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オリンピックと国家意識 [2010年02月28日(Sun)]
    


            


      


  カナダはよく頑張りましたよね。運営面でも競技でも。韓国は舞い上がり、
ロシアは落胆しています。





 バンクーバー冬季五輪をテレビ観戦して、
健全なナショナリズムの表出による
さわやかさと気持ちよさを感じた。

 五輪憲章には「オリンピック競技大会は
個人種目または団体種目での選手間の競争であり
国家間の競争ではない」と規定されているが、
その一方で、浅田真央に声援を送り、
高橋大輔の男子初の銅メダルを喜び、
讃えるのは、日本人としての普通の感覚ではないか。

どの国の選手も競技終了後は自国の旗を
背中に掛けたり、振って観衆の声援にこたえる。

観衆もまた、頬やおでこに自国の国旗を描いたり、
国旗のシールを貼ったり、
中には顔全体にカナダのカエデを描いたり、
鼻のてっぺんに「日の丸」を描いたりしている人もいた。

 朝日新聞のベテラン・スポーツ記者である
西村欣也編集委員は24日付の夕刊で、
<しかし、過去の五輪を取材してきて、
「日の丸」の重圧に押しつぶされて、
最後に実力が発揮できなかった選手を多くみてきた。
今回の五輪は少し様子が違う。「国家」を
あまり意識しない大会になっているのだ」と書いている。

 そんなことはない。どの選手も
自国の国旗を掲げることの栄誉を夢見て
競技していることに変わりはない。

 ただ、21世紀になって「移住の時代」になった
ということを感じさせるものがあった
ということではないか。

父が米国人、母が日本人の
キャシー・リード、クリス・リード姉弟は
アイスダンスで日本代表として出場した。

いささか「外国人受け」する?ことを狙った感じの類いの
着物や扇子だったが、そんな小道具にも会場が沸いた。

フィギュアスケート・ペアの川口悠子は昨年、
ロシア国籍を取得して、ロシア代表として出場した。
 また、16歳の長洲未来は米国代表として出場した。
両親ともに日本人だが、米国に住み、
米国人として出場した。それでも
「私は日本式のルールで育てられた。
日本のファンにも応援してほしい」と
完全な英語とすべからくアメリカ人らしい雰囲気で
感想を述べていた。

 スポーツのこうした傾向は名誉と技量の向上、
それに出場の機会を求めてさらに進むに違いない。

しかし、これはボーダーレス化ではなく、
スポーツ界に、出場のための
厳しい国(地域)別ルールがあり、
各選手がその中でどうするのが
自分に優位かを悩みぬいて出した結論にすぎない。

 西村記者は
「五輪で国は深い意味合いを持たない。
浅田、安藤、鈴木はその重圧とは無縁のまま
フリーまでの演技を終えてほしい」と
記事を締めくくっているが、
声援という祖国からのほどよい圧力と
自国国民の国を挙げての支援という
強大なバックアップあってこそ、
あのハイレベルでの演技ができ、
勝負ができるのではないか。

われわれは真央ちゃんの悔しさに共感し、感動しても、
キム・ヨナのあの世界最高点には、
いささか覚めた気持ちで大きな拍手を送るだけである。

朝日新聞自身も、連日、日本選手の活躍だけ特段に
大きく報道してきた。

<薄らぐ「日の丸」意識>という見出しは、
少々、実態とずれがあるのではあるまいか。
御柱祭―石田良介画伯B [2010年02月28日(Sun)]


     ヤマタノオロチ











御柱のご神体は蛇体神か

「諏訪大社」は諏訪湖を挟んで上社と下社に分かれております。
上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮があります。
上社本宮の祭神は武御名方尊で、
前宮は女神の八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)、
下社の春宮と秋宮は武御名方尊と八坂刀売神、
更に出雲を追い出した事代主神を祀っております。

厳寒の日、諏訪湖の中央に筋状に膨れ上がった
氷の帯が走ります。これは、上社の男神と下社の女神が
求め合うとされる「御神渡り」といわれております。

「御柱祭」と言いますのは、
「諏訪大社」の上社、下社の各宮にはそれぞれ四隅の柱、
合計16本の柱を7年に一度立て直します。
この柱を立て直すための神事が「御柱祭」です。
正式名は「式年造営御柱大祭」です。

