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パレスチナ [2009年08月31日(Mon)]












関東学院3年生の「ベ-タ」くんから、
「パレスチナは国ではないのか? 
国旗は決まっているのか?」という質問が来た。

さっそくお答えしよう。

 パレスチナは領土、特に、首都がはっきりしない。
イスラエルとの国境が定まっておらず、イスラエルは、
1967年の第3次中東戦争で占領した東エルサレムを含め、
市全域を首都と宣言したが、
国際的には認められておらず、
パレスチナもまたはエルサレムを首都だとしているが、
イスラエルに完全に支配されたままだ。

 そのイスラエルを、国連加盟国のうち、
イラン、リビアなど26カ国が承認していないし、
34カ国とは大使館を相互に設置するなど
正常な外交関係がない。

1980年、国連総会は、
イスラエルがエルサレムを首都とすることを非難する決議を
143の圧倒的多数で採択。アメリカでさえ、
かろうじて「棄権」するに留まった。棄権は4。

反対はもちろん当事国イスラエルだけであった。

日本も非難決議に賛成し、
首都機能が西エルサレムに移転してからも日本の大使館は
テルアビブにある。外国大使館はテルアビブに置くことが
慣例化している。しかし、事情は明らかではないが
コスタリカとエルサルバドルが多年にわたり、
エルサレムに大使館を置いていた。

それでも、2006年、両国は各国と歩調を合わせ、
大使館をテルアビブに移設した。

イスラエル外務省報道官はこれに対し、
「両国の決定は大きな失望。現段階での大使館移転は、
テロへの屈服と受け取られかねない行為だ」と述べた。

 この問題に関連して、イスラエルは
エルサレムが自国の首都だとして各国の大使館を
テルアビブから移設するよう働きかけているが、
これまで応じた国はない。

エルサレムの将来像については、
両国への分割案、共同管理案、国際管理案など、
さまざまの提案が出されている。しかし、現実には、
「エルサレムは永遠にイスラエルの首都」とするイスラエル側と、
「東エルサレムを首都とする独立国家」を目指すパレスチナ側が
真っ向から対立している。

パレスチナ解放機構(PLO)は1970年から国連総会の
常駐オブザーバーの地位を得ている。この地位は、
最上敏樹国際基督教大学教授によれば、
正式の加盟国ではないとしても、
投票権なしのまま国連機関の討議に参加したり、
決議案の作成にかかわったりすることが認められるステイタス。

 国連の場合、国家ではヴァチカン市国が
オブザーバーの常駐を認められているほか、
マルタ騎士団、欧州審議会などの政府間国際機構、
赤十字国際委員会(ICRC))などの非政府間国際機構、
及びパレスチナ(パレスチナ解放機構)など、
合わせて61団体が、総会活動へのオブザーバー参加が
できるとのことだ。

 国旗は、ヨルダンの国旗から7つの光芒のある白い星を
取り除いたもの。東京の旧山手通り(目黒区青葉台)のPLO代表部に
いつも掲げられている。
李登輝元総統が今週末来日 [2009年08月30日(Sun)]














台湾筋によれば、台湾の通信社・中央社が次の記事を流しているそうです。

 つまり、李登輝元総統は9月4日に東京を訪問、東京青年会議所で講演し、高知で坂本竜馬記念館を、熊本で熊本城などをみて、福岡空港から帰国する予定とのこと。これは李元総統にとって昨年秋の宜野湾市(沖縄県)での講演(写真)以来、通算5回目の訪日。但し、感冒や軽い肺炎などの症状が出た場合は取りやめることもあるとか。

 この訪日が、われれ次世代の者を啓発していただくとともに、日本人の台湾に対する正当な評価の促進に大きな影響を与えてほしいものだ。

☆     ★     ☆

前總統李登輝9月4日訪問日本,宏仁集團總裁王文洋將隨行。近李人士今天說,李登輝此行預定在日本停留7天,並在東京演講。

近李人士下午受訪表示,李登輝9月4日上午將搭乘日亞航班機直飛東京,5日於東京青年會議所慶祝創立60周年在日比谷公會堂舉辦「新日本創生論壇」,以「這個國家的驕傲和希望」為主題演講,預計在東京停留2天。

近李人士表示,7日李登輝將與王文洋將從東京飛往四國,參觀高知縣立阪本龍馬紀念館。阪本龍馬是開創日本明治維新的風雲人物,出生在富裕鄉士家庭,祖輩靠經營才穀屋酒店,出售清酒,後取得鄉士身分。

