CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2007年08月 | Main | 2007年10月»
<< 2007年09月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
ブラックタイでの還暦祝い [2007年09月30日(Sun)]






   ローソクを吹き消すカロン大使。炎の先にナベサダさんが
 立っている。右端のご夫人は妃殿下のご母堂。





「高円宮妃殿下のご臨席を仰ぎ」との言葉が一番上にあって、
駐日カナダ大使ジョセフ・カロンの令夫人クムル・カロンさんから、
大使の還暦祝いをするので、
というご案内状をいただいた。

 ブラック・タイでとある。

「馬子にも衣装」という言い方は
今は差別用語で使ってはいけないようだが、
自分をさして言うのは差し支えあるまい。

「馬子」は今年、2度目のタキシード姿に変身した。
(ちなみに一度目は紀尾井ホールで独唱したとき。)

 いかんせん、この一年、減量に努めたため、
上から下までだぶついてなんともサマにならない。

 エナメルの靴を履いて、
そうか、
足まで痩せるんだということに気付き、
敷き革でかろうじてごまかした。

 それに比べ、ご列席の諸先輩のサマになっていることは
うらやましい限り。なかでも、私の見る限り、
服部禮次郎和光会長、法眼健作元カナダ大使、
グレン福島日本エアバス社長などは
まさに「決まっている」という感じだ。

 私など、昨年はフィリピンのホテルで
ウエイターと間違われて、
日本人観光客に「ビールを急げ」と、(酷い英語で)叱られる始末で、
なんともなさけない姿でだった(はず)。

 この日、カナダ大使公邸での晩餐会で一番決まっていたのは、
「Birthday Boy」である、カロン大使。

 タキシードの襟を覆うように、真っ赤なマフラーを首から垂らしていた。

 大使とはもうずいぶん以前からのお付き合いで、
親交を深めているが、
その都度感じるのは、
カナダはヨーロッパとアメリカの文化を合わせ持っている
素晴らしい国だということだ。

「国内に多くのフランス語人口を抱えている」というより、
「英仏両系の国民がモザイクになって一国を形成している」
といったほうがいいだろう。

 そこから生まれる調和を何よりも大事にしている。
だから、案内状や大使館内の表示でも何でも、
英仏二つの言葉で書き、互いを尊重しあっている。

 おそらくその裏には、非効率という「障害」があるはずだが、
隣の席におられたカナダ人(フランス系)のご夫人は、
「これくらいのことで調和ができるなら易きもの」と
微笑んでおられた。

「5年ほど前、首都のオタワから隣のモントリオールに向かうと、
小さな橋を渡った瞬間、フランス文化になっていることに気付きました。
これは、理屈ではわかっていても実感としてはすごい驚異でしたね」

「私の若いころにはその橋の中間で表示まで変わっていましたよ」。

 妃殿下がすばらしいスピーチをされ、乾杯のご発声をされた。

 しかも、日本語と英語で内容の違う祝辞を述べたのだから、
こちたは「能率」もクリアしてくださり、
ありがたくも早々にシャンパンにありつけた。

  料理のリストも英仏両国語、
しかも、なんともほほえましい表現で、
みなこれだけで嬉しくなった。

 ハプニングはデザートの時に突然入ってきたナベサダ(渡辺貞夫)。

 60本赤いローソクを引く台車に続いて、
サックスで「Happy birthday」を演奏しながら入場してきた。

 そして、そのあとの独奏では、
ソロのサクソフォンがこんなに澄んだ音色かと
再認識するほどいい音だった。

 クムル・カロン夫人の差配であろう、
テーブルには今年の干支である亥を
小さな金色の色紙をくり抜いたのが散らしてあったり、
亥の形をしたクッキーが出たりして
たのしいアレンジがなされていた。

 そうそう、女性陣も正装が
すばらしくかったことを書き忘れていた。
再任決まった緒方貞子JICA理事長以下、
いずれアヤメか・・・。

 かくして、全員(約50人)午前様、
晩夏の夜は尽きなかった。
実りの秋 [2007年09月30日(Sun)]


















 数日前、日本剪画協会の石田良介会長が、山梨県のお住まい近辺でスケッチされた「黄金色の頃」をデータでお送りくださいました。小欄を通じ、「秋」をお届けします。

 都内ではようやく昨日になって、ぐっと涼しくなり、「秋」を感じました。

 所用で横浜まで行きましたが、路端にも、もう、この花の写真をと思うような花の季節が過ぎたということを感じました。

 きょうで9月もおわり、各地から秋のたよりが届くことでしょう。


カタ仮名に感謝 [2007年09月30日(Sun)]






