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「尖閣を日中友好特区に」だって?! [2012年09月30日(Sun)]


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驚きました。きょうの朝日新聞「声」欄に、
「尖閣を日中友好特区に」という投書が載っていました。

今度は韓国が対馬を要求してきたら、
これも友好特区ですか?

さらには、中国が「琉球王国はもともとわが国に
朝貢してきた」と言って来ればこれも
「友好特区」ですか。

さらにさらに「倭奴国」は・・・と言ってきたら、
もうばかばかしくて、その人に
中国にでも帰化されたらとお勧めしたくなります。
熊と八との政局談義 [2012年09月30日(Sun)]
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    12日、奈良の能楽堂で行われた北方領土返還要求奈良県民大会控室で、
    講師の吹浦忠正(右)と“前座”(本人の申し出口上)の石破茂総裁選候補者
    (自民党新幹事長)。



熊「おい、八、おまえウラジオストクに行ってたんだってな」

八「それがどうした?」

熊「土産はねえのか? 日本は大変だったんだぞ」

八「ああ、自民党の総裁選か?」

熊「うん、大逆転だったんだぞ」

八「だって、予想通りじゃないか」

熊「そういえばそうだが、それなりにはらはらしたよ」

八「?」

熊「間接的な次期総理選びじゃろが」

八「それは解る。でも、石原は非力で後ろに古賀、森、オヤジの“3老人”が控え、町村は人気ない上に選挙戦中に車椅子、とても戦える人じゃない。林はまずは衆院選挙で上がってこなくちゃ」

熊「八にしちゃ事態を理解しちょる」

八「ただ、元気になったとはいえ前回の安倍の辞め方にどれだけ国民ががっかりしたか・・・」

熊「そりゃほんとに病気だから仕方ないじゃないか」

八「健康も実力のうち。しっかり管理しなくちゃ」

熊「はいはい、よくお伝えしておきます。で、八先生、石破は?」

八「まずはスマイル、第二に経済に識見を、というところだな」

熊「政策以外の党務もしっかりこなさなくちゃね」

八「幹事長をどうこなすかだ」

熊「そのためには?」

八「内外の情報が集まるようにしなくちゃいかんね。それから」

熊「それから?」

八「人格識見ともに幅を広げることかな」

熊「これも、よくお伝えしような」

八「自民党内でも国会議員票で逆転されるくらいなんだから、党内にきめ細かく浸透しなくちゃね」

熊「名刺に一筆書いて配るとかか」

八「それもそうだが、ネアカになってほしいな」

熊「どうして党員票で勝てたのかな?」

八「まめに周っているよ、全国を。それと新鮮さ、さらには安倍もそうだけど、周辺諸国が国境付近で騒いでくれたことがこの二人を後押ししたね」

熊「確かにたしかに。で、民主党はどうなんだい?」

八「野田はそれなりに頑張ってはいるが、いかにも“政局が第一”を学びすぎている」

熊「12月にモスクワに行くんだろ?」

八「それだって年内解散を先延ばしする手段であることが見えみえじゃないか」

熊「プーチンになめられるし、足もとが見られてるね」

八「今のロシアには北方領土返す気はないと見て、“天の時”を待つしかないんだ」

熊「“天の時”?」

八「両国の政権の安定、盤石の日米関係、良好な米露関係、微妙な中露関係、順調な日本経済、原油価格の下落・・・」

熊「そんな旨いことってあるかね?」

八「ソ連崩壊からの10年近くがそうだったが、両国とも政権は弱かったね」

熊「だからまず、日本国内にしっかりとした政権基盤をつくる」

八「そしてその間に、さまざまなシミュレーションを行って、ロシアを説得できる材料を用意することだ」

熊「きょうの八はなかなか言うのう」

八「台風接近だが、平常心だからよ。ま、安倍・石破ペアに期待しようぜ」。
                      (文中・敬称略)
サントリーホールの舞台裏に著名演奏家の色紙が [2012年09月17日(Mon)]


