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ローマは1日にして成らず [2007年11月30日(Fri)]







 これ以上ふざけていたら問題かも。

 そこで「老婆は1日にして成らず」ですから、
これまでの人生の努力の積み重ねがあってこそ、
素敵なコートと出会えたのでしょう、と書いてチョン。
終わりにしました。

 年齢を重ねることってすばらしいことですよ。ただし、元気でなくちゃ、心身とも。

 尊敬する諸兄姉、ご自愛ください。
すべての道は [2007年11月30日(Fri)]







追伸です。

 ☆・★☆・☆・☆・★・☆・☆・☆・★☆・☆・☆・★


 最後に主人が言いました。

『全ての道は老婆に通じる』とー(>_<)

 ☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・

 お二人に座布団2枚ずつと、幸せを!
東京と地方 [2007年11月30日(Fri)]




 きょうの夕食会での話。

ある県の県議会副議長A「地方の疲弊はひどいですよ。東京の人は想像も出来んでしょう」

右隣の自然科学者B「仕方ないじゃないですか。栄枯盛衰計り知れずですよ」

その隣の銀行員C「公共投資で地方のインフラ整備をめちゃくちゃ重ねて、もう維持費だって出せなくなってきていますね。われわれ東京のサラリーマンだって大変なんですよ。何十年も満員電車で長時間揺られ、汚れた空気を吸い、高い家賃を支払い、生存競争の厳しさは地方の比じゃないですよ。そうやって日本全体を、いわゆる日本丸を引っ張ってきたんですよ」

A「そんなことを言って地方をほっといたから、小沢さんに全部やられたんじゃないですか」

B「で、小沢という人は地方の再生のために何をしてくれるんですか? どんな妙案を持っているんですか?」

A「何かあるから、乃至あるように思わせたから参院選で大勝利したんでしょう」

C「あなたは地方政治家としてなにか具体案があるのですか」

A「ありますとも。まず、公務員を大事にすることです。50何歳かで退職して、後どうするんですか。その人たちの再就職先をしっかり世話しなくてはいけません」

B「私は反対だな。だって、それでは若い人がいよいよ地方に定着できなくなる。今でさえ公務員は年金に恩給・・・」

C「その年金だって、公務員の人のは全部、正確に記録されてるわけでしょ?」

B「にわかに50いくつかでクビになるわけじゃないんですよ。就職するときにわかっていて公務員になるんじゃないか」

A「ほかに地方では就職先がないからですよ」

Aの隣のD教授「私だってそうですよ。それも最初からわかっているから、地を這う努力をして、自力で今の地位とそれなりの収入をえているんだよ。公務員をこれ以上優遇するのはやめてもらいたいね」

A「それでは、地方は崩壊し、自民党は大敗するよ」

B「大敗して結構。次に民主党も崩壊するでしょうね。それが自然の摂理ならしょうがないじゃないの。政党のために日本や日本国民があるわけじゃないんだ」

A「そりゃそうだけど、みんな地方から離れたら、国が存在しないじゃないですか」

D「人口移動はやむを得ないじゃないかな。いつまでも明治の廃藩置県時代にしがみついておれると思うほうが間違えてるよ」

A「大都市ばかりが点在する日本なんて気持ち悪いよ。安全保障上だって問題だ。農業ばかりでなく、工業製品も地方で生産して都市に持ち込む、海外に輸出する、そうしなくちゃ日本は立ち行かなくなるんだ。地方を大事にしなくちゃ」

C「東京も大事にしてほしいね。生活何とか指数は、いつも北陸や山陰のほうが高くて、埼玉なんてほとんど全項目で最低じゃないかな。勤労層が懸命に働いているというのに報われていないんだ」

B「都民だって同じだよ」

C「それでも平均すれば日本全体はそこそこなんじゃないの? 大金持ちもいないし、みんな小金持ちじゃないの」

A「みなさんが地方の疲弊に全然理解も関心もないということがわかった」

B「理解も関心もないんじゃないんですよ。今の都道府県制をそのまま保って、地方公務員を大事にというようなことでは、日本全体が沈没してしまうということを言いたいんですよ。なぁ、みんな、そうだよね」

