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電気と美人と犬 [2007年03月31日(Sat)]






 だから猫は大丈夫なのです。写真は、京都府在住の「妙齢の美女」の「妙齢の美猫」。名前は失念しました。





 告白するが(とうほどの話でもありませんが)、私は(電気と美人と)犬に弱いのです。

 とりわけ犬には弱い。本当に、物理的に、というか動物的に恐怖感を感じるのである。

 原因は、トラウマ。おそらく戦時中か、終戦直後であったかと思うが、秋田市保戸野(ほどの)橋の袂の牛乳屋さんの前で、「かわいい子ども」だった(はずの)私は、雪に埋もれた穴に陥ちだのです。

 こんこんと降り続ける雪までは覚えています。

 突然、穴の上から大きな口をあけた犬が、私に向かって吼えるのです。

 私は食べられてしまうのではないかと、恐れおののき、そのまま気を失ったようです。

 それ以来、きょう今日まで、犬はダメなんです。

「戌年」なら美女でもダメです、というのはウソですが、道であっても遠回りするか、はるかさきから反対側の道路にわたりすれ違わないようにします。

 ところが、私も多少成長しました。50歳を過ぎてから、ある日、ふと気づいたのです。

 もしかしてあの犬は、「かわしい子ども」がここに落ちて困っているよ、と大人に知らせようとしていたのではないのかなと。

 でもそれまでの年月はあまりに長く、習い性となって、今日に及んでいます。

 もし、そうだったらあのときの犬には申し訳なかったな、と時々、思います。

 私もおとなになったものだ、「立場的思考」ができるようになったんだという思いとともに。
相馬雪香会長の視点に学ぶ [2007年03月31日(Sat)]



 DVDの1シーン





 きょうの相馬雪香先生




 総理より人気が高い?アッキーこと安倍昭恵夫人も即席の挨拶




「95歳の少女」といっては失礼ですが、私のホンネです。その感性と怖いもの知らずの一途な情熱は、「少女の如し」なのですから。

 相馬雪香(そうまゆきか)先生のことです。抜群の情熱を持って、日本のさまざまな重要課題について、「あなたはどう思うの?」と、早朝、電話で問いかけてくる。もう30年にもなる。

 私にとっては、難民を助ける会の会長と元副会長(現在、特別顧問)という関係ですが、きょうは「DVD『相馬雪香−平和への取り組み・未来への情熱』完成記念パーティ」の主役としての先生でした。

「日本は常に世界を考えなくてはいけない。日本人自身が世界の視点で自国を考えなくては孤立する」。この持論は何度聞いても価値があります。今、「慰安婦」問題、南京事件、靖国参拝、核武装論議を始め、視点を変えて自己再評価しなくてはならない問題がたくさんあるからです。

 誤解のないように付け加えますが、私はこれらについて「頑迷」といえば言葉が強いが、確信を持った強い意見を持っているわけではありません。むしろ、考えれば考えるほどさまざまな議論をする方や極端に自己主張する人々に質問したいことがたくさんあるのです。

 早い話が、「慰安婦」問題では、「日本軍が強制したのではない」といいはっても、いずれ日本の官憲の許諾ないし、少なくとも見てみぬふりがなければこの人たちが屈辱の思いで今頃になって私は慰安婦でしたとノコノコ出てこれるわけがないと思い、他方で、戦後、その人たちはどういう暮らしをしていたのかという疑問もでてくるのです。

 南京事件を例に取れば、「日本兵が一人でも民間人を殺害すればその兵は犯罪者である」と思います。さりながら、「30万人を殺害」などといわれれば、「中国も早くまともな国になってほしい」と長嘆息せざるを得ないのです。

 靖国問題ならば、「総理候補者は普段から元旦にでも家族でお参りしておきなさい」と思うし、「右翼が跋扈する8月15日の喧騒」のなかで、ものものしく参拝するのはいかがなものかというあたりが私の意見なのです。

「核武装論議さえいけない」という人にはついて行けません。

 昨夜も東京財団の若手安保研究集団の会合で、まもなくママさんになるという荒木麻記子さんが、日本の核武装の必要性について可否を論じ、技術的、法整備的にいかに難しいかを堂々と論議していました。また、なにも直ちに書く武装しろとまでは言いませんが、我が国の周辺諸国が核武装している中で、日本がこういう議論を排除してしまうということはいけないし、危険だと思うのです。