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ご存知、サントリー・ウィスキーやビールのマーク。この写真はサントリーホールの楽屋入口に立つ私の身長ほどの高さの標柱。「響」の一字をデザイン化したものです。ウィスキーも音楽も響きできまるということから来たそうです。

さて、そのサントリーホールの舞台裏(back stage)にはここで演奏した巨匠たちの色紙が大きなボード3枚に展示しています。サントリーホールでは時々、back stage tourというのをしていますので、ご覧になった方も多いかと思いますが、13日に「忘れないで3.11」チャリティ・コンサートを主催した時、何度か通りかかりましたので、急ぎ、撮影しておきました。

朝比奈 隆、小澤征爾など日本人の著名な指揮者のサインもありますが、欧米人演奏家のも、この写真を拡大して、判読してみてください。
人民日報が尖閣を日本領と認めている [2012年09月17日(Mon)]
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以下は外務省のHP。中国の皆さん、これを認めないのは、反国家的犯罪ですぞ。中国共産党中央委員会の機関紙・人民日報さんがこう書いているのですから。この記事を拡散しましょう。

      ✾  ✾  ✾  ✾  ✾

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/qa_1010.html

【参考:1953年1月8日人民日報記事「琉球諸島における人々の米国占領反対の戦い」】(抜粋・仮訳) 
「琉球諸島は,我が国(注:中国。以下同様。)の台湾東北部及び日本の九州南西部の間の海上に散在しており,尖閣諸島,先島諸島,大東諸島,沖縄諸島,大島諸島,トカラ諸島,大隈諸島の7組の島嶼からなる。それぞれが大小多くの島嶼からなり,合計50以上の名のある島嶼と400あまりの無名の小島からなり,全陸地面積は4,670平方キロである。諸島の中で最大の島は,沖縄諸島における沖縄島(すなわち大琉球島)で,面積は1211平方キロで,その次に大きいのは,大島諸島における奄美大島で,730平方キロである。琉球諸島は,1000キロにわたって連なっており,その内側は我が国の東シナ海(中国語:東海)で,外側は太平洋の公海である。」

(中国語原典)
【参考:一九五三年一月八日人民日报文章《琉球群岛人民反对美国占领的斗争》】(摘录)
“琉球群岛散布在我国台湾东北和日本九州岛西南之间的海面上,包括尖阁诸岛、先岛诸岛、大东诸岛、冲绳诸岛、大岛诸岛、土噶喇诸岛、大隅诸岛等七组岛屿,每组都有许多大小岛屿,总计共有五十个以上有名称的岛屿和四百多个无名小岛。全部陆地面积为四千六百七十平方公里。群岛中最大的岛是冲绳诸岛中的冲绳岛(即大琉球岛),面积一千二百十一平方公里。其次是大岛诸岛中的奄美大岛,面积七百三十平方公里。琉球群岛绵互达一千公里,它的内侧是我国东海,外侧就是太平洋公海。”
チャリティ・コンサートに皇后陛下 [2012年09月14日(Fri)]
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当日午後のゲネプロで稽古する今井信子さん(ヴィオラ)と
岩田恵子さん(ヴァイオリン)。
  指揮は杉山洋一さん。
  演奏終了後、羽田空港に向かい、イタリアでの仕事に戻られました。
何度かリハーサルを拝見し、この人の音楽的な素晴らしさと、
  人間性の豊かさ、そして情熱と体力に惚れました。





難民を助ける会主催(社会福祉法人さぽうと21共催、日本ロレックス協賛)のチャリティ・コンサート「忘れないで3.11」は、おかげさまで大きな感動の中で、13日21時35分に終了いたしました。ご協力ありがとうございます。

東日本大震災から1年半、「がんばれ 日本!」が掛け声だけにならないよう、これからもキメ細かく、活動を継続してまいりたいと思います。

コンサートではまず、ヴィオラの世界的巨匠・今井信子さんとアムステルダム・ロイヤル・コンセェルト・ヘボウの第一ヴァイオリン・岩田恵子さんによるデュオでした。ほぼ満員のサントリーホールに2つの弦楽器が荘厳な音色で響きあいました。

