。

  そして、毎日みんなで
  お祈りを捧げています。

  だって、ここで眠る
  生き物たちには
  何の罪もなかったのだもの。

  さあ、今日は
  一緒にお祈りをしましょう。」


この...
誰も知らない大きな穴。

日本中の闇を引き受けてくれた
聖なる穴の真上で、ぼくたちは
長い長いお祈りをした。

もう形もとどめていない
かもしれないけれど...

どうか安らかにお眠りください。
7-08 揺りかごが鎮めるもの [2011年10月13日(Thu)]

村長は、廊下を
静かに歩き始めた。

足元の網が
わずかにたわんで
足を取られる。

この廊下は金属製かと
思っていたけれど、

足音や柔らかい感触からすると、
もっと軽い素材かもしれない。

なんだか不安定だ。

二人並んで歩けるから、
3メートルぐらいの幅はあると思う。

でも、足元が透けて
下には真っ暗な闇がのぞいている。

片側は壁だけど、
もう片側は手すりもないんだ。

巨大なゆりかごまで、
10メートル以上も空いていて
不気味な暗闇が広がっている。

なんだか怖いよ。

実は、高いところも
真っ暗なところも苦手なんだ。

そのことを彼女には知られまいと
なにごとも無いかのように歩いた。

でも、どこかぎくしゃく
していたのかもしれない。

彼女は、手すりの無い側に寄り添って
そっと手をつないでくれたんだ。

あたたかい手だった。

本当は、すごくうれしかった。
でも、ちょっと恥ずかしかった。

ぼくは、彼女に気持ちを悟られまいと

どうでもいい質問を
校長先生にしてしまった。


 「この下は...
  どのぐらい深いんですか?」

 「そうだね。

  怖くて歩けなくなると
  いけないけど...

  水面までは
  100メートル以上はあると
  言っておこう。 

  いざという時には、
  このゆりかごごと
  水の中に沈めるためにね。」


100m!

そんなに高いのか。

それを聞いて、
また足がガクガクしだした。

すると、彼女は、さっきより強く
ぎゅっと手をつないでくれた。

不思議なことに、
足のガクガクが止まった。

ぼくの感覚は、
あたたかくてやわらかな
彼女の手のひらに集中した。

つないだ手をゆっくり振りながら
一緒に歩くのがうれしかった。

わずか、2〜3分だったと思う。

何も言葉をかわさなかったけど
幸せな幸せな時間だった。


 「着いたわ。」


村長は、急に立ち止まった。

そこは、長い廊下の中央付近だろうか。
ゆりかごがちょうど正面に見える。

廊下が、そこだけ広場のように
せり出して舞台のようになり
小さな台が用意されていた。

スポットライトに照らされた台の上には
まだ火がついている長いお線香と
美しい花々が飾られていた。


 「みんなで、これからお祈りを
  しましょう。

  原発事故が原因で亡くなられた
  多くの人たちのために。

  この揺りかごができあがるまで
  大量の放射線を浴びながら
  命と引き換えに働いてくれた
  勇気ある人たちのために。

  この村からはるか離れたところにいながら
  被曝して命を落とした人たちのために。」


村長は、深々と頭を下げて
手を合わせた。

ぼくたちも、
村長の後ろでまねをした。

村長がお経をあげている。

それは、ぼくもよく知っているお経だった。
父の真似をして、いつの間にか覚えたお経。

不思議なことに、
みんなで一緒にお経を唱えていると
少しずつ怖い気持ちも薄れてきた。

この村の、世界の子供たちの
未来のために命を落とした人に
心の中でお礼をしながら
お祈りしたんだ。

村長のお経が終わると、
ふたたび沈黙が訪れた。

すべての音が
目の前や足元の闇に
吸い取られているかのようだった。

ふと彼女を見ると
涙をこぼしていた。

ぼくは、あわてて目をそらした。
とても神々しいものを見た気がしたから。

そして、彼女のことが
ますます好きになった。


 「一緒にお祈りしてくれてありがとう。

  この揺りかごが鎮めているのは、
  原子炉の残骸だけではありません。

  私たちは、毎日、揺りかごの前で
  お祈りをしています。

  無念の死を遂げた魂が
  安らかな眠りにつけますように。」


40年も経っているのに
安らかな眠りにつかない原子炉。
安らかな眠りにつけない魂。

巨大なゆりかごだけでは
鎮めることはできないのか。

この村の人たちは
これまでも、これからも
揺りかごのお世話と一緒に
毎日お祈りを続けるんだね。

ぼくは、もう一度
手を合わせてお祈りをした。

となりで彼女も
そっと手を合わせてくれた。

ぼくたちの祈りは
揺りかごの中まで
届いただろうか。
7-07 重くて固い巨大揺りかご [2011年10月12日(Wed)]