 先日小欄で書いた中国(台湾)語による地名表記、
正解は以下のとおりです。

@宿霧     セブ(フィリピン)
A雪梨     シドニー(オーストラリア)
B洛杉磯    ロサンジェルス(アメリカ)
C檀香山    ホノルル(アメリカ) 
D休士頓    ヒューストン(アメリカ)
E徳里     デリー(インド)
F普吉島    プーケット(タイ)
G首爾     ソウル(韓国)
H清遭     チェンマイ(タイ)
I布里斯本  ブリスベーン(オーストラリア)

 わが国の先人がカタ仮名を考案してくれたことに、
あらためて感謝したい気持ちになるのです。
韓国と台湾の対日観 [2007年09月29日(Sat)]





 国立台湾博物館の正面ロビーから見上げたドウム部分





 日本時代に建造された博物館。現在もそのまま
国立台湾博物館となって活用されている









 先日、台湾の北投温泉で見た日本時代の庭園について
書いたところ、渋谷区の「妙齢の美女」さんから、
末尾の、
「韓国と台湾が大きく違う」という部分の意味がわからない
とのメールをいただきました。

 私が言いたかったことは、
日本は台湾を50年、韓国を36年間支配したが、
その後の対日観が大きく違うということの一端についてでした。

 たとえば、台湾では
今の総統府は日本時代の台湾総督府でした。

古くなって、ほとんど建て替えといっていいほどの大改築をしながらも、
外観は往時のままに残しています。

 他方、ソウルの旧朝鮮総督府、
しばらくは韓国の首相府(中央庁)として使っていました。
確か、旧帝国ホテルや首相官邸を設計した
ライトの設計によるものだと思います。

 それを見事に全面的に解体して、
まったく現代的なビルにしてしまいました。

 台北の国立歴史博物館も、
さすがに菊の御紋ははずしましたが、
すべて昔のままです。

また、ロビーに建っていた児玉源太郎、後藤新平両総督の像は
はずしていますが、
二人の家紋は正面玄関の両脇に
きちんと遺されています。

 韓国と台湾による戦後処置ながぜ、そうも違うのか、
これについてはいずれ、私見を書こう思います。


スーチーさんと福田首相 [2007年09月29日(Sat)]







 
 まずもって、ヤンゴンで亡くなられた9人(当局発表)のみなさまの
ご冥福をお祈りし、
負傷された方々の全快を祈念する。

 アウンサン・スーチーさんは民主主義の原則から言ったら、
もう、20年近く前に
「国父」とされるアウンサン将軍の「2代目」の
国家最高首脳となり、
世界政治に大きな発言力を持ったに違いない人だ。

 京都大学で、矢野暢(とおる)先生に師事したこともある。
矢野先生とは特別親しくさせていただいたこともあり、
今回のことも、はるか「外国」のはなしとは到底、思えない。

 先日、福田首相誕生の際、アメリカのブッシュ、北朝鮮のキム、
アゼルバイジャンのアリエフ親子が現役の最高首脳で、
以前には、インドのネルーとインデラ・ガンジー、
そして台湾の蒋介石、蒋経国などと小欄で書いたが、
さらに、パキスタンのブット親子、バングラデシュのジア父娘
など、インド亜大陸には親子、夫婦、次次世代など、
家族間の政権継承が結構ある。

 今、パキスタン、バングラデシュも
娘の政権復活にからんで政局が混迷しているが、
さて、ビルマ(ミャンマー)、
日本がなぜもっと積極的に政治判断をともなった外交が出来ないのか。
2代目首相の福田さんの最初の腕の見せ所ではないか。

 米欧は資産凍結をして自由、民主主義、人権を守ろうとする
というのに、
日本は「慎重に各国の様子を見る」というのは、
なんともはがゆい。

 制裁にはさまざまなやり方がある。
目下はそのどれにも手をつけていないに等しい。

「慎重」が、国際社会ではしばしば
「怠慢」や「無関心」「手抜き」に等しく見られることを
再確認すべきだ。

「われらが2代目」にも
ここはしっかりしてもらわなくてはいけない。


日本最高の紳士クラブ [2007年09月28日(Fri)]





    東京・六本木1丁目の東京倶楽部ハウス。秀麗!