 例を4つのテーマに絞って自分の考え方を少し述べてみましたが、こういう議論は相馬先生ならではの視点を学んでこその話なのです。

 28年前、インドシナ難民を排除すべしという政府の見解に昂然と立ち向かったからこそ、私は参画して、いっしょに日本の政策を変えました。10年前、対人地雷全面禁止条約で日本が孤立する前に、共に立ち上がって、与論を動かし、外務省や防衛庁を説得しました。

「95歳の少女」は今も、日本の個々の政治課題に判然としたご自分の意見をお持ちになって、「あなたも自分で考え、自分の意見を表明しなさい」と呼びかけておられます。

 会場(憲政記念館)には、アッキーこと、安倍首相夫人、羽田孜下首相、岡田卓也前民主党代表などさまざまな分野から著名な方々がたくさんお越しでした。

 次は白寿(99歳)の誕生日を、いや「百歳の祝いは自分たちが」と、会場のみんな「私の相馬先生像」を描いて、日本の未来に役割を担おうというまなざしでした。

「来週は、孫と一緒にワシントンのサクラ祭りに行ってきます。父。尾崎行雄がやった仕事をしっかり確かめてきます」。嬉しそうな表情に、われら「若者」はただ圧倒されてしまったのでした。それにはきっと先生はご不満だったに違いないはずですが・・・。
桜と雨と涙とため息 [2007年03月30日(Fri)]



 剪画は石田良介画伯の特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。






  春雨のふるは涙か桜花
    散るを惜しまぬひとしなければ

 これは『古今集』所載になる六歌仙の一人・大伴黒主の歌。今日は春雨、桜の花が散らないように願いたいもの。

 しかし、この歌はなかなか巧みな擬人化ですね。

 国文学者は、

   こよひねてあふみへゆくとみし夢の
    かなしと袖にふるは涙か  源信明

   あかなくにかへる雲井に春雨の
    ふるは涙か雁ぞなくなる  俊成卿女

   曇る夜の月ををしまぬ人はなし
    ふるは涙か秋のむら雨   長嘯子

を黒主の和歌の派生歌としてあげますが、俗なる筆者は「出るは涙かため息か」という歌がこの歌から本歌取りしたのかもと思いをめぐらせてしまいます。もちろん、真偽は知らず、です。
プーチン3選? [2007年03月30日(Fri)]

  

 プーチン大統領(Wikipediaより)    





 ロシアのプーチン大統領の任期があと1年たらずとなった(投票日は2008年3月9日の予定)。

 そこで当然出てくるのは、「ポスト・プーチン」は誰か、ということ。

 かつては、いろいろ荒っぽい話もあった。

 たとえば、
 @ベラルーシとロシアが組んで新しい連邦国家を作り、プーチンがその初代大統領になる、
 A今の憲法を改定して、象徴的な大統領を置き、プーチンが実権を持った首相に就任する

といった構想だ。

 いや、特にAについては今も完全に消滅したとはいえないという見方もある。

 プーチン大統領自身は「3選」を否定しているが、それはいわば当然のこと。しかし、タイムリミットを考えれば12月には国家院の選挙もあることだし、ここ数ヶ月のうちに、かなりの進展がないと憲法改定はまずできなくなろうし、実際には遅くとも秋口までには後継体制や後継候補者が絞られるであろう。

 その間に、後継候補といわれている、メドヴェージェフ、イワノフ(前国防相)の両第一副首相間に力の差がでるか、既得権を確認できる政治取引ができるかが見所だろう。

 ほかにもフラトコフ首相、ヤクーニン鉄道相、ナルクシュキン副首相、などの名をあげる人もいる。

 大統領選挙の進展が日ロ交渉に直接影響するだけに、今後さらに注視してゆく必要があろう。

ありがたくも恐ろしきこと [2007年03月30日(Fri)]





 所詮、私はイモなんですが・・・。でも、このイモは立派すぎますよね。
 挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。





  26日、紀尾井ホールでの筆者の独唱に、まだまだコメントが寄せられてきます。恐ろしくもあり、ありがたき幸せでもあります。さらなる精進を心がけます。

  今晩は、山季布枝(やまきのぶえ)先生と関係者による、総括反省会です。

    ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

新しいコンサートに行き、また古い仲間に会えてうれしかったです。東京に行く目的に向けリハビリにも励みになります。またおさそいください。有難うございました。
                        (某一流企業創業者)
  
