CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2010年06月 | Main | 2010年08月»
<< 2010年07月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
新聞に思う―日本経済新聞 [2010年07月27日(Tue)]












伸びているのは日本経済新聞(日経)。3年半前までの35年間,
私はわけあって都内で自動車通勤をしていたので、4年ほど前に
それを電車に切り替えて驚いたことの1つが、
社内で読まれている新聞の9割以上が日経であることだ。

 実は今朝も満員の社内ですぐ隣にたっていたのは、
はっとするほどの雰囲気のある30代と思しき女性。この人も
また、日本経済新聞を縦に折って、読んでいた。

 日経を読む人が美女なのか、美女が日経を読むのか。

エコノミック・アニマルと言われたころの
日本人とは違った目つきの、セレブとか言われるお嬢様方が
ファッションでいるのかなという印象も否めない。

 自慢ではないが、実は、私は1度も日経を
定期購読したことがない。
「不経済な」人間を自負しているからそれはそれでいいのだが、
世の中、経済にのみ頭脳と情報が集中していいものかと、
少々気になる。

日経にも、何度も海外にごいっしょした
伊奈久喜論説副委員長のような親しい友人は多く、
この人が安全保障、日米関係の専門家であるように、
経済以外にも優秀な書き手がいることを知っている。

だから、もう少し、総合的な記事を増やしてくれれば私も
という気ではいる。


 以前は、朝日新聞が一番多かったという印象だ。次に
スポーツ紙、他には週刊新潮、週刊文春といった紙誌が
目立っていたようだが、プロ野球の実績ある選手が次々と
アメリカに行ってしまったし、相撲協会はあの体たらく、
サッカーはW杯のときだけのファンが圧倒的・・・となると
スポーツ紙も振るわない。    (つづく)
日米協力の行動力 [2010年07月26日(Mon)]




アヤノ・ニノミヤさん。写真は産経新聞電子版より。




 産経新聞(5月22日付)に、畏友・内藤泰朗同新聞論説副委員長がこんな記事を書いている。

 内藤夫人は多年のモスクワ生活でも
見事な「内助の功」で、他社からは「産経にはもう一人記者がいる」と妬まれたほどのジャーナリスト感覚の人。

本業は、矗(いさお)美和の名前で活躍するピアニスト。

なぜか「ご夫妻は顔まで似ている」と私も妬むほどいい夫婦だ。

     ☆☆ ★ ☆ ★★ ☆ ★ ☆☆

わが家の話で恐縮だが、今年初めに起きたちょっと不思議な出来事を紹介したい。

 その日、帰宅すると、妻が少し不安そうな面持ちで相談をしてきた。コンサートツアー中である米国在住の日系バイオリニスト、アヤノ・ニノミヤさんがその途中で日本に立ち寄り、ハイチ大地震の被災者救援チャリティーコンサートを開きたく、協力者を探しているという内容のメールが、アヤノさんから届いたという。

 「被災者たちのために音楽家としてできることを、たとえ小さなことでもやりたい」。そんなアヤノさんの気持ちが同じ音楽家の自分にも伝わってきた、彼女に協力したいのだが、どう思うか、というのが妻の話だった。

 ハイチから遠い日本で音楽家から支援の声があがることはすばらしいことだと思い、「いいんじゃない」と返答した。

だが、よくよく聞くと、コンサートは、彼女の訪日に合わせて日取りが決まっているだけ。それも1週間後だという。会場も出演者も主催者さえ決まっていない。いくらなんでも時間がなさすぎる。「そりゃムリだ」。返事は変わっていた。

 夫はさじを投げたが、それでも妻はその日から、同じメールを受けた知人と、会場探しや著名な音楽家への出演依頼などに奔走した。

すでにハイチの被災地に調査員らを派遣し、支援準備を進めていた認定NPO法人「難民を助ける会」(東京)が急遽(きゅうきょ)、主催者になることが決まり、東京タワーが趣旨に賛同して無償で大展望台のスペースを貸してくれることになった。「ムリ」が可能となった瞬間だった。

 忙しさにかまけて傍観していた夫としては、せめてもの罪ほろぼしではないが、本紙や「SANKEI EXPRESS(EX)」などでコンサートについて告知した。コンサート当日の2月1日。地上150メートルの会場には、大雪の荒れた天気にもかかわらず、大勢の人が訪れ、アヤノさんたち日米の音楽家が奏でる犠牲者への鎮魂と被災者への連帯の音色が響いた。この日だけで約60万円の募金が集まったという。