一般には「御柱祭」として親しまれ、広く知られております。
柱は祭りの2年前に、八ヶ岳と霧ヶ峰の山で
モミの木を氏子が見立てて切り出されます。
御柱の長さは約17メートル(五丈5尺)、
太さは約1メートル(三尺五寸)、重さは約10tの大木です。

四隅に柱を建てる謂れは諸説ありますが、
青龍(東)、白虎(西)、朱雀(南)、玄武(北)の
四方を守る神のご神体とする、のと、
蛇体神(ヤマタノオロチ)を立てて、
その内側を神域として祭祀をとり行ったとも言われております。
これは,縄文遺跡からも図り知る事が出来る様です。

因に、出雲の神々は大国主命を始め蛇体神であったとされております。
しかし、何故、あの険しい山奥から巨木を切り出して、
人の力だけで、長い距離、坂や川を曵き降ろしてくるのでしょうか、
日本の古代社会の信仰から繙かなくてはなりません。

『古代日本人にとっては象(かたち)あるものは神だった。
中でも、古代人は山こそ神の象であった。
天から人間社会に降臨する神を迎える場所は険しい山頂だった。

そして、生命力旺盛な蛇、ヤマタノオロチは山の生命体として
イメージされ信仰されていた。

ヤマタノオロチは八つの頭と八つの尾がある上に、
体表には苔がむし、柏の木などが生い茂っていて、
その腹からはいつも血が滴り落ちているとされている。
これは,明らかに、いくつもの峰や台、
そして渓流をもつ山脈の風景描写あるす。

山の鬱蒼とした森の中に毅然と聳え立つ巨木こそが、
オロチの化身だった。それを丁重に切り倒し、
山の麗に引きずりおろし、再び元のように大地に突き立てた。
そのことによって、オロチがもつ生命力を自分たちが暮す大地に
注入することが出来ると考えた。』
                 (山の霊力・講談社 町田宗鳳著より)

現代でも私達は形ある物には神が宿ると思っています。
また、都市の地名で「八尾」と付くのは
ヤマタノオロチ伝説と関わっていると思います。

御柱が蛇体神であれば、
人命を賭けての祭りが行われる事は理解出来ます。
                       (つづく)
御柱祭―石田良介画伯A [2010年02月28日(Sun)]








     大国主命




「出雲の国譲り」神話から    


信州の山奥に、何故、出雲大社の神々を祀っているのか、
不思議に思います。その因果関係を知るのには、
日本神話の「出雲の国譲り」迄遡る事になります。

出雲の大国主命は、義父の素佐之男尊(スサノオノミコト)を助けて、
出雲と姑の天照大神の地であります日向(高天原)を
行き来しておりました。

そこで、両方の地にご誠実にも、
それぞれ子孫を残してしまいました。

大国主命は七福神の大黒様と一緒にされがちですが、
こちらはインドのヒンズー教の神様で、「幸運」をもたらすと
されております。

大国主命の死後、出雲では
相続について大問題が起きてしまいます。

優柔不断で気の弱い
(現代の国譲りを受けた何方かに似ていますが)
大国主命は、生前にしっかりと相続を決めて置かなかった事が、
難事を引起こす事になってしまいました。

当時は末子相続でしたから、
日向で生まれた末子「事代主神」(コトシロヌシノカミ)がいて、
出雲の方では、末子「武御名方尊」(タケミナカタノミコト)がおりました。
当然、自分が大国主命の亡き後は、
神聖な出雲の相続人だと思い込んでいました。

処が、
入り婿であった大国主命の末子、
「事代主神」が日向から乗り込んで来たから大変な事になりました。

世に云う「出雲の国譲り」事件が起こったのです。

末子相続の原則から言えば、「事代主神」が継ぐのが本来であり、
「武御名方尊」も素直に応じていれば何も問題は起きなかった筈でした。

剛毅な性格であった「武御名方尊」は平素から
父、大国主命の気の弱さ、だらしなさに辟易していて
、出雲の地を譲る事に頑固反対しました。

ところが、天照大神によって派遣された
戦略に猛けた神々によって、
簡単に出雲の地を追い出されてしまいました。

北陸海岸に沿って逃げ、最後は信州諏訪に落ち延びたのだそうです。
そして、そこに閉じ込められて、
この地に出雲の神々を祀ることになりました。これが「出雲の国譲り」
神話の顛末です。               (つづく)

御柱祭り@―石田良介画伯による解説 [2010年02月27日(Sat)]