お蔭さまで、楽しいひとときを過ごさせていただき、感謝しております。上がったりしていらっしゃるようにはお見受けいたしませんでした。すばらしい声量で、「ご立派!」でした。
ド派手なリカ・チェカートさんに、見劣りしないようにと、がんばっていらっしゃる、涙ぐましいご努力も、よく分かりました。
それにしても、リカ・チェカートさんの派手なこと! 見た目も、歌も、身振りも、リズム感も! イタリアの血がブラジルの水?で、いっそう濃くなった?のでしょうか?
あれでは「リカ・チェカートと素敵な仲間たち」と題を変えないといけないような印象を受けました。
山季さんのように、日本の音大を卒業していらっしゃらないと、なにかと損をなさっておいででしょうね。一緒に行った芸大出の友人に「日本では、芸大、桐朋、国立(くにたち)音大卒の閥やコネがないと、不利でしょうね」といいましたら、否定しませんでしたから。
そのご苦労の分を、「後援会」が補っておあげにならないといけませんね。その友人、A音大名誉教授Bさんは、C弁護士の歌の先生と知り合い。もう一人、郷農さんという不思議な名前の人とも、昔からの知りあいだったとかで、この二人から、声をかけられていました。
それにしても、吹浦先生の集客力はすご〜〜い! 私の席の周辺は勿論のこと、どこでも、ここでも吹浦先生関係の方々がいらして(C弁護士のお宅でのコンサートでお見かけした方々を含むグループがあちらこちらに出来ていましたから)もしかしたら、あの日の聴衆の半分は吹浦先生の応援団だったのではないでしょうか?
吹浦先生のお歌の後の拍手は他の演奏家に対する拍手とは違いましたし。
大役をお果たしになって、さぞさぞ、お疲れでいらっしゃいましょう。御身おいといくださいませ。
(D大学名誉教授夫人)

 吹浦さん、なかなかでしたよ。NHKの歌のおばさんだった松田トシさんに師事しているとプログラムで知り、いささか驚きました。私の計算では、あの方はもう90歳を超えておられるはず(違ってたらお許しを)。それで「若い」吹浦さんを指導しているのですから、すばらしいことではないですか。それも失礼ながらまったくの素人の貴君をわずか2年たらずであそこまで育てるとは。
 そこで2つ提案ですが、NHKが松田先生の指導する様子を番組にすることが第1。第2は貴君を中心に、松田門下生で、日本の唱歌や童謡を、かつて松田先生がおやりになったように歌う番組を作ってはいかがでしょうか。これはFM放送でも、小さなテレビ局でも絶対、好評間違いなしです。
                       (E音大ピアノ科名誉教授)
日露賢人会議の廃止 [2007年03月29日(Thu)]


   




「日ロ賢人会議の解散提案、モスクワ市長が反発」という記事が、Asahi com.で流れている。(3月29日20時51分)

 記事は以下の通り。

   ☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃

 小泉前首相とロシアのプーチン大統領のイニシアチブで04年に発足した日ロ賢人会議の解散を日本側が提案し、ロシア側座長のルシコフ・モスクワ市長が強く反発する論文を29日付のロシア紙に寄稿した。「倫理的観点からも首脳会談か両国政府の合意で決定されるべきだ」と非難している。
 賢人会議は、中長期的な両国関係について識者が意見を交換し、領土問題解決に向けた環境を整備することを狙って日本側から提案。03年10月の日ロ首脳会談で設立が合意された。
 日本側座長は、森元首相が務めている。これまでに日ロ両国で3回の会合を重ねた。ロシアでの会合では毎回プーチン大統領とメンバーの会談が設定されるなど、高いレベルでの意見交換の機会となっていた。

☆ 〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆

 ルシコフさんでなくとも、この賢人会議廃止のプロセスは、少なくともロシア側には簡単に納得できないのかもしれない。

 以前、日本との関係改善を目指して「ロシア21世紀委員会」を創設したのがルシコフさんであった。しかし、そのカウンターパートとして日本にできたネットワーク型組織「日露友好フォーラム」が桜内義雄会長と末次一郎運営委員長の相次ぐ他界で数年前の交流で事実上、解散し、さぞがっかりしているのではあるまいか。

 この両組織間の交流の促進はたびたび日露首脳による共同声明に盛り込まれていたのであったが、こういう仕儀となったままである。実質的に中心的な監事の一人だった私の責任も小さくはないと認識している。