 「奇跡」はなぜ起きたのか−。幸運もあった。

だが、妻いわく、信じて行動したからだそうだ。世の中、不可能だと思えることだらけだが、その壁を乗り越えて前進することがいま強く求められているのではないか。EXでは、そのヒントとなるストーリーをできるだけ多く伝えていきたい。(EX副編集長 内藤泰朗)

     ☆☆ ★ ☆ ★★ ☆ ★ ☆☆

 内藤夫人は昨日も、「第2回加藤タキ・チャリティ・サロン」に一聴衆としてお越し下さった。というのは、「第3回」はアヤノ・ニノミヤさんを迎えて、矗とのデュエットなど、日米の演奏家が東京タワーコンサートの再演をすることに決まっている。

12月19日(日)午後2時から、東京・虎ノ門のJTホールで、である。

 前回は、なんと天満敦子さんも出演してくれ、東京タワーの展望台にはニノミヤさんのと2つのストラディバリウスがそろった。

及ばずながら、ニノミヤさんのアメリカ人らしいボランティア精神と行動力に感銘した私も、大車輪でこのコンサートの企画・運営に努めた。ニノミヤさんと内藤夫人から、新しい力をいただいた気持ちだ。

 以上のようなすばらしいストーリーのあるこのコンサート、あなたもいらっしゃいませんか?


小学生からの質問状 [2010年07月26日(Mon)]








 先般、見も知らぬ佐賀県の小学校5年生から、
突然のお手紙で、
国旗について質問が寄せられ、
すぐ返事しました。

 すると今度は、丁寧なお礼状です。担任の教師からの
添え書きもあります。国語教育の一環つとして、
こういう学習方法をとっておられるようです。

 今回の質問は北欧の国旗がなぜ似ているかといった
私にとっては、自分も4年生のときに
はまった疑問でした。ですから、
すぐ回答できましたが、
これが、答えにくい質問だったり、
超多忙な時期にいただいたりする質問ですと、
相手を失望させたり、自分も拘束されて
不快だったりしてしまいかねません。

ですから、
簡単にこの指導法にもろ手を挙げて賛成し、
全国の小学生よ、遠慮なく質問してきなさいというわけにも
行かない気がします。

嬉しくもあり、いささか当惑したやり取りでした。
加藤タキ、西本梨江両さん [2010年07月26日(Mon)]





    加藤タキさん(左端)とともに、三重県からの高野津子さん、智美さんら。





       演奏を終えてくつろぐ西本梨江さんと筆者。どう見ても親子?






 昨25日、JTホール(東京・虎ノ門)で、
「第2回加藤タキ・チャリティ・サロン」が開かれた。

 出演は加藤さんとピアニストの西本梨江さん。
おかげさまで完売。もっとも
暑さのためか20席ほどは空席だった。

 加藤さんは主催した難民を助ける会の副理事長として、
ほんとうによく仕事をしてくれている。有名人にありがちな
名前だけのとか、自分の売り出し材料といったものではなく、
まともに責任を持ってこの11億円もの予算の団体を
運営しておられる。

 私は特別顧問として求められれば愚見を開陳する程度に
過ぎないので、その違いを特に顕著に感じる。

 西本さんは、いまや売れっ子少壮ピアニスト、
桐朋音大の学生時代からのお付き合いで、
いっしょにサハリンやフィリピンに行ったり、
畏友・河合弘之氏(弁護士)とのジョイント・リサイタルの
伴奏をいつもお願いしている仲。

 ポピュラーとクラシックの小品を実に旨い構成で
並べ、聴衆を和ませてくれた。

 毎年、数回聞かせていただいているが、
昨日の出来は、過去10年のうちの最高だったのではないかと
思う。年々腕を上げているのは表現力というか芸術性というか、
気分を楽にさせてくれる演奏法をきわめつつあるな
という印象だ。

 次回の「加藤タキ・チャリティ・サロン」は12月19日、
同じJTホールで。今度は、今年の2月、東京タワーで開催した
「ハイチ地震罹災者のためのコンサート」に出演した
日米両国のアーティストによるガラコンサートを予定している。

 お問合せは、03-3423-4511,難民を助ける会まで。
ユヌスとバングラデシュ [2010年07月26日(Mon)]



                   

                         ユヌス氏







1週間ほど前のカンパン事務局からの
いっせいメールにこうありました。

  ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

先週、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが
グラミン銀行と協力し、
バングラデシュで1着平均1ドルのTシャツや下着を
貧困層向けに販売するというニュースが出ました。