近李人士表示,8日李登輝將到熊本城參觀,預計10日從福岡搭乘長榮班機返抵台灣。

這將是李登輝卸任後第5次訪日,他於去年9月應邀到琉球演講,原訂今年5月底訪問日本「奧之細道」的北陸和中部地區,但因感冒併發輕微肺炎而取消行程。
最高裁判事国民審査のムダ [2009年08月30日(Sun)]










「妙齢の美女」からの恒例のメールです。

今日、投票に行きました。会場から出た途端、
NHKと新聞社が候補者名、政党名を聞きに来ました。
出口調査ですね。少し前までは家族にも投票した候補者名は
言わないムードでしたが〜。

『えっ?言っていいんですか?』
『はい、皆さん言われますよ』
「妙齢の美女」も日本人、『皆さんがそうなさいます。』の言葉には
抵抗なくベラベラしゃべってしまいます。

それはさて置き、知らない裁判官にバツをつけること、
政教分離、なんだかスッとしません。
先生はどうお考えですか?

   ―――――――――――――――――

私は
あの制度がムダに思えてしょうがないので、
若いころは全部×にして、
制度への不満を表しているつもりになっていました。

昨今、新聞1ページ大の意見広告が頻繁に出されて、
どの裁判官がある案件に
どういう態度だったから×をつけよと呼び掛けています。

しかし、その案件をよく経過を知りませんので、
「気の弱い私」にはとても×など
つけることができません。結局、
そのままにして投票箱に入れました。

憲法改正はまずここらあたりからやって
しかるべきではないでしょうか。
すぐ9条というより良いのではないでしょうか。

ならば、最高裁の判事についてどう審査するべきか?

 学会、法曹界を中心に、
しかるべき数のオンブスマンのような人を選んで置き、
その人たちで○×でもやってくれればいいのではないでしょうか。

 他に名案があれば固執するものではありません。
 各国の制度も参考になるかと思います。
東アジアの独立国など [2009年08月29日(Sat)]












     
       
 韓国と北朝鮮の国旗。





北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は
大韓民国(韓国)と同時に国連加盟を果たし、
160カ国と外交関係を持っている(うち156ヶ国は
南北双方と外交関係を有する)。

日本は1965年の日韓基本条約に基づき、
北朝鮮を承認していない。また、国連安保理常任理事国中、
アメリカとフランスは同様に、承認していない。

韓国は北朝鮮を承認していないし、
北朝鮮は韓国を承認していないが、
相互に特殊な実務的関係を維持している。

2009年8月の金大中元大統領の国葬には
北朝鮮から正式な弔問団がソウルを訪問、
李明博大統領と約30分間面会した。

今後も紆余曲折の話し合いが続き、
いつの日か朝鮮半島には核のない統一国家が誕生することを
期待したい。

このほか歴史的には、
1940年にソ連によって事実上崩壊させられて以降の
バルト3国(米国は3国の在米大使館などを戦後一貫して支持し、
ワシントンでは国旗の掲揚を認めてきた)、
ドゴールの自由フランスをはじめとする亡命政権、
日本が創った満州国や汪兆銘政権の中華民国、
西側からはベトコン(越共)と呼ばれたベトナム民族解放戦線など、
国家に準ずる機構が存在したことは周知のことだ。

 いずれも独自に“国旗”を掲げ、
一定の政治的力量を保持してはいた。

 ちなみに、満州国の場合は、
1932(昭和7)年3月1日の“建国”直後に「日満議定書」を結んで
日本が実質的な国家承認を行い、以後、
エルサルバドル、ヴァチカン、イタリア、スペインがこれを承認、
38年5月にドイツ、
同年10月にポーランド、翌年1月にハンガリーと続き、その後、
フィンランド、タイなど日本やドイツの勢力範囲に入った国々が
承認したが、仮政府を含めても23カ国に留まった。
ケネディ上院議員逝去と半旗 [2009年08月28日(Fri)]







ワシントン塔周辺の国旗掲揚塔には、E.ケネディ上院議員の逝去を悼む
星条旗が半旗の形で掲揚された。8月28日付産経新聞より。










  エドワード・ケネディ米上院議員が亡くなられた。
謹んで哀悼の意を表したい。

 ロバート・ケネディは早稲田で講演をした。
大隈講堂が空前の大混乱になり、
私はその後「ケネディ上院議員講演会を反省する会」の
事務局長のようなことをし、
客人の話を謹聴する姿勢のない学友の多さに、
早稲田という大学そのものに、しばし幻滅を感じた。