建物の中に入ると、白い防護服に
身を包んだ人が待ち構えていた。

そして、ぼくたちにも、
防護服を身につけるように言った。

え?
ぼくたちも着るの?

いったい、どこまで近づくんだろう?

村長は、振り返って
ぼくたちに笑いかけた。


 「大丈夫。怖がらないでいいのよ。

  これから、この建物の奥の
  特別な場所に入るから...

  念のため、着てもらうだけ。」


となりにいた彼女は、
さっさと用意をしている

僕も、急いで着なきゃ。

4人が着替えると、
案内役の人が、ぼくたちを先導した。

冷たいコンクリートで囲われた
細く長い廊下を進んで行く。

薄暗い中をまっすぐ進んでは、右に曲がり
また、真っすぐ進んでは、右に曲がる。

ぐるぐると回りながら
原子炉に向かって
進んでいるのだろうか。

あまりに単調な景色で
ぼくは逆に怖くなった。

もはや、何周したのか、
どの方角に向かっているかも
わからなくなっていた。

何分ぐらい歩いただろう。

ようやく、廊下は行き止まり
重そうな金属製の扉が現われた。

引率してくれた係の人と村長が、
扉の両側にある装置に
カードをかざしながら、
自分の顔をカメラに向けた。

装置の表示が
赤から緑に変わった。

校長先生も、後に続く。

また装置は
緑色を表示している。

校長先生は振り返って
ぼくたちにカードを差し出した。


 「このカードは、君たちのものだ。

  さあ、君たちもやってごらん。
  そうしないと、ここから中には入れないよ。」


ぼくも見よう見まねで
やってみる。

この装置に、ぼくの顔も、
既に登録されているのだろうか。

一瞬の空白。

緑だ!よかった!

彼女は、淡々と
カードを差し出して
ちょっとにらむようにカメラを見た。

そして、装置が緑になると、
ようやく扉がゆっくりと開いた。

すると、突然、ほの暗い
部屋が現われた。

おそるおそる中に入ってみると
自動的に、ほのかな照明がついた。

あ!

ぼくは思わず声をあげた。

部屋だと思った場所は、
実は、巨大な空間だったんだ。

天井は、どこまでも高く、
目の前と、右側とに広がる奥行きも、
どこまで続いているのかよくわからない。

そして、ぼくたちが立っている
金属の網目の床の下にも、
おそろしい闇が広がっていた。

しかし、何より驚いたのは、
この広い空間の中央に
黒々と浮かんでいる
巨大な立方体だ。

一辺が100メートル...
いや、もっと大きいかもしれない。


 「ひょっとして、
  あの中に....」


誰にたずねたわけでも
なかったけれど

ぼくのつぶやきに
村長が答えてくれた。


 「そうよ。

  あの中に、事故を起こした原子炉が
  まるごと封じ込められているの。」


一瞬、沈黙が流れた。

今度は、彼女がつぶやいた。


 「なんだか。
  浮いているように見える。」

 「そう見えるわね。

  どんな地震や、津波が来ても
  大丈夫なように、

  6つの方向から柔らかく支えて
  揺れるようになっているのよ。

  だから、私たちは
  揺りかごって呼んでいる。

  もう目を覚まして
  悪いことができないように
  揺りかごに寝かせてあるの。」
7-06 祭りの最中に向う場所 [2011年10月11日(Tue)]

その後は、スピーチというより
この村と仲良しの国々の
歌と踊りで盛り上がった。

まるで、お祭り
野外音楽フェスティバルだよ。

舞台の上のゲストたちは
それぞれお国自慢の民族音楽の
バンドやダンサーを連れてきていたんだ。

簡単なスピーチと
その歌詞やメッセージについて話すと、
あとはバンドやダンサーの紹介だ。

もう言葉はいらない!