第二部からは皇后陛下がお越しくださり、場内いっぱいの拍手で迎えられました。二人のソリストによる「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏曲」。とても有名な曲ですが、実は、私はナマ演奏を聞くのはこれが初めて。皇后陛下と難民を助ける会とのコーディネータ役と貴賓席を総括する立場をしばし忘れ、聞き入りました。

第三部は、「モツ・レク」、モーツアルトの「レクイエム」。合唱団は合唱指揮の辻秀幸さんに長年鍛えられたベテランが中心。最高齢は84歳のアルトと80歳のテナーの方でしたが、みなさん、なんどもリハーサルに参加してくださり、本番は非の打ち所のない名演奏でした。

皇后陛下のすばらしさについては、さきほど、昨夜もいらしてくださったある女性から「日本の宝、女神様」というメールをいただきましたが、ほんとにすばらしい方だと、いまさらながら頭が下がりました。

というのは、合唱団の最後の人が下手(しもて)に消え去るるまで、拍手をし続けておられたのです。聴衆のみなさんももちろん一緒に拍手し続けてくださいました。ある合唱団の女声メンバーは「こんな感動的な思いはありません」と演奏終了後、涙ぐんで語っておられました。

全曲がモーツアルトという中で、被災地の福島県相馬から「野馬追い」の法螺貝の役を受け継ぐ3人の方(最年少は17歳の女性)が長(おさ)有紀枝理事長とともに第三部の冒頭に登壇し、この伝統行事について述べ、震災と原発事故を克服してゆく決意を話し、3曲を披露してくれました。

私は皇后陛下を貴賓室前でお迎えし、2回の休憩時に難民を助ける会の野際沙綾子東日本大震災救援支援活動東北本部長ほかと救援活動の状況をご説明申し上げ、また、演奏者ご引見の進行役を務めました。

天皇皇后両陛下はもちろんのこと、皇室の方々がご来臨くださると、いつもながら出演者やボランティアの集中力が一挙にアップして持続し、聴衆の感動もより大きくなり、これが精神的(モーラル)サポートというものだと痛感します。

みなさまとすばらしいコンサートが出来ましたことをもう一度、大きな声で、「ありがとうございます」と申しあげ、私の気持ちをお伝えしたいと思います。
自民党総裁選 [2012年09月13日(Thu)]






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ところで、石破さん以外の自民党の総裁候補を眺めてみましょう。

石原伸晃候補はどうなんでしょう? 国土交通大臣の経験はありますが、「オヤジの息子」という以外に、どんな見識や志のある方なのでしょう? お付き合いがないので分かりません。昨日まで一心同体として仕えていた谷垣さんを退けるんですから、明智光秀のようなひとなのかなぁ。

安倍晋三候補は既に首相を経験しましたから、そのすばらしさはみんながよく知るところ。先日も仙台で昼食をご一緒しましたが、「きょうはこれから浜松でもうひとつ講演してから帰京する」とおっしゃっていました。健康もすっかり回復した様子。期待値が高いですね。

町村さん? 総理総裁もいいけど、選挙区(札幌)での人気があまりに低い。札幌在住のわが友人たちは口をそろえて、「お父様(元北海道知事)はご立派でしたが・・・」といいます。

これで、旧福田派は三塚、森、町村と派閥を受け継ぎ、福田赳夫、森、小泉、安倍、福田康夫と総理総裁を輩出したのですが、町村も安倍も一緒に総裁選に出るというのでは派閥は解体ということになるでしょう。

林芳正候補は、まず参議院から衆議院に議席を鞍替えすることが先でしょう。商社員としてNYに勤務し、経済も財政も外交も分かる人です。ただ、衆議院なら同じ選挙区に河村建夫元官房長官がいるので、そこの調整はどうなっているのでしょう。