3年後を目処に現地で1500人を雇用するなど、
社会貢献性の高いソーシャルビジネスになるようです。

最近、CRMやBOPなど、
ビジネスと社会性を両立させた分野で
日本企業の動きが活発になっています。

NPOも企業との連携手法を再考する
いい機会になりそうですね。

  ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

 確か朝日新聞だったかと思いますが、
私もこの記事を読みました。

 創立者ムハマド・ユヌス氏とは、彼がまだこんなに
有名になる前、たしか1990年代の初めころかと
思いますが、一度、東京でじっくり話したことがあります。

 私は1971年から翌年まで、つまりバングラデシュの
建国期にこの地にいました。国際赤十字の駐在代表
ということをしていました。

 また、戒厳令が出され、日本人が
急速に出国したあとの71年11月末からは、
日本人会の代表も兼ねていました。

 おまけに持ち回りで、72年の元旦からは
在留外国人会の会長と言うことにもなって、
一時は、何やら、自分の仕事が
なんだかわからなくなるほどでした。

 そんな日々、ユヌス氏はアメリカに
2年ほど留学しており、
71年初頭からの東パキスタン(現バングラデシュ)の
混乱も、印パ戦争も全く経験していなかったのです。

 ですから、一外国人から見た故国の状況についての
回顧談は随分、興味を持ってくれたようでした。

 それにしてもマイクロ・クレジットというアイディアで
グラミン銀行という、
徳川時代の5人組の経済版のような組織を
創り上げ、見事に国中に広がっていったその
企画力、実行力には頭が下がります。

 あの世界最貧国の1つが、今、着実に
変化をし始めています。期待しながら
見守ってゆきたいと思います。
新聞に思う―朝日新聞 [2010年07月26日(Mon)]








   阿弥陀岳。挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で
 掲載させていただいております。禁無断転載。








朝日新聞の影響力は依然、大きなものがある。それでも、
先日、40代後半の記者がやってきて、
「我が社も45歳からの肩タタキが始まった」と深刻な顔付きで
話していた。

 朝日新聞への批判をよく聞いたり、誌面で読むが、
正鵠を射ているものもあるが、
朝日を批判することで、その論者がホンモノみたいに見えたり、
その雑誌が売れるのではないかという下心が見えるものも
少なくない。

 朝日新聞の記者には友人がたくさんいるが、
やはり個々の記者の質は抜群というほど高い。

 ただ、時々、主張が揺れたり、おかしな紙面づくりが
あって、失望をさせられるのも事実だ。

 6月末に畏友・西村陽一氏がジェネラル・エディターに
なった。大いに期待している。ただ、普通の言葉で
編集局長というほうがいいと私は思うし、
このあたりが朝日の「おかしなところ」かもしれない。
北方領土、行って参ります [2010年07月26日(Mon)]






      単冠湾(ひとかっぷわん)





 7月28日に東京を離れ、8月3日に帰京の予定で、
北方領土の択捉島を訪問してきます。

 海のことですから、荒れると日程が狂います。

 1993年6月に第一回目の「ビザなし」訪問に
参加して以来、おそらく10回くらい出かけているかと
思います。

 その中には、1994年11月の北海道東方沖地震で
大きな被害を受けた色丹島や国後島への訪問も含みます。

 何度か団長として参りましたが、
今回は、高校・中学の教師や生徒など計61名の一行の
学識経験者として参加します。

 島の変化やクリル発展計画の進捗状況を見、
主力工場ギドロストロイの稼働状況を視察したり、
家庭訪問なども楽しみです。

 3年ぶりの訪問になりますが、前回のように
1941(昭和16)年11月末に、連合艦隊がハワイに
向かうため終結した単冠湾(ひとかっぷわん)を
訪問することは、おそらく無理でしょうが、
先般、その近くで軍事演習を行った話など、
聴いてこようと思っています。

 旧知もロシア人もいろいろいますので、
北方領土問題についての日本人の真摯な要求を
誤解のないよう、しっかり伝えて参ります。

また、この交流事業の在り方についても考えて来たいと
思っています。

 その間、おそらく小欄は更新できないと思いますが、
ご了承ください。

 なお、私の携帯や携帯メールは国後島近くまでは届くと
思います。充電器も忘れずに持って参ります。
新聞に思う―毎日新聞 [2010年07月25日(Sun)]





