日本語とロシア語の通訳 [2008年02月20日(水)]
モスクワの小中高14校で日本語が選択必修科目になっている、と畏友・内藤泰朗サンケイ新聞モスクワ支局長が2月19日に次のように報じている。
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モスクワの一部公立小中高校でこのほど、日本語が初めて第2外国語の選択必修科目となり、日露関係者の間で話題となっている。領土問題を抱える日露両国の政治的な関係は冷ややかだが、市民たちの日本に寄せる関心の高さを示す出来事といえそうだ。
「タダイマー」「オカエーリナサイ(お帰りなさい)」…。モスクワ中心部にある第1239番学校で試験的に始まった小学4年生の日本語授業の一こまだ。ロシア人の子供たちがロシア語のアクセントで、たどたどしい日本語の会話を練習していた。
取材に来た記者に「スシガスキデス」「アニメガスキデス」などと話す子も。4年生から週2回の日本語授業が行われるほか、「桜クラブ」という日本文化の同好会もあり、在モスクワ日本人学校の児童生徒たちと交流会も行っている。
小学5年生から仏独伊日の4カ国語の中から第2外国語を選択するが、同校では「ロシアは東西の中間にある。西側文明を取り入れ、独特な発展を遂げた日本への思いは特別です」という。
モスクワの公立校で日本語が選択必修科目となったのは昨年9月から。日露賢人会議の共同議長を務めたルシコフ・モスクワ市長が主導し、同市内の14校が「日本語必修」指定校となった。
指定校以外からも、問い合わせがあるが、小学生用の日本語教材が存在しないことや、日本語の教師陣不足などで試行錯誤が続いている。
日本大使館の文化・広報部では、こうした動きを歓迎しており、日本語教材の提供や日本語教師の研修などの支援を検討しているという。
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わがユーラシア21研究所ではかねてより、ロシア語のHPを運営している。こんどはこういう生徒たちにも参考になるような「通信教育」をしてあげようと思う。
それにしても日本におけるロシア語教育の「貧困ぶり」は悲しくなるほどだ。
かつて小欄では、日露間のロシア語同時通訳者は日本人で5、6人、ロシア人には皆無と書いた。
そのため、国際会議では毎回、日本から3人の同時通訳者に同行願い、その費用は大変な高額になっていた。
ユーラシア21研究所では来たる3月18、19の両日、モスクワで「日露専門家対話2008」を開催する。このときの通訳についてロシア側といろいろ打ち合わせたところ、ロシア人の同時通訳者を一人、加えることとなり、日本から同行する人は二人になった。
もっとも、一昨年、モスクワで開催した会議のときにも一人出てきたが、残念ながら日本人の3通訳者とはレベルが違いすぎた。
こんどの人を知っているあるジャーナリストに言わせると、今回は何とかなりそうな気がするが、お名前などは帰国してから報告したい。
それにしても、日本でロシア語を高校で教えているのは根室市内の2つの高校くらいか。大学でもロシア語教育は著しい下降線を辿っている。
日露両国の協力で相手国の語学教育ももっと拡充できないだろうか。互いに引越しの出来ない位置にある関係なのだから。
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Posted by
吹浦 忠正
at 15:55
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アフリカの名曲・南アの国歌 [2008年02月20日(水)]
現在の南アの国旗。竿側に国民(黒人)を表す
黒い大きな三角形があるのが特徴。
アパルトヘイト時代の南アの国旗。オランダ系の移民が中心
だったことからオランダの国旗を大きく描き、その中に左から、
英国についで、オレンジ、トランスヴァールの両国旗を描いている。
両国は、ボーア戦争で力戦の末、英国に敗れ、
1910年、南アの成立ともに統合された。
もう20年ほど前の話になるが、難民を助ける会(相馬雪香会長)ではソニーとキングレコードの協力を得て、『あふりかのあっ!』なる音楽テープを作った。
難民救援活動のため、アフリカに行っているボランティアたちがそこで歌われる数々の歌に感動し、300曲近くを録音し、その中から10数曲を厳選したものだ。
アフリカの人々のリズム感やハーモニーの醸成のすばらしさにいまさらながら感嘆した。
しかし、それと同時に、ほとんど楽器らしい楽器のない中で、よくぞこれだけの音楽文化が創出され、継承され、普遍化されたのか、驚くほかなかった。
アフリカでは、もともとエチオピアの国旗の色である赤黄緑の3色に将来の統一の夢を託しているが、音楽文化の共有は政治経済分野の連携や統合よりはるかに進んでいる。
黒人差別政策(アパルトヘイト)を乗り越えて新しい国づくりをした南アフリカ共和国の国歌にもなった全アフリカに共通の歌がある。
国歌は以下の歌詞だ。荘重・厳粛なメロディーで、アフリカの人々が広大な大地に響き渡るように、私の心にも響く。
Sounds the call to come together,
And united we shall stand,
Let us live and strive for freedom,
In South Africa our land.
この歌は、1997年にネルソン・マンデラ初代大統領が大統領令として南アの国歌として制定した。
南アでは基本的にこの英語の歌詞のほか、コサ語・ソト語・アフリカーンス語の計4つの言語で歌われている。
作曲したのは、メソジスト学校の教師・Enoch Sontonga。賛美歌であったものが、次第に黒人解放運動のテーマソングのように扱われ、反逆・反政府の歌として、南アやローデシア(現・ジンバブエ)では演奏や歌唱が禁じられた。
しかし、1961年に独立したタンザニア、1964年の東京五輪閉会式の日(10月24日)に独立したザンビア両国の国歌、1980年に独立したジンバブエの当初の国歌がこのメロディーである。
ほかにもアフリカの各国・各地で、国歌やそれに準じる国民的愛唱歌ないし賛美歌として、歌詞を変えて歌われている。
アフリカで暮らす人々の心の琴線を揺るがす、希望の歌なのである。
なお、この曲はアパルトヘイトの打破に敢然と取り組む青年を主題にした映画「遠い夜明け」にも活用されている。
ボランティアによる録音テープ『あふりかのあっ!』にも収録されているように、アフリカには、ベートーベンの第9交響曲、『歓喜の歌』を即興で何重唱かにハモることのできるような人はそこいら中、いくらでもいる。何度か訪問したアフリカだが、その都度、音楽性の高さには驚嘆させられる。
今年は、TICADW(第4回アフリカ開発会議)が5月に横浜で開催される。どこかのボランティア合唱団が空港やホテルでこうした歌で各国の代表を歓迎することをしてはどうか。
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Posted by
吹浦 忠正
at 14:50
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音楽
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