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東京の秋A [2008年10月11日(土)]


























 金木犀の香りが街に流れている。

 夕方見たら満開だったのが、
朝になったらもう散り始めていた。

 でも、この花の色はどう表現したらいいのだろうか。
「橙色の濃厚な色」
「くすんだオレンジ色」
とでもいうのかな。

 中国南部が原産地で、桂花と呼ばれ、
江戸時代に日本に雄花だけが
入ったので、結実はしないそうだ。

 ウィキペディアによれば、
「トイレ用の芳香剤として1970年代初頭から
1990年代前半頃まで人気商品であった。
しかし、その影響により実物の花の香りを
トイレの匂いと勘違いする子供たちが続出し、
今でも<キンモクセイ=トイレの芳香剤の香り>
を連想してしまう者も多い」のだそうだ。

「なんとも困った家庭教育だ」と嘆じるほかないか。
東京の秋@ [2008年10月11日(土)]











































 1964年のちょうど今頃、東京ではオリンピックが開催されていた。

 前日までの雨が、10日朝、今の言葉でいうなら
「ウッソーッ!」という感じに晴れわたった。

 そんなことを思いながら、
オリンピック記念駒沢公園を散歩してみた。

 秋空がいい。金木犀をはじめとする秋の草花もいい。

「書を捨てて街に出よう」というのがあったが、
明日は、「PCを捨てて」もっと外に出てみたい。
北朝鮮という国 [2008年10月11日(土)]









 北朝鮮の朝鮮中央通信は10日、
重病説が流れる金正日総書記が、
国防委員長として、
朝鮮人民軍第821部隊の女性砲兵中隊を視察したと報道した。

 それによると、火力を使っての服務訓練を参観し、
同中隊員たちと記念写真を撮した。

 また、約20枚のカラー写真も公開した。

 金国防委員長のには
玄哲海(ヒョン・チョルヘ)、李明秀(リ・ミョンス)の二人の大将が
随行したと同通信は伝えている。

 国の内外に向けて、
トップリーダーの健在をアピールする狙いがあるのだろうが、
問題は、写真を撮影した日時と場所を報じていないことだ。

 これについて、韓国の通信社・聯合ニュースは、
朝鮮労働党創建記念日にあたる10日か、
前日の9日の撮影とみている。

しかし、9月9日の政権樹立60周年記念日、
そしてこの労働党創建記念日になぜ姿を見せなかったのだろう。

 どこからも、労働党創建記念日に姿を見せた
という報道がないことから、
脳卒中などの健康悪化による
脳の開頭手術などの治療を受けたとしても、
公然と活動するレベルまでには健康回復がいたっていないとの
見方が有力だ。

また、10月4日には大学生のサッカー試合観戦が
報じられたが、
このときも、日時についての報道はなかった。

 健康悪化説は
9月9日の建国60周年の記念行事に姿を見せなかったことから浮上、
このほうが注目されている。

 ただ、 健康悪化説については、
最近、かなり回復しているとの米国筋の情報が流されていた。

 ところで、金正日の重病説と関聨して
半島状況に急変はないと信頼すべき韓国筋からの説明があった。

 それによると、1986年、北朝鮮は金日成の死亡説を流して
韓国国防長官が公式発表したことがあり、
まんまと騙されたことがあるそうだ。

 しかし、3日後、
金日成がモンゴル大統領と握手するテレビ画面が流され、
韓米当局が北のニセ情報に騙されたという前例だそうだ。

 さらに、金正日はカリスマ性を高めるため
わざと姿を見せない先例があるので、
今回も同じ流れではないかと思う説も根強いが、
健康状態がよくないのは事実であるとその韓国筋は言う。

いずれにもせよ、国家の「上ご一人」が健康かどうか、
その動静を手練手管でしか伝えられないような
情報管理する国に隣接していることは、
決して安眠をむさぼれることではないと、
われわれのほうで自覚すべきだということであろう。

 メディアの報道は「5W1H」であることは、世界中で常識とされるが、
まだまだそうではない国があると言うことも再確認できた。

 そういう国や報道を信用してはいけないということだ。
金融危機と日本経済 [2008年10月11日(土)]

   



頼みますよ、麻生さん!