もちろん、この村の人が
初めて見聞きする音楽や踊りも
多かっただろう。

でも、会場は総立ち、みんなで歌ってる。
となりの人と手を取り合って、踊り出している。

平和って
こういうことなのかな。

ぼくも、彼女の手を取りたいなと思った瞬間、
村長と校長先生が、ぼくたちの前に現われた。


 「二人を案内したいところがあるの。
  ついていらっしゃい。」


ぼくは、もっと祭りの続きが見たかった。
一緒に歌って踊りたかった。

でも、村長の言うことにしたがった。

だって、笑顔を浮かべた村長の目の奥に
今まで見たことのない真剣な光を感じたから。

ぼくたちは、みんなに知られないように
舞台の裏側から、そっと抜け出した。

早足の、村長と校長先生の後を
ばくたち二人もあわてて
ついていったんだ。

みんなの歌声や歓声が
背中の方で小さくなっていく。

ちょっとさみしいな。

そのかわり、目の前には、あのおぞましい建物が、
原発を囲ったコンクリートの固まりが迫ってくる。

ぼくたちは、きっと
あの中に入るんだなと直感した。

そう思うと
心臓がどきどきしてきた。

これから何が起きるのか
どんな風景を目にするのか

ぼくには想像ができなかった。

原発跡と公園をさえぎる
林の中を、4人で進んでいく。

豊かな緑の小径だ。

風の音や、小鳥のさえずりが聞こえるけど、
おそろしいほど静かな場所だと、
ぼくは思った。

なんだろう。
このゾクゾクする感じは。

5分ほど歩いて、林を抜けると、
突然、目の前に、巨大なコンクリートの
固まりが現われた。

それは、高い高い壁に囲われていた。
これでは誰も近寄れない。

何もかも開けっぴろげな村の中で、
ここだけ異様な光景だ。

さらに、入口では
何名もの警察風の人たちによって
厳重な警備がされていた。

ぼくたちを見つけると
彼らは、いきなり銃をかまえた。

心臓が止まるかと思ったよ。

その後、ぼくたちが
村長や校長先生の一行だとわかると
敬礼をしてあいさつをした。

しかし、そのまま
中に通してくれるわけではなかった。

村長であっても
指紋や瞳を機械に押しあてて
人物チェックをしたんだ。

厳しい持ち物検査や
ボディチェックもしている。

もちろん、ぼくたちも
同じように調べられた。

チェックが終わるのに
何分かかったかわからないよ。

なんて厳重な警備だろう。

ぼくは、この中に
何か特別なものが隠されていると
直感した。

期待と不安がふくらんで
胸がはりさけそうだった。


 「ここに来たことある?」


ぼくは彼女に
小声でたずねてみた。

彼女は、ぼくの方を見て
首を横に振った。
7-05 米国の田舎知事だった長官 [2011年10月09日(Sun)]

博士のふるさとの民謡の大合唱には、
壇上に上がっていたゲストの人たちも参加していた。

終わると、会場の人たちと一緒に
大きな拍手を、みんなで贈り合っていた。

笑顔。笑顔。笑顔。

こんなにたくさんの笑顔を
間近で見たのは初めてだった。

となりで立ち上がって、
人一倍大きな拍手をしている
彼女の笑顔もまぶしかった。

ぼくは本当に幸せな気分に
満たされていた。

続いて、博士と握手をして
ジーンズ姿の大男が現われた。

この人なら、ぼくも知っている。
アメリカの財務長官だ。

また日本語であいさつを始めたけど
もう驚かないよ。


 「みなさん、こんにちは。
  いや、ただいま帰りました。」


会場のあちこちから「おかえりー」
という声が飛んでいる。


 「本当なら、すぐにでも
  私のふるさとの民謡を歌いたいのですが、
  
  アメリカの国民を代表して、
  いや、世界の人々にかわって、

  ぜひみなさんに、
  そして七人の侍と子供たちに
  心からのお礼をさせてください。」


え?