いよいよ4月から7年振りに諏訪大社の御柱祭りが
始まります。

7年前、小欄でおなじみの石田良介画伯に
里曵きにご案内いただきました。
感謝とともに懐かしく思い出されます。

 今年も、早速、石田画伯から、
「日程は、山出し                  
  上社 4月2日(金)3日(土)4日(日)
  下社 4月9日(金)10日(土)11日(日) 

  里曵き
  上社    5月2日(日)3日(月・祝)4日(火・祝)
  下社  5月8日(土)3日(日)4日(月)
とお知らせいただきました。

 加えて、「御柱の祭りの」の由来を書いてくださいました。
石田画伯の名文と剪画をお楽しみください。

☆☆ ★ ★ ☆ ☆ ★★ ☆ ★ ★ 


七年に一度の天下の大祭「御柱祭」は、
巨木を急峻な山から曵き出し、崖や川の上から人と共に
「木落し」をして,人命を失う事さえある激しい祭りです。

「人柱」ともいわれながら、
長い歴史が刻まれた大祭であります。

祭りは「見立て」から始まり
「山曵き」,「里引き」、「建御柱」で終わりますが、
4月、5月の諏訪地方は
老若男女この祭りで沸き返ります。

祭りの最中は会社も役所も休みになり仕事になりません。

町の人びとは誰にでも酒や食べ物を大盤振る舞いします。
私も3回程「山曵き」、「里引き」に参加し、
振る舞い酒で足が振らついたり、
「木落し」では最前列で見物していて
危ないおもいをしたり、
「建御柱」はハラハラしながら
写真を撮り撮り見物しました。

何故、人命を失うほどの祭りが生まれ、
今なおこの地で盛大に催されているのか、
興味がつきません。ここで、
祭りに付いて知っておくのも見物に
一興を添えるものになると思います。

祭りの歴史的背景は
御柱祭りの起源は諸説ありますが、
諏訪の地は、国宝土偶「縄文のビーナス」が出土した
縄文遺跡がまとまって存在しています。

私も十数年前、磨き石器を八ヶ岳南麗で見付けて
今も大切に保存してあります。

沢山の遺跡の中からは太い「柱跡」が発見されていて、
これが祭祀の跡ならば、
縄文時代からの祭りとも考えられます。

縄文社会では、巨木、山、太陽、蛇、性器、縄紐が
信仰の対象とされました、とすれば、
2000年以上前から行われている事になります。

室町時代に書かれた「諏訪大明神画詞」によりますと、
桓武天皇の時代に「寅・申ノ干支ニ当社造営アリ」と
書かれております。この寅年は798年にあたり,
平安時代初期にはすでに行われていたと考えられます。
何れにしても、古代からの祭りであることは
間違いないようです。
             (つづく)
インビクタスはお薦め映画 [2010年02月27日(Sat)]





    こちらは本物のマンデラさんです









こちらはモーガン・フリーマン演ずるマンデラ大統領です。




 今、上映されている映画「インビクタス―負けざる者たち」、
最高にいいですよ。

 某出版社の編集長に勧められ、
丸の内ピカデリー(有楽町マリオン9階)に行ってきました。

 アパルトヘイト制作の終焉した直後、
つまり1990年にマンデラが27年間の在獄生活から釈放されて
すぐの頃から、大統領となり、95年にラグビーの世界選手権が
南アで開催され、大熱戦で延長の末、NZのオールブラックスを
破って優勝するまでの話です。

クリント・イーストウッド監督の手腕なのか、
モーガン・フリーマン(製作、マンデラ役)がすごいのか
よく判りませんが、
何度か、これは実写ではないかと疑ったほどです。

 マンデラの不屈の闘志、差別なき優しさ、国づくりへの哲学・・・
どれもが的確に描き出されています。

 涙もろくなったせいもあるかもしれませんが、
感動に次ぐ感動、南アが優勝した瞬間には
一緒に立ちあがって拍手したくなったほどです。

 映画って、ここまでできるんですね。

 1980年代に何度か南アを訪問し、入国時に後回しにされたり、
トイレの前のテーブルにしか案内されないなど、
非公然の差別を受けた屈辱感を体験している者として、
マンデラという人の生き方、人間性にただただ胸を締め付けられる
思いでした。

