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NGO募金の好例 [2008年10月19日(日)]
芦田代表
丹後七姫マラニックってご存知ですか?
舞鶴在住の芦田さんという方が主催する
マラソンとピクニックをイメージした
『赤レンガの街マラニック』のことです。
毎年6月に舞鶴で開催され、
完走者は1キロにつき10円を
難民を助ける会(相馬雪香会長)に寄付するというものです。
その合計が、
日本全国から集まる百人強の参加者で
10万円以上の浄財となります。
舞鶴在住の難民を助ける会理事(西日本担当)から、
これについて
さらにこんなメールをいただきました。
☆ ――――――――― ★
「丹後七姫」という、
場所を変えて行われるその小さいヴァージョンもあります。
芦田さんはどちらの会もサポートをなさっておられます。
なんと!
参加者リストを見ると、
東京、横浜、大阪、神戸、北九州などからも
17名が参加していました。
行き届いた主催者の心意気が伝わって来る
イベントです。
心のこもったご寄付に
いつもながらの感謝と感動です。
毎年、10万円以上を助ける会に
ご寄付くださる芦田代表ですが、
このようにアウェイの大会でも
募金を募ってお持ち下さいます。
今日も『丹後七姫マラニック』から
¥25、500をお預かり致しました。
☆ ―――― ・・・ ――― ・・・☆
NGOは人材と人脈です。その見本を、
芦田さんと鷲田さんが見せてくれました。
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Posted by
吹浦 忠正
at 23:03
| NGO
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ジーンズの由来(教科書) [2008年10月19日(日)]
杉並区在住のK夫人は、私とは
月とすっぽん、雲と泥、
実に几帳面かつ人格円満、
品行方正、成績優秀、眉目秀麗・・・。
昨日来のジーンズ事始について、
さらにこんな訂正?文が来ました。
几帳面かつ人格円満、品行方正、成績優秀までは
これでご納得いただけることでしょう。
最後の眉目秀麗をご披露するのは
別の機会のお楽しみに。
とにかくこれで、一件落着ですね。
勉強させていただきました。
いつもながらのご指導、ありがとうございます。
〜〜〜〜〜〜 ★ 〜〜〜〜〜〜〜
吹浦先生、たびたびお邪魔をして、申し訳ございません。
でも、どうしてもお詫びと訂正をさせて頂かないと、
今夜、眠れそうもございませんので、お許しください。
“PROGRESS in ENGLISH”を持っている後輩に頼んで、
昨日から話題になっている話のコピーを送ってもらって、
びっくり!!!
私が申し上げて来た話と違い、
「ジーンズのことを、何故アメリカではリーヴァイズというか」
という様な内容だったのです。
私は、どこか他で読んだのを、
このテキストで読んだと間違って憶えていたのか、
全くの自分の記憶違いか、
情けなくなったり、
悲しくなったりしております。
エデック社の人に見付からないうちに、
あの本で英語を勉強した人にも気付かれないうちに、
訂正をさせていただかなくてはと、
大急ぎで、
教科書に載っていた英文そのものと
日本語訳を送らせていただきますので、
何卒、お許しくださいませ。
From“PROGRESS in ENGLISH”BOOK4 Lesson 5
PANTS INSTEAD OF TENTS
Fashions come and go, but jeans have been in
fashion for the young for quite a while.
They are a fashion that lasts, in more senses than one.
What the Japanese call‘ jee-pants ’
are called in America “jeans”or“Levis.”
Made of strong material
that will last a long time, Levis, or jeans, are popular
among old and young alike.
They came into fashion
during the California gold rush
in the middle of the 19th century,
then went out of fashion for a while,
and later came back into fashion.
Comfortable, useful, lasting, Levis will probably remain
in fashion for years to come.
Strange to say, however, this material was
first meant for tents, not for pants.
And they are named after Levy Strauss,
an American merchant.
Born in southern Germany in 1829,
Levy went to America at the age of 14.
Hearing of the gold rush in California,
he made up his mind to look for gold,
not by digging himself but by selling merchandise
to the diggers and their wives.
He traveled, not across the Great Plains
in a covered wagon,
but around Cape Horn by ship.
With him he brought a large supply of
silk, dresses, and canvas for tents.
The voyage around the Cape
taking several weeks, by the time they reached California,
he had sold all the silk and dresses.
Only the supply of canvas remained to be sold.
On his arrival in San Francisco,
one of the first miners Levy met happened to remark,
“What we need more than anything else is pants.
The pants we are sold here don’t wear well.
They’re not strong enough to last.”
That remark gave Levy an inspiration;
“What about using the canvas
for pants instead of for the tents?”
And so he did. He used the tough canvas
to make pants for the miners.
“Levy’s pants ,”“pants from Levy’s”became popular
almost immediately.
That is how these pants came to be called “Levis”
(Footnote: They came to be called “jeans”because the sailors from Genoa in Italy were often seen wearing them.)