 ジョン・ケネディ大統領は私たちの世代にとっては
“スーパースター”だった。その数々の名演説は
英語のテキストとなり、名セリフは日本語でも英語でも
未だに覚えている。

 1963年11月23日、東京五輪の組織委員会式典課の
“社員旅行”があった。山中湖に向うバスの中から、
2,3ヶ所で星条旗が半旗になっているのを見つけた。

 何事があったのか、当時は車内放送でしかわからない。

 組織委で五輪で国旗を担当していた仕事柄、気になって
運転手さんにラジオのスイッチを入れてもらい、事態が判った。
大統領が暗殺されたというのだ。

 私が意識して半旗を見たのはこれが初めてだったが、
以後、約半世紀の間に、なんと多くの半旗に出会ったことか。

 一番、神妙な思いだったのは昭和天皇の薨去の日、
1989(昭和63)年1月8日である。無性に
1つの時代が去ったという気になった。

 ところが、弔意を表わす場合は国旗を
どのようにして掲げるべきかという問い合わせが、
中央官庁や地方自治体から何件も来た。

 使用するポールにさまざまな事情があって困っている
というのが多い。

 中には、幹部職員を整列させ国歌を流したいが
という相談もあった。

 天皇の薨去、友好国の国家元首の逝去、
大惨事など特別の事態には、
弔意を表すために半旗を掲げる。

 「9.11事件」(2001年)の場合は、
私の知る限り都内では日本財団ビルのみ、
翌12日の朝から半旗だった。実に立派な行為だと思う。

 国会議事堂、首相官邸、外務省には私が連日、
今すぐ半旗にするよう注文を付けたが、
約1週間後にようやく半旗になった。ちなみに、
在京の各国大使館ではほとんどが事件の一両日後に
半旗にしていた。

 半旗にするには、一度、竿頭まで上げた国旗を、
ポールの約3分の1まで降ろす。

 ポールとロープの都合で中途に掲揚することができない場合には、
竿頭を黒布で覆うか竿頭から黒い帯を垂らすなどして
国旗を掲げる。

 なお、1931(昭和6)年の
大日本国旗法案(衆院で可決後廃案)では、
第七条 大喪中国旗ヲ掲揚スルトキハ
竿球ハ黒布ヲ以テ蔽ヒ且竿球ト国旗トノ間ニ
国旗縦径ノ六分ノ一、横旗ハ国旗ト同一ノ黒布ヲ附スヘシ

第八条 弔旗ヲ掲揚スルトキハ
竿球ヲ黒布ニテ蔽ヒ
国旗ハ竿頂ヨリ国旗ノ縦径二分ノ一下部ニ掲クヘシ

となっている。
幹部職員を整列させ国歌を流すかどうかは、
もちろんその市長さんの判断次第だ。

 ちなみに、駐日アメリカ大使館では
8月27日から半旗が掲げられている。
旗竿の黒い帯状の塗り分け [2009年08月27日(Thu)]










 都内文京区のSくんという中学生からの質問に
答えられなくて往生しています。

 どなたか教えてください。

 質問は、「僕のおじいさんは国民の祭日には玄関の前に必ず日の丸を立てます。その旗竿が黒と黄色に塗り分けられています。なぜなのかはおじいさんもわかりません。先生、よろいくお願いします」。


 なかなか素晴らしいおじい様ですね。祝祭日に国旗「日の丸」を掲げるというのは明治初め以来の日本の習慣でした。最近は、諸般の理由があるでしょうが、めったに見られません。

 わが国では家庭用の旗竿はかつて竹竿がほとんどでしたが、10センチおきくらいの間隔で黒く帯状に塗っていたのです。おじいさんのたてるのも黒と黄色ではなく、黒を縫っていない部分の竹竿が黄色くなったのだと思います。

 そこまではいいのですが、「先生」、そこから先はわからないのです。竿の先端に金色の竿球がつくのは、おそらく『古事記』に出てくる金鵄のなごりかと思いますが、この竿の色分けについては、Sくんの質問にお答えする知識がありません。

 さらに文献で調べてみますが、どなたかご存知の方がおられたら、教えてください。
独立国の数 [2009年08月27日(Thu)]