民主党は野田さんの続投でしょうから、自民党の総裁選挙をしっかりと注視してゆきたいと思っています。
石破茂さんとご一緒しての笑い話 [2012年09月13日(Thu)]


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     9月12日、奈良・能楽堂講師控え室で。



自民党総裁選挙の有力候補・石破 茂衆議院議員とご一緒に、「北方領土返還要求奈良県民会議総会」で記念講演をしてきました。場所は奈良公園の真ん中にある能楽堂。庭の美しさに言葉を失うくらいの会場です。「立ち見」もいるほどの超満員。ご本人が冒頭、「吹浦先生の前座を務めに参りました」と言っておられましたが、もちろん、お客は「時の人」の顔を見にきたに違いありません。

でも、「前座」が40分ほど話をして退出したら、半分になるはず?の人が、二人出ていっただけで、「想定外」の進行ぶりに私も大いに張り切り、1時間ほど話しました。

「4島一括返還」の私の意志は固く、その点ではかねて石破議員とは一致し、数年前にはモスクワでの「日露専門家対話」にもご一緒していただきました。

時節柄、せっかくの機会ですから昨日は、もちろん内緒の話もしましたが、1つだけ、面白い話がありましたので、ここに記しておきます。

吹浦「今回の自民党総裁候補の中であなたはきちんとした国家観を持ち、外交や安全保障という他に換えがたい専門もお持ちです。農水大臣のころもなんどかお目にかかりましたが、オタクとかマニアとか言われてきた軍事以外に、新しい分野に果敢に挑戦し、十分こなされているとお見受けしました。ところで、経済についてですが・・・」(文字にするといかにも堅苦しいですが、私のことですからもっとずっとくだけた話し方です)

石破「慶応を出てから私は三井銀行で4年働きました(笑)」

吹浦「じゃ、お札の数え方は出来るんだ」

石破「はい、得意技です。ご存知ですか、100万円を数えるのに三井銀行では4枚ずつ数えて25組で100万円とし、住友銀行では5枚ずつで20組というのが100万円なんです。今、三井住友銀行となってどうしてるんですかね(笑)」

となりましたが、さてはてこの人、これで本格的に経済に深い知見を持ったら総理総裁として「鬼に金棒」なんですが。

それはそうと、三井住友銀行でのお札の数え方についてご存知の方、お聞かせください。
領土問題の正念場に [2012年09月12日(Wed)]



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         ビザなし訪問で国後島に向かう新造船エトピリカ号の前で(根室港)。


7月3日にメドヴェージェフ露首相が国後島を訪問して以来、竹島、尖閣と日本の周辺がトラブル続きだ。私も7月に同じ国後に行って、余波を見てきたが、日本としては注視し、政局にかまけて、手を抜いている場合ではない。

北方領土にもふたたび跳ね返ってきている。の国後島で発行している新聞「ナ・ルベジェ(国境にて)」(9月8日付)によれば、色丹海域の2つの無人島にロシアの調査団が上陸し、それぞれにアレクセイ・グネチコ少将(千島上陸作戦の指揮官)と学者セルゲイ・カピツァの名前を命名し、名前の入ったカプセルを埋め、ロシアの国旗を掲揚した。

日本が政局に追われている間に周辺諸国が次々にナショナリスティックな行動を展開しているのは面白くないが、ここは今秋以降、どの政権であれ、しっかりやってほしいものだ。

少々気になるのは野田首相がAPECの際にプーチン露大統領に持ち出した「12月訪露」である。外交を政局に使ってはいけない。

これで、野田首相には「近いうちに解散」という言葉が「当面解散する気はない」であることがいまさらながらはっきりし、野田首相には袖にされ、「石原伸晃という明智光秀」に手向われたことが、ようやく分かった谷垣さんはやはりその器ではなかったことになろう。

野田首相には民自両党のトップによる申し合わせを遵守する意思がないことが分からなかったのだろうか。「近いうちに」が永田町の語彙ではどういう意味か理解できなかったわけでもあるまいに。「近メシ」は好意を示しても「当面お招きする気はない」という意思表示に過ぎないのは、いまや一般社会でも常識ではないのか。