☆ ――――――――― ★
テントの代りにズボンを
流行はすぐに移り変わります、でも、
ジーンズはかなり長い間、若者達に流
行し続けています。それらが長く流行するには、
幾つもの理由があるのです。。
日本人が「ジーパン」と呼んでいるものは、
アメリカでは「ジーンズ」あるいは「リーヴァイズ」
と呼ばれています。
長持ちするしっかりした生地で作られている
「リ―ヴァイズ」または「ジーンズ」は
年寄りにも若者にも同様に人気があります。
19世紀の中頃、
カリフォルニアのゴールド・ラッシュの間、
流行だしました。それから、しばらく流行がすたれ、
また、後に流行しだしたのです。
リーヴァイズは、着心地が良くて、
役に立って、長持ちするので、おそらく、
これから先、長い間、流行し続けることで
しょう。
しかしながら、不思議な話ですが、
この生地は、最初はテント用であって、
ズボン用ではなかったのです。
そして、それらは、
アメリカ人の商人のリーヴァイ・ストラウスにちなんで
名前が付けられたのです。
1829年に南ドイツで生まれたリーヴァイは
14歳の時にアメリカに行きました。
カリフォルニアのゴールド・ラッシュの話を聞いて、
彼は、自分自身で(金を)掘るのではなく、
金鉱掘りとその妻達に商品を売ることによって、
金を探し求めようと決心をしました。
彼は、有蓋馬車で大草原を横切るのではなく、
船で、(南米最南端の)ホーン岬を回って旅をしました。
彼は大量の絹とドレス、
それにテント用のキャンヴァス地を持って行きました。
(ホーン)岬を回って行く航海は4,5週間かかり、
カリフォルニアに到着をした時までには、
絹もドレスも全部売ってしまっていました。
キャンヴァス地の荷だけが
売るために残っていました。
リーヴァイがサンフランシスコに着いて、
初めて会った炭鉱夫の一人は、
たまたま、こんな意見をいいました。
「我々が何よりも欲しいのはズボンだ。
ここで売られているズボンは長くはけない。
長持ちするほど頑丈ではないんだ」
この意見を聞いてリーヴァイは
インスピレーションを感じました。
「このキャンヴァス地を、テントに使う代わりに、
ズボンに使ったら、どうだろう?」
そして、彼はそれを実行しました。
彼は、炭鉱夫達のためのズボンを作るのに、
その頑丈なキャンヴス地を使ったのでした。
「Levy’s pants」「pants from Levy’s」は、
忽ち、人気になりました。
このズボンが「リーヴァイズ」と
呼ばれるようになったのは、こういう訳なのです。
脚注:イタリアのジェノヴァからの水夫達が
これを履いているところがしばしば見かけ
られたので、「ジーンズ」と呼ばれるように
なったのです。
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Posted by
吹浦 忠正
at 21:18
| 文化・言語
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秋 in 八ケ岳山麓 B [2008年10月19日(日)]
Posted by
吹浦 忠正
at 16:54
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秋 in 八ヶ岳山麓 A [2008年10月19日(日)]
Posted by
吹浦 忠正
at 16:47
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万葉集から月齢を想像 [2008年10月19日(日)]
「万葉集」巻七(巻7は1068〜1417の歌番号)の歌、
歌番号1068は柿本人麻呂の有名な歌。
天の海に 雲の波立ち 月の船
星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
スケールが大きく、しかもメルヘンチックで、
大好きです。
私に画才があれば、一幅の絵にできそうな気がします。
この月は、三日月でしょうね。月が船の形なんですから。
以下、連続して月を詠んだ歌が続きますが、
作者は不詳です。おそらく老若男女が
詠んだのではないでしょうか。
それはともかく、ここ数日、あまりに月がきれいなので、
これを思い切って、ほとんど直感で、
大胆に、かつ、無責任に
月齢を想像してみました。
みなさまのご意見をお聞かせください。
常はかつて思はぬものをこの月の
過ぎ隠れまく惜しき宵かも 十三夜
大夫(ますらを)の弓末(ゆずゑ)振り起し狩高の
野辺さへ清く照る月夜(つくよ)かも 満月
山の端にいさよふ月を出でむかと
待ちつつ居るに夜ぞ降(くだ)ちける 十六夜
明日の夜(よひ)照らむ月夜は片寄りに
今宵に寄りて夜長からなむ 下弦
玉垂(たまたれ)の小簾(をす)の間通し独り居て
見る験(しるし)無き夕月夜かも 上弦
春日山おして照らせるこの月は
妹が庭にも清(さや)けかるらし 満月
海原の道遠みかも月読(つくよみ)の
光少き夜は更(くだ)ちつつ 下弦
百敷の大宮人の退(まか)り出て
遊ぶ今夜の月の清けさ 満月
ぬば玉の夜渡る月を留めむに
西の山辺に関もあらぬかも 満月
この月のここに来たれば今とかも
妹が出で立ち待ちつつあらむ 立待月
真澄(まそ)鏡照るべき月を白妙の
雲か隠せる天つ霧かも 満月
久かたの天照る月は神代にか
出でかへるらむ年は経につつ 満月
ぬば玉の夜渡る月をおもしろみ
吾が居る袖に露ぞ置きにける 十六夜
水底の玉さへ清く見つべくも
照る月夜かも夜の更けぬれば 居待月
霜曇りすとにかあらむ久かたの
夜渡る月の見えなく思(も)へば 下弦
山の端にいさよふ月をいつとかも
吾が待ち居らむ夜は更けにつつ 寝待月
