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イノシシとブタ [2006年04月30日(Sun)]
 



        
  朋友の遠方より来たるあり、Sさんご夫妻が、午後、立ち寄ってくれた。熊本のきわめてジューシーな柑橘類をたくさんいただいた。ご夫妻は、ともに高校の元体育教師。ご主人は、箱根駅伝で2区を走ったこともある。奥様はダンス協議の選手だった。
「昔、イノシシに囲まれてね」
「それで走って逃げたの?」
「むりだよ、そんな」
「で? 死んだふり?」
「まさか、あれは危険だよ。イノシシは太ももをかじったりするんだよ」
「じゃ、木に登る」
「それも間に合わない。立ったまま木になったよ」
「それで?」
「イノシシが猛スピードで駆け抜けて行ってくれたよ」
「私ならじっと睨み付けて、さっと体をかわすかな」
「漫画の見すぎだよ、そんなの。猪突猛進ったって、ゆっくりだって向ってこれるんだよ。ブタは脚が遅いし、体重が重いからあるいはできるかな」。

 そんな話からイノシシとブタはどう違うか、気になって調べてみた。

ブタは偶蹄目イノシシ科イノシシ属の肉用家畜。もともとはイノシシであり、それがユーラシア大陸各地で馴化されたもの。

一年中繁殖が可能、多産、生長がイノシシの倍以上早い、肉の取れる部分がイノシシにくらべて多い、凶暴性が少ないといった特徴を持つ。

  イスラムではこれを食用とすること、飼育することは禁忌であるが、キリスト教でも『旧約聖書』の「申命記」や「レビ記」には同様の記述がある。しかし、キリスト教世界で実際にはハムやソーセージをはじめ、ブタを禁忌とする習慣は中世以前に消えている。

  日本の十二支(中国語では「地支」)は子(鼠)、丑(牛)、寅(虎)、卯(兎)、辰(龍)、巳(蛇)、午(馬)、未(羊)、申(猿)、酉(鶏)、戌(狗)、亥(猪)だが、中国では卯のところが猫になり、亥が豚になる。

そもそも「猪」という文字が豚を著し、イノシシは「野猪」と書く。そういえば、『西遊記』の猪八戒はブタだった。「猪突猛進」は日本語の四字熟語、中国語は「盲目冒進」、「酢豚」は「古老肉」というのだそうだ。古老というのは甘酢あんかけによる料理法。

日本で食べるパイナップルの入っている酢豚は広東の食べ物。北の古老肉は肉だけとのことだ。

中国語では「豚」という文字はpigやporkを表す文字としてはあまり使わないようだ。『現代漢語詞典』という、大陸中国語の一般的な辞書に依れば「豚と」いう字は子豚(一般の中国語だと「小猪」)を指し、または一般に日本語と同じく「豚」を指すにはさすようだ。

しかし、そういう意味ではめったに使われることがなく、豚草(ぶたくさ)、豚肩(豚のもも肉)、豚鼠(モルモット)、河豚(ふぐ)、海豚/江豚(いるか)といった場合には使用するという。卯と猫の読み方がどちらも[mao]。
汚染黄砂は勘弁してほしい [2006年04月30日(Sun)]




共同通信は以下のニュースを報じている。

☆ ・・・・・  ☆・・・・・

名古屋大太陽地球環境研究所の松見豊教授(大気化学)の研究グループは25日、中国などから飛来する黄砂の粒子の一粒一粒に、酸性雨の原因の大気汚染物質が吸着していることを、新開発の分析装置を使って初めて実証したと発表した。

先月、南京に行って、ホテルの9階から見た地表が少しぼんやりして見えた。市内の見晴らしなど論外である。黄砂は希少とも大いに関係があるわけだから簡単に防げないかもしれないが、植林に努めるとともに、人工的に出す汚染物資だけは極小化してもらいたい。

環境汚染による侵略は,潜水艦による領海侵犯同様、勘弁してほしい。

その3月の後半以来、韓国や日本の各地で、この黄砂で視界不良になったり、咳き込む人が増えている。

中国はようやく環境に配慮した発展を、少なくとも国家主席が公式に発言するようになった。

世界のリーディング・カントリ−、アジアの主要国家になろうというなら、せめて周辺諸国に迷惑をかけることは最小限にしてほしいものだ。



   「しろゆうげし」の挿画は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
パスタにもいろいろ種類が [2006年04月30日(Sun)]





