腹がたったり、腰がすわったり [2006年05月31日(Wed)]
挿画「八ヶ岳 夏」(一部)は、作者・石田良介画伯のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載 「日本語は世界で一番難しい言葉だ」と言う人は少なくないが、先に小欄で紹介した私の教え子で18ヶ国語を話す女性に言わせても、「簡単な言葉なんてないわよ」である。 尊敬する井川一久元朝日新聞ハノイ支局長に言わせれば、ベトナム語は6〜7つの平仄があるのだそうだ。私もしばらく滞在したので、初歩の授業を受けたが、「バ」だけで、平仄を換えれば「お婆さん」「葉っぱ」「2」・・・といった意味になると聞いただけで諦めたし、ドイツ語は活用の数がいくつあるかわからないと言われて、わが乏しき記憶力の限界を知る者として、身を引いた。 韓国語やベンガル語も少しかじったが、こっちは文法が日本語にちかいこともあって、ある程度のところまでは行けた。今後、時間が出来たらリベンジしたい。ただし、ほぼ同じ時期にやってしまったものだから、時々、単語がごちゃ混ぜになり、相手を面食らわせることなしない。 ベンガル語には「月 moon」を表す言葉が32もあると聞いて、限りない興味を感じつつ、これまたそれ以上の学習威容が萎えた。 文化が熟成すると言葉が難しくなる。 日本語の特徴は、「目からうろこ」が落ちたり、「目から火が出る」思いをしたり・・・という具合に、身体のパーツを使った表現が多い 。 かつて、難民を助ける会は毎年「インドシナ難民日本語コンテスト」を開催していた。ある年のこと、ベトナムからの若い女性が、「日本語で一番難しいのは体の部位を使った表現が多いことです」と具体的な例をたくさん挙げて優勝したことがあった。擬声語、擬態語などと並んで、「眉を顰める」「目頭が熱くなる」「鼻白む」「腹黒い」[ケツが割れる]「背筋が寒くなる」「首を長くして待つ」…確かに日本語の難しさの一つだと、審査に当たった日本語教師たちが教えられた。 「腹がたったり」「腰がすわったり」「目がすわったり」もする。 まだまだいくらでもある。「顔がでかい」と「でかい面」、「いい人」と「人がいい」・・・やはり日本語は難しいというほかなさそうだ。 「1ポン、2ホン、3ボン」なのにどうして「1プン、2フン、3プン」なのだろう。論理的な説明は不可能なのではないか。 難しいのはまだまだある。名詞に「は」や「が」付くと主語になる。ならば「象は鼻が長い」「あなたは目がきれいだ」は、こんなに短いセンテンスなのに、主語が2つあるということか。 日本語教師に友人は多いが、これを説明できるというだけでも、専門職業人として、私は絶大なる敬意を感じる。 ほん少しの言葉使いの違いで、意味がまったく違うことは、日常的によくあることだ。「手足になる」と「足手まとい」、「手が早い」と「手早い」…。 「手っ取り早」くいえば、「手が早い」のはドウボウ、カッパライの特技、「手早い」のは職人さん。「手足になる」のは「助っ人」、「足手まとい」になるのは能力のない自称「助っ人」。 「足が速い」には単に「早く走れる」だけではなく「腐り易い」の意味があり、「足が出る」には、寸足らずの布団から「足が出る」こともあれば、「予定価格を上回る」の意味の場合もある。 こうなると、外国人に説明するにも、「手も足も出ない」。 明日から3日間、イギリス人の「妙齢の美女」我が家にやってくる。素人比較言語学をやってみよう。 |