妹があたり吾が袖振らむ木の間より
出で来る月に雲な棚引き 十三夜
靫(ゆき)懸くる伴の男(を)広き大伴に
国栄えむと月は照るらし 満月
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Posted by
吹浦 忠正
at 16:21
| 文学
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秋 in 八ヶ岳山麓 @ [2008年10月19日(日)]
小欄の挿画でもおなじみの石田良介画伯のご厚意で、
八ヶ岳南麓に遊んでいます。
もう、すっかり秋、風情を少しご報告します。

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Posted by
吹浦 忠正
at 14:20
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ママさんか女声か、コーラス [2008年10月19日(日)]
全国で合唱団っていくつあるんでしょうね。
日本は、エストニアと並んで、もしかして、
世界で一番合唱が
盛んな国かもしれませんね。
特に、女性だけの合唱団、
「ママさんコーラス」「女声コーラス」「女声合唱団」などなど、
全国津々浦々で盛んです。
中にはなんとなく品がよさそうな
「レディース・コーラス」というグループもあれば、
「アンサンブル・・・」「コール・・・」などと
本格的な合唱団(らしい)名を名乗っているところも
あるようです。
ところで、先年、私はある失敗?をしでかしました。
都内の全員お母さんから成るA合唱団を「ママさんコーラス」と言って
顰蹙を買ったどころか、その後、プイッ!なのです。
口は災いの元?かなぁ。
だって、全員、自分のお子様がB幼稚園に行ってたり、
そこを出た人たちですから、ママさんなんですよね。
ところが、「女声コーラスと呼んでいただきます」なのです。
「ママさんコーラス」より「女声コーラス」のほうが
レベルが高いのでしょうか。
それとも、
独身の女性やお子様のいらっしゃらない方にも
加わってもらおうというのでしょうか。
「ママ」という言葉はとても素敵なのに。
どなたか、教えていただけませんか。
以後、「人生を誤らないように」心がけますので。
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Posted by
吹浦 忠正
at 12:06
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ブログのスキン [2008年10月19日(日)]
先週、小欄の背景(スキン)を夏用の海から
この色に変えました。
文字が読みにくい、年寄りにはつらい、暑苦しい・・・
などなど14人の方から
早々に、反対ないし消極的なご意見、
アドヴァイスをいただきました。
他方、6人の方から、ゴージャスで結構、
温かみがある、
スキンの変更で書き手の意欲が伝わってくる
写真がきれいに見える・・・
などなどのあたたかいお励ましをいただきました。
結論として、当分、このままにしたいと思います。
14人の方にはお詫びと御礼を申し上げます。
これに懲りずにご愛読ください。
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Posted by
吹浦 忠正
at 10:44
| ブログ
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ナイジェリアに仲間が赴任 [2008年10月19日(日)]
一路平安を祈る
大学院での私の“教え子”であったことからはじまり、
一緒に訳本
『戦陣訓の呪縛−捕虜たちの太平洋戦争』(中央公論新社)
を出したり、研究会(「アジアの人権問題」)を動かしたりした
朝倉恵里子さんが、
国際救援の業務でナイジェリアに赴任するため、
きょう、出発するとの連絡をくれました。
朝倉さんはまた、小欄の熱心な読者で、
ときどき誤植や私の勘違いや思い込みを注意してくれました。
したがって、これらの小欄は、
いよいよ間違いが増えるかもしれませんが、
それは「この人のせい」です。
MSF(国境なき医師団)の代表としての活躍が期待されています。
でも、正直、かなり心配です。
ナイジェリアは、先年、日本大使以下大勢の大使館員が
強盗に身ぐるみはがれるという事件もあった国と聞いています。
しかし、この人、年齢(不詳)、経験に不足なく、
英語もフランス語も十分できるし、
何よりも物事をよく見、判断する実力者。
活躍を期待しています。
時には活動の一端でもお聞かせくださいと返信したところ、
「活動についてはかなり守秘義務があります。
食事や生活のことが主体になるかも」
との返事。
以下は、それに対する私からのメール。
〜〜〜〜〜〜 ★ 〜〜〜〜〜〜〜
いよいよ出発。
国際救援活動に出かける人への私の常套句ですが、
「1に安全、2に健康、3,4がなくて5が仕事」ですよ。
現地の様子などメールをたのしみにしています。
“企業秘密”や個人情報に関わらない話を
いくらでも書いてください。「高尚な思いと低俗な話」です。
楽しみにしています。
いい経験をいっぱいしてきてくださいね。
では、決まり文句ですが、
「気をつけて、行ってらっしゃい」。
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Posted by
吹浦 忠正
at 10:33
| 難民・国際協力
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