  パスタにもいろいろ種類がある。パスタの仲間は形状によってさまざまな呼称を持つ。
2ミリ程度の直径のものがスパゲッティ、さらに細いものがベルミチェッリとかバーミセリと呼ばれている。太いものは順にブカティーニ、マカロニ、リガトーニと呼ばれ、内部に穴が開いて茹でやすくなっている。

  スパゲッティはいうまでもなくイタリアの麺。紐を表わすイタリア語Spagoから来た。

  中国から乾麺を持ち帰ったマルコポーロが元祖だとか。

  ナポリからスパゲッティが普及したという話と符号しないのかな、とも思う。マルコポーロから習ったナポリ人でもいたのかも知れない。

  主原料は小麦、豆類、米など、それに牛乳、卵、バター、塩、酵母などを加えたもの。種類によっては、イカ墨、ホーレンソウの粉末などを混入させてさまざまな嗜好にあわせている。小麦粉はデューラムとよばれる硬質小麦。

  では、おのおの方、マカロニにはどうやって穴を開けるか・・・答えは内緒にしておこう。落ち着いてお考えいただければおのずと分かるはず。



  挿画「蓼科」は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
そうめんとうどんの違い [2006年04月30日(Sun)]






 「麦酒」には日ごろお世話になっているが、「麦麺」なんて言葉はついぞ聞かない。

 しかし、饂飩(うどん)、きしめん、ほうとう、ひやむぎ、そうめん、冷麺、らーめん、支那そば、スパゲッティ…の類いの総称はなんだろうか。

「麦麺」か「麦粉麺」とでも言ってはどうか。共通の主原料は、麦の粉なんだから。

 麺類には、素麺のように手延べで作るもの、饂飩や蕎麦のように板上のものを切るもの、スパゲッティのように穴から搾り出すものとがある。

「素麺」と書く「そうめん」、紐を著す「索」を用い、「索麺」であったものが、誤って「素麺」と書かれ、それが伝わったという説もある(『語源がわかる言葉の事典』)。

  ひやむぎは、うどんより細く、そうめんより太い夏向きの麺。茹でて水や氷で冷やし、つけじるで食べる。そうめんは、日本の麺で一番細いもの。塩と水を加えた小麦粉を捏ね、紐状にして綿実油を塗り、さらにのばして細くする。

「そうめんおじさん」こと播州手延素麺株式会社の北川豊彦社長からいろいろ伺った。

  それによれば、「小麦粉のたんぱく質はグルテンと呼ばれます。ほかの穀物にないグルテンは、 グルテニンとグリアジンという2つのたんぱく質からできており、小麦粉に 水を加えてこねると、この2つのたんぱく質から小麦粉特有の弾力性と粘着性を もったグルテンがつくられます。パンがふっくらふくらんだり、そうめんや中華めんのシコシコした歯ごたえは、グルテンの働きによるものです。 小麦粉以外の米やとうもろこしなどの穀物の粉でパンを焼いてのふっくらと ふくらみません。そうめんをつくろうとしてもプツンプツン切れてしまいます。 これは、米やとうもろこしにはグルテンがないからです。小麦粉がほかの 穀物と違っていろいろな加工製品や幅広く調理に利用されるのは、 グルテンのこのすぐれた性質によるものです」とのこと。

  また、北川社長は、
@奈良時代に唐から輸入された菓餅14種のうちの一つの『索(さく)餅(べい)』が そうめんの元祖、
A『索餅』は和名を麦縄といわれていたことから『索餅』はかなり太かたかと想像される、
B『索餅』は、たまり醤油など調味料や香辛料を混ぜ種々の野菜とあえて供されていた、
C 室町時代初期の成立といわれる玄恵著『庭訓往来』にそうめんらしいものの記述もあるので、そうめんの製法はそれより相当以前に中国から伝来したと考えられる、
D『索餅』がすぐさまそうめんとなったと断定するにはまだ資料が乏しい、などと貴重な話を教えてくれた。

  そうめんとひやむぎ(冷麦)は製法や太さが違う。
@そうめんが手延べなのに対し、ひやむぎは多くが機械麺、
Aそうめんは一般的にひやむぎよりも細い。JAS(日本農林規格)によると手延べの場合は太さ直径1.7mm未満に引き延ばしたものは手延べそうめん、手延べひやむぎのどちらで表示してもよいことになっている。

  機械麺の場合、太さ直径1.3mm未満が、そうめん1.3mm以上1.7mm未満がひやむぎ。1.7mm以上がうどんだ。

  北川さんはいろいろ工夫する人で、最近の傑作は「超・超 極太そうめん」と「ノンオイル超極太そうめん」。太さで定義することに疑問を感じさせる、独特の美味さだ。

  大型連休、さあ、「そうめんやひやむぎの季節到来」とばかり、この「メン食い」は張り切るのです。

 

