お元気です。三笠宮さま [2010年02月05日(Fri)]
![]() マイクの、文字通り、前に立たれ、肉声で語られる三笠宮さま きょう、2月5日、 特定非営利活動法人東京コミュニティカレッジの 旧暦による?新年会が目白の椿山荘で開催されました。 名誉会長として三笠宮崇仁親王殿下がご臨席され、 1970年以来、30年近く理事の末席を穢した私も 真正面の席で昼食をともにし、懇談させていただきました。 昨年12月に94歳になられた宮様の心身のご立派さに 感服しました。 「今度の月曜日、2月8日、霞山会館で (婿にあたる)近衞忠Wさんの国際赤十字赤新月連盟会長 就任祝賀会を開きます。(近衞さんの長男にあたる)忠大 (ただひろ)さんも見えられます」 とお伝えしたところ、 「みんなでお世話になるねぇ」と応じられました。 会は4時近くまで続きましたが、最後に、 自ら発言を求められ、 「語り継がれる歴史と事実とはしばしば違う」として、まず、 「さきほどここに着いたとき、竹田常務理事が迎えてくれた。 そしてゆっくり歩いてきたのだが、控室に着くや、竹田さんは、 <宮様はことのほかお庭を気に入られ、ときどき立ち止まっては ゆっくりと椿山荘の庭園に見入っておられた>と、話していた。 これは語られる歴史であって、事実は違う。真相は、 心臓がバクバクするので、少し歩いては休んでいたのだ」 とまず笑わせ、ついで、 「昨今、しばしば話題になり、先週もそのために中国との 歴史評価で専門家の意見が合わなかった“南京事件”、 私はその時の攻城軍の参謀だった。だから、この目で見、 この目で聞いている」と話題を換え、このあと、 「事実」を語られました。 影響力が大きいので、詳述は避けますが、 「捕虜」「便衣隊」「肝試し」「数字」といったキーワードを用い、 「それ以来、ボクは陸軍が・・・」と結ばれました。 こうしたお話はかならずや昭和天皇や兄宮さま方にも 報告されたはずですし、ぜひ、公式の場で語り継いで いただきたいものと思います。 先年は、この場での私との公開インタビューで、 昭和天皇についても「子供の頃、皇族どうしでよく野球をやった。 そのとき昭和天皇は・・・」とこれまた帝王学についての 興味深い話をされたこともあります。 そうしたことよりもきょう、一番驚いたのは、 椿山荘の係員が差し出すマイクをひかせ、 全くの肉声で、100人ほどの会場に轟く大きな声で お話くださったことです。 私も声がでかいとよく言われますが、 そんなレベルではないのではないでしょうか。 お元気な姿を間近に拝見するのは 本当にうれしいことです。 もっともっと「事実」を語ってくださることを 期待しています。 |