.D「極端に言えば、地方の人よ、甘えんなさんな、ということじゃないのかな」

C「それがいやなら、早々に都会に出て苦労を積むことなんじゃないのかな。故郷は遠きにあって偲べばいいじゃないですか。私みたいに」。

 さてはて、おのおの方、この場にいたらどうなさるかな?
寒くなりましたが [2007年11月30日(Fri)]







  関西在住のわが「仲良し」、もちろん「妙齢の美女」からいただいたメール。

 あんまりおかしくて、一人で3回読んで、笑い転げ、
そうだ、それだけではもったいないと思い、
以下に転載することにしました。

 ☆・★☆・☆・☆・★・☆・☆・☆・★☆・☆・☆・★


 コートを買いました。
千鳥格子です。

 早速、外出。
好評でした。

私『かどで出会った奥さんがが言ってました。
ローマの休日みたい、だってーo(^-^)o』

主人『ん?老婆の休日?』

私『オードリー ヘプバーンみたい、だってーo(^-^)o』
 
主人『ん?オールド ヘプバーン?』。

 昨夜の夕食後の我が家の会話でした。

 ☆・★☆・☆・☆・★・☆・☆・☆・★☆・☆・☆・★

 こういうメールは暗い世を明るくしてくれるので
公開します。もちろん、匿名で。寒くなりましたね。
 笑う門には福来たる(着たる?)。

              吹浦忠正
同級生保屋野の写真展 [2007年11月30日(Fri)]








 わが同級生にはいろいろすごい奴がいる。保屋野 厚もその一人。

 3点が特にすごい。@めっぽう面倒見がいい。早稲田のわがクラス会の永久幹事。A日本の100名山どころではない。主要な山はほとんど全部、登頂した。B東京に勤務していてどこまでどう出世したか知れないが、東京の街を愛していることは際立っている。

 Aについては、台湾で同じようなすごい人と会った。何でも台湾には3000mを超える山が265もあるそうだが、それをすべて登ったという人だ。

 保屋野のBはすごい。退官後も含めて、都内を文字通り、隈なく歩きつくし、レンズに収めていることだ。

 この写真だっていいじゃないですか。何の説明もないが、おそらくは、大相撲の露鵬が御茶ノ水のニコライ堂を訪問したときのものではあるまいか。

 保屋野が生意気にも(失礼!)写真展を開くという。私の紀尾井ホールでの独唱よりましなことは確かだから、みんな行ってやってほしい。

 題して「東京・街の風景−神田・東京・築地・佃」、12月12日から23日まで、1100〜1930.Photo gallery Anthony 写真表現中村教室(文京区湯島1−12−5 2F、電話:03−5812−7645)で。JRの御茶ノ水、地下鉄の末広町からが近い。

 もちろん、入場無料(のはず)。書いていない。

 でも、いい写真でしょう、これって。
人道的課題での日韓協力を [2007年11月30日(Fri)]





  右が、鄭企娟(チョン・キヨン)さん




 
昨日の女子留学生弁論大会で準優勝した
埼玉大学大学院生である鄭企娟(チョン・キヨン)さんの
スピーチは、
自らの難病をもとにした実話であった。

「骨髄異形成症候群。長くて3年のいのち」、
これが日本の病院での診断だった。

悲嘆にくれて韓国にもどり、精密検査を受けたら
「再生不良性貧血」。当面は、輸血でなんとか
持たせることが出来るが、
骨髄移植が必要だ、との結論になった。

いずれにもせよ、大変な病気だ。

兄・忠晴が前者の診断で私から
「造血肝細胞移植(骨髄移植の1つの形)」を受け、
それでも3年を待たずして亡くなってから、
まだ1年もたっていない。

同じ血を引く私には、他人事ではない。

「私の抱負」と題する鄭さんのスピーチに審査員の女性から
質問が出た。
「日本での誤診?をどう思いますか」。

鄭さんは実に上手に、日本人や日本の医療をを傷つけないように
答えていた。これも感動的だった。

そこで、
大会終了後の懇親会で、鄭さんに言った。

「韓国の男性に日本人女性が骨髄移植をして
成功したといった内容のテレビドラマもあるようだが、
日韓の人道的課題に関するネットワークを拡充してはどうか」。

「名刺をください」。
鄭さんの対応は早かった。

こういうネットワークは、政治も歴史認識も拉致も関係ない。
出来れば北朝鮮や中国も含めて、
まずは骨髄移植ないし造血肝細胞移植の分野で
鄭さんや日本人のリーダーが
その構築と拡充を図ってはどうか。