  「しじゅうがら」の挿画は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。は
老舗の味に母を思う [2006年04月30日(Sun)]
 




親戚のN家からカステラを頂戴した。久々の味である。

 もう4半世紀も前に亡くなった母は、ほんとうにカステラが好きだった。ほとんど昼食は文明堂のカステラと牛乳だった。私もビールはキリン、化学調味料は味の素、石鹸は花王・・・というような、製品名と商品名の区別がつかないような単純さで人間をやってきたが、亡き母は、秋田での暮しがながかったわけで、カステラは文明堂しか知らなかったのであろう。オッヘンバッハの『天国と地獄』の曲に合わせた、「カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは文明堂」というあのコマーシャルは日本全国を風靡したといっていい。

 きょう,いただいたのは長崎の老舗・福砂屋である。口上書には「原料は普通のカステラと比較卵は多く、小麦粉は少なく配し」とあるが、甘さはむしろ他社のものが、甘いように私には思われる。めったに甘いものを食さない私のことだから、これ以上言う資格がない。味より、歴史を見てみたい。

 この口上書によれば、福砂屋は現在、16代目、1624(寛永元)年以来であるとのことだ。12代清太郎が皇室に献上したともある。

 そもそもカステラは小麦粉に鶏卵、砂糖、水飴を混ぜて焼いたものであるが、ずいぶん以前、隠し味に醤油を使っている、とキッコーマンの人に聞いたことがある。Bolo de Castella(ポルトガル語で、カステラ地方の菓子)から出た言葉で、日本には室町時代の末期に伝わったとされる。長崎が有名になったのは、出島が西洋への唯一の出口になったからであろうが、福砂屋の1624年創業はいかにも老舗だ。ちなみに、文明堂のホームペイジには、「文明堂総本店は明治33年(1900年)長崎の地で中川安五郎によって創業されました」とある。福砂屋は300年近い老舗、文明堂も100年以上の古い歴史を持った店ということになる。

 ものの本によれば、江戸時代には、「加須底羅」や「粕底羅」との表記もあるし、近松門左衛門『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』(1708年初演)には「落雁かすてら羊羹より、菓子盆運ぶ腰本(こしもと)の饅頭肌ぞなつかしき」とあるほどで、当時の普及ぶりがわかる。

 亡母を思い浮かべつつ、歴史に思いを馳せながら、ミルクティーでいただいた。ごちそうさまでした。
銃の保有 米国とスイス [2006年04月30日(Sun)]
 


  





 1999年、米国のコロラド州デンバー近郊にあるコロンバイン高校で銃の乱射により13人が亡くなるという痛ましい事件があった。

このため、米国社会で銃の所有を規制する声が強まったが、実質的にはほとんど進んでいない。2005年9月にニューオーリンズなどで千人を超える死者を出したハリケーン「カトリーナ」の被災中にも、銃を用いての掠奪騒ぎや警察官との銃撃戦で死亡事件が起こるなどした。如何せん、スーパーで銃や弾丸が変販売されている社会だ。[

米国合衆国憲法1791年に原憲法を改正して制定された修正第2条に「規律正しい市民兵は、自由国家の安寧に必要であるから、武器を所蔵し、携帯する国民の権利はこれを犯してはならない」(『世界各国の憲法典』)とあり、銃規制が容易に強化されにくい。

また、全米ライフル協会(NRA)が「人間を殺すのは人間であり銃ではない」とのスローガンを掲げ、銃の規制を阻止している。

この協会は1871年創立、最近まで俳優のチャールトン・へストンが会長で、多くの有力政治家、著名人が加わるなど銃の製造販売関係者、銃の愛好家などを中心に、全米に360万人以上の会員を擁し、6000万ドル(70億円)以上問題の莫大な政治献金をするという有力な圧力団体である。

米国一国で小型武器は2億個、所有者は7000万人に上るといわれている。すべてが事故死というわけではないが、1999年に小型武器で亡くなった米国人は28,874人にも上り、米国の大きな社会問題となっている。

スイスでも、2002年9月に東部のツークで27日、州議会議事堂に乱入した男が持っていた小銃を乱射して、議員3人を含む14人が死亡するという事件があったが、これは全くの例外。

何度かスイス人のお宅に招かれたことがあるが、各自の銃を整備してきちんと保管し、有事に備える。これらの銃は、あくまでもものであって、米国のように、これが社会の悲劇の原因になることはまずない。