  中華民国国旗「青天白日満地紅旗」









  台湾がオリンピックに参加するときはこのマークを
 白地にプリントして掲揚する。








「世界にはいくつ国があるのか。具体的に知りたい」と
大田区在住の中学2年生I君からの問い合わせ。

 国の数は国とは何の定義によって決まることは、
先にオランダやスイスの公式な独立が
1648年のウェストファリア条約によってであるという話でも
明らかである。

 国の数は絶対的なものではなく相対的なものである。
わが国は自国を除き世界の192を国家として承認している。
これには北朝鮮を除く国連加盟国192と
ヴァチカン市国を含んでいる数だ。

 もう少し具体的に歴史と現状を見てみよう。

 ウクライナと白ロシア(現ベラルーシ)は
1945年以来の国連原加盟国であるが、
1991年末のソ連邦崩壊まで、
この2つを独立国として承認する国はなかった。

 国連創設当時、カナダ、オーストラリアなど
英連邦の自治領の地位にある国々が加盟を認められたことに対する
バランスと両“国”が対独戦争で多くの犠牲を払った
ことなどからこういう特別の処遇がなされたといえよう。

「青天白日満地紅旗」を掲げる中華民国もまた
国連原加盟国であり、
1948年に中国大陸から台湾に逃れてからも
約4半世紀、安保理常任理事国であった。

 1972年に大陸の中華人民共和国が
その継承国家として国連に加盟し、
中華民国(台湾)は国連から追放された。

 日本の「南の隣国」としてわが国にとって
経済のみならず、安全保障、経済、感染症の防止などの面で
特に重要な国だと思うが、
日本は、1979年に台湾と断交し、
これを中国の一部とみなすこととし、
正式な外交関係を断絶した。

 かくして、台湾を独立国として認め、
外交関係を結んでいる国は
同国が国連の議席を失う前から漸減し、
2008年1月にはマラウィと断交し、
今では中米・カリブ地域、アフリカ、大洋州等の
23(2009年9月1日現在)のみとなった。

 中華人民共和国(中国)は、
中華民国(台湾)を国家承認する国家とは国交がない。

 他方、台湾は2002年、「独立関税地域」として
WTO(世界貿易機関)に正式加入したほか、
OECDの競争政策委員会にオブザーバー参加が認められた。

 2007年9月、国連総会において台湾の友好国が、
台湾の国連加盟申請を総会の議題すべき旨提案したが、
議題にすべきでない旨の意見が多数を占め、
議題になるまでには至らなかった。

また、他の多くの国際機関からも追放されたり、
加入を認められないまま、今日至っている。

 このため、2008年9月、国連総会において、
台湾の友好国が「台湾の国連専門機関への意味ある参加」を
議題とすべき旨提案したが、中国の働きかけで、
議題に取り上げられるまでに至らなかった。

 2007年4月、「台湾」の名称でWHO(世界保健機関)の
正式メンバーとして加盟申請を行うと発表したが、
同年5月に行われたWHO総会において採決の結果、
議題として取り扱われるに至らなかった。

 新型感染症の克服が全人類が挙げて
取り組まねばならないという状況下にあって、
台湾がWHOへの加盟ないし恒常的なオブザーバーとしてさえ
関わりを認められていないことは、
わが国の人命にとっても大きな危険を伴うことであり、
早急に解決されるべき人道的課題である。

 なお、国際赤十字では早くから
南北朝鮮、南北ベトナム、東西ドイツの赤十字社を認めてきたが、
台湾については、1958年にニューデリーで開催された
赤十字最高会議の席上、中国紅十字社の加盟が決定されるや退席、
以後、復帰を果たしていない。

 これまた人道的な見地から早急に解決されるべき
問題であると考える。

 IOC(国際オリンピック委員会)ではChinese Taipeiの名で、
国花である梅の花に国旗の一部である青天白日のしるしを入れた
特別の旗で参加し、国旗の掲揚を認められていない。
マカオのタイパ橋 [2009年08月27日(Thu)]







