テレビ局からの難問? [2008年10月09日(木)]
ベネズエラ国旗にある紋章。国名が
スペイン語で書かれている。
「国旗に国名が記されている旗はいくつあるのか」
某テレビ局からの質問です。クイズ番組に使うデータに
したいようです。
訊くほうはいつも気楽に尋ねてきますが、
答えるほうはそうは簡単ではありません。
第一、話がそんなに単純ではないのです。
日本は「日の丸」といってしまえば今は1つのデザインですが、
戦前は、法的に2種類ありました。
明治3年の1月の「太政官布告」第57号(商船規則)と、
同年10月の同651号(海軍規則)で、
日の丸の縦横比、円の位置が違っていたのです。
57号では「縦横比は7:10」、
円の中心は「対角線の交点より横の100分の1だけ、竿側に寄る」
というものでした。
これが、651号になると、「2:3」、
「円の中心は対角線の交点に一致」となり、
1999年8月の「国旗国歌法」では、後者を踏襲したのです。
ま、「日の丸」はこの程度の違いですが、
諸外国の場合、
一般の国民が用いる国旗には紋章をつけないとか、
外交機関が用いる場合は別の紋章の国旗を使うとか、
陸上と海上ではデザインが違うとかいろいろあるのです。
ですから、学術的な厳密な話ではなく、一応の
答えとして回答しておきましょう。
ボリビア
ベネズエラ、
パラグアイ、
ニカラグア、
ドミニカ共和国、
コスタリカ、
エルサルバドル、
エジプト、
アフガニスタン
以上の国旗は、いずれも紋章の中に
スペイン語やアラビア語などで
国名が書き込まれています。
PCで拡大して見比べるか、
拙著『世界の国旗―ビジュアル大事典』(学研)
ででもご覧いただければ、よく解るかと思います。
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Posted by
吹浦 忠正
at 17:12
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国旗
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報道しないこの誘拐事件 [2008年10月09日(木)]
挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で
掲載させていただいております。禁無断転載
9月末にエチオピア東部のソマリア国境地帯で誘拐された
日本人女医とオランダ人男性看護師について、
なぜか日本メディアによる報道がほとんどない。
不思議なのは名前も発表されていない。
私にはあるルートで誘拐直後に名前その他の情報が入ったので、
当然、邦人保護に当たるべき外務省は、
背景や現状を十分把握しているはずだ。
なんらかの理由があるのだろうが、判りにくい。
また、周辺地域を含む海外に家族がいる人たちにとっては
他人事ではないはずなのに、
「知る権利」を唱え、
それに応えるべきであるメディアが
まるでさっぱり心配していないようだ。
きょうのロイターなどの報道では、
2人は元気で、解放のための話し合いも進んでいるようなので
多少安心ではあるが、心配は尽きない。
万一、交渉が不調でということにでもなったら、どうするのか。
かつてのイラクや最近のアフガニスタンでの
同様の事件などに比べても、
これはまことに奇妙な報道の仕方ではあるまいか。
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皇后陛下のご臨席 [2008年10月09日(木)]
三好秀和理事のご厚意と森ビルのご協力で行なわれた
演奏者と主催者幹部の「打ち上げ」で。前列中央の中村紘子さんから右へ
長(おさ)有紀枝難民を助ける会理事長、森稔森ビル会長夫人、
谷川真理同会理事、左へアマコスト夫人、柳瀬房子同会前理事長、
筆者、トラン・ゴクラン医師(元ベトナム”ボートピープル”)。
アークヒルズ倶楽部で。
おかげをもちまして、
難民を助ける会(相馬雪香会長)主催
「創立30周年記念チャリティコンサート
中村紘子とN響の仲間たち」は大成功に終わりました。
ご協力、ありがとうございます。
皇后陛下のご臨席をいただいたことは、
まことに光栄で、単に、
難民を助ける会のためというより、
日本の国際協力NGOに関わる者の志気を高める上で、
何ともお礼の申し上げようがございません。
それだけに、
今は特別顧問として一線を退いたとはいえ、
創立以来、相馬会長のサブを務めてきた者として、
