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北方領土、ここが知りたいA [2011年01月01日(Sat)]





  クリル発展計画で国後島の古釜布(ふるかまっぷ)の
 日露交流センター(通称:ムネオハウス)前に、4島で
 初めて、街灯が点いた。








 ユダヤ系ロシア人ベルホフスキーの尽力で急成長したギドロストロイ社の
 メイン水産加工場。夏期には千人を超える作業員が島内はもちろん
 サハリン州や大陸から来て集約的に働く。4島最大の企業。
  











  択捉(えとろふ)島の中心・紗那の芸術学校(小劇場もあり)は、
クリル発展計画で 外装を一新した。
島民にとってほとんど唯一の「華」のある場所。「ビザなし訪問」の
対話集会はいつもここで行われてきたが、昨年から、
「対話」を止めにし、「交流」集会に とロシア側に
押し切られた。対話によほど自信がないのか。











 紗那にできた総合病院。外見はすこぶる立派だが・・・。
中を見せてくれないのはなぜ?







千葉在住の島田さんを、
直接は存じ上げませんが、
北方領土返還運動に地域で
熱心に取り組んでおられた先輩として
お名前は伺っております。

 メドヴェージェフ大統領の国後訪問に
ついてのご質問ですが、
私はそんなに悲観しておりません。

 負け惜しみかもしれませんが、
率直に感想を述べてみましょう。

 その第1は、大統領も現地を見て
「こりゃずいぶん開発が遅れているな」と
思ったはずです。

 空港はひどくお粗末、
舗装道路がない、
宿泊できるところもない、
水産業以外に産業らしきものがない、
まともに対応できる人材も・・・

 第2は、これで世界、とりわけ、
日本人とロシア人が、日露間に
領土問題があることを認識したことです。

 先輩に言うのもなんですが、
恋愛だって無視されるのが
一番つらい話ではないでしょうか。

 今回の大統領の行動で、
国後島という島の存在、
モスクワとは7時間も時差のある、その位置、
根室半島と知床半島という、北海道の半島に
完全に囲まれているロケーション・・・
を、日露両国民、世界の有識者が
知ったことは、日本にとって
決してマイナスばかりではないでしょう。

 私はむしろ、前原外相がただちに
道東を訪問し、
飛行機で上空から眺めたことに、
若干疑問を感じます。

 それは、日本の外相は
そこまでしか行けないのか、
なぜ、択捉島まで「ビザなし」で
行かなかったのか、ということです。

 納沙布岬までが日本の領土だと
わざわざ確認か証明したようなもので、
あまり感心しません。

 次の5,6月から始まる今年の
「ビザなし」訪問で、外相または
北方領土問題担当相が択捉島まで行って、
ここまでが日本の要求するところであり、
3島でも、面積2等分による択捉島の
南部25%くらいのところでもないという
意思表示をすべきではないでしょうか。

 もちろん、既に何人かの
北方領土問題担当相が択捉島まで行っています。

小池百合子さんがその任にあった時、
私も終始、同行し、お手伝いもしました。

 菅首相が早急に訪問すべきだという意見には
与しません。まだ、機は熟していないからです。

 そのことは小欄が今、別途、連載している
「2010年、2011年、2012年」で
次々回くらいに書こうと思っています。

 要は、2012年には世界の政治地図が
大きく変わることになりそうで、
それまでは、これまでの蓄積に加え、
想像力を働かせて、囲碁・将棋で言う
「読み」をしっかり行い、
あらゆるシミュレーションをして対応を
準備することが肝要です。

 それにしては菅さん自身はもとより、
政局の都合で、鳩山さんに日露関係を
丸投げするようなことは、
絶対にしてはなりません。
北方領土、ここが知りたい@ [2011年01月01日(Sat)]





  択捉島の中心街・紗那(しゃな)の全景。中央の赤い屋根が行政府、
白い建物が 芸術劇場。手前が地元紙「赤い灯台」の社屋。
芸術劇場の右横に、破壊 された、日本時代からの郵便局の
残骸がある。








