新型ウィルスへの対応 [2008年02月19日(火)]
青森県八戸市の櫛引八幡宮。南部家初代光行公の草創と伝えられる立派な神社。
その宝物館にはこう彫った額が奉納されている。江戸時代末期、攘夷のかまえをせず、
欧米勢力が降伏することを願ったものと考えられるという。
21世紀の日本も新型感染症への対策を十分採らずに、
「新型ウィルス降伏」の看板を掲げているようなものではないのか。
鳥からヒトにうつるH5n1新型インフルエンザが日本に上陸することが、時間の問題とされる。
その場合に、政府はどれだけの指揮権を発動できるのか。超法規的にはいろいろできるかもしれないがそれでは困るのである。今のうちに有事の法整備をすべきではないか。
それにはまずは、非常事態宣言の導入ではないか。
非常事態宣言は、何らかの理由により国家が破綻の危機に瀕したことに対し、平時の法制を超えた措置を実施することをその最高責任者が発令するものである。
武力攻撃、不審者の集団上陸、内乱、暴動、テロ、大規模災害、感染症、天災、原発事故、大規模な停電などの場合が考えられよう。
こうした事態に対して、わが国の現行法の対応にはあまりに限界が多い。ウィキペディアによれば、近年、諸外国では次のようなケースがあった。
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● 内乱に伴うものではネパール王国で2001年から2002年にかけて発令されたもの
● テロに伴うものでは米国で2001年のアメリカ同時多発テロ事件に際して発令されたもの
● 暴動に対するものとしては米国で1992年のロス暴動の際に、またフランスで2005年パリ郊外暴動事件のために発令されたもの
● 米国バージニア州で2007年に発生したバージニア工科大学銃乱射事件に際して発令されたもの(訪日中のバージニア州知事が東京で非常事態宣言を発令)
● ギリシャで2007年に発生した山火事でギリシャ全土に対して発令されたもの
● グルジアで2007年に発生した野党デモの鎮圧を期に発令されたもの
また、災害に伴うものとしては
2005年のスマトラ島沖地震でスリランカやモルディブ政府が、
同年のハリケーン・カトリーナによる被害でニューオーリンズ市が非常事態宣言をしている。
アメリカは特に、州知事や首長が災害に伴う地域内非常事態をしばしば宣言する事で知られる(職権が与えられている)。
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このほか、フィリピンやタイではクーデタやその未遂事件で、ロシアでは政治的な動きの中で非常事態が宣言されたり、超法規的に軍を動かしたりしたケースがある。
もちろん、安易な非常事態宣言の発令は最悪だが、「もはや時間の問題」とされる新型ウィルスの上陸を前に、この種の「有事立法」の審議が国会で行われていないのは、政治の怠慢なのではないのだろうか。
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サッカーの応援歌 [2008年02月19日(火)]
「八ヶ岳雪景」。挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で
掲載させていただいております。禁無断転載。
今、私の願いごとが叶うならば翼をください・・・98年のサッカーW杯(フランス大会)での日本の応援歌は『翼をください』だった。
初出場の日本チームは勝ち点を上げられないままアジア地区予選リーグで敗退した。飛翔するための翼をもらえなかった。
94年は「ドーハの悲劇」といわれたロスタイムでのイランの逆襲にあい、アメリカでの大会には出場できなかったが、その時は『上を向いて歩こう』だった。
叶わぬ夢を追い求めつつ、「涙がこぼれないように」した応援歌だった。
それが、韓日共同開催の2002年のW杯では『アイーダ』の凱旋行進曲(12小節のみ)になった。
イタリアでサッカーの応援歌に使われていたのをだれかが導入したものという。歌詞はただ「オッオー、オオオオッオッオ・・・」だけだが、これがスタジアム全体に響き渡った。
ヴェルディのこのオペラはイタリア歌劇団の十八番(おはこ)、私も世界の各地で鑑賞した。
中でも印象的だったのは、夏のローマ、カラカラ浴場の遺跡を舞台にした演奏だ。
世界からの観光客を主な観客にしたものだろうが、本物の象やラクダや馬が出演し、凱旋行進曲は26本のトランペットが奏でる。その後の半音上げた部分がトランペットのソロというのだから、演奏者はソリスト冥利に尽きるかも知れない。