 毎日が生んだ一世風靡の大記者の一人・大森実元外信部長。井上靖も山崎豊子も毎日の出身だ。






 最も歴史が古く、大記者をたくさん輩出し、
発行部数も50年ほど前はトップを競っていた
毎日新聞も、部数の低迷、経営難で
ついに支局の縮減や通信社記事への
依存度を高めることになった。

「多くの政治評論家が毎日新聞の出身であるのは、
ひとえに生活がかかって社を飛び出したから」
という話も耳にする。

広告の経済具合を見ても経営の苦しさが解るが、
紙面には、時々、ピカッと光る記事が載る。

また、活字の形が実に読みやすい。これは永年の工夫の
なせるワザナンオだろう。

特に、私は関西に行ったときには、必ず毎日新聞を
購入するのだが、東京で発行しているものとは、
なぜか、別の新聞かと思うほど質がいい。

影響力も部数も関西のほうがずっと大きい。
                (つづく)
新聞に思う―アカハタ [2010年07月24日(Sat)]









 前回書いた産経とは
対極にあるが、以前は、新聞「アカハタ」を
購読していた時期がある。

 もちろん、政治・思想的立場はまったく違う。

 それでも、他の新聞には載らない
独自の取材による情報が満載されていたので、
かなりの期間、購読していた。

 ただ、ここ十数年は、
時事通信などからの配信記事が多くなり、
とっくに購読を止めた。

 たまに、駅前のラーメン屋で手にすることもあるが、
配達している人の高齢化もさることながら、
紙面もずいぶんパンチが聴かなくなっているのは
否めない。          (つづく)
国際協力―大学院・NGO事情 [2010年07月24日(Sat)]











大学院の大衆化が進んでいる。
カルチュア・スクール化といってもいい。

 原因はいくつか考えられる。ベースには
旧来の学歴尊重社会があるとはいえ、
各自に生涯教育の考えが進み、
事情が許せば今一度、教室に戻りたいと
いう思いがあるようだ。

 また、サービス残業を含めて過剰労働が続いた
勤務状況がバブル崩壊後、とりわけここ10数年、
「アフターファイブ」をそれぞれが活用しようという
風潮になってきた。

 さらに、大学側の事情もある。若年層の減少と
大学数の増加で、経営が楽ではないところが
あちらこちらと耳にする。校舎を新設したので、
それをフル活用したいという経営上の理由もある。

そんなことを考えていたところに、
私が参与を務めている財団法人協力隊を育てる会の
月刊紙が着いた。そこに、
立命館アジア太平洋大学(別府市)と
恵泉女学園大学(多摩市)の大学院の広告が
出ていた。

 見ると、前者の入試は、「書類審査、面接」のみで
「筆記試験はありません」、
後者は「入試は、英語と小論文の選択制」で、
「希望者は両方受験することもできます」。

 1960年代に大学院に入ったときは、
はっきり言って、試験も大変だった。

学部の同級生たちがほとんどみな就職していたので、
学問のプロの入り口に立った緊張感と、
何とはない、社会人としての遅れを感じたものだった。

 私自身、10数年、大学院での指導にもあたったが、
大学院側にも常勤の教授を配さないとか、
論文指導体制がこれでいいのかという思いを
なんどか感じた大学院もある。

 各大学院が経営本位で、学生の修学思考を
くすぐるだけというのはいかがなものか。

 ところで、恵泉学園大学大学院の広告の片隅に、
こうあるのは別の意味で注目したい。

「本学園が貸与する奨学金は、
卒業後に青年海外協力隊、NGO、NPO、
社会福祉団体などの奉仕的かつ低収入の職についた場合、
その期間に応じ、一部もしくは全額の返還を免除します」。

 この見識は「ご立派」といっていい。実際、
例えば、私が特別顧問をしている難民を助ける会を
見ると、国内の約30人、海外の約15人の
ほとんどが修士以上の学歴を持っている。

 こういう傾向はこれからも続くように思う。ただ、
願わくば、各大学院とこうしたNGOとの普段からの
協力関係を
もっともっと拡充させていいのではあるまいか。

 指導される教員のなかには、はっきりいって
机上の空論はご立派だが、ご自分ではフィールド経験も
NGO運営の経験もないという方が結構、いらっしゃる。

 このあたりも連携の難しさかもしれない。互恵の関係が
ないと、なにごとも難しいかと思う。

相互にもう少し活用を図ってはどうか。
| 次へ