   ようやく整備された国後島の中心地・古釜布(ふるかまっぷ)の埠頭。








  国後地区行政府。1994年秋の北海道東部地震で大破したものを全面修復した。









国後島の幼稚園。島民の教育熱心は、なかなかのものがあるが、
11年生(日本の高校2年生)までの教育機関しかない。そのあとは、
サハリンか大陸に行くほかない。






昨年11月のメドヴェージェフ大統領の
国後島訪問のあと、北方領土問題について
横浜市在住で旧知のフィンランド人J氏と
千葉の島田さんという方から質問が
ありました。

お返事がすっかり遅くなりましたことを
お詫びしつつ、小欄を書きます。

J氏からの質問の要旨は、
「北方領土に対するロシアの開発ぶりは
どの程度のものか」ということですので、
これは写真でお見せします。

 また、「ロシアの実効支配が
進捗すればするほど、日本への返還が
難しくなるのではないか」という
質問には、詳しいことは直接、
お返事させていただきますが、
結論からいえば、
「ロシアの無理な投資がいつまで
できるか見てやろう」「クリル発展計画
といったって満額で7年間に約50億円。
日本の1つの町の1年間の歳出程度。
恐れるに足らず」ということです。

 島田さんは「メドヴェージェフ大統領の
国後訪問で日本は取り返しのつかない
外交上の失敗をしたのではないか」と
いうものですが、
「そんなことはありません」とお答し、
次回さらにその理由を述べさせていただきます。
            (つづく)
出生率低化・フランスとの比較 [2011年01月01日(Sat)]









 大晦日の小欄で
「秋田の人は少数精鋭?」なる
怪しげな一文を書いたところ、
元旦の朝の8時26分に、
nohohonworldさまより、
以下のコメントをいただきました。

コメント欄ではあまりに文字が小さく
せっかくの長文の貴重な内容が
読みにくいのではないかと、
愚考し、小欄であらためて
原文のまま
ご紹介します。

  ☆     ★      ☆

 出生率の低下は日本の気になる事象の
一つですね.1970年の時点で
既にフランスよりも低い状態に有ったのは
一般人には意外に思えます.

彼の国は対策をとった結果,
回復の方向です.

以下は少し前に知人から頂いた
メールの一部です.

    ******
    
少子化、高齢化の問題は
国が規制して人口をコントロールしてきた中国は
特に今後大きな問題になりそうですが、
1980年にフランスに行った際に
現地で働いていた知人がフランスでは
出生率が下がってきてきており
国が子供手当等の施策をし、
人口を増やす試みをしていると聞き
びっくりしました。

まず出生率が下がってきている
ということ自体
その当時は実感がありませんた。

添付のpdf.ファイルにデーターがありましたが、
1980年には仏:1.95、日:1.75で
この時点で実はフランスよりも
出生率が低かった事実を
最近発見しました。

その後フランスは極端に下がることなく
推移し、2006年には2.0まで
回復したのに比べ
日本は1.3まで下がり続けた状況です。

社会環境は異なりますが、
ここまで来るのにも
早く気がついたフランスでも20年以上
かかっているのですから、
日本は一体いつになったら
少子化・高齢化に
歯止めがかかる傾向が
見られるようになるか
甚だ不安になります。

最近またもや失言で辞職した
法務大臣がいましたが、
あの2つの模範答弁は
大臣が変わるたびに
官僚が教えてきたのではないかと
思いますが、
ほとんどの歴代の大臣が
使ってきたらしいのですから、
何も知らなくしなくても
大臣は出来るということを
正直に露呈しただけなのでしょう。

政治には期待できない
とうことにならなければよいのですが。

女性のパワーもそうですが、
我々世代も労働人口を増やす意味で
65歳位までは働いて
貢献しなければならない
状況のようですが、
一般的には企業の認識は
まだそこまでないようですから、
これこそもう少し強い政策力が
必要だと思います。

************

ご興味が有りましたら,
PDFファイルをお送りします.