「1987年10月のブラックマンデー、1953年3月のスターリン暴落」に次ぐ、日経平均株価の下落、「市場、暗黒の1週間」「日本経済重大な岐路」各紙の見出しが厳しい。 「世界1400兆円失う」という記事もある。

10日の東京株式市場は、前日の米国市場の株価急落を受けて日経平均株価は大幅に下落。後半の買い戻しで下げ幅はやや縮小したが一時は1000円を超える下げ幅だった。それでも、終値は前日比881円06銭安の8276円43銭。約5年4カ月ぶりの9000円割れとなった。

世界的な金融不安への懸念が増幅され、原油価格の急降下、中堅規模の大和(やまと)生命が破綻した。
 
 大和生命は帝国ホテルに隣接する、かつて鹿鳴館のあった場所にある。声楽仲間の河合弘之弁護士が主宰する「さくら共同法律事務所」があることから、たびたび出かけ、なんとなく親近感を持っているが、そんなことはどうでもいい。今、世界が大変なのである。

 同じくボランティア活動仲間の一人は、金融ディーラーをやって好成績をあげてきた30代の息子のことが「心配で心配でたまらない」と嘆く。ま、それもいっちゃぁなんだが、仲間内の話。
 
それよりも、東京に続いて取引が始まったアジア新興国市場の株価指数も軒並み下落し、中国・上海、韓国は前日比2〜3%、シンガポール、豪州はマイナス6〜8%のマイナスとなっている。

こうなると1929年の世界恐慌の再来か、と騒ぐ人もいるが、当時と今では世界経済の仕組みが大きく違う。

だから、そこまでは心配しなくてもいいのだろうが、日本時間で今朝ワシントンで開かれたG7(財務相・中央銀行総裁会議)の話し合いで、公的資金の金融機関への資本注入の強化をどこまでできるか、実行力ある対応策が出来あがったのか、注目したい。

また、ことによっては、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)なども加えた拡大首脳会議を、サミット議長国である日本が緊急開催することになるやもしれない。

肝腎のアメリカが3週間後に迫った大統領選挙を前に、ブッシュ大統領がレーム・ダック状態にあり、これまた、実質的役割をどれだけ果たせる首脳会議になれるか、難しいところだ。

麻生さんにしてみれば、こうした対応に熱心にならねば、解散風を抑えている理由がたたない。

実際、文藝春秋に、国会開催冒頭で解散すると書いたからと言って、今この時期に日本の政治が不在になることは許されない。

民主党も解散要求をしているだけではなく、この世界的経済混乱に、どういう政策を持っているか、声高に、政府との差を示してもらいたい。

このままでは、強いといわれた日本の金融システムではあるが、経済活動の手控えをまねき、日本経済の急激な停滞や冷え込みが心配である。

政府は当面、国民の不安を鎮める、強い意思表示と国民への説明と呼びかけを行うべきではないか。
南オセチア、アブハジア [2008年10月11日(土)]






南オセチアの”国旗”。白赤黄の横三色旗です。











  アブハジアの”国旗”



「前に先生のブログで見たような気がするのですが、今、注目されている南オセチアとアブハジアの国旗のデザインを教えてください。宿題なので、こまっています。おねがいです」。

 国立市にお住まいの小学校6年生M.Sくんからのメールです。

 これって、先生、少し変ですよ。

 小学生が覚えるべきは、せいぜい国連加盟国のうち、十いくつかの国旗でいいのではないでしょうか。

 国連加盟国の国旗を全部そらんじていて、私を困らせる質問をしてくる品川区の5年生、岐阜県の6年生、青森県の5年生もいますが、それは「私のライバル」か、「商売敵(しょうばいがたき)」か、せいぜい「後継者」でしょうが、南オセチアとアブハジアの国旗というのはあまりに政治的で、「大人の世界」の話ではないでしょうか。

 目下、この2つを承認しているのは、ロシアを除けばニカラグアとソマリアだけです。

 私は今回のロシアのやり方は、歴史的に見れば、日本が満州国を建てたのと似た点がいろいろあるな、と見ています。

 それはさておき、宿題の答えは用意しました。○○小学校のみなさん、どうぞ、ここからとったものを、ネットでまわしてください。

 ただ、ご父兄のみなさん、先生には、是非、宿題の真意をお尋ねください。
1円パチンコ [2008年10月11日(土)]








