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早稲田大学鵬志会 [2010年02月10日(Wed)]







    重村智計(としかつ)早大教授が鵬志会






 石川知裕君に衆議院議員を辞めなさいと書き終えたところに、
彼が在学中在席していた早稲田大学鵬志会の奥村美幸幹事長が
緊張した顔でやってきた。

「大学公認サークルのステイタスを失いそうなんです」

「何を悪いことをした?」

「いいえ、何も。今会長をお願いしている教授が健康を害し、
至急、次の先生を決めないといけないんです」

「条件は?」

「常勤の教職員の方で、
他にどこの会長もしておられない方です」

「いろいろ仲間はいるが・・・」

「これがサークルの名簿です」

「うんうん、あれ、一昨日会ったあの人も、
明日会うこの人もやってるね。え〜と、
重村智計(としかつ)教授は? 
ほらテレビによく出る国際教養学部の。
電話してみよう。いい?」

「もちろんです。もしお願い出来たら感激です」

「はい、吹浦です。ちょっと早稲田のことでお願いがあってね」

「電波がうまく届かないみたいだからすぐ行くよ」

「?」

 10秒後、本人がわがユーラシア21研究所に現れた。

 この広い東京で世の中、こんなこともあるんですね。
もちろんその場でOK。

 ユーラシア21研究所が主催する虎ノ門フォーラムが今夜
開かれるので、折から鵬志会の諸君が、5人ほど手伝いにきてくれ、
図らずも、就任記念ゼミの雰囲気になった。

 鵬志会の一層の発展を祈る。
石川くんは議員をお辞めなさい [2010年02月10日(Wed)]







     石川知裕くん








    
    この人の犠牲者、生け贄、使い捨て、身代わり、手先き・・・
どれでしょうか?







 石川知裕くんは衆議院議員をお辞めなさい。

 キミは早稲田の確か商学部の学生であったころから、
わが末次一郎事務所によく出入りしていましたね。私は
そこに29年いて、キミたちの活動振りをよく見てきました。

 キミは早稲田大学鵬志会という、
政治家や地域リーダーをめざす学生サークルに所属していました。

 25年ほど前、
和田有一朗くん(当時・商学部学生、現・兵庫県議会議員)が
中心になって結成した政治研究のための大学公認サークルです。

 先週、その和田君と一緒に共通の師である末次一郎先生の
胸像の清掃に行ったときに聞いたのだが、鵬志会の名は
和田君が卒業した神戸高校の正門「鵬門」に
由来するものだとのことでした。

そこの学生は今日の
わがユーラシア21研究所にもよく出入りし、
毎月の虎ノ門フォーラムの準備や国際会議のお手伝いを
実によくしてくれています。

 現職の国会議員は石川くんのほかもう一人、樋高剛という
これまた小沢幹事長直近の衆議院議員(川崎の選挙区)が
いるようだが、その人を私は知りません。

 鵬志会のメンバーは北方領土のことにも熱心で、
多くが既に「ビザなし」訪問で現地を訪れ、
交流しています。

 さて、石川くんですが、人生、誰でも失敗や不運はあります。
キミは、早々に小沢さんの知遇を得、鍛えられて、
今日、バッジをつけるようになったのです。

 前々回の選挙で当選したとき、大いに喜んだものでした。
しかし、その裏でキミがやったことは、最悪です。

 そして、今なお離党もしない、議員辞職もしないというのは、
民主党にも、鵬志会の後輩たちにも、
恥ずかしいことです。まして、天下に立つ場所がありません。

 こういう立場で、国会議員として何が出来ますか。
世間を甘く見ています。世論を見誤っています。

 まだ30代半ば、これからの人生を大切にし、
志があれば捲土重来を期してください。

 速やかに国会議員を辞することです。
自民党人気回復の決定打!? [2010年02月10日(Wed)]





     



   自民党のロゴ。こんな元気はどこにある? 詐称じゃないのかなぁ、これって。



 民主党が大失態をつぎつぎに引き起こしているに関わらず、
イマイチ、自民党がパッとしないというのが
われら庶民、大方の見るところ。

 確かに衆議院議員の数がガタ減りで、特に中堅層、
大臣1回経験者が欠落している。ある落選大臣経験者など
先日、「この間まで秘書官がいて、SPがいて、大型黒塗り車で
ふんぞり返っていたのが、いまや自分でマークUを運転している始末。
先生(不肖吹浦をこう呼ぶ)、このあたり駐車場は何処ですか?」。

 まずもって申し上げたのは、「車の運転はお止めなさい」。

 こういう人には「読書と視察と講演会にでも出席し、
時には外国にでも出かけて英気を養ってきてください」
というほかなかった。

 中には、神経的にあぶないと見られている人さえいる「そうだ」。

 加藤紘一自民党元幹事長が8日の予算委で質問に立った。
当選13回は森喜朗元首相の14回に継ぐ
自民党第2位(もう一人野田毅もいる)。
若いころ外交官だっただけに、英語や中国語でのスピーチは
なかなかのものだ。

 その加藤氏はかつて、鳩山氏に「秘書の罪は国会議員の罪」と
糾弾されたことがある。そのことには触れず、
「どうして過去と現在で発言が違うのか。首相になったから
責任は取らないのか」と迫った。

 テレビ中継をみていると、何事にも揺れの多い鳩山首相だが、
「今置かれた立場で考えたとき、責任の果たし方を自分なりに
さまざま思いあぐねた中で考えたところだ」と逃げようとしたが、
加藤氏がさらに厳しく追究したところ、
「当然その責めは私自身にもある」と是認した。