何はともあれ、訪露までの残された3ヶ月、対露外交をしっかり準備すべきであるし、われわれも微力を尽くしたい。13日には新任の外務省欧州局長をユーラシア21研究所にお招きするし、私も24日からロシアを訪問する。アファナシェフ駐日大使との午餐会も10月に設定された。忙しくなりそうだ。span>
領土問題解決のために連携強化を [2012年09月05日(Wed)]
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   根室港で「ビザなし交流」専用の新造船「えとぴりか」と筆者






7月26日から3泊4日、北方領土の国後島に行ってまいりました。全国各地からの社会科の教師約60人と若干名の中高校生とご一緒でした。北方領土問題の解決に時間を要していることから、元島民の思いを次世代に継承するだけではなく、教育の場を通じて広く啓発していくことがこの教育関係者訪問の使命であるのです。

一行は24日までに根室入りし、25日は終日研修(長谷川俊輔根室市長、河田弘登志元多楽島民、吹浦の話など)や納沙布(のさっぷ)岬の視察を行い、26日朝、新造船「えとぴりか」号で根室港を出発しました。

 私個人としては、もちろん「島」の現状を以前と比べて観察することが第一の目的ですが、11年前、東京財団の日露関係研究部会が中心になって「ビザ(旅券)なし」交流専用船を造ることを政策提言した研究グループのメンバーであり、それをまとめた東京財団の担当責任者だった者として、5月に竣工したこの船に乗ってみることも大事な目的でした。また、この交流に1993年の第1回目から関わって来た者として、交流自体のあり方を考える機会にもしたかったのです。

「えとぴりか」号は艫(とも)に船籍を表わす「日の丸」を掲げ、1,124t、16ノット弱の速度で一路、あらかじめ決められた根室と国後の「中間点」に向うのです。そこでロシアの国旗をメインポールに掲げなければいけません。ロシアの支配を承認するといった意味ではなく、これは現実的な安全のため、否応なく実施せざるを得ない仕儀なのです。

 根室港と国後島の主要港である古釜(ふるかま)布(っぷ)まで、これまでは5時間余りかかっていたのですが、この新造船では2時間40分ほどで着くようになりました。今回は往復ともベタ凪ですこぶる快適、これで霧さえなかったらというのは高望みでしょうか。

 ときどきイルカが水面上に飛ぶのが見えます。「心がけがよければクジラの潮吹きも見えるよ」と船員さんが説明していました。北海道大学を中心とする研究グループによると、北方領土周辺には2千頭以上の鯨が成育しているそうです。

 古釜布港外で停船すると艀「ナデジタ」号がやってきました。この船名は「希望」、日本から支援事業の一環として贈られたものです。今までは一行約70人が同時に艀に乗り移っていたのですが、先般、ヴォルガ川でフェリーの転覆事故があってから規則が厳しく遵守されるようになったとかで、2回に分かれて岸壁までたどり着きました。

過大評価は不要 ― 現地で見る「クリル発展計画」
「クリル発展計画」とやらで、5年間に約540億円の事業をこの地域で行うと言うことで、確かに一部の道路で簡単な舗装が行われたり、街灯が少しついたり、家の外装をきれいにしたりと言うことはあるのですが、何度も北方領土を訪ねた者として、私はこの資金、途中でかなり消えてるなと言うのが率直な印象でした。

 一行には若い教師が多く、中には、「こんな酷い道は初めてだ」とすっかり気分が悪くなり、同行した医師の世話になった人もいました。確かに、今や日本国中、よほどの山間僻地ででもない限り、これほどまでに砂塵が舞う道に出会うことはなくなったと、今さらながら日本のインフラ整備の完璧さと、国後の道路整備の遅れを認識させられました。

