オリンピックと国家意識 [2010年02月28日(日)]
カナダはよく頑張りましたよね。運営面でも競技でも。韓国は舞い上がり、
ロシアは落胆しています。
バンクーバー冬季五輪をテレビ観戦して、
健全なナショナリズムの表出による
さわやかさと気持ちよさを感じた。
五輪憲章には「オリンピック競技大会は
個人種目または団体種目での選手間の競争であり
国家間の競争ではない」と規定されているが、
その一方で、浅田真央に声援を送り、
高橋大輔の男子初の銅メダルを喜び、
讃えるのは、日本人としての普通の感覚ではないか。
どの国の選手も競技終了後は自国の旗を
背中に掛けたり、振って観衆の声援にこたえる。
観衆もまた、頬やおでこに自国の国旗を描いたり、
国旗のシールを貼ったり、
中には顔全体にカナダのカエデを描いたり、
鼻のてっぺんに「日の丸」を描いたりしている人もいた。
朝日新聞のベテラン・スポーツ記者である
西村欣也編集委員は24日付の夕刊で、
<しかし、過去の五輪を取材してきて、
「日の丸」の重圧に押しつぶされて、
最後に実力が発揮できなかった選手を多くみてきた。
今回の五輪は少し様子が違う。「国家」を
あまり意識しない大会になっているのだ」と書いている。
そんなことはない。どの選手も
自国の国旗を掲げることの栄誉を夢見て
競技していることに変わりはない。
ただ、21世紀になって「移住の時代」になった
ということを感じさせるものがあった
ということではないか。
父が米国人、母が日本人の
キャシー・リード、クリス・リード姉弟は
アイスダンスで日本代表として出場した。
いささか「外国人受け」する?ことを狙った感じの類いの
着物や扇子だったが、そんな小道具にも会場が沸いた。
フィギュアスケート・ペアの川口悠子は昨年、
ロシア国籍を取得して、ロシア代表として出場した。
また、16歳の長洲未来は米国代表として出場した。
両親ともに日本人だが、米国に住み、
米国人として出場した。それでも
「私は日本式のルールで育てられた。
日本のファンにも応援してほしい」と
完全な英語とすべからくアメリカ人らしい雰囲気で
感想を述べていた。
スポーツのこうした傾向は名誉と技量の向上、
それに出場の機会を求めてさらに進むに違いない。
しかし、これはボーダーレス化ではなく、
スポーツ界に、出場のための
厳しい国(地域)別ルールがあり、
各選手がその中でどうするのが
自分に優位かを悩みぬいて出した結論にすぎない。
西村記者は
「五輪で国は深い意味合いを持たない。
浅田、安藤、鈴木はその重圧とは無縁のまま
フリーまでの演技を終えてほしい」と
記事を締めくくっているが、
声援という祖国からのほどよい圧力と
自国国民の国を挙げての支援という
強大なバックアップあってこそ、
あのハイレベルでの演技ができ、
勝負ができるのではないか。
われわれは真央ちゃんの悔しさに共感し、感動しても、
キム・ヨナのあの世界最高点には、
いささか覚めた気持ちで大きな拍手を送るだけである。
朝日新聞自身も、連日、日本選手の活躍だけ特段に
大きく報道してきた。
<薄らぐ「日の丸」意識>という見出しは、
少々、実態とずれがあるのではあるまいか。
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Posted by
吹浦 忠正
at 11:19
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御柱祭―石田良介画伯B [2010年02月28日(日)]
ヤマタノオロチ
御柱のご神体は蛇体神か
「諏訪大社」は諏訪湖を挟んで上社と下社に分かれております。
上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮があります。
上社本宮の祭神は武御名方尊で、
前宮は女神の八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)、
下社の春宮と秋宮は武御名方尊と八坂刀売神、
更に出雲を追い出した事代主神を祀っております。
厳寒の日、諏訪湖の中央に筋状に膨れ上がった
氷の帯が走ります。これは、上社の男神と下社の女神が
求め合うとされる「御神渡り」といわれております。
「御柱祭」と言いますのは、
「諏訪大社」の上社、下社の各宮にはそれぞれ四隅の柱、
合計16本の柱を7年に一度立て直します。
この柱を立て直すための神事が「御柱祭」です。
正式名は「式年造営御柱大祭」です。
一般には「御柱祭」として親しまれ、広く知られております。