 こんどのプリウスの騒ぎだって、もちろんトヨタはいけませんが、
人種差別が心の底にないと言えるのでしょうか。

 オリンピックだって、日本が勝つとIOCはルールを
変えたりするじゃないですか。
 そんな思いが少しでもあるなら、この映画は
 絶対のお勧めです。

 但し、イーストウッド監督さん、
または、モーガン・フリーマンさんの責任なのかな、
あなたには珍しい、とんでもない間違いを冒していることを
次回指摘しましょうね。
これもトランペットです [2010年02月26日(Fri)]












 こんなトランペットがあるんですね。

 先日、六本木の霊南坂教会でい行われた
曽我部清典洗足音楽大学講師(日本トランペット協会常任理事)の
リサイタルで、いきなり曽我部先生は
これを吹きながら登場してこられたのです。

 今のトランペットよりほんわかした音ですが、
結構いい音色でした。

 ところで、難民を助ける会の
「1+100本のトランペット大集合!」
(9月1日、サントリーホール)には、全国から大変な数の
トランペット愛好者が出演の申し込みをしてこられたようです。

 3月2日に音楽プロデューサーの中野雄先生を委員長とし、
曽我根先生をはじめ、東京芸大、桐朋音大、
エリザベト音大の各トランペット教授などから成る
実行委員会が開かれ、
書類選考をすることになっています。

 前代未聞の素晴らしいコンサートになりそうです。
私の兄・吹浦忠晴 [2010年02月25日(Thu)]



































   我、(もしかして)神童と期待されし頃。 1942(昭和17)年夏か。
秋田市土手長町 上丁34番地の自宅横にて。









 白血病って、ほんとうに突然やってきます。

 原因はなにも判っていないようです。

 私の兄の場合も65歳のときに仕事中に自覚症状が出、
救急車で運ばれましたが、医者も判らず、
3つ目で、白血病を疑われ、
4つ目の都立駒込病院で確認され、
5つ目の国立がんセンターで
私からの造血幹細胞ミニ移植という先端医療の恩恵を受け、
3ヶ月ほどの余命というのを
3年近く生き延びました。

 私とはすべからく異なるタイプだったように思います。

 兄は高校1年生の時に全校で断トツのIQを示し、
私よりはるかに優秀な頭脳だったようです(それ故に私は実はIQを
あまり信用しないと言い張っていましたが)。

 また、抜群の運動神経の持ち主でした。卓球では
全国大会で結構いいところに行っていたし、発病するまで、
東京城北地区と埼玉のなんとか地区の
55歳以上のチャンピオンでした。

 その次女・智子も先年女子レスリングのパリの大会で
第三位でした。そういうDNAなんでしょうか。上の兄や姉も
みなさん、全国レベルの競技選手でした。

 それに比べて私はIQも運動も×。中学のとき軟式テニスの
市内大会で三回戦まで行ったので、喜び勇んで帰宅すると
「やかましい。それがどうした!」と言ったのも、この兄でした。

 そうそう、兄の職業はなんと手品師。これもまた
生来不器用な私とは「月とスッポン」「雲と泥」・・・。

 だから、詳細な血液検査で80数項目が合致した時、
ああ、やっぱり兄弟なんだと確認してほっとした面が
なかったと言わなければうそになります。

 またまた兄貴のことを思い出してしまいました。

 というのは、仮に私が発病していたらより高齢な兄に
ドナーを頼むしかなかったのです。兄弟でも4人に一人しか
ドナーになれる確率はないのです。

 親子は他人と同じ、それゆえ、一人でも多くの人が
ドナー登録して互いに助け合うべきですし、
いざ、声がかかったときに職場や家族は
その人の善意が十分発揮できるよう、
4日ほどの特別休暇を認め、励ましてあげるべきだと思います。

 再発して、年末に駒込病院に入院しました。

「年内の退院は無理らしいよ」という私に、
相変わらず毎日1冊は本を読み上げる兄は、
「えっ、正月まで病院にいるなんて冗談じゃないよな」
と言っていましたが、そのわずか5日後、
眠るようにして逝きました。

 博品館での演劇「友情」を見て、
まだまだ日本ではこの問題について世間の啓発は
十分ではないなぁとつくづく思いました。

 もし、今度は同じ血液の私が発病したときには
もうドナーになれる兄弟もいませんから、
私は即座に、余命3ヶ月といわれるのでしょうか。

 そんな危険をみんなが持っているのを
傍観していてはいけません。

 家族のことは書かないつもりでいましたが、3人の方から
白血病で亡くなったお兄さんはどんな人だったのか、といった
お問合せをいただきましたので、書かせていただきました。
白血病めぐる演劇「友情」に思う [2010年02月25日(Thu)]