 同じ7月3日にメドヴェージェフ首相が2年半ぶりに国後に来、その砂埃の道を自ら少し運転したようですが、政治的パフォーマンスの域を出ず、島側からは「スポーツ施設をつくってほしい」と陳情したのですが、確約はなかったようです。国後島はその程度のインフラであることは確かです。

 島の「ロシア化」は今後とも注目する必要はあります。10年余り前、それまでの映画館をロシア正教の教会に作り変えていたのですが、ようやく本格的な教会建設が進んでいました。

教師のみなさんは、初めての北方領土訪問に、異口同音に「な〜んだ、この程度の発展ぶりか」と言っていました。その上、こうしたインフラの維持・管理の費用が継続的に予算化されるのかという不安を、島民の方から聞くということもありました。

北方領土の住民はよく入れ替わる 人口の流動性がとても高いというのも今回の印象です。島民約20人に聞いてみましたが、国後生まれの人には出会えませんでした。「給料3倍ですので、教師としてやってきました」「ここなら事業が出来そうだとネライをつけて移住しましたが、早くウラジオストクに戻ってこことの取引をしたいです」「ロシアの中では生活は楽なところですが退屈です。11年間の義務教育を終えると上級学校も職場もない。本土に戻ることが目標です」。

 10ヶ所に分かれて家庭訪問したうち、2つの家庭で「島は日本のものだ」「早くに日本の管轄になって大胆な開発を進めてほしい」「ビザなし訪問で福井県に言ったが、あそこは天国だ」という声を聞いたそうです

「クリル発展計画」により、5年間で540億円もが千島列島と北方領土に投じられるとはいっても、船は岸壁に着岸できず、舗装されているのは町の中心部の単線のみ、ちょっとした生活用品は通信販売という暮らしは、なかなか大変なようです。

ロシア語名を付けることには現島民も国際社会も反対訪問していたころ、ロシアのナショナリズムがまた歪んだ形で、露出してきました。北方4島の名称を変更しようという動きがあるのです。国後島はダヴィードフ(活躍した船員の名)またはコサック島、択捉島はナデジダ(希望)または大鮭島、色丹島はフィグルヌイ(探検家シパンベルクが付けた名)または美しい島、歯舞群島はソヴィエツキェかルースキー群島にと、少数政党「公正のために!」のポノマレンコ党首が主張しました。島民の声は「生活条件の向上が急務なのに政治家は名前の変更というくだらないことに情熱を費やしている」「思いつきより実質を」というものでした。

 主導するのは「公正のために!」という、この6月にできたばかりのミニ政党。党員は全国で600人とか。これが10月のサハリン州議会選挙で北方領土に住む有権者の支持を得ようとして、島内で島名変更のための「世論調査」を行うと報道されていますが、これは現島民の実情を知らなすぎる話です。

 第1は、ハボマイ、シコタン、クナシリ、エトロフは言うまでもなくアイヌ語に由来する名称で、日本語の歯舞、色丹、国後、択捉ももちろん当て字、これは世界的に周知されている。EUの駐日代表部や駐日フランス大使館の幹部と反す機会があったが、「地名を今更変更というのはロシアの自信のなさだ」「世界に迷惑をかけることだと認識すべき大統領」と言っていました。「公正のために!」私も反対するほかありません。

 第2は、既に4島の名はロシア社会にあって、好むと好まざるとに関わらず67年間も使用されてきた呼び名であり、無用な摩擦につながることはロシアの良識が認めないでしょう。

 第3は、州議会選挙の票を獲得しようと言っても、北方4島の人口はせいぜい1万7千人程度。そのほとんどがプーチン支持の「統一ロシア」ということです。そして、4島は南サハリンの港町コルサコフ(大泊)と同じ選挙区であり、これまでの州議会選挙でも、独自の候補者を立てることさえできず、当然、島の住民からは州議会議員を出したこともありません。むしろ、特別に1名の州議会議員枠でも作ってこの地区からはかならず1名の議員を出すことができるとでもしたらいいと思うのですが、これは「敵に塩をおくる」類の話。