    カマオの旗。下部がタイパ橋。








 マカオの旗に出てくるタイパ橋について、
大阪市南区在住のAさんから、
「この橋には中国語はないのですか」との質問がありました。

 そこで、わが研究所のスタッフと
青年海外協力隊の元中国隊員の方に伺ったところ、
早速、調べてくれて、以下のことが判明しましたので、
お答えします。

  ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

 タイパ橋は対岸のタイパ島を結ぶ橋で、
中国本土との連帯を示している。1974年開通、全長2570m.。

 当時のポルトガルのノブレ・デ・カルバロ総督の名をとって、
中国語でも、嘉樂庇總督大橋;と呼ばれてきた橋。

 マカオの返還後は、マカオの対岸地区の名をとってタイパ橋
と呼ばれることが多いが、中国語では「澳*大橋」、*は「水」を
「乙」で被ったような文字。

 英文のウィキペディアでTaipa Bridgeと引くと写真が出て来る。
香港、マカオ、チベットなどの旗 [2009年08月26日(Wed)]







  香港特別行政区の旗








   澳門特別行政区の旗







中国は多数の民族から成る国。中でも、
歴史的経緯を引きずる香港と澳門(マカオ)は、
1997年と99年に英国とポルトガルから返還された特別行政区。

ともに30数年後には中国の領土となろうが、
現在は、独自の旗を掲げ、
中国本土とは別の特殊な行政機構を保持している。

香港の旗は赤地に白でバウヒニア・ブレイケアナ(香港蘭)を
大きく抜き、5つの赤い星を散らしている。ブレイケアナの名は、
英国の第12代香港総督ヘンリー・アーサー・ブレイクにちなむ。
5つの星は中国の「五星紅旗」にちなむ。

澳門の旗は、緑地に白い蓮の花とタイパ橋から成り、
その上に黄色で五つ五稜星が描かれている。

タイパ橋は対岸のタイパ島を結ぶ橋で、
中国本土との連帯を示している。星は「五星紅旗」から。

現在、チベットを独立国とみなしている国はいないが、
日本人・青木文教がデザインした、
旭日にヒマラヤなどを描いた“国旗”を持っている。

東トルキスタン(新疆ウイグル)は
イスラム教徒の国でありながら、
トルコの国旗の赤を青(ライトブルー)に変えた“国旗”を掲げて
独立運動を展開している人たちが世界中にいる。

中国の「五星紅旗」と全くイメージを異にするライトブルー主体の
国旗を前に、青い目の民族運動の指導者が中国非難をするとき、
私はこれは容易に和解が難しいのではないかという印象
を率直に抱いた。

このほか、地球上には時に、
満潮時には水没する岩の上に建造物を立てたり、
実際の領土がないまま、空想的にあるいは
いささかマンガチックに“独立国”を“建国”する話がある。

シーランド公国やセボルガ公国など、
冗談交じりにミクロネーションと呼ばれるが、
こうした“国”がまず決めるのが“国旗”や“国歌”である。

これらの”国は”もちろん、いずれも国連に加盟していない。
中東アフリカの”独立国” [2009年08月26日(Wed)]





クルディスタンの”国旗”。イラク領クルド人地区でのみ掲揚されている。







 アフリカや中東に目を転じよう。

 旧ソマリア民主共和国は事実上崩壊し、
内戦状態のまま国名も単にソマリア(首都モガディシオ)と
呼ばれている。

 このソマリアとは全く別の国家機能をもっている2つの“国”がある。

 1991年、北部の旧英領ソマリランド地域が
ソマリランド共和国(首都ハルゲイサ)として分離・独立を宣言した。

 次いで、98年に北東部の氏族が
プントランド共和国(首都ガローウェ)を樹立したことが発表された。

 ともに独自の通貨を使用しているが、
果たして恒久的な独立を目指しているのか、
ソマリア全体の内戦に中立な地域としての
高度な自治能力を持つ行政主体を樹立したということか、
不明な点が多い。

 ソマリア内戦が終結したとしても、
もはや3者の再統合はもはや不可能という見方が強い。

 それぞれに“国旗”を掲げているが、
ソマリア以外を承認している国はない。

 トルコ、イラク、イランにまたがって1500万人をも数える
クルド人は、特にイラク領内ではクルディスタンとして
かなりの独立性を保持した存在となっている。

 大都市キルクークや十字軍との戦で功名をのこしている
サラディーン将軍の出身地であるティクリットなどの都市があり、
石油権益の集まるキルクークの帰属をめぐって
イラク政府が承認するには至っておらず、
交渉は最終的な決着をみていない。

 イラク領内のクルド人は緑白赤の横三色旗の中央に
21の光芒を持つ太陽を描いた旗を掲げている。
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