日本が決勝トーナメント進出を決めたチュニジア戦の翌6月15日、「読売新聞」は「(この歌で)選手とファンの気持が一体となる中、何度も跳んでは跳ね返されてきた悲願が達成された。
選手たちは果敢でしたたかだった」「だが、歌劇で凱旋行進曲は物語の前半部分で演奏される。日本サッカーの〔美しい物語〕も、さあ、これからだ、と考えよう」と「寸評」を締めくくっている。
また、同紙は別の面で、相模原市の奥村衣子さん(52)の
「(1964年の)東京五輪のとき、通っていた都内の中学に無料で配付されたチケットをくじで当て、見に行きました。人気のない種目だったのでしょう」という話を紹介している。
東京五輪組織委に勤務していた私はそのあたりを多少実感している。フェンシング、重量挙げも同じだった。
それが68年のメキシコ五輪で、釜本、杉山、川渕らの活躍で奇跡とも言われた銅メダルになって、日本のサッカーは新しい時代に入り、その後20年の苦節を経て、川渕を中心にJリーグの発足、そして2002年のW杯で一挙にファンを増大させた。
ところで、競技場で何万人もが歌う『アイーダ』、勝利して凱旋したいという願いを込めているのはもちろんだが、わずか12小節に3連符が2回も出ることからして、日本人の平均的な歌唱力がこの数年間でかなり向上したと見るか、もはや翼を願わなくても、上を見なくても対等に戦える実力が備わってきたというべきか。
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以上は、6年前に書いたもの。その後の日本のサッカーは、イマイチ振るわない。やはり、「翼をください」と願うしかないのか。
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10曲選んでみて下さい [2008年02月19日(火)]
挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で
掲載させていただいております。禁無断転載。
さらに、歌い継ぎたい「日本の歌」として、
『誰もいない海』
『坊がつる讃歌』
『サルビアの花』
『希望』
『夜明けの歌』
『遠い世界に』
『なごり雪』
『神田川』
『白いブランコ』
『乾杯』
『北風小僧の寒太郎』
『手のひらを太陽に』
『空』
『さとうきび畑』
『てんとう虫のサンバ』
『時には母のない子のように』
『バラが咲いた』
『雪山讃歌』
『夜明けの歌』
『水色のワルツ』
『若者たち』
『熱き心に』
『いい日旅立ち』
『巣立ちの歌』
『川の流れのよう』
『喝采』
『夏の思い出』
『からたちの花』
『雪が降るまちを』・・・
といった曲も、詩趣の深さや旋律のすばらしさがあり、捨てがたいものがある。
恥ずかしながらここで私自身の「歌い継ぎたい」10曲をそうっと挙げておきたい。
『昴』、
『花〜すべての人の心に花を〜』
『椰子(やし)の実』、
『初恋』(石川啄木作詞、越谷達之助作曲)、
『出船』、
『スキー』(時雨音羽作詞、平井康三郎作曲)、
『砂山』(中山晋平の元気なのもいいし、山田耕筰のしっとりした旋律もどちらもいい)
『朧月夜』、
『落葉松』(野上彰作詞、小林秀雄作曲)、
『浜辺の歌』。
『君が代』『荒城の月』『ふるさと』を挙げなかったのは、もはや「不動の地位」というほかに他意はない。
みなさまも「歌い継ぎたい日本の歌」を10曲挙げてみてください。
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独断と偏見の15曲 [2008年02月19日(火)]
挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で
掲載させていただいております。禁無断転載。
世代を超えて継承できそうな歌として、独断と偏見を承知で、あえて数曲を挙げれば、私は達増現・岩手県知事が最初に挙げた『翼をください』をはじめ、『遠くへ行きたい』そして、喜納昌吉の『花』のほか、以下のような曲があるように思うのだが、いかがであろうか。
曲 名 作詞者 作曲者 主な歌手
惜別の歌 島崎藤村 藤江英輔 小林 旭
知床旅情 森繁久弥 同 森繁久弥/加藤登紀子
上を向いて歩こう 永 六輔 中村八大 坂本 九
見上げてごらん夜の星を 永 六輔 中村八大 坂本 九
学生時代 平岡精二 平岡清二 ペギー葉山
ねむの木の子守歌 山本正美 美智子皇后 ペギー葉山
この広い野原いっぱい 小薗江圭子 森山良子 森山良子
今日の日はさようなら 金子詔一 金子詔一 森山良子