心から嬉しく、かつ、
後輩たちの努力に期待するところ大きなものがあります。
サントリーホール満員のお客様が、
総立ちの拍手で、
皇后陛下のご着席をお迎えくださいました。
貴賓室からご案内したのはなんとこの私、しかも、
畏れ多くも最前列に2人だけで座って
ご説明申し上げるという光栄に浴しました。
1964(昭和39)年以来、
ご指導いただいて来たのはひとえに、
わが師・橋本祐子(さちこ)先生を通じてのご縁ですが、
昨夜の熟睡振りをみると、
こんなにも緊張するものかと、
今さらながら驚いています。
最近では、去る3月26日、
両陛下のお招きを賜り、
家に戻ったら深夜だったということもありますが、
実は、東宮時代から、
何度も今の両陛下、特に皇后様には
ご進講から“雑談”に至るまで、たびたび拝謁の機会を賜り、
また、何度もチャリティ行事にお出ましいただき、
ご案内役などを務めさせていただいてきました。
古くは、その橋本先生が主宰し、
1970(昭和45)年に御殿場で開催された、
「こんにちは’70」(アジア太平洋地域青少年赤十字
リーダー研修会)では、
私が担当していた「青少年健全育成」をテーマにした分科会で、
助言者であった、もう一人のわが師・末次一郎先生が
「シンナー遊び」(気体にしたシンナーを吸い込んで
幻覚症状を楽しむこと)に触れたところに、
皇太子殿下ご夫妻(今上陛下、皇后陛下)が
お立ち寄りになられ、
「シンナー」を誰も通訳できなくなって
話がストップしてしまったのです。
そこで、私は”蛮勇を奮って”、なんとなんと、
皇太子殿下に、その事情をお話してしまったのです。
すると、
「さあ、どういうのでしょう?」と
妃殿下のほうを振り向かれたのです。
そのとき、、
妃殿下はたちどころに「thinnerじゃございません?」と
助け舟を出してくださったのです。
目からウロコとはこのこと、
なるほどthinnerとは「薄めるもの(溶剤)」の意、
ラッカーの塗料をシンナーで薄めてから塗るというのは、
私も田舎の中学でやりました。
あれ以来、わが無知蒙昧、浅学菲才を愧じ、
皇后様の英語力には最大限の敬意を表してきました。
昨夜も、皇后様は、
中村紘子さんとラフマニノフを共演した
ボニー・アマコストさんとの久々のご対面で、
終演後の貴賓室は大いに盛り上がりました。
アマコストさんは、
ジュリアード音楽院を出られた演奏家ですが、
ご主人が駐日アメリカ大使だった時代にも、
難民を助ける会では同じような経歴の
アルゼンチン大使夫人だったポーリ・フェルマンさん、
指揮者の小林研一郎さんとで、
4台のピアノを並べたピアノ四重奏に
出演していただいたこともあります。
東京芸術劇場でです。
ついでに内緒話をしますと、
そのときは高円宮殿下・同妃殿下にお越しいただき、
終演後のささやかな打ち上げにもでていただいたところ、
小和田雅子さん(当時)も見えられました。
参会者が次々と両殿下にご挨拶をするのに、
彼女だけは両殿下に遠慮されるように
不自然な形で隅のほうにいらしたのです。
私たちボランティアは、「あ、これで決まりだ!」と察し、
会場の片付けをしながら
大いに盛り上がったものでした。
ご婚約の発表はそれから2週間ほど後に行なわれました。
昨夜、相馬会長は96歳のご高齢のため、
欠席でした。しかし、このたび難民を助ける会運営の
最高責任者となった
長(おさ)有紀枝理事長は、ステージから
簡潔明瞭、立派なご挨拶をしていました。
理事長はこの夏、15歳若返り、
長さんは、2,3時間も寝ないで今朝早く、
ヨーロッパに発ちました。2泊3日で戻ってくるというのです。
この人は、外資系金融機関に勤務中、
ボランティアで定住難民への教科の補完教育にあたり、
そのまま難民を助ける会の職員となった人です。
事務局長、専務理事と昇進し、
4年前、東大の博士課程に進学、
旧ユーゴを事例にした「人間の安全保障」に関わる論文で、
昨年、学位を取得した俊才です。
30周年という時間的な流れは
さまざまな活動と人の動きがありましたが、
45歳をトップとするこのNGOは、
世界の10カ国で日々、
着実に、
成果を挙げてがんばっています。
みなさん、一緒に応援しませんか。
詳しくは、HPか、電話:03−5423−4511へ。
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Posted by
吹浦 忠正
at 11:44
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