    ダサイ看板などいっさいなし。
正面玄関の表示はこれだけ。さすが超一流!






 社団法人東京倶楽部から
わがユーラシア21研究所に助成金を頂戴した。

 ありがとうございます。

 昨日、その贈呈式と午餐会が行われて、
参席させていただいた。

 同倶楽部はわが国随一の超高級紳士クラブ。

 今から123年前の1884(明治17)年に、
英国の紳士クラブに倣っての創立というから
比肩すべき類似のものがない。

 あえていうなら日本工業倶楽部や交詢社ということであろうが、
常陸宮殿下を名誉総裁とし、
産業、官僚、学者、外交官、
そして多数の外国人からなる構成
(日本人500人、外国人100人、米英加豪の4大使は名誉会員)は、
抜群のプレステージである。

 伝えられるところによれば、
当時の英国公使パークスが
「日本は紳士クラブひとつなき野蛮な国である」と語ったというのを
耳にされた
明治天皇が、「早速、創設すべし」とご下命になられ、
井上馨外務卿が中心になって、
鹿鳴館の一角に誕生したものだとか。

 条約改正が喫緊の国家的課題であった時期だっただけに、
即刻開設の運びになったものであろう。

 その後、霞ヶ関の一等地に土地を購入するなどして財を成し、
創立120周年を機に、移転し、
現在はオテルオークラ、スエーデン大使館に南接する場所に
独自のすばらしいクラブハウスを構えて、
「21世紀日本最高の貴顕」のみによる社交クラブとして
運営されている。

 午餐会では審査員の諸先生を前に
受益団体の代表がそれぞれの申請プロジェクトについて
説明したのをもとに、懇談が行われた。

 私も日露関係とその改善のための
「日露専門家対話2008」(2008年3月、モスクワで開催)について、
緊張したまま、ご説明申し上げた。

 懇談の最後に、
たまたま世界の国旗の話になり、
こちらは当方、余裕たっぷり、
勇躍、たのしいお話をさせていただいた。

 助成金は、東京倶楽部の趣旨に照らし、
心して活用させていただくのはいうまでもない。

 再度感謝。

ネパールは王政廃止か [2007年09月28日(Fri)]



   ネパール王国国旗。1962年の憲法で、幾何学的作図法を定めた。それ以前のものには、太陽や月に顔が描かれていた。





 ネパールでは、9月18日、共産党毛派(Maoists)が政権から離脱し、26日には、最大の政党である、ネパール会議派が11月22日に実施予定の政権議会選挙で、共和制への移行を公約にすることをきめた。

 ネパールでは05年2月にギャネンドラ国王が非常事態宣言し、直接統治を導入、強権政治を行なった。

 これに毛派を含む各政党が反発し、混乱の末、今年4月に暫定政権が発足した。

 毛派は主要7政党とともに政権に参加し、王制廃止と共和制への移行を要求。しかしコイララ首相は性急な共和制への移行に慎重と伝えられていた。

 これに対し、06年4月、主要7政党が民主化を求めて大規模なデモを実施、毛派もこれに同調した。

 このため国王が直接統治の終結を宣言し、コイララ氏が首相に就任、11月、毛派が政府との和平協定に調印し、内戦が終結したかたちになった。

 今年1月、暫定憲法が成立し、これにより暫定議会(定数330)が発足、4月には、コイララ首相が再任し、暫定政権が発足した。

 しかし、9月に毛派(議席数84)が暫定政権を離脱したのに加え、ネパール会議派(次席数138)が共和制移行に賛成することになったため、11月の制憲議会選挙で王政廃止に向かうことは大勢となったといえよう。
 
 ただ、毛派が必ずしも国民的支持基盤を持っていないため、11月の選挙で大敗北を喫する可能性もなしとしない。また、インド系住民の権利拡張を求めて、インドに近い南部では不安な社会情勢が続き、選挙が穏便に行なわれうるかは楽観しできないのが、今のネパールである。
 
 幼少時から、3角形を二つ合わせたようなネパールのユニークな国旗に魅せられてきた。
 
 加えて先年、宮廷内革命で惨殺されたビレンドラ国王が皇太子時代来日して東大病院で耳疾の治療にあたっていたとき、宿舎の帝国ホテルから病院までの付き添いボランティアをしたこともある。
 
