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坂本龍馬の海援隊旗 [2010年02月17日(Wed)]





       





























 きょう長崎で、歴史文化博物館に行ってまいりました。

 初めて知ったのですが、坂本龍馬の海援隊の旗が
「二曳(にひき)」と呼ばれる
赤白赤の横「三色」旗、すなわち、オーストリアの国旗と
同じであることを知りました。

 帰京してさる「妙齢の美女」に話したところ、
「ああ、そうですか。武田鉄矢ってしゃれたことをするんですね」。

 それはさておき・・・。

 どなたか、日本初の(貿易)会社であるこの海援隊の旗が
どうしてこういうデザインになったかご存知の方、
教えていただけませんでしょうか。

 この幕末の絵図のように土佐藩の赤白赤の旗は、
土佐藩の軍艦に掲げられた旗ですが、
龍馬はそれに近い旗を採用したのでしょうか。
クラリネットは諦めました [2010年02月17日(Wed)]



















 なんと、私は5月23日に杉並公会堂で行われる
交声曲「大いなる秋田」の公演に
出演しようとしてしまったのです。

 4楽章、演奏時間34分という“大物”です。

最初はクラリネットでと張り切り、
所持する2本の楽器をお茶の水の下倉楽器に持ち込んで
オーバーホールしてもらい、
密かに何度か練習をしてみました。

 結論は、半世紀のギャップはあまりに大きいということです。

 バンクーバー五輪の男子フィギュアで、
トリノ五輪の覇者プエフゲニ・ルシェンコが
3年のブランクをものともせず今シーズン一気に
欧州の覇者となり、きょうのショートプログラムで
最高点発進という快挙を続けているということとは
天地の開きがありますが、
少々、自信を失ってしまいました。

クラリネット演奏の成否を決める分岐点ともいうべき、
短音階の早く細かい音符が30小節くらい続くところが
どうしてもきちんとできないのです。早く言えば、
単純すぎて?飽きてしまうのです。

 そこで、あまりに悔しく、「ずる賢い私」は、卑怯にも
もうひとつの理由の発見に努めました。

ありました。
「本番まで7回の練習のうち5回以上参加のこと」
という実行委員会からの通知です。

「日露専門家対話2010」に参加のため、
3月14日からモスクワに行かねばならないこと、
地方出張などで2回の練習日は既に塞がっているのです。

実力なき者の抵抗か、怠け者の論理か知りませんが、
結局、クラリネットでの参加はあきらめました。

 合唱のテナーで出演します。
                       (つづく)
テナーで練習に参加 [2010年02月17日(Wed)]











 
交声曲「大いなる秋田」の話の続きです。

 先日(2月14日)の1回目の練習には
合唱のテナーで参加しました。こちらは
最低3回練習に参加すればよいというし、
男声メンバーが少ないので是非、
とリーダーが寛容と慈悲をもって勧めてくれたのです。

 縁とは不思議なもので、
「大いなる秋田」は石井歓作曲で、もともとは吹奏楽と合唱だったのですが、
それを佐藤菊雄先生、すなわちわが中学時代の
音楽教師・佐藤敏雄先生の弟さんで、
1950年代にウィーンに留学した名指揮者、この人がオーケストラ用に
編曲された名曲です。

 今回は、原曲どおりの吹奏楽と合唱に戻り
佐藤正人先生の指揮です。

 ネットでみると、わが秋田高校の後輩ながら
すばらしい指揮者と分かりました。

 1959(昭和34)年、秋田県生まれ。秋田市立高清水中学校、
県立秋田高校卒業後、 武蔵野音楽大学でクラリネットを専攻し、
松代晃明、千葉国男両氏に師事。在学中は
同校ウィンドアンサンブルのコンサートマスターをつとめる傍ら、
スクールバンドの 指導者としてもその頭角を現す。

バンド指導に並行し、オーケストラ作品の編曲も
精力的にこなし、出版作品を多数持つ。

1983(昭和58)年、埼玉県川越市立野田中学校に着任、
1995(平成8)年まで同校吹奏楽部は全日本吹奏楽コンクールに
6回出場し、 5度の金賞受賞を果たすなど、
同校を日本有数のスクールバンドに育て上げた。

音楽教育でも、平成3年度埼玉県長期派遣研修教員として
東京芸術大学大学院音楽教育研究室で
山本文茂氏のもとで研鑽を積む。

1992(平成5)年から川越奏和奏友会吹奏楽団の指導にあたり、
96年に常任指揮者に就任、
97年から同楽団を全日本吹奏楽コンクールに9度出場、
7度の金賞受賞に導いた。 また97年には立正大学、
98年からは秋田吹奏楽団の指揮者としても
全日本吹奏楽コンクールに出場。 99年には
秋田吹奏楽団創立以来初の全国大会金賞を獲得、
2001年2007年には2団体とも金賞を獲得した。

2006年全日本吹奏楽コンクール長年出場指揮者賞(15年)受賞。
現在、全国の中学校、高等学校、一般吹奏楽団の指導の他、
クリニック、審査員、執筆など、多彩な活動をしている。

 東京ミュージック&メディアアーツ尚美講師、
埼玉県立松伏高等学校、武蔵野音楽大学非常勤講師、
ノースアジア大学客員准教授、秋田吹奏楽団音楽監督、
日本管打・吹奏楽学会副執行委員、
川越奏和奏友会吹奏楽団音楽監督兼常任指揮者、
ソノーレウインドアンサンブル、立正大学吹奏楽部音楽監督、
「21世紀の吹奏楽《響宴》」実行委員。

 第1回目の練習は、北区十条台区民センターで
4時間、行われました。「もちろん」私が圧倒的、
最高齢者。

 秋田から76歳の方が参加するという話もありますが、
今回の練習には「血圧が上がって不参加」とのことでした。

 この方が出演されたら素晴らしいですよね。

 練習に来られた方々を拝見・拝聴したところ、
合唱団員も吹奏楽メンバーもプロまたはセミプロの方ばかり。

音大、教育学部音楽学科卒といった人が大半で、
本格的な音楽教育を受けたり、
現在、音楽の指導者だったり、高名な合唱団のメンバーだったり、
オーケストラメンバーという方がほとんどという感じでした。

 もっと怖いのは、この「大いなる秋田」という曲は、
24年間秋田県知事を務めた小畑勇次郎が
県費で石井歓(秋田出身の舞踏家・石井漠の子息)に
作曲を依頼した名曲ですが、
私が秋田を離れた50年前にはなかったもので、
その後、秋田で中学校に通ったような人は
ほとんど知っているという曲なのです。

それを私は楽譜を見て、4楽章まで
覚えようというのですから、
自惚れと自信過剰もここまでくれば、一流でしょう。

 通勤電車の中では恥ずかしげもなく、毎日、楽譜を広げて
いますし、昨日、きょうは長崎に北方領土の講演に
行ってまいりましたが、いつもは機内は寝るところであるはずが、
なんと、往復とも懸命に楽譜をさらっているのです。

 さてはてどうなることか、怖いもの「聴きたさ」の方は、
是非、5月23日に杉並公会堂へお越しください。

 入場料は千円ですが、
ゲテモノ趣味または慈悲の心に満ち溢れておられる方は
私にご一報くだされば、もちろん、おおくりいたします。
                       
 佐藤正人先生、そしてみなさま、よろしく年寄りをお導きください。

                      (つづく)
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