「老兵」はいつでも馳せ参じる覚悟がある。
審査委員長講評が怖い [2007年11月29日(Thu)]




  優勝したのは奈良女子大学博士課程に学ぶ、
台湾からのお母さん留学生・王珍●さん(左、●は女に尼)。
右が準優勝の埼玉大学大学院生・鄭企娟(チョンキヨン)さん。
中央は、3位の京都大学大学院生・
ロシャングリ・ウフルさん(新疆・ウイグル出身)。
ほかの方々のスピーチもすべてすばらしく、
歌う前に聞かされた私はしばし涙声で、歌いだすのに苦労したほど
感動していたた。






きょうは、女子留学生弁論大会全国大会で
予選の審査員とエンタテイナーとやらを
務めさせていただいた。

日本で学ぶ31カ国出身の232人もが参加し、
31都道府県での大会で優勝した人たちが、
3グループに分かれて予選を行い、
午後から最終弁論を行うというものだ。

私もなんどもこういう審査員をしたり、
こういう行事の主催責任者をしたが、
実は、
いつも甲乙つけがたいというのが本当のところだ。

一番つらいのは、「審査委員長講評」。
25年ほど前に、私は大恥を書いた。

自分の講評中、
「あの〜っ」を31回言ったというので、先輩に
「なんというざまだ。出場者を見習え」としごかれた。

以後、少なくとこういう場合には、
私は一度も「あの〜っ」を言わないで来たつもりだ。

もちろん、わざと使う場合はある。
相手に何か言わせるタイミングを作るためにである。

それ以外は、少なくとも私自身気づいていない。

私も齢66歳。
そろそろ少し「意地悪爺さん」ぶりを発揮してもと
不埒なことを考えてしまった。

そして、きょうは、
私より少し若年とお見受けした某審査委員長の
4,5分の講評中、
「あの〜っ」を数えてしまった。

29回。
ご本人は10回くらいかなと照れていたが、
この「意地悪爺さん」、
舞台の袖で、脇の人にも聴こえるようにして
きちんと数えさせていただいた。
まさに「意地悪爺さん」本領発揮である。

そして、本人にはいささか気の毒だったが、
懇親パーティで突然司会者に
「ご挨拶を」と指名されたので、
「年の功」をタテに、
あるいは審査委員長経験者の先輩として、
いかにこの立場が難しいものであるかを述べつつ、
あえて苦言を呈させていただいた。

もちろん、この間、私は一度も
「あの〜っ」は使わなかった。

さて、
きょうの私のもうひとつの役割は、歌だった。
日本の抒情歌を3曲独唱し、3曲全員で合唱した。

「初恋」「からたちの花」「落葉松」を独唱し、
時節柄?「赤蜻蛉」「紅葉」「ふるさと」を
会場のみなさん全員で歌った。

留学生も結構、歌っていた。

「15歳で嫁にいった岸信介・佐藤栄作兄弟の母の例」や
「全山真っ赤というカナダと<赤や黄色の色さまざまに>
を好む日本人の美意識の違い」などを述べ、
去年、フィリピンで2千人と一緒に
「ふるさと」を歌ったことにも触れながら歌った。

自分では「リハーサルより上出来\(^_^)/」だったかなと
うぬぼれていたところ、
今度はこっちがやられてしまった。それも複数の女性から。

「歌がなくて話だけならもっと良かった」。

人生、いろいろ難しいようです。
修行が肝腎であることを学んだ1日だった。

審査委員長ドノ!
もう一度申し上げます。
「ごめんなさい」。
日野原先生に土下座 [2007年11月29日(Thu)]




 舞台正面右から、日野原、相馬、城の3先生。
96,95,94歳、合わせて「285トーク・イベント」。
前列左は遠藤さん




 去る10月13日、東京・御茶ノ水の全電通会館で行われた「今世紀最年長トークイベント」という催しについては、小欄でもみなさまにご案内をしましたが、その結果については、何もご報告していませんでした。

 ところが、なんと、96歳の日野原先生が、11月17日付朝日新聞に、<96歳私の証・あるがまま行く>という連載エッセイ欄で、「285歳のトークイベント」として、次のように詳述して折られるのです。