 きょうはたまたま国会内で、日ロ協会を中心とする日露交流関係団体数団体の集まりがあり、私も参加し、多少、その経緯についても説明した。私自身、早急に再構築に努めたいと念じている。

 このネットワークでも何度か日本を訪問し、日本人と交流を深めていたまま雲散霧消の形になり、今回は日本側から一方的に解散せしめられたというのであれば、ルシコフさんにしてみれば、日本人というのはよほど飽きっぽいか、信用してはいけない国民性の国ではないかと思いかねない。

 北方領土との「ビザなし交流」の枠組みは1991年4月のゴルバチョフ来日の際に先方からの提案を受けてスタートしたものだ。外相間の交換公文以外に法的根拠はなにもない。

 賢人会議のメンバーや成果にかなり問題ないし再検討すべき課題があったとはいえ、貴重なパイプの一つを締めるには、それなりの納得づくであってほしいものだ。

 東京でもモスクワでもルシコフ夫妻とはいろいろお付き合いをしたものとして、同氏が愛用の鳥打帽子の下で、ニガ虫をかんだような顔をしている姿が想像でき、日露関係に大きな悪影響が出ないことを望む次第である。


私の歌への感想です [2007年03月29日(Thu)]





 大輪咲く?! いやぁ、とんでもない。野に咲くコスモスを接写しただけです。



 みなさまからさらにご感想をいただいております。恐れ多いことでございます。

   ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 マイクを使わずピアノを従え大きな空間に響き渡る声がでるだけでも大変なことなのに、フォルテからピアノの音まで隅々に響いていました。
 しかも歌の情緒を見事に引き出していて、感情がこもっていないなどと誰も言えない立派なできでした。要するに自分の声を見事にコントロールしていたということで、プロ合格。だれも「お金を返せ」などと言わないでしょう。それにしてもここまでの修行は大変だったでしょうね。
                   (出版社社長)


 昨晩はすばらしいデビューでした。吹浦さんのファンが集まったという感じでしたね。一緒に行った母も感動し、これからテレビでも観れるように成るのではないかと言っておりました。
 日赤語学奉仕団以来の友人である常見喜一さん、高橋敬子さん、久間久恵さん、カナダからのエイデルマン敏子さん、二もお会いできました。
 ほんとうにすばらしい歌手の誕生でした。なお、先日は本学の院生にご指導いただきありがとうございました。
                    (筑波大学教授)


あらためまして、プロデビューおめでとうございます。
驚きました。と言うよりも、感動しました。
失礼ながら、昨年12月の最後の虎ノ門DOJOにてご披露いただいたときよりも、数十倍よかったと思います。
私の隣に座っておられたご夫人がハンカチで涙をぬぐっていたほどですから。
どうぞ今後とも、“遅咲き”のアーティストとしての活動をお願いいたします。
今度は家族揃って拝聴いたします。
                    (日本財団管理職)

 人は見かけによらぬもの、いや失礼失礼。ご幼少の砌から多方面にただならぬ才能の持ち主と思い、ご尊敬申し上げてはいましたが、なるほどなるほど。せいぜい他人様の迷惑にならぬように心がけて修行されたし。
                    (元クラスメイト)
ロシアがラトビアと国境画定 [2007年03月29日(Thu)]





「我が家の桜」。挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。




  きょう、3月29日付朝日新聞によれば、ラトビアとロシアが国境画定条約に署名したとのことだ。

 まず、記事全文を紹介しよう。

☆ .。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 ロシアのフラトコフ、ラトビアのカルビティス両首相は27日、両国の国境を画定する条約に署名した。ラトビアが91年の旧ソ連からの独立以来続けてきたロシアへの領土要求を取り下げ、現状の国境を受け入れたものだ。両国の批准手続きが終われば、ラトビアの独立回復以来、16年ぶりに両国間の領土問題が解決する。

☆ .。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 これで、ロシアが隣接諸国と抱える領土問題は日本との北方領土問題とラトビアの北に位置するエストニアとの間のみとなった。

 従来、ソ連やロシアは、
「北方領土問題に手をつければ他の隣接諸国との国境紛争に火がつく」
と言っていた。

 しかし、今後、ロシア側は、
@日本がかたくなに4島というからいつまでも平和条約ができない、
A国境は現状維持と中間線で画定すべきである、

といった「論理」を展開するであろう。

 これに対し日本は、
@ 1993年の「東京宣言」で、法と正義、両国合意で作成された文書、歴史的事実の3原則で日ロ間の国境を決めることになっている、
A 北方領土問題の解決はロシアが他国と抱えていた国境問題にほとんど影響しない状況になった、
と反論すればいい。