米国の財務長官が、
福島原子力村にお礼をするの?


 「40年前、震災が起きた年。

  私は、ウォール街の投資銀行で
  若き幹部社員として活躍していました。

  片田舎から死にものぐるいで勉強して、
  あこがれの仕事についたのです。

  しかし、海の向こうの日本で
  驚くべきことが起こりました。  

  銀行に並ぼうと訴える子供たちの涙と
  それを応援するインターネットの力で、
  一夜にして、世界が変わったのです。

  株式市場も、銀行も、そして事業会社も
  名も無い個人が集まってお金を動かしたらす
  無力だということがわかりました。

  それだけではありません。

  日本の首相や銀行家が、
  七人の侍たちが、この村で
  信じられないような実験を始めたのです。

  だから、私は、思い切って
  仕事をやめてしまいました。

  そして、この村に飛んで来て
  多くを学んだのです。」


信じられないような実験?
いったい何だろう?



 「まず驚いたのは、寄付の呼びかけだけで
  小さな国ができたことです。

  福島原子力村の美しい構想を発表しただけで、
  驚くほどの寄付が世界中から集まりました。

  小さな国をまかなうには
  十分な財政基盤ができたのです。

  世界中の国々が財政赤字や国債で苦しんでいるのに
  志と夢だけで、なんと無償のお金が
  世界中から集まったのです。」


そうか、この村は特区で、
いわば小さな独立国。

国づくりの資本金が必要だけど
日本政府からのお金より
世界中の寄付の方が大きかったんだ。


 「次に驚いたのは、できる限り地元で経済を回そうという
  最適地域圏という発想です。

  私がビジネススクールで習ったのは、
  世界一、給料が安いところで生産して
  世界一、顧客が多いところで販売するといった
  グローバルな経営モデルでした。

  ところが、この村で始まった古くて新しい経済は、
  たとえ値段が高くとも、なるべく地元の
  それも知っている人から買おう、
  その分、長く大切に使おうというものでした。

  それは、法律でも新しい仕組みでもありません。

  ただ、みんなで「そうした方が幸せだ」と意識して
  買い物の仕方を変えるだけで実現したのです。

  みんなが買い物の仕方を変えた結果、
  世界中で失業が増えているのを横目に、
  この村では、仕事がたくさん生まれていきました。

  さらに、仕事は、みんなで分け合うことで増えました。
  週に3日働いたら、あとは他のことをするという
  新しい生き方を、みんなで始めたのです。

  給料をもらえる仕事日の3日以外は、
  地元のNPOの活動を手伝ったり
  家庭菜園や釣りをして食料をまかなったり、
  趣味の仕事を楽しんだりする。

  そんな暮らしが当たり前になって、
  みんな生き生きしていたのです。

  この村では、土地も住宅も、
  村から安く借りられる仕組みでしたし、
  食料も、エネルギーも自分でまかなったり
  ほとんどタダのように安かったのです。

  だから、「食べるためにあくせく働く」
  必要がなかったのですね。

  それに、自然が豊かで、みんな仲良しで
  誰もがお金のかからない趣味を楽しんでいた。

  山登りや自転車、祭りや踊り、
  読書や詩作、絵画や写真...
  