風 北山 修 端田宣彦 はしだのりひことシューベルツ
いい日旅立ち 谷村新司 谷村新司 山口百恵
昴 谷村新司 同 谷村新司
TOMORROW 岡本真夜 真名杏樹 岡本真夜
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コソヴォ独立に疑問の国 [2008年02月19日(火)]
17日に独立宣言をしたコソヴォの国旗
コソヴォの独立をおいそれと祝えないどころか認めにくい国が世界にはいくつもある。
まず、ロシア。セルビアとの深い関係からということもあるが、自国にチェチェンをはじめとするさまざまな少数民族問題を抱えているからだ。
G8でも同様に、英国さえ、スコットランドが独立するという話が持ち上がっている。現に、スコットランド自治議会の第1党は「独立と独自のEU加盟」を公約にしている。国内の少数派が独立を企てるのを等閑視できないのはフランス系のケベック州を抱えるカナダも同じ。1960年代にドゴールが独立を刺激する発言をした当時とは違うが、もろ手を上げてコソヴォの独立に賛成とはいかないはずだ。
スペインはいうまでもなく、独自の言語・文化を持つバスク地方が激しい独立運動を繰り広げてきた。2006年にスペイン政府と一応の停戦合意をしたが、実際にはテロが起こっているし、政府側も緊張して対応している。
キプロスは1974年にトルコ系住民の住む北部地域をトルコが軍事占領し、83年には「北キプロス・トルコ共和国」として独立を宣言、トルコの国旗の赤と白を反転し、上下に赤い帯をつけた国旗を採用している。このため、トルコはコソヴォの独立に大賛成。
アジアでは台湾はコソヴォの独立を歓迎・祝福し、その台湾のほか、チベット、東トルキスタン(新疆ウィグル)、チベットを抱える中国は、コソヴォの独立宣言に「深い憂慮」を表明している。
スリランカは少数民族の「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との30年にも及ぶ武力紛争を行なっている状況で、コソヴォの独立は到底、認められないようだ。
ほかにもいくつもの少数民族から成るミャンマー(ビルマ)、2千万人もいるクルド人がイラク北部と周辺諸国など、岐阜県と同じくらいの面積という小さなコソヴォではあるが、世界はその動向を注視している。
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ボリビア紋章の星の数 [2008年02月19日(火)]
東洋英和女学院大学で私の学生だった人ですが、翻訳家の朝倉恵里子さんはなかなかの才人です。探究心と学問的直観力がすばらしいと思います。
昨日掲載のボリビア国旗の紋章について、さまざまな方法で調べ、ついにこんなDecree(布告)のあることを確認してくれました。脱帽です。
レネ・バリオントス・オルトゥーニョ(René Barriontos Ortuño)前大統領時代に星がもう一つ加えられ、チリとの、世に言う「南米の太平洋戦争」で失ったリトラール地を象徴しているのです。
☆☆☆ ★★★ ☆☆☆ ★
"Escudo Bolivia"と検索すると、スペイン語版のウィキペディアにボリビアの紋章について説明があります。
それによると、現行の国章は2004年7月19日に発効したDecreto(:Decree)27630によって規定されているらしいです。ウィキに掲載されている文章は多分、このDecretoの抜粋だと思うのですが、星に関する記述は「diez estrellas de cinco puntas en oro(10の金色の五稜星)」となっています。
2004年の前後で星の数に変更があったのか否かはわかりませんが、現在は10個になっている可能性も強いかと思います。
☆☆☆ ★★★ ☆☆☆ ★
私が埼玉県立大学教授だったころですから5年ほど前になりますが、奥山弥生さんという学生が研究室によく出入りしていました。この人は他の学生より10歳近く上で、青年海外協力隊の看護師として3年ほどボリビアで活動しました。ご主人もそのときの隊員で、今は確か一児の母かと思います。
その人がいろいろ調べてくれたんですが、「公式には9星、希望的に10星がしばしば用いられる」という結論でした。
さらに確認をしますが、この朝倉さんからの情報は大事にしたいと思います。現地の方などで、さらに詳しく事情をご存知の方がいらしたら、ご教示ください。
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