 初心者の私でも1000円で40分間遊べ、
これだけの景品をいただき、200円が戻ってきました。
 いっしょに行ったA氏は私の倍くらい勝ったようです。







 先日掲載したものと同じですが、
「大衆娯楽の代表としてもう一度紹介すべし」と、
なんと親戚の「オネエチャン」からメールをいただきました。

 義理を欠いては一大事、
もう一度「1円パチンコ」初体験の”武勇伝”を掲載します。


         ■■■■□■■■■■

 縁あって、
ついさきごろまで警察官僚としてトップ級までいったA氏と、
2人で仲良くパチンコをしました。

 ご存知ですか? 「1円パチンコ」、「遊パチ」とも呼んでいます。

 やすくて気軽に遊べ、
射幸心をそそらないというのがウリで、2,3年前から始まりました。

「遊パチ」の名前は公募して、日下公人先生を委員長とする審査会で
選定したのです。

 それをやってみたかったのです。

 パチンコの玉は通常、1個4円です。
千円で、銀色の玉が250個出てきます。

「遊パチ」は同じ千円で1000個もの金色の玉が出てくるのです。

 これを「貸し玉」といいます。買ったのではなく、
そのホール専用のものを借りたのです。

 場所は、銀座・三原橋交差点のすぐにある、
およそパチンコ屋には見えない“瀟洒な”(というとすこし言い過ぎ?)
ピーアーク銀座店。2人ともほとんど初体験。

 そうお伝えすると、「ひかりさん」という「妙齢の美女」店員が、
「初老のカモ」がやってきたとばかり、
嬉しそうに?案内し、
指導してくれました。

 まず、駐車場の清算機のようなところに千円を入れました。

 すると1000個の玉が
出てくる(実際にはすきな数の玉が出てきて
後はカードに記録される)のです。

あとはよく解りませんが、あまり技術というのはないような感じで、
どんどん玉が飛び出してゆきます。

「ひかりさん」がいろいろ説明してくれるのですが、
いかんせん、
場内の騒音が凄くて、半分も聞き取れません。

 あれは希望者には是非、
ヘッドフォンを付けさせて、
外からの音を制御できるようにしてもらいたいものです。

 楽しめますよ、これ。

 場内は完全禁煙、喫煙室は別に設けられていました。

 この「1円パチンコ」で少し狎れたら、
「4円パチンコ」にも挑戦しようと思っています。

 40分やって、A氏は「タバコが吸いたい」という風情。
私もおなかが空いてきたので、
景品交換のためのフロントへ。

 A氏は「またやりたいから」といって
カードに「貯玉」の登録をしてもらい、
私はご覧のような景品をいただき、
200円が返金になってきました。

 800円でこれだけ楽しめて
景品までもらえるって、ほかにありますか?

 A氏は「タバコですよ、タバコ」といいますが、
そんなものよりずっといいですよ、みなさん。

 ついでにこのピーアークというお店、
「1円パチンコ」を始めた最初のホールが
三田の慶応羲塾正門前にあります。

 学生が休講のときなど大いに楽しんでいるようです。

「昔マージャン、今パチンコ」でしょうか。
巨人優勝、中日に期待 [2008年10月11日(土)]


             
     
       挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で
    掲載させていただいております。禁無断転載。






 関西の仲間から、
「巨人の優勝です。私のドクターは大の阪神ファン。
普段は優しい、優しい女医さんです。しかし、
今日の診察室は豹変、
彼女の指示は手術室の外科医のようでした」と。

 その態度、当然です。

 一方、都下にお住まいの「妙齢の美女」さまからは、
「<おかげさまで>巨人優勝! ありがとうございます。
やはり強いんでしょうね」ですってさ。

「何が<おかげさま>なものですか。
あなたにお礼を言われる
所以もありません」と、
精一杯の抵抗精神で返信しておきました。

 もはやこうなったら、私は阪神より
落合の中日に期待します。

CSで、昨年に続く「柳の下のどじょう」です。

 昨夜は六本木で外国人たちと飲んでいましたが、
実はこうなる予感がしていました。だって、
9月後半からの阪神は
もう、空気の抜けた風船のような状態では
なかったですか。

