CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2010年03月 | Main | 2010年05月»
<< 2010年04月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
高野山、そして熊野 [2010年04月30日(Fri)]




























   高野山で










   「美しい」シルエットは著者   






 なぜか縁があり、熊野の道を行く機会がときどきあります。

 先日も、関空でレンタカーを借り、高野山に参詣し、
そこから竜神温泉、白浜と参りました。

 熊野詣というのは、
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の
いわゆる「熊野三山」にお参りすることで、
高野山はその玄関口。

むしろ潮岬や那智の滝のほうから北上するのが
今では行きやすいのかもしれません。

熊野詣は古くから行われた修験道の伝統を持っていますが、
907(延喜7)年に宇多上皇が
皇族として初めて参詣したことから、
「熊野御幸」という言葉があるように、
歴代の天皇が参詣した歴史があります。

 高野山から竜神温泉までの道はくねくねとし、しかも、
100mも走らないうちに、和歌山県と奈良県を何度も通る
という地図上のややこしさはありますが、
そういう道路ができる以前、
もっと遡ると今日の都や商都・大坂からは
さぞ大変な道のりだったに違いありません。

 距離は大したことがないのかもしれませんが、
おそらくひと月くらいもかかったのではないでしょうか。

平安時代末期治承年間(1180年前後)後白河法皇によって
編まれた今様歌謡の集成である『梁塵秘抄』にこんな面白い
一節がある。

「熊野に参らむと思えども、徒歩(かち)より参れば道遠し、
すぐれて山きびし、馬にて登れば苦行ならず、
空より参らむ、飛び給え若王子」。
 皇族中心の熊野参拝がやがて武家に広がり、
江戸時代には庶民も盛んに高野山から熊野方面への
参詣に向かった。

 庶民の多くは大阪の渡辺王子に始まり、
熊野までに99もの王子社があり、
それぞれで歌会や舞、神楽などが披露されて
詣でる人々を慰めたようだ。

 熊野への道は山並みが実に美しい。特段に
高い山があるわけではないが、何重にも重なった岳稜が
どんなにか旅する人の心を慰めてくれたことであろうかと、
レンタカーを走らせながらでも、思った。

 熊野古道は世界遺産に登録されたが、どこでも耳にするのは
関西弁がほとんど。もっと、首都圏からの参詣者があっても
いいように思う。
| 次へ