柱は祭りの2年前に、八ヶ岳と霧ヶ峰の山で
モミの木を氏子が見立てて切り出されます。
御柱の長さは約17メートル(五丈5尺)、
太さは約1メートル(三尺五寸)、重さは約10tの大木です。
四隅に柱を建てる謂れは諸説ありますが、
青龍(東)、白虎(西)、朱雀(南)、玄武(北)の
四方を守る神のご神体とする、のと、
蛇体神(ヤマタノオロチ)を立てて、
その内側を神域として祭祀をとり行ったとも言われております。
これは,縄文遺跡からも図り知る事が出来る様です。
因に、出雲の神々は大国主命を始め蛇体神であったとされております。
しかし、何故、あの険しい山奥から巨木を切り出して、
人の力だけで、長い距離、坂や川を曵き降ろしてくるのでしょうか、
日本の古代社会の信仰から繙かなくてはなりません。
『古代日本人にとっては象(かたち)あるものは神だった。
中でも、古代人は山こそ神の象であった。
天から人間社会に降臨する神を迎える場所は険しい山頂だった。
そして、生命力旺盛な蛇、ヤマタノオロチは山の生命体として
イメージされ信仰されていた。
ヤマタノオロチは八つの頭と八つの尾がある上に、
体表には苔がむし、柏の木などが生い茂っていて、
その腹からはいつも血が滴り落ちているとされている。
これは,明らかに、いくつもの峰や台、
そして渓流をもつ山脈の風景描写あるす。
山の鬱蒼とした森の中に毅然と聳え立つ巨木こそが、
オロチの化身だった。それを丁重に切り倒し、
山の麗に引きずりおろし、再び元のように大地に突き立てた。
そのことによって、オロチがもつ生命力を自分たちが暮す大地に
注入することが出来ると考えた。』
(山の霊力・講談社 町田宗鳳著より)
現代でも私達は形ある物には神が宿ると思っています。
また、都市の地名で「八尾」と付くのは
ヤマタノオロチ伝説と関わっていると思います。
御柱が蛇体神であれば、
人命を賭けての祭りが行われる事は理解出来ます。
(つづく)
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Posted by
吹浦 忠正
at 08:21
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御柱祭―石田良介画伯A [2010年02月28日(日)]
大国主命
「出雲の国譲り」神話から
信州の山奥に、何故、出雲大社の神々を祀っているのか、
不思議に思います。その因果関係を知るのには、
日本神話の「出雲の国譲り」迄遡る事になります。
出雲の大国主命は、義父の素佐之男尊(スサノオノミコト)を助けて、
出雲と姑の天照大神の地であります日向(高天原)を
行き来しておりました。
そこで、両方の地にご誠実にも、
それぞれ子孫を残してしまいました。
大国主命は七福神の大黒様と一緒にされがちですが、
こちらはインドのヒンズー教の神様で、「幸運」をもたらすと
されております。
大国主命の死後、出雲では
相続について大問題が起きてしまいます。
優柔不断で気の弱い
(現代の国譲りを受けた何方かに似ていますが)
大国主命は、生前にしっかりと相続を決めて置かなかった事が、
難事を引起こす事になってしまいました。
当時は末子相続でしたから、
日向で生まれた末子「事代主神」(コトシロヌシノカミ)がいて、
出雲の方では、末子「武御名方尊」(タケミナカタノミコト)がおりました。
当然、自分が大国主命の亡き後は、
神聖な出雲の相続人だと思い込んでいました。
処が、
入り婿であった大国主命の末子、
「事代主神」が日向から乗り込んで来たから大変な事になりました。
世に云う「出雲の国譲り」事件が起こったのです。
末子相続の原則から言えば、「事代主神」が継ぐのが本来であり、
「武御名方尊」も素直に応じていれば何も問題は起きなかった筈でした。
剛毅な性格であった「武御名方尊」は平素から
父、大国主命の気の弱さ、だらしなさに辟易していて
、出雲の地を譲る事に頑固反対しました。
ところが、天照大神によって派遣された
戦略に猛けた神々によって、
簡単に出雲の地を追い出されてしまいました。
北陸海岸に沿って逃げ、最後は信州諏訪に落ち延びたのだそうです。
そして、そこに閉じ込められて、
この地に出雲の神々を祀ることになりました。これが「出雲の国譲り」
神話の顛末です。 (つづく)
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Posted by
吹浦 忠正
at 07:58
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