 第4は、北方領土に現実に居住している人たちは、今さら、タタキ台として示された何のなじみもない名称に「故郷」の名を変えられることを望んではいません。

 さらに第5は、これに伴う日露関係の決定的悪化をクレムリンが喜ぶわけがないということです。クレムリンはもっと冷静な計算で、日本との関係改善を企図しています。

 歴史をみれば、また昨今の周辺諸国の行動を見れば、ロシアに限らず、ナショナリズムは時に、走らなくてもいい時に暴走する傾向があります。

政局の安定が外交の基礎北方領土の返還を要求する日本として、今は時期を待つべき時です。日露関係を進めるには、まず、日本とロシアの政治状況・政局が安定することが最大の条件だからです。7月3日のメドヴェージェフ首相の国後島訪問に続き、8月9日の李明博韓国大統領の竹島訪問、8月15日の尖閣諸島魚釣島への香港の活動家たちの上陸。政局不安定の日本がいかにもなめられている状況にあります。

「国民の生活が第一」と言われても、「国会の政局が第一」としか私には聞こえません。
日本に主権問題、外交、安全保障に挺身する志を持った政治家が出てこなくては、周辺諸国との関係は悪化するばかりではないでしょうか。仲間を集い、そうした政治家を支援してゆくことも、これからはユーラシア21研究所の大きな使命の1つかと考えます。

今ひとつは、百歩譲って「引き分け」の形で4島問題の解決を図るなら、日本はどんな見返りや譲歩が可能かにチエを絞ることではないでしょうか。「4島一括」は譲れません。しかし、その条件で、どんな方法でロシア側にも眼に見える、妥協し易い条件を作ってやるかも、民間団体ならではの研究できる課題ではないでしょうか。

そして、それらを有効活用するためにも、領土問題を総合的かつ戦略的に考究する組織の構築が望まれます。ユーラシア21研究所は師・末次一郎先生たちが始めた、私も最初から関わって来た安全保障問題研究会(現在の会長は、袴田茂樹新潟県立大学教授)とタイアップして、40年の実績をもとに、そのリーダーシップを担いうるものと確信します。

今月はウラジオストクで通算3回目の「東京・ウラジオストクフォーラム」を開催し、来春には同じく29回目に当たる「日露専門家対話」(かつての「日ソ専門家会議」)をモスクワで開催します。ほかにこれまでサハリン州行政府との間で10回の「サハリン・フォーラム」も開催し、率直な話し合いを継続してきています。

国後島で暗い夜道を散策しながら、この島の行方と日露関係の進路を思い浮かべ、以上のような感想を書かせていただきました。
9月1日に思う [2012年09月02日(Sun)]


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石田 良介画伯のご厚意により掲載しております。禁無断転載。



9月1日、「防災の日」ということで、世田谷の
拙宅付近では朝からヘリコプターが乱舞し、
東日本の被災地の皆様を思い浮かべ、
私なりの緊張感を覚えました。

そこに、尊敬する石田良介画伯からの涼しげなお便りと
「処暑の候」と題するスケッチがおくられて来ました。
東京でも、夕方はさすがに
秋が始まったな、という過ごしやすさを感じていましたので、
一層、季節の移り変わりを実感させていただきました。

9月1日は亡き母の110歳の誕生日にあたります。
朝、遺影に花を捧げ合掌しました。

この日が「防災の日」になった起点はいうまでもなく
関東大震災。父親は秋田の田舎から親戚の者を連れて、
深川で、土蔵に2つ分という大量のウールの買い付けにやってきて、
「その契約も支払いも終わり、近所で天丼を一口食べたところで、
屋根瓦が滝のように落ちてきて、それからは東渋谷の妹の家まで
どこをどうやって歩いたものやら・・・」
何度もなんども聞かされた話です。

天災はもはや忘れる前にやってきそうです。東京直下型の地震や
富士山の噴火までしきりに報道されます。

ここは少し落ち着いて、一人一人がまず自分の防災を
考える機会ではないのかなと、思うのです。
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