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2012年の200年前 [2011年01月16日(Sun)]




  1814年当時のスモレンスク







     スモレンスクのクレムリン(城塞)

       写真はいずれもウィキペディアから






 来年は20121年、これが如何に
大変な年かは、近々書こうと思いますが、
2012年の200年前、1812年について、
まず、書いてみたいのです。

 音楽ファンなら、チャイコフスキーの
「大序曲1812年」を、
さらに文学にもご関心の向きは
ボヘミアでゲーテとベートーベンが
出逢った年とでもご記憶かと思います。

 私は最近、眠れぬ夜に
両角良彦の『1812年の雪』を
読み直しました。

「モスクワからの敗走」という副題が
付いているこの本は、1980年に
刊行され、同年のエッセイストクラブ賞を
受賞した、読みごたえのある本です。

著者は、通産省の事務次官まで
勤めあげた人で、
フランス語に通じ、訳書もありますが、
なんといってもこの書きおろしが
最高傑作でしょう。

 1812年の夏から始まったナポレオン軍の
ロシア遠征、
40万の軍勢が東欧を過ぎるころから
かなりの脱落者を出し、
迎え討つロシア軍の懸命かつ賢明な
早逃げ作戦に翻弄される様子が前半。

 それだけでも、デジャビ、様子を彷彿とさせる
筆致なのです。

 その当時の戦争というものがどんなに
悲惨で、非道で、命が軽かったかが
よくわかります。

 また、ナポレオンの苦悩、それに
つかえる将軍たちの苦闘が
当然、想像される
将校や兵士の悲劇とは別に、
たくさんのエピソードで
微細に描かれているのです。

 そしてロシアの西端スモレンスクが
如何に戦略上の要衝であるかを
十分教えてくれるのです。

 ドニエプル川に沿うこの町は
それまでにも何度も重要な戦場となり、
後世の、第2次世界大戦では
ナチス・ドイツの1200両の戦車の猛攻に
激しく抵抗したのち、屈しました。

 それにしても広いロシア、
そして思いはその欧州部のロシアの
何倍も広大なアジア部のロシア。

 両角さんは、
この戦争をベースに描いたトルストイの
『戦争と平和』をも、
「戦士に照らす限り、明らかにお国ひいきの
バイアスのかかっているところを散見する」
と指摘しています。

 あの大遠征から200年、
チャイコフスキーの名曲を聴きつつ、
フランスのワインでも飲み、
最後の数ページを読むことにしたいと
思っています。
「吹浦」という姓 [2011年01月16日(Sun)]





  この人(著者)「吹浦」さんの一人です。





吹浦姓は秋田でも
わが一統(というほどの
家系ではないが)のみ。
全国の吹浦
(といってもせいぜい数十人)は
4代もたどれば全部、親戚。

ところが、一昨日、
偶然出会った札幌在住の
元警察官に
「自分の部下に吹浦というのがいた。
いまも警察官をしている」
と言われた。

これまで、私が出演したテレビを見て、
静岡、横浜、そして北海道の
吹浦さんから
連絡をいただいたことがあったが、
調べてみたら、いずれも
4代ぐらい前までの兄弟とか、
という具合でみな血縁者だった。

月末、札幌に行くので、
今度は、
もしかしたら吹浦警察官に
会えるかも。

駐車違反で交番に行ったことはあるが、
日頃、警察とはご縁がないので、
案外、緊張するかな、どうしよう。

もし、お知り合いに「吹浦」さんがいましたら、
ご紹介ください。


北方領土の日にあたり [2011年01月16日(Sun)]








         65年を超える不法占拠が続いてい択捉島。
       かつての中心地紗那は今、クリリスク(千島の街)
       と呼ばれ、地区役場(左の赤い屋根の建物)が
       設置されている。







アピール「北方領土返還をめざして」

              2011(平成23)年2月7日
                    (北方領土の日)

     特定非営利活動法人ユーラシア21研究所


 北方4島の返還を実現して日露平和条約を締結し、両国間に真の友好・協力関係を築こうというのは、日本国民の熱望であり、いつの日か必ずやロシアの輿論を動かしうるものと確信し、ここにこの問題に関する基本的な考え方について列挙して、関係者の参考に供する次第である。

1.北方4島の返還なしには正常な日露関係が確立出来ないことを、日露両国で周知徹底させることが重要である。そのために国家主権問題についての日本国民の明確な認識の強化を図り、両国において北方領土問題解決のための啓発に努力すべきである。

2.北方領土でのロシア軍事演習、第二次世界大戦戦勝記念日の制定、メドヴェージェフ大統領による国後島訪問など一連のロシアの対日威圧策に臆することなく、日本国として、また、日本人としての矜持を保ちつつ、わが国固有の領土である北方4島の返還を求め続けてゆくべきである。

3.返還対象を北方4島に限定した要求そのものが既に日本側による重大な対露譲歩であることを認識し、その点をとくにロシア側に衆知せしめるべきである。

4.歯舞、色丹2島の先行返還によって何らかの条約を締結することは、日本が平和条約締結という最重要カードを失うことであり、4島全体の面積の93%に及ぶ国後、択捉の両島を永久に失うことである。

5.現実の返還時期については若干の「時差」があってもやむをえないが、日露間における主権帰属に関する合意は4島一括でなされなければならない。

6.国際的な政治・経済関係の潮流変化に注意を払い、その流れの中で日露関係改善を企図すべきである。特に、2012年には露、米、主要関係国において政権移譲が行われる可能性が高く、新しい国際社会の構造変化を見極め適切な方途を講ずべきである。日本側はそれまでに安定した政治体制の構築が肝要である。

7.ロシアにおける対日評価と日本の存在感の高まりを見定めるべきである。その上で、平和条約がなければ、戦略的パートナーシップの構築や長期や大規模な経済協力はありえないことをロシア側に徹底して理解せしめるべきである。

8.日本国内においてしばしば「問題解決の名案」とばかりロシアの意に沿うかのような具体案が披瀝されることがある。このような諸案に共通なのは、それらを交渉の俎上にあげる自体が、「東京宣言」で確立された3つの原則を日本が放棄することに連なる。それこそが、ロシアが待っている状況である。今、日本が採るべき策は、これまでの原則を確固たる姿勢で貫くことである。解決のチャンスは必ず再来する。

9.戦略的見地に立ち政・官・財・学・報道・運動関係者など各界間における連携の拡充・強化に努めるべきである。

10.多様な分野における交流を通じての日露関係の相互理解の促進を図ることは、両国関係全体の改善ばかりでなく、結局領土問題の解決に資する。「ビザなし交流」はじめ、サハリンや沿海州などとの交流の活性化を図ることが、とくに重要である。新たに「ビザなし交流」専用船が竣工する平成24年度を前に、交流のあり方についても熟慮を重ね創意工夫をこらして準備すべきである。

11.根室市をはじめとする北方領土周辺地域の振興は喫緊の課題である。政府、自治体、関係団体が一体となって取り組むべきである。

12.日露平和条約交渉は停滞しているようではあるものの、機会の窓を捉える準備を怠らず、その間は引き続き堂々と「固有の領土」の返還を求め続ける姿勢を崩してはならない。小手先の思いつきなどで将来に禍根を残すことは禁物である。

                                        以 上
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