   プログラム代1000円の半骨髄バンクに寄付される。





















 主役「あゆみ」を演ずる佐藤葵さんや12人の級友たちは
剃髪して舞台に立つ。
 森喜朗元首相も、2月3日には「岡野院長」役で
この日の加藤タキさんのように出演した。
 できばえ? 私は幸せにも(?)その日は研究会があって
見ることができませんんでした〜ぁ。
写真はいずれもプログラムから。








 難民を助ける会や社会福祉法人さぽうと21の仲間たちと、
銀座の博品館で「友情 Friendship〜秋桜のバラード」の
舞台を見た。

 難民を助ける会の副理事長である加藤タキさんか、この日は
岡野病院長役で出演するということで、誘われたからだ。

 不注意かつ少々多忙が続いた私は
博品館の座席に着いてから、隣の同僚に
「ね、きょうはどういう芝居?」と聞くほどのお粗末。

 しかし、演劇の中身は感動、感動。実にすばらしい内容だった。

 それがなんと、ある中学2年生の女生徒が白血病で
亡くなるまでのクラスメートの友情を描いたものだったのだ。

 私は4年前、すぐ上の兄をこの病気で亡くした。

 国立がんセンター中央病院で造血幹細胞ミニ移植という
術例の少ない移植法で、当時、62か3の私から
大量の白血球を抜いて、兄に移植するという方法に挑戦した
のだった。都立駒場病院で長くて数カ月と言われた兄は
その後、3年近く存命した。最先端医学に協力したという
思いを残してくれたが、家族として、
幼時から何もかもを教えてくれた兄を喪ったのは
本当に悲しかった。

  舞台をみていて、いろんなことが思い出され、
とても芝居としてだけのものとは思えぬ感情移入や共感があって、
私はただただ涙だった。

 この11年間に、全国で430回公演され、
今年も1月5日初演で今月末まで東京で見ることができる。

 博品館もさすに後は少し空いていた。

 治療のため転校してきた
クラスメート「あゆみ」の全快を祈り、
夏休み旅行に誘いだした中学2年生たちを
12人の若い男女の俳優が頭を剃って演ずる。
その俳優根性にも脱帽だ。

  日本には約30万人のドナー登録者がいるが、
ようやく合致する人を見つけても、
いざとなったら、勤務の都合、育児、旅行、家族の反対・・・
さまざまな理由で、実現しないケースがとても多い。

 みなさん、この芝居を是非、見てほしい。そして
他人事と思わずに、
大人社会の「友情」で、命を守ってほしい。

 今は18歳から54歳までドナーになれる。
 骨髄バンク(骨髄移植推進財団)への登録は
フリーダイヤル 0120−445−445.

演劇鑑賞の申し込みは、
03−5427−1882
上演実行委員会まで。全席指定・一般5500円
学生・70歳以上は4000円、高校生以下1800円。

 兄の場合は、ドナーがいなかったので
やむを得ず、「老→老」移植になった。

「血気にはやる」ドナーさえいたら、
今頃、また、兄貴と将棋ができたのになぁ。
御茶ノ水・聖橋の風景 [2010年02月25日(Thu)]












 50年前、東京で暮らすため上京したとき、
まず出かけたところが、東京タワー。入試1週間前なのに、
受験勉強をおっぽり出して翌日に出かけた。

今では映画「三丁目の夕日」の世界だが、
当時は世界の最先端に立つ思いだった。兄には
「何しに東京に来てるのか!」とこっぴどく叱られた。

 2、3日すると、今度は、この橋とであった。
御茶ノ水の聖橋(ひじりばし)である。

湯島天神とニコライ堂を結ぶ橋だからと
1927年に関東大震災後の復興橋梁の1つとして架けられたとき、
公募でこの名に決まったそうだ。多宗教尊重(どの宗教も敬遠?)の
日本らしい命名ではなかろうか。
船から見上げた時に最も美しいそうだが、その経験はない。