 こういう追求は、ベテラン議員だからできること。総理と
加藤さんとは当選回数が5回も違う。

 そこで言いたいのは、自民党のベテラン議員たちは、
次々と質問に立つべきであるということだ。

 鳩山邦夫(当選11回、ちなみに兄首相は8回)、
保利耕輔、古賀誠、高村正彦、中川秀直、与謝野馨、
甘利明、伊吹文明、大島理森、川崎二郎、二階敏博、額賀福志郎、
逢沢一郎、石破茂、武部勤、石原伸晃、河村建夫、中谷元、細田博之、
小池百合子、野田聖子、塩崎恭久、平沢勝栄、宮腰光寛
といった面々はいずれも当選5回以上の有能の士、
幹事長、党三役、大臣、副大臣経験者か、「テレビでおなじみ」だ。

 それに、森喜朗、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の4人の
首相経験者だって、いまや、堂々と質問に立つべきである。

 安倍さんなど、再び総理への道を目指す
絶好の場とさえなるのではないか。

 そうしないならどうぞ引退していただいて結構である。
 
 こういう知名度のある人のほとんどは
質問する側に立ったことがない。しかし、
党の命運がかかっている今こそ、
「トノ」が先頭に立ち、なりふりかまわず「モノども続け!」と
やっていいではないか。

 谷垣総裁、町村元官房長官が質問したが、
失礼ながらあまりにパワー不足、エネルギー不足。
ご立派過ぎます。

 自民党は「質問適齢期」の当選2~4回の衆議院議員が
あまりに層が薄い。ここはみなさん、一念発起をお願いしたい。

岸信夫参院議員(安倍晋三元首相の弟)のように
サラブレッドのさわやかさもいいが、
ここは議場の後ろから出てくるような
大物自民党議員の登壇を期待したい。

 それしか自民党の人気回復はないとさえ思う。
それとも、ご自分の失敗を逆襲されるのがいやなのかな?

 断っておくが、私は別に自民党べったり型であるとは
思っていない。
現に、民主党にも沢山の友人がいる。しかし、
自民党がしっかりしてくれなくては、
このオソマツな民主党が、いつまでも
「働きながらのお勉強」「試行錯誤」「揺りかご政治」を
続けてしまうのが、日本のために残念でならないのだ。
腕組み [2010年02月10日(Wed)]












一昨日、「小学校の先生に言われ」という記事を書きましたところ、
2,3の方からメールをいただきました。

そのお一人、onelifeさんから。

  ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

腕組みプラス居眠りですね。
不遜を通り越してます。

国会などでも雛壇で居眠りしているのをみかけますが、
子供の教育に悪いですね。

彼らは小学校の頃先生の話を聞いていなかったんでしょうか。

   ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

 内緒ですが、実は私もコンサートなどで、
時々、やってしまうんですよね。でも、その都度、
はっとして立ち直るんですが・・・。

 小学校教育の重要さですね。
 国際会議では絶対にしません。
 腕組みをするときは、露骨に、相手の議論に不快である、
賛成できないという意思表示の場合だけです。

 来月はまたモスクワで通算28回目の「日露専門家対話」ですが、
さて、わが腕はどうなるか・・・

 もう一方のほうはどうでもいいのですが、
岡田外務大臣はしょっちゅう腕を組んでいました。
「北方領土返還要求運動」に何かご不満でもおありなのかな?

 もしそうでないなら、お止めなさい。小学校の教師になりかわって
ご忠告申し上げます。


Posted by: onelife  
彬子さま、おめでとうございます。 [2010年02月10日(Wed)]






   彬子女王殿下




 今朝の朝日新聞によれば、
寛仁親王のご長女・彬子さまがオックスフォード大学での
6年間の留学で見事、博士号をとられたそうです。

 おめでとうございます。

英文で320ページ、19世紀から20世紀にかけて
大英博物館が収集した「日本美術コレクション」を通して、
英国人の日本美術観の変遷を論じた内容ということです。

 実は、私は大変申し訳ないことをしているので、
この際告白してお詫び申し上げます。

 6年前、昭和女子大人見記念講堂で開催した、
難民を助ける会のチャリティ・コンサートに
ご尊父の「寛さま」とともにお越しくださったときです。

 日野照正さんのトランペットと
航空自衛隊中央音楽隊による演奏でした。

 途中の休憩中に、「寛さま」と私は
昔話ですっかり盛り上がってしまい、
第2部の開演時間を忘れてしまったのです。

 その日の昼、モスクワから戻ったばかりで、
時差ぼけをしていたのかもしれません。

 でも、自分の役割を忘れて言うのもなんですが、
周りの人もだれも教えてくださいませんでした。

 気がついたときは彬子さまだけがはらはらしておられました。
申し訳ございませんでした。

 そんなわけで、「寛さま」、彬子さま、
そして89歳だった相馬雪香会長と4人で、
すでに始まっていた第2部の真っ暗な会場に
手探りで忍び込んだのです。

 おまけに彬子様は翌日、
英国への留学にご出発という日でした。

 この一週間で、彬子さまからは伯母さまにあたる近衞忠W夫人、
御爺様にあたる三笠宮さまと
続けてお目にかかりました。どの方もすばらしい方ばかりで、
彬子さまも、皇族として、また文化研究者として
さらに優れた成果を挙げてくださいますことを期待います。
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