  だれもが仕事以外にも何か特技を持って
  誇りを持って暮らしていた。

  これは、年中無休、24時間働いてきた
  仕事人間の私にとって衝撃でした。
  
  たしかに地位も収入も得ましたが
  この村の人より、私は幸せでないことに
  気づいたのです。

  だから、本当にこの村に来れて良かった。
  本当に幸せでした」


またも会場から大きな拍手が
まきおこった。

そうか。

この拍手と笑顔の人たちが
幸せに生きる達人なんだ。

ウォール街より
この村の方が良かったんだ。

国や会社が大きくなったり
収入が増えたりすることと
幸せになることは
イコールじゃないんだね。


 「でも、私が一番驚いたのは、
  お金の流れ、お金の使い方でした。

  この村は、まるで中小企業のように
  お金をかけずに運営されていました。

  どうしても村でやらなければいけないこと以外は、
  役所のかわりに企業やNPOがやっていました。

  議会や役所の仕事も、ボランティアで
  みなさん仕事の合間にこなしていました。

  もちろん、最初の10年は、放射能の除染や、
  新しいエネルギー投資にお金がかかっていましたが、

  やがて、そうした原発事故の後始末も終わりました。

  逆に、村の産業が花開いて税収が増えたり、
  研究成果が花開いて特許収入なども増えて
  村は豊かになってきました。

  普通なら、そのお金を、
  無駄遣いしたり、自分のふところに入れたり
  ウォール街に預けて悪さをしたり!
  するところです。」


長官は、ウインクをした。
場内を笑いが包む。


 「ところが、この村では、
  そのお金を、世界中の恵まれない国々や
  地域に送り始めたのです。

  ウォール街の人たちが投資をしないような
  貧しい国や地域に、寄付と、無利子の融資を
  続けていきました。

  それも、ただお金を送るのではありません。

  自然エネルギーや農業技術など最新のハイテクを
  特許料抜き、人材育成つきで贈与したのです!

  この村でできたことを
  それぞれの文化を大切にしながら
  世界中に広めていきたいと
  七人の侍たちは心から望んだのです!」


ええっ。

歴史の教科書にも、
そんなことは書いていなかったよ。

自分たちだって大変だったのに
せっかく豊かになったのに

人知れず、世界の国々を
助け続けていたなんて。

すごい。
すごいよ。


 「助けの手をさしのべてもらったのは、
  発展途上国だけではありません。

  実は、私のふるさとも、
  この村に救ってもらったのです。

  私のふるさとには、
  かつて、いくつもの農園や工場がありました。

  しかし、今では、賃金の安い中南米に移転して、
  すっかり空洞化してしまいました。

  学校を出ても就職できない人であふれ
  所得格差は広がり、治安は悪くなる一方でした。

  私は、この村で学んだことを
  まずは、自分が生まれた街で試してみました。

  そして、成果が上がると、
  またとなりの街に広げて行きました。

  そして、いつしか州知事になり、
  今では財務長官となりました。

  この村で学んだことを活かして、
  それぞれの地域の人たちが、
  笑顔で幸せに暮らせる仕組みを
  米国全土に広げようとしているのです。

  米国で一番のお金持ちは
  有名な財閥でも創業社長でもなく。
  多くの人たちが働いて積み立てた年金です。

  その大切なお金、世界中の株式を上げ下げして
  人や国を不幸せにするためではなく

  積み立てた人たちのふるさとが幸せになるために
  使えるようにするのが、私のサムライスピリットです。

  なにもかも、この村のみなさんから
  私が教わったことです。

  本当にありがとうございました。」


長官は、深々と
会場の村人たちに頭を下げた。

壇上のゲストも
きっと同じ想いだったのだろう。

みんな、もう一度立ち上がって
一緒に頭を下げていた。

長官は、長いおじぎを終えると、
大きく深呼吸をしてから笑顔で言った。


 「さあ、堅苦しい話はここまでにして、
  みんなで、民謡を歌いましょう。

  民謡を歌って踊るのに
  お金はいりませんしね。」


場内から大きな笑い声と
そうだーっと叫ぶ声。

そして、長官が歌いだそうというその前に
はやくも会場から歌声が流れ出した。

その歌声は、みんなに伝わって
どんどん大きくなっていく。

ああ、長官も一緒に歌っている。
さっきの博士と肩を組んで歌っている。

会場のみんなも
肩を組んで歌いだした。

こんな特別な光景を、
2011年の福島の人たちは
世界の人たちは想像できただろうか。

悲惨な事故の40年後に、
日本に、それも福島に
世界を変えた人たちが集まって
肩を組んで歌っているんだ。


その時、ふと、
ぼくの肩に重みを感じた。

え。

となりを見て
今度は体中に電気が走った。

彼女が、ぼくと肩を組んで
歌っているんだ。

なんて幸せなんだろう。

ぼくはそっと目を閉じた。

すると、たしかに感じるんだ。
彼女との心の絆を。

ここにいるすべての人たち、
この村とつながっている人たちとの
あたたかな絆を。

誰もが知っている民謡を
口ずさみながら、ひとつになる。

ひとつになるって
こういうことだって
ぼくは体中で感じていたんだ。