先日、近くの下倉楽器店にクラリネットの修理を頼みに行き、
この風景と久しぶりに出あった。

 神田川に架かるアーチ型の橋、
近くには医科歯科大、順天堂大、明治大、東大・・・、
地下鉄も、中央線も、総武線も走っているし、近年は日立製作所の本社が
橋の右側に移ってきた。

近代東京の原風景のような気がして、通るたびに立ち止まってしまう。
自民党の審議拒否 [2010年02月25日(Thu)]


       


   岩屋たけし(毅)自民党所属衆議院議員



    以下は、見出しは違いますが、前回のものと同じ内容です。



 岩屋たけし衆議院議員は「小集会と辻立ちに徹します」と
こんなメールをくださいました(一部省略)。

 自民党は不馴れな審議拒否をしています。他の党を
巻き込めなかったことはなんとも孤独感の漂うもの。
パンチもいま一つ効きません。

 岩屋さんほどの人でも、こうした公表する文書で、
与党と野党を取り違えている、今でも、自民党=与党
であると思い込んでいるのではないでしょうか。

 そんな揚げ足取りはそのくらいにして、
自民党全体をタイミングよく「社会復帰」させてください。

 私はいろいろな自民党の議員(現役、前、元、参院選候補)と
接点があるのですが、どうにも自民党には
「もうすぐ春」の雰囲気が感じられないのです。

 自民党のみなさんは、このくらい戦う姿勢を持ってほしいのです。
日本のために。

   ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 正直、私はこういう戦法はよ> したほうがいいと思いますね。
昨日も石破政調会長にその旨、伝えたところです。まぁ、石破さんは
あくまで政策づくりの責任者> であって、
国会対策の責任者ではないのですけどね。

 私のツイッターのサイトの中でも「審議拒否」に対するご批判が
少なくありません。中には、自民党が審議拒否をしていること
すら知らない人がいる(笑)。

  それだけ存在感を示せていないということですね。
審議に出なくとも、野党はどんどんと作業を進めていくのですから、
むしろ出て行ってとっちめてやったほうがいい。そう思います。

 それにしても、民主党の対応はでたらめですよ。
ゼロ回答ですからね。あれで説明責任を果たしたと思ったら
大間違いです。

  でも、国民はちゃんとそのことを知っている。先の長崎の知事選や
町田の市長選は、なにもそのことだけで
自民党側が勝ったわけではないけれど、国民は見るべきところを
ちゃんと見ているんだと感じます。

  野党にとって大事なのは、「論戦の舞台に立つ」ということ
でしょう。はっきり言ってこの政権はできが悪すぎます。国民も
だんだんとそのように感じてきている。政治資金の話以外に、
政策的に問題点を詰めなければいけないことが山ほどある。
まさに「政策論争」をしっかりやっていけば、そこにこそ自民党の
見識なり良識なりがにじみ出てくるのだと思います。

「子育て手当て」なんて来年からどうするんでしょうね。これは
ずっと続ける政策ですからね。満額出したら年間に5兆円を越える。
経済無策でしばらく税収増が望めない中、
どっから財源を引っ張り出すつもりなのか。
いまでに確たる説明がない。枝野さんやレンボーさんに任せていたら
解決するという話ではない。

  しかも、所得制限がないなんてどう考えてもおかしいでしょう。
このままだと鳩山さんのお孫さんにも小沢さんのお孫さんにも
支給されることになる。国会議員なんて全員が辞退すべきだ。

  かつての「定額給付金」の時に、麻生総理に対して
「貴方のようなお金持ちまでがもらうのか!」と
詰め寄っていた議員さんたちはどうして黙っているのでしょう。

  外交もフラフラです。普天間の問題はいよいよ暗礁に
乗り上げつつある。沖縄県議会は全会一致で
「県外移設」を議決しましたね。

 昨年末までは知事さんも市長さんも概ね現行案で
受け入れ可能だというニュアンスの発言をされていたのに、
その時に手を打たなかったことが最大の失敗です。

  外交交渉というものを甘く見過ぎている。結果として
沖縄の心を弄ぶようなことにもなってしまっている。
政府与党が迷走している間にとうとう八方塞り状態です。

  アメリカが小沢さんと話をしたがっているのは、
鳩山内閣の当事者能力を見切ったからでしょう。この際はもう、
小沢幹事長から小沢総書記に名前を変えたほうがいい。

   ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 ところで、
ふと思ったのですが、幹事長も総書記も英語では
secretary general ではないのでしょうか。               
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