「あせらず、堂々と矜持を保ちながら」領土問題を解決して、日ロ間に真の友好協力関係、戦略的パートナーシップを築こうではないか。

阿比留のブログ出版記念会 [2007年03月28日(Wed)]


 謝辞を述べる阿比留瑠比(あびる・るい)記者。   本の表紙も載せたいが、拙宅ではそれが出来ないので、とりあえず、この写真だけでご勘弁を。


 日本記者クラブで行なわれた、「阿比留のブログ」出版記念会にお招きをいただいた。

 産経新聞政治部の阿比留瑠比記者の超人気ブログ(残念ながらわれらのcanpanではなくiza)が産経新聞社から『永田町取材日記 阿比留のブログ』として刊行されたのだ。定価:1300円+税。

 本紙には書けない裏事情や政治家や他社に対する率直な批判を、本紙とは違った「です・ます」調で綴ったもので、一日一本を原則に、昨年6月からスタートし、210本中の89本を掲載したものだ。既にアクセス数100万を超えているという。小欄が一年で20万というのとは「雲泥の差」である。

 小さな会場だったが、会場には、5,60人が集まり、中川昭一自民党政調会長、下村博文官房副長官、戸井田とおる衆院議員といった政治家もいれば、評論家の金美齢、田久保忠衛、屋山太郎といった面々も駆けつけた。

 阿比留記者が、「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」とつけたところがにくい。そうでなくては肩が凝る。その結果、間違いなく産経新聞よりは面白い。少しオーバーに言えば、本のオビにあるように「新しい政治評論の誕生」かもしれない。

 ところで、同記者はわが師・末次一郎に取材を申し込んで断られたと私に語った。

 そのあたりの事情は私には手に取るように分かる。1966年生まれであるから、今、40歳そこそこであろう。末次が亡くなった2001年にはまだ35にもなっていない。

 末次は自分がガンを患っていることをよく知っていたから、「もう、オレには時間がない。ロクに勉強していない記者の教育をしているヒマはない」といって、そういう若者の相手をもっぱら私に回していた。

 ところが、今も当時も私とてそんなにヒマなわけではない。お会いしてから「この記者は」と思う人は必ず末次にも会ってもらった。また、ベテラン記者が自社の若者を連れてくるという形で意見をするという形もとらせていただいた。

 いま、当時の若い記者たちが阿比留記者同様、各紙で中心的なライターになっており、おかげで私とは10年以上のお付き合いという人が各紙にいる。私は大いに啓発されているし、彼らも多少は私から得るものがあると(錯覚ないし誤解)して3日に1回は誰かが訪ねてくれるのだろう。

 阿比留記者のこの本は、切れ味がすばらしい。読みふけってあやうく目黒駅で降りるのを乗りこしそうだった。ブログを愛好されるみなさん、この切れ味は、お互いに学びたいものである。


■資料リンク
永田町取材日記阿比留のブログ―国を憂い、われとわが身を甘やかすの記
永田町取材日記阿比留のブログ―国を憂い、われとわが身を甘やかすの記
私の愛国心 [2007年03月28日(Wed)]




 3月28日午後1時、江東区辰巳で撮影。




  さて、春の鳥といえば鶯。

  梅とは切っても切れない縁で結ばれているように思ってきた。

  先月も、元財界の大立者の邸宅(渋谷区神山町)にお招きを受けたとき、お庭に立つ30本ほどの梅に、まさに鶯がやってきていた。

  古歌には、雪か梅の花か見分けがつかないのに、鶯は枝に積もった雪を梅の花と間違えている、などと詠む歌もある。心が洗われるような気がする。

  千年以上も前の日本人の感性に、すでにこういうものがはっきり歌われていたことに、誇りさえ感じてしまう。こういうのが私の愛国心の源泉かもしれない。

「古今集」の梅の歌は、春歌のなかにだけみても19首ある。内、梅と鶯の歌は4首。同じく桜は66首であるが桜と鶯を詠う歌は7首である。

  この数字、鶯は梅に限らず春の花の盛りには切り離せない美しい鳥であるという証しではないだろうか。

  貫之は詠む。

    鳴きとむる花しなければ鶯も
     はてはもの憂くなりぬべらなり
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