 アニキ(金本)はしっかりしていましたが、
打撃陣がかくも打てなくては、
カネにあかせて外国人選手を集める巨人に
勝てっこないですよ。

 昨夜がその典型であったように、
ラミネス、グライシンガー、クルーンという
「豪華助っ人」(朝日新聞)の投打の活躍で
13差を逆転したのは見事ではありますが、
これは選手の活躍と言うより、
これまで外国人選手の獲得で
失敗が大半だった巨人のフロントが
久々に、
大成功しただけではないでしょうか。

 それより、このアンチ巨人のオジサンは、中日を応援します。

 いや、落合が同じ秋田の出身だからなんて、
そんな愛郷精神じゃないんですよ。
とにかく私は巨人が嫌いで、
読売新聞は「やむを得ず」多年愛読していますが、
昔、負けた試合でも
「王、28号むなし」
「長嶋、17号空砲」といった書き方をしていたスポーツ欄は
開きもしません。

 また、なんたらという
同系のスポーツ新聞(巨人の御用新聞ないし社内報)は、
いかがわしささえ感じて手に取る気もしません。

 満を持している中日、
テグスネ引いてその日に合わせている中日、
18〜20日の対阪神戦に勝ち、
22日からの巨人戦でも圧勝してほしい。

 私は今夜から斎戒沐浴、願掛けでもしようかな?
サハリンとの交流G [2008年10月11日(土)]






  北原白秋も樺太旅行を楽しんだ一人。






日本とサハリンとの人的交流は、
条件さえある程度整備されれば、今後、
飛躍的に活発化しうるものと思われる。

おびただしい数のサケの遡上や
トドやラッコなど怪獣の観察(“タマちゃん”が群れを成している)、
石油天然ガスの開発現場視察、
“間宮”海峡の観察、
日本より長い期間冬季競技を楽しめることを利用したスポーツ交流、
日本から一番近いヨーロッパ文明と文化の地であることの体験、
温泉の活用、
豊富で新鮮な海鮮食材の堪能、
日本時代の建造物など、
チェーホフに関連した史跡・・・
日本人観光客に魅力的な点は多数ある。

ただ、そのためには、
観光設備の整備は必須である。
カニやイクラをはじめとするロシア料理は十分魅力的だが、
空港設備、
大部分のホテル、
道路やバス、
ガイドは先進国の水準に遠く、
郷土博物館での日本時代の軽視や
その他の場所を含めての日本語での表示のなさなど
問題点は多い。

日本では、稚内や根室などロシア人が多く訪問する地域では、
交通関係の表示や店のセールまで、
ロシア語の表示に心がけていることを取り入れたらどうか。

とりわけ、
航空機運航の不安定・不確実性、
料金の驚くべき高さが大きな障害だ。
その改善には、
日本の航空会社や旅行社も積極的に取り組むべきことは
もちろんであるが、
基本的には日本人観光客を魅きつける
サハリン側の意欲的な努力が望まれる。
                           (つづく)
ノーベル賞、中越のチョンボ [2008年10月11日(土)]


          


       アハティサーリ前フィンランド大統領


 ノルウェーのノーベル賞委員会が、2008年のノーベル平和賞をマルッティ・アハティサーリ前フィンランド大統領(71)に贈ると発表した。

 アハティサーリ氏は、「30年以上にわたり、複数の大陸で国際紛争の解決に貢献した」と指摘、国連特使や民間人として、紛争調停に尽力した功績をたたえた。

 国連ナミビア弁務官を務め、ナミビアの独立に力を尽くしたのをはじめ、 2000年までの6年間、大統領の任にあり、その後、北アイルランド紛争の武器査察、インドネシアのアチェ紛争、コソボ紛争の調停などに尽力した。

 また、紛争解決に努めるNGO「クライシス・マネジメント・イニシアチブ(CMI)」を創設し、昨年、イラク国内で対立しているイスラム教スンニ、シーア両派の会合を設営し、民間の立場から紛争調停に努めたことでも知られている。