 日野原先生のお元気さについては今更いうまでもありませんが、内容の意義、中身をかくもきちんとご理解くださり、ここまで正確に書きのこしてくれるとは、脱帽です。

 忙しさにかまけて私は怠けていましたが、もっと忙しい人が、そして私より30歳も年長の方が、ここまでやってくださるとは、脱帽はもちろん、土下座してお詫びでもするほかありません。

 朝日新聞から転載します。せめてもの償いに、当日、私がメモした、3人の発言を後ほど多少たりとても、ご報告します。

 私は主催した3団体の1つ、難民を助ける会の特別顧問として、お三方と終始ご一緒し、その謦咳に触れたにも関わらず、また、司会してくださったNHK「ラジオ深夜便」の人気アンカー・遠藤ふきこアナウンサーはその直前に、私が出演したときのインタビューアーであり、そのご縁で無理やり引き受けていただいたというのに、わが怠け心を恥じ入り、反省する次第です。


 ☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆


 「今世紀最年長トークイベント」という催しが10月に東京都内であり、講師として参加しました。ほかの講師はNPO法人「難民を助ける会」代表の相馬雪香(ゆきか)さん(95)とNPO法人「さをりひろば」代表の城みさをさん(94)で、私は日本キリスト教海外医療協力会を代表する立場でした。3人合わせて285歳。長老たちのトークに参加者が力づけられることを期待しての集まりでした。

 相馬さんは60年来の知り合いです。ご尊父は「憲政の神様」の尾崎行雄、お母さまは教育熱心な英国生まれのご婦人でした。ご両親の教育もあり、彼女は国際的視野に立って考え、積極的に行動される方に成長します。通訳を兼ねてお父上と欧米を回るうちに平和運動に目覚め、79年に「難民を助ける会」を立ち上げたのです。

 70年代、ベトナム戦争などの影響でインドシナの難民が国外へ脱出し始めたときに、日本政府は関知しない立場でした。相馬さんはカナダの友人から「欧州の国々でさえ難民を救済しているのに、日本は物質主義で金もうけしか考えていない。日本人の心は冷たい」という内容の手紙を受け取ります。彼女は黙っておられず、難民救済運動を展開したのでした。

 城さんは57歳の時に、自分の織った布の縦糸が1本抜けていたことをきっかけに独自の織物「さをり」を考案しました。その後、簡単な機織り機を考案し、さをりを通して障害者の芸術活動や就労を支援する「さをりひろば」を設立します。

 さをりのデザインは素朴で、均一でない模様の中に独特の風合いがあります。今回も舞台の上から何本もの帯状のさをりをつり下げて場内を演出していたのが目を引きました。

 一部に穴の開いた布は服にもなり、手の不自由な老人でも簡単に引っ掛けて着られるようになっています。城さんは舞台で実際に着てみせてくれました。彼女の言葉はとつとつとし、低く太い声でしたが、それがまた、布に似合っていました。

 私たち3人の共通点は、病を持つ者、ハンディキャップを背負う者にも実践できる事業をしたことです。そして年齢を重ねても屈しない精神力が行動力と指導力になっていることも同じです。はっきりした自己主張を持ち、めいめいが成し遂げたことを語り合ったことで、聞いていた多くの方々は励まされたのではないかと思います。
                      (聖路加国際病院理事長)
民主党の暴挙 [2007年11月29日(Thu)]




岩屋毅自民党所属衆議院議員(大分3区、50歳)。
選挙では何度も苦労を重ねたが、
好漢であり将来を嘱望されている一人。
私も2,3度選挙区に応援に出かけたこともある。
   



 
 額賀財務相(元防衛庁長官)の参議院での喚問の可否で、国会がストップしてしまっている。

 これで、国家審議が行われないなら、私は「民主党無用論」ないし「残議員不要論」を声高に叫びたい。

 民主党が参議院で数を頼ってこういうことにこだわれば、衆議院では、与党が同様のことをやりかねない。国会は本来、立法府であって、犯罪者の捜査や尋問をするところではない。
民主党が今やっていることは、日本の政治を混乱させるだけであって、ゆゆしい問題といわざるを得ない。