 そんな私としては、これで、あの国旗が消えるかもしれないと思うだけで、王政に今しばらく、と声をかけたいと言うのがホンネだ

日本ではありません。 [2007年09月27日(Thu)]













 この4枚の写真を見て、ずばりどこの場所(地域)かお分かりになったら、大変な海外事情通の方ということになるでしょう。

 台湾には、日本の文化がたくさんのこっており、しかも、大切にされています。

 これは台北郊外の北投温泉の一角で見かけた「錦松閣」という、割烹旅館です。すぐ近くの春天大飯店で、東京財団(加藤秀樹会長)と台湾国際関係学会(会長=許世楷台北駐日経済文化代表処長)の共催になる「日台次世代対話2007」が開催され、私も参加したので、朝、近くを散歩していてここに出会ったのです。

 近くには、昭和天皇がご休憩された宿というのもあると、許世楷さんはいっておられました。

 北方領土の択捉島で、せっかく保存しようとしてきた郵便局が「何者か」によって、破壊されていたのを見たばかりです。

 同じ植民地でありながら、韓国の場合と台湾の場合はどうしてこんなにも違ったのでしょう。
カタカナに感謝 [2007年09月27日(Thu)]








台湾に行くたびに、
日本語にはカタカナがあってよかったな、
古の人たちは、21世紀のグローバル社会を見越して
こういう便利な記号を発明してくれたものと感謝してしまう。

カタカナによってわれわれは外国語をとにかく即座に、
表記できるのである。

もちろん、英語の[l]と[r]、[n]と[ng]の区別、
[th]の音、[v]や[f]のカタカナ表記、
そして、語尾が子音で終わる単語を表すのに、
カタカナ表記では語尾に母音が残ってしまうといった
不完全さはあるが、
それにしても、漢字しかない中国語は本当に不便であろうと
推察する。

もしかして将来は、全部横書きとし、
漢字とアルファベットの混用によって
文章を書くようになるのかななどと
思ってしまう。

そこで、例によってクイズである。

台湾の航空会社の航空路図を見ていたところ、
馬尼拉がマニラ、阿比達比がアブダビであるのは
私のもすぐ検討がつく。

では、以下はどこの都市名か、ご推測いただきたい。
ちなみに、ヨーロッパとアフリカの地名はない。

@宿霧
A雪梨
B洛杉磯
C檀香山
D休士頓
E徳里
F普吉島
G首爾
H清遭
I布里斯本

こうして並べてみると、
あらためてご先祖様に感謝したくなる。
福田内閣の課題 [2007年09月26日(Wed)]








 1日半、名古屋、津方面に出かけていました。
 その間に、 著名な国際派ジャーナリストPさんから
貴重なメールが来ていました。

 私一人で読むのはもったいなく思い、
小欄で紹介きさせていただきます。

 ☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆

 BBCワールドが結構長い中継リポートをしていました。
ワシントン在住の日本人ジャーナリスト、土井あやこさんが
インタビューに答えていました。

「福田内閣でも思い切ったことはできず、
政局は結局小沢主導になるだろう」
という結論でした。

人間の心理、モメンタムとは不思議なものです。

 現憲法では
衆議院優位の立法制度であるのに
常態化した衆議院、参議院両院とも与党過半数
という体勢が崩れると
下位にある参議院を制する野党が
主導権を握ることになるのですから。

 福田さん、内政重視、弱者救済
(貧困層、高齢者、非正規の被雇用者、母子家庭への支援増、
失業手当、年金保証、預金者保護、医療保険予算増額、
それに富裕層増税と貧困層減税、また教育関連予算の増額など)を
眼に見える形でやれば
次の総選挙、かなりのところまで行きます。

 いずれも
特に小泉政権以降ガタガタと
音を立てて予算が削られてきた箇所です。

 総理の「出版物を自分たちで買い占めては
”何万部売れた”などと宣伝するなど
電通のあの手この手の世論工作と
メディア(特にテレビ界)工作が
これほどの格差社会にした後
効果が無くなったことが判ります。

 幾ら言われても実態、生活実感が異なるため
人々は徐々に不信の念を抱いてきました。

「改革」というが
具体的に中身を調べないうちに
とんでもない方向に日本は走り出してしまった。

 そして自民党の固い支持基盤の人たちまで
「自民党に裏切られた」と
思うようになっています。

 こういう人たちの信頼回復を
福田さんが出来ないと
自民党再生は相当難しく、
民主党政権は確実、と見ています。
| 次へ