米国とスイスの歴史や伝統の違い、社会体質の違いから来るものであろう。

なお、スイスでは国民の兵役義務は、心身に障害がない限り逃れがたい。

しかも、まず現役兵として19〜20歳の間に、15週間ずつ年に二回実施される。

その後予備役として20〜42歳の間に、3週間の再訓練を10回行わなければならない。これでも近年、訓練が緩くなった。10年ほど前まではこれが17週間であったし、43〜50歳の間に1週間の再訓練に毎年二度参加しなくてはならなかった。

何度か見る機会があったが、自分の子女が下校するのと入れ替わって親が銃を持って駆けつけ、翌朝まで軍事訓練に参加していたのが印象的だ。

銃は、個人も社会も国家も、しっかり管理できないなら保有してはならない。




  挿画は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
小銃はソ連製が優っていた [2006年04月30日(Sun)]



  ソ連製のカラシニコフ(AK47)と米国製のM16はしばしば比較される。
     
1973年1月、ベトナム戦争休戦に関するパリ協定が、キッシンジャー、レ・ドク・トの間で結ばれた。
 
 私は赤十字国際委員会の駐在代表としてサイゴン(現ホーチミン・シティ)に向かった。
 
二人はその年のノーベル平和賞をもらったが、現実の戦闘が止んだわけではなかった。

 米軍戦闘部隊が去っただけで、「南北戦争」は継続されたままだった。
 

 中部高原地帯のある政府軍基地で、ベトナム人の将校がカラシニコフを見せてくれた。

「これは実にいいんですよ。アメが降ったって平気、泥をかぶっても平気なんですよ。それに比べて米軍の制式銃ではあるが、こっちのM16はだめでね。管理の手間隙が大変なんだよ」。

 防衛庁は2006年度、カラシニコフを試験的に輸入して研究を開始することになった。カラシニコフは1947年、この銃を発明したソ連人技術者の名前。本人は今も元気でシベリアに在住し、先週はキューバを訪問している。

 小銃は一般的には一丁2、3万円からせいぜい数万円で取引されるが、AKシリーズの場合には5千円程度で取引されることもあるといわれる。

 自衛隊は89式小銃が中心だ。カラシニコフの10倍以上の値段だ。しかし、輸出はできないので高くつく。豊和工業の一手生産にならざるをえないのが実情だ。

 私も協力した、柳瀬房子『小型武器よさらば』(小学館)には最新式の各国の銃を比較して書いてある。



  写真は、甲斐と信濃を結ぶ「信玄棒道」。
地雷は最多の小型武器 [2006年04月30日(Sun)]





 地雷は典型的な小型武器。

 @戦闘員と非戦闘員の区別なしに攻撃する機能の無差別性、A戦争状態が終了しても残る昨日の永続性、B被害の残酷なことと永続性、C撤去の至難なことなどから、1997年のオタワ条約で、製造、貯蔵、使用、輸出など、全面禁止となった。2006年4月24日にブルネイが条約に加入、加盟151カ国となった。

 2003年9月、バンコクで開催された同条約の第五回締約国会議に合わせて、ICBL(地雷禁止国際キャンペーン)が発表したところによれば、@地雷生産国はかつての50ヶ国以上から米中露など15カ国に減り、Aこれまでに5200万個以上の対人地雷が廃棄された一方、B世界の78カ国が依然として2億〜2億1500万個を保有しており、C2002年には11,700人の死傷者を出しているとのこと。内、軍関係者は15%に過ぎず、大半の被害者は非戦闘員である民間人だったということだ。

  この報告書は死傷者を国別に、@チェチェン共和国(ロシア)の5,695人、Aアフガニスタンの1,286人、Bカンボジアの834人、Cコロンビアの530人、Eイラクの457人と列挙している。これまで筆頭級だったアンゴラが長年の内戦が終結して、急速に被害者が減った。

 最近のジョディ・ウィリアムズの講演によれば、生産国は13カ国に減っているということだ。
 但し、条約未加盟の役40カ国、米中露印パあなど、地雷大国の未加盟は大きな問題だ。そrでも、最大の地雷生産国であった中国でさえ、輸出のための地雷は生産しなくなった。

 日本は2003年2月までに保有していた100万個の地雷を少量の研究用を除き、すべて爆発廃棄した。最後の1発は、滋賀県新旭町(現・高島市)で、小坂憲次対人地雷全面禁止推進議連会長、海東英和同町長(現・市長)、難民を助ける会の柳瀬房子理事長らが見守る中で、小泉純一郎首相が破壊のスイッチを押した。