 まことに当を得た、授賞の決定だったと思う。

 それはそれとして、今回、中国とベトナムは実にみっともない発表をした。

 読売新聞(10月10日付)によれば、両国は自国民の受賞候補者について、政府が事前に異例の非難をしていたというのだ。

 それによれば、中国は外務省の泰剛・副報道局長がノーベル平和賞受賞者名発表直前の9日の定例記者会見で、人権活動家の胡佳氏について「かれがどのような人物か、みな知っているはず。中国の法に基づいて実刑判決を受けた犯罪分子だ。かれが受賞するのなら、中国の内政と司法に対する干渉となる」と不快感を示したという。

 また、ベトナム外務省の報道官は同じ9日、ベトナム統一仏教会のクアン・ド師について、「社会秩序を乱し、違法行為を続けてきた人物で、(授賞すれば)平和賞の権威を傷つける」とする異例のコメントを発表したという。

 胡氏は、ネット上で中国の政治体制を批判し、今年の4月に「国家政権転覆扇動罪」で懲役3年半を言い渡され服役中、ド師は、共産党の一党独裁に反発してたびたび政府の弾圧を受け、2003年以降、ホーチミン(旧サイゴン)の寺院で軟禁状態にあるという。

 このニュース、アハティサーリ前フィンランド大統領の受賞を予測できなかった中越両国の情報筋の失敗ではないだろうか。

 まさに「言わずもがな」のことを政府の対外広報の責任者のような人が公式にしゃべってしまい、両国内の言論弾圧の実態を世界に発表したようなものではないか。

 それにしても、私たちはいい国にいる。小欄など、首相、政府、与野党を問わず、しばしば厳しく政治と政治家を糾弾している。

 世が世ならば、「国家政権転覆扇動罪」とまではゆかなくとも、
「政治イチャモン扇動罪」くらいで、とっくにブタ箱入りになっていたかもしれない。くわばらくわばら。
国際協力活動での危険@ [2008年10月11日(土)]





   
    バングラデシュの国旗。
    独立当初はこの中央に、
   「ショナール・バングラ(黄金のベンガル)」を示す、
   国土を黄色のシルエットにしたデザインであった。
   しかし、それでは原反を切り抜いて縫い合わせると
   中央部分が5枚になるなど、煩雑なため、
   シルエットを排した。
   また円は縦の5分の4と大きく、
   円の中心は竿側に横の20分の1寄っている。






 国際協力や救援の活動にはしばしば危険がつきまとう。

 青年海外協力隊は既に派遣国で64人を亡くしている。
難民を助ける会もこの約30年で3人が帰国できなかった
痛恨の記憶を持つ。



 赤羽桂子女医の誘拐と身代金のことで、
次元が違うが、
私の個人的な体験を書いておきたい。

 1971年12月、独立戦争直後の
バングラデシュ(東パキスタン)の路上で
、国際赤十字の任務についていた私は
いきなり銃を突きつけられ、
「オマエは、バングラデシュの独立に賛成するか、
それとも反対か?」
と迫られた。

 一瞬、ロンギ(バングラデシュの民俗的な腰布)を巻いた
相手の仲間が
緑地に赤い丸、中央に黄色で国土を染め抜いた
腕章をしているのが
目に入った。

 ムクティ・バヒニ(解放軍)といわれるゲリラ部隊とみた。

「ジョーイ! バングラ(バングラデシュおめでとう)!!」
「トゥマルデシュ バングラデシュ
(あなたの国はバングラデシュ)!!!」
とベンガル語で叫んだ。

 そこまではよかった。

 しかし、ゲリラとはいえ、リーダーは“しっかり”していた。
「ならば、独立の祝い金を置いてゆけ」。

 かくして300ドル(当時、108,000円)、
持っていた全財産を“献呈“させられた。

 このあたりのことは1973年に私が上梓した
『血と泥と−バングラデシュ独立の悲劇』(読売新聞社)
にも詳しく書いた。

 ありがたいことに、
帰国後、
日本赤十字社が「特段の配慮」で、
それを弁済してくれた。
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