 ☆     ★      ☆

大いに興味があります。
PDFをお待ちしたいです。

nohohonworldさま、ありがとうございました。
          (吹浦忠正)
私の2011年 [2011年01月01日(Sat)]











あけましておめでとうございます。

旧年中はなにかとお世話になり、
衷心より厚く御礼申し上げます。

みなさま、お正月を
いかがお過ごしでしょうか。

老生は新年早々、古希となりますが、
みなさまともども、めでたく
かつ、元気に新年を
迎えることができました。

今年は、
なんといっても早急に
菅政権に退陣していただかなくてなりません。

日本が学芸会で遊んでいる場合ではないし、
仮免や見習い運転手に走行できる周辺環境に
ありません。

日露関係の真の発展のために、
北方4島の返還実現ため、
献身したいと思います。

このためロシア研究、領土問題研究に
尽力するとともに、ロシア側に直接、
トラック2として働きかけるため、
3月には、ユーラシア21研究所と
安全保障問題研究会の共催で、
1973年以来、通算29回目の
日露専門家対話を東京で開催します。

9月には、
2回目の「ウラジオストク・フォーラム」を
同じく東京で開催します。

このほか、ユーラシア21研究所では
夏季休暇中に、
全国の優秀な学生・院生を集め、
恒例の「ポリミリ」中心の
合宿を行う予定です。

すでに2回実施しましたが、
その中から、政界、言論界、学界に
次々と素晴らしい人材が輩出されていることに
最大の喜びを感じます。

そのためには、菅原出氏はじめとする、
中堅指導陣の企画運営力、
そして還暦を過ぎた人たちを含む一流講師陣の
合宿以外を含め、
昼夜を分かたぬ尽力と指導が今後とも
決定的に重要なことはいうまでもありません。

また、4月からは、日本財団の御支援で、
新発足する一般財団法人ジャパンエコーが
国連公用語による対外発信を開始します。

私は事業創設に多少関わったことから
非常勤理事として
この事業の発展に尽くす所存です。

ただ、ロシア語による発信は、
従来通り、
ユーラシア21研究所で継続します。
双方で協力しつつ、
日本の総合的発信力を拡充してゆくのは
いうまでもありません。

6月には、
パリ郊外の聖堂で、日仏合同による
大がかりなトランペットの演奏会を
実施します。

ご自分で演奏する市内に拘わらず、
どなたでも参加できますので、
どうぞ、私に問い合わせてください。

そのあと、学会もありドイツに数日、
滞在の予定です。

北方領土への「ビザなし」渡航は
新年度中に、専用新造船ができ、
2012年度から、新しい形での
訪問・受け入れになるでしょう。

社会福祉法人さぽうと21は
私が理事長をしている、外国に
ルーツを持つ若者への支援を
行っている人道援助団体です。

少数であっても一人ひとりを
しっかり支えることをモットーに
多くのボランティアと支援者の力を
結集しつつ、日本人の善意を示して
参りたいと思います。

私が監事をしている
特例財団法人献血供給事業団は
笹川尭会長(笹川陽平日本財団会長の
実兄)と
青木繁之理事長の主導で
順調に発展してきました。現在、
公益法人資格を審査中で、
これが通ることで、さらに
大きな活動に道を開くことが
できるでしょう。

そのほか私が役員として関わっている
団体がいくつかありますが、
中には、時代の変化、
世代交代の難しさ、
長期低迷する日本経済のあおりなどで、
新しい年が大事な岐路と
なりかねないものもあります。

世界の国旗の研究と執筆は
ライフワークですから、
昨年の4つの刊行物に加え、
きょうも、次の原稿の推敲にあたりました。

他方、汲めども尽きぬ国旗研究の面白さを
もちろん無料でも構わないので、引き続き
各地でお話する機会がほしいものです。

ところで、70歳という年齢は、
歳に不足はありません。

通勤電車に乗っても、一見し、
いつも最年長です。ただし、クラシックの
コンサートに行きますと、ま、青年部か
壮年部です(笑)。

声楽の稽古は引き続き頑張りたいことです。
練習や舞台で歌う前などは
車内で楽譜を開いておさらいをしています。

最初はいささか恥ずかしかったのですが、
今や平気になりました。

そのため、いつぞやは、
老声楽家と間違われたことさえあり、
これまた、歳相応の実力をと
新年らしく、あらぬ夢を見ています。

ささやかな勇気を持ち、良心に従い、
心身の健康に感謝しながら、今年も
応分の役割をになって参る所存です。

小欄もと東京を離れて内外に滞在している
場合を除き、毎日、更新しますので、
なにとぞ、引き続き、ご愛読、
ご指導、ご支援、ご協力、ご鞭撻を
賜りますよう、お願い申しあげます。

    2011(平成23)年元旦

       吹 浦 忠 正
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