 同年7月までに、累積(るいせき)総額147億円を地雷対策に充て、国際地雷対策信託基金への拠出額も最大で、約2330万ドル(約25億円)となっている。これは軍縮に向けた具体的な支援として、日本が行なっている最大のものとなっている。



  挿画「実相寺の桜」は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
小型武器と小火器 [2006年04月30日(Sun)]
 小型武器の話を少し続けたい。

 「小型武器」、英語では、small arms.。外務省ではそれまで「小火器」と呼んでいたものを2000年4月1日から「小型武器」と呼ぶようにした。

「小火器」では、耳で聞いたときに「消火器」や「消化器」と間違われることがあるからと、当時、外務省は説明した。

  防衛庁では、小銃のほかに拳銃や機関銃などを含めて依然、「小火器」と呼ぶ。「小型武器」は主に軍備管理・軍縮の分野で用いられており、「小火器」に加えて、迫撃砲や個人携行のミサイル、手榴弾や地雷など個人が軽易に持ち運び、使用することができる多種多様な武器の総称として使われているようだ、と担当者。

  小型武器には、一人で運搬・操作できるものを基本とする。
  重機関銃や携帯用小型ミサイルなど2〜3人で運搬する「軽兵器 light weapons」、地雷や爆薬などの「爆発物」を含む場合がある。

  現在、世界で出回っている小型武器の総数は約5億個、うち1億個は自動小銃であると推定される。国連では1995年から取組みが始まった。
  
  EU(欧州連合)が1998年に武器輸出の「行動規範」と小型武器の「共同行動」を作成したことから、さまざまな地域機構がこれに準じる宣言を発表することが続いた。2001年7月には国連が小型武器会議を開催した。

  この会議では国際協力と支援の重要性、市民社会との協力の必要性などが強調され、違法な小型武器の製造等を犯罪とし、許可製造業者には製造記録を保存し、国名等の刻印を付けさせることなどを含む「行動計画」が合意された。03年7月には、「行動計画」の実施状況を検討する中間会合が開かれた。

  元戦闘要員の社会復帰(DDR)や少年(児童)兵の問題にも注目が集まった。2006年秋に次回の小型武器会議が予定されている。



   挿画は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
靖国神社、分祀か分離か [2006年04月30日(Sun)]




 
 靖国神社は1978(昭和53)年まで「A級戦犯」の合祀を避けていた。

毎日新聞(2月29日付)によれば、靖国神社の宮司を務めていた筑波(つくば)藤麿氏が、「天皇参拝」の継続を慮ってそのように配慮したというのだ。

 しかし、筑波宮司は同年3月に亡くなり、後任の松平永芳宮司が同年10月、東条英機元首相ら14人の「A級戦犯」を合祀した。

「天皇参拝」は戦後8回行なわれたが、1975年以降は、行なわれていない。これは合祀問題に配慮してのことという見方が強い。

私にはよくわからない部分も多々あるが、「A級戦犯」そのものの犯罪性(東京裁判の合法性)とは別に、「A級戦犯」であれ誰であれ、ひとたび神として祀られたのちに、「神の座」から引きずりおろすということができるものなのだろうか。

 また、「A級戦犯」といわれる14人にだけすべての戦争責任を押し付けて、その「裁判」を逃れた人、自決した人などはいっさい問われないでいいのだろうかという疑問は、多くの人に在る素朴な感情ではないのだろうか。

 松平永芳氏とは、自衛隊におられたころから退官された時期に、日赤医療センター(旧・日赤病院)の創立者・橋本綱常(左内の3弟)の研究で何度もお目にかかったことがあり、その研究態度、識見、物腰など、さすが靖国神社の宮司に選ばれる立派な方だと尊敬していた。同センターには今も松平氏が寄贈した、橋本綱常の銅像が据え置かれている。

 宮司としての松平氏はおそらく、あの方らしい学究的な真摯な態度で熟考され、関係者とも十分協議され、決断されたことであろうと、私には思える。

「A級戦犯」合祀の問題は政教分離の観点からも政治がこれ以上、口にするのはいかがかと思うが、私は、以前にも書いたように、靖国神社が運営している博物館「遊就館」の分離を切望したい。人は、あそこを見て、靖国神社のコンセプトを目で知る。

  これは分離して別の機関か団体が管理し、できれば別の場所で展示すべき内容だと思う。

 私は、80余の国々を訪問した経験があるが、宗教施設が軍事博物館かそれに準じる施設を運営している例を見たことがない。




  「しろゆうげし」の挿画は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
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