 ところで、
 昨今、国会議員のメルマガがに上出来というべきものが増えてきている。

 首相官邸発の「総理のメルマガ」はいかにも下級官僚が代筆・編集したというつまらないものだが、国会議員の中にはなかなか、見過ごせないメルマガを発信している人もいる。

 そうした一人・岩屋毅自民党所属衆議院議員のものは、以前も紹介したが、読み応えがある。

 特に、昨夜は長島昭久民主党所属衆議院議員の「励ます会」で、前原誠司前民主党首とともに鼎談をやったその翌日だけに、岩屋代議士の基本的スタンスがよくわかっていい。

 これぞ正論。あえて転載して、皆様に紹介する次第である。

  ☆・★☆・☆・☆・★・☆・☆・☆・★☆・☆・☆・★

国会の状況ですが、全体状況としては相変わらずであるものの、一部には「協調」の気運も出てきています。特に国民生活に直接影響のある年金関連法案や労働法制、あるいは肝炎対策などについては与野党協議のうえで、法案を成立させることができるようになりました。これらについては民主党の対応を評価したいと思います。

 一方で、だんだんと「泥仕合」の様相を呈してきたのが、テロ特新法に関する状況です。昨日は参議院で野党が「額賀証人喚問」を強行採決しましたね。これは二つの理由で極めて問題のある「暴挙」であると私は思います。

 ひとつには、「証人喚問は全会一致で行なう」というこれまでの国会の慣例を破ったことです。

 なぜ、こういう慣例があったかというと、「喚問の乱用」を避けるためだったのですね。これまでは衆議院でも参議院でも与党が多数を占めていたわけですから、その「数の力」をもってすれば、野党議員を喚問することなどはいとも簡単だったわけですね。

 しかし、与党が数の力でもってして「証人喚問」を政治闘争の手段にするのは避けるべきだという考え方から、あくまでも「全会一致」を基本原則としてきたわけです。それがむざむざと破られました。

 それほどまでに「証人喚問」というものは実は重たいのですね。政治家であれ、民間人であれ、まずは呼ばれただけで相当にダメージを蒙ります。しかも、「証言」に虚偽があれば議院証言法違反で告発を受けることになる。したがって、明らかに刑事事件につながる疑いのあるような確たる根拠がなければ喚問など安易に行なうべきではないのです。それを「大臣が宴席に同席していたかどうか」を確認するためだけに強行するというのは、どう見ても行き過ぎです。これが二つ目の理由です。

 額賀大臣は当然のことながら、連日のように所管の委員会に出席し、嵐のように本件に関する質問を受け、それらに丁寧に答えてきています。また、昨日、我が党の大島国対委員長が党独自の調査結果を明らかにしたように、民主党議員から指摘された「会合」には出席していない、という明白な根拠も示すことができています。それでもなおかつ民主党が「喚問」にこだわるのは、形を変えた審議妨害であり、政治的宣伝のための戦術であるとしか思えません。

 民主党さんは、かつての「偽メール事件」の教訓を忘れたんでしょうか。あの時は深刻な反省に立脚した立派な報告書をまとめられていますが、今回、それが活かされているとは到底、思えません。民主党の質問者は今になっても「情報提供者」の名前を明らかにしていませんが、これが「偽情報」だったら、いったいどうするつもりでしょうか。「偽メール事件」の再演ということになりかねませんね。

 それよりもなによりも、一番の問題は、こんなことをやっている間に延長国会の時間をどんどんと空費していき、いつまでたっても肝心な議論に入れないことです。世界も、いや、国民の皆さんも現在の国会の姿にあきれているんじゃないでしょうか。もし、「審議引き延ばし」が民主党の狙いであるとするならば、こんなふざけた話はありませんね。国会の責任放棄です。こんなことが続いていくならば、やがては「参議院無用論」が台頭してくるでしょう。

 自民党内には、「それなら、山田洋行から最大規模の献金をもらっていた民主党の小沢代表や田村元参議を衆議院に喚問すればいい!」などという強硬な意見も出てきていますが、私はそのような「泥仕合」は避けるべきだと思います。ますます世界からの「嘲笑」に拍車をかけるに過ぎませんね。ここは一日も早く「本筋」に立ち戻り、お互いに建設的で堂々たる議論を展開すべきだと思っているところです。

では今週はこの辺で。来週までどうぞお元気でお過ごしください。
    

              自民党国会対策副委員長 
                   衆議院議員 岩屋 毅
長島昭久くんに注目を! [2007年11月28日(Wed)]



 会場は凹形にいすが並べられ、民主党の前原(背中向き)、自民党の岩屋(右)の両衆議院議員を相手に、話の進め方も内容もよかった。それにしても、まだ2回生の長島くんだけが、演出効果を狙ったにせよ、終始、足を組んでいたのはよくない。






   平沼代議士の話には、まじめそうな顔で聞き入っていた。








   櫻井よしこさんの挨拶には、心からうれしそうにして立っていた。








 どうです? 菅さん、いささか霞んでいませんか? 
それでも義理かもしれませんが、
隣でにっこり微笑むあたり、長島くんも政治家になった







 長島昭久衆議院議員(民主党、45才)に注目してほしい。

 この人は、福祉も教育も経済も金融も、素人の域を出ない。自分でもそう公言している。が、外交・安保に関しては抜群である。「政局の党」・・・じゃなかった「生活の党」にも、「憂国の士」がいるのだ。

 「日本の将来を委ねるに足る政治家」という評価は巷間に満ち溢れている。

 「欠点」は選挙に弱いこと。2年前も選挙区(立川、昭島、日野の3市)では落選、比例で救われた。応援してやってほしい。

 きょう、都内で「Empower Japan! Forum」と称して、「励ます会」を開いた。最初の1時間弱は、前原誠司前民主党代表と自民党の岩屋毅衆院議員と鼎談をした。3人とも私は特段に親しいからいうわけではないが、「テロ特措法」「日米外交」「アジア政策」をめぐって、この3人の基本的なスタンスはほぼ一致している。

 岩屋くん(議員以前から末次門下生としての盟友なので「くん」付けをお許しいただきたい)は、きょうは石破茂防衛大臣のピンチヒッターである。「守屋逮捕」の晩、まさか守屋を次官に任命した当時の石破氏が、この会合に出るわけには行かなかったのであろう。

 3人の結論は、戦略性を持ったアクティブな外交・安保政策を進めることが、アメリカやアジアの信頼を得ることだという点であった。私も賛成だ。

「テロ特措法」については3人とも、きわめて積極的な賛成派だ。逆に、「国連が決議すれば自衛隊の治安部隊がどこへ行くのでもOK」などという政治家とは、遠く距離を置いている。こういう人たちを、有権者は大事にすべきだ。

 国連がOKすればというなら、下手をすれば、自衛隊が韓国に出かけねばならないようなことにさえ、なりかねない。軍事境界線では、朝鮮戦争以来、国連旗が掲げられ、その下で米軍も韓国軍も参戦し、今でもその形式は変わっていないのだ。

 先日、インド洋から「すごすごと」引き返してきた海上自衛隊のみなさんを、民主党から4人の国会議員が埠頭まで出迎えに行って労をねぎらった。

 吉良州司衆議院議員、大島敦衆議院議員、白真勲参議院議員、そして長島くんである。

 その見識と勇気をたたえたい。

 吉良代議士も末次時代からの盟友である。そう、長島くんは、学生時代から末次のところに出入りもしていたが、私が東京財団の研究部門の責任者だったときの主任研究員で、「アジアにおける米軍の再編」についてすばらしい論文を書き、研究業績を挙げてくれた。私は政治家への転身を強く勧めた一人だ。

わがユーラシア21研究所の開所式(去る2月26日)には、最初の挨拶が中曽根康弘元総理、最後に締めの挨拶をしてくれたのが長島くんである。私の気持ちの中では、次世代へのバトンタッチ、若い政治家への信頼の象徴として登壇してもらったのであった。

 きょうの会場には、自民党から塩崎恭久前官房長官、逢沢一郎、平沢勝栄両衆議院議員、そして「孤高なる保守」と自ら言う平沼赳夫衆議院議員など、超党派で国会議員が大勢はせ参じていた。いかにも長島くんらしい。

 ただ、そんな中で民主党を代表して立った菅直人代表代行の印象の薄さは覆いようもない。あれでは肝心の長島くんまで腐ってしまう。

 会場のあちらこちらから、「前原、岩屋、長島あたりが政界再編の中核になるだろうな」という期待の声が聞こえた。

 
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