アメリカ人のホンネ [2008年02月16日(Sat)]
ユーラシア21研究所に来られた元A国駐在大使のBさんとC大学のD教授の話。
なかなかのアメリカ通。
B「これで民主党はオバマ、共和党はマケインだね」
D「私もそう思う。ヒラリーは選挙資金も苦しくなりテレビCMも減ってきたようだ」
B「しかし、オバマとヒラリーは少し消耗しすぎたんじゃないかな、党内の争いで」
D「ヒラリーを応援してきた連中は、本選でまじめにオバマのために動くだろうか」
B「そこだよ問題は。私はそうは簡単にゆかんと思っている」
D「オバマ自身はケニア人留学生とスエーデン系白人のハーフでハワイ生まれ、ハーヴァード出の俊英だからまだしも、ミシェル夫人は純粋の黒人だろう。これがひっかるんじゃないかな」
B「ファーストレディが黒人というのを白人社会が認めるかね」
D「どこのメディアも報じないが、ここは微妙だよ。われわれも有色人種だから、もちろん差別意識はないけどね」
B「弁護士事務所での同僚なんだよね、二人は」
D「ホワイト・ハウスというから白でないといけないないなんていうのはオヤジギャクの最たるものだろうが、さて、マケイン陣営は内心喜んでいるんじゃないかな」
B「ヒラリーが副大統領候補になる、というのはないかな」
D「それが民主党の最後の切り札かな」
B「低い支持率のブッシュの共和党を倒せないとなるよりはましか」
D「しかし、これまでさんざんオバマ候補を批判し、非難してきているからね」
B「アメリカがブッシュ親子で2代、クリントン夫婦で2代となると、これもまた民主主義の総本山としてつらいものがあるね」
D「もう少し、報道がアメリカ人のホンネを探って書いてもいいんじゃないのかな」。
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中国の初核実験 [2008年02月16日(Sat)]
 わがユーラシア21研究所には、毎週、「千客万来」とは言わずとも、「十客百来」くらいのことはある。
そんなある日、A大学のB教授がやってきた。
「中国に安閑としてオリンピックをやらせてはいけない。古代ギリシャ以来、オリンピックの期間中は戦争も休みだった。それなのに1964年10月16日、すなわち、東京オリンピックの真っ最中に、最初の核実験を行ったではないか。日本人はこの非道を忘れてはいかん。なにか痛い目にあわせなくていけない」 と、なんとも勇ましい。
小欄では何度も書いたが、当時、私は学生ながら国旗の専門家として、組織委の専門職員として国旗を担当していた。だから、そのときのオリンピック関係者の憤りはよく覚えている。
「同じアジアの国が平和の祭典をしているときに、なんということだ」 「日本が世界中に注目されていることを僻んでいるのではないか」 「唯一の被爆国が19年目にこれだけのことをしていることが面白くないんだろう」 などと、先輩たちが話していた。
もちろん、新聞はいずれも1面トップで「中国、初の核実験」と報じていた。
中国政府は、自己弁護とも言うべき政府声明を出した。今読んでみると噴飯ものである。
それでも、当時の「平和運動家」たちは、「中国の原爆は平和のための原爆でやむをえない」と、恥じらいもなくこれを弁護していた。以後、私はおよそ「平和屋さん」たちを信用しないことにしている。
そのときの、中国政府の声明をあえて全文掲載しておきたい。そして、「人民」を「国民」に、「アメリカ」を「中国に」に、「中国」を「ある国(または日本)」に置き換えてお読みいただきたい。
中国の自己弁護がいかなるものか、お分かりいただけよう。そしてそのときは、中国が建国以来、軍備を拡張し、東アジア最大の軍事大国になっていることを思い浮かべてほしい。
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中華人民共和国政府は1964年10月16日15時、一個の原子爆弾を爆発させ、第一回目の核実験を成功裡に行った。このことは中国人民が国防力を強化し、アメリカ帝国主義の核恐喝と核威嚇の政策に反対する闘争の中で勝ち取った大きな成果である。
自国の防衛はいかなる主権国家にとっても剥奪することのできない権利である。世界平和の擁護は平和を愛するすべての国家の共同の責任である。
日増しに増大するアメリカの核威嚇に直面して中国はじっと手を拱いていることはできない。中国が核実験を行い、核兵器を開発するのは、迫られて余儀なくするものである。
中国政府は一貫して、核兵器の全面禁止、完全廃棄を主張してきた。もしこの主張が実現されていたなら、中国はもともと核兵器を開発する必要がない。
しかし、我々のこの主張は、アメリカ帝国主義の頑固な抵抗を受けた。中国政府は早くから次のように指摘してきた。
1963年7月、米、英、ソ三国がモスクワで調印した部分的核実験停止条約は、世界人民を愚弄する大ペテンである。この条約は三大核保有国の核独占の地位を固め、平和を愛するすべての国家の手足を縛ろうとするものである。
この条約は、中国人民、全世界人民に対するアメリカ帝国主義の核威嚇を弱めないばかりか、かえってこれを強める、と。
当時アメリカ政府は、なんら隠すことなく、この条約に調印することはアメリカが地下核実験をせず、核兵器を使用、製造、貯蔵、輸出、拡散しないことを意味するものでは決してない、と声明した。ここ一年あまりの事実も、このことを十分に証明している。 この一年あまり、アメリカはすでに行ってきた核実験の基礎の上に立つ各種核兵器の製造を止めたことはなかった。アメリカはさらに完璧にしようとして、ここ一年あまりの間に何十回にもわたって地下核実験を行い、その生産する核兵器をいっそう完全なものにしてきている。
アメリカ原子力潜水艦の日本「寄港」は、日本人民、中国人民、アジア各国人民に直接の脅威を与えている。
アメリカはいわゆる多角核戦力を通じて、核兵器を西ドイツの報復主義者たちの手にまで拡散し、ドイツ民主共和国と東ヨーロッパの社会主義諸国の安全を脅かしている。
アメリカの潜水艦は核弾頭をつけたポラリスミサイルを載せて、台湾海峡、バックボ湾、地中海、太平洋、インド洋、大西洋に出没し、至るところで平和愛好国家、すべての帝国主義、新旧植民地主義と闘う国々の人民を脅かしている。このような状況のもとで、アメリカが一時的に大気圏内核実験を行わないというみせかけの現象があるからといって、世界人民に対するアメリカの核恐喝と核威嚇がすでに存在しなくなったと考えることが、どうしてできるだろうか。
周知のとおり、毛沢東同志には、原子爆弾は張り子の虎である、という名言がある。これまでも我々はそう考えて来たし、今でもやはり我々はそう考えている。中国が核兵器を開発するのは、核兵器の万能を信じて、核兵器を使用しようとしているからではない。
まったくその反対に、中国が核兵器を開発しているのは、ほかでもなく、核大国の核独占を打ち破り、核兵器を消滅するためである。 中国政府はマルクス・レーニン主義に忠実であり、プロレタリア国際主義に忠実である。我々は人民を信じている。戦争の勝敗を決定するものは人間であって、いかなる兵器でもない。 中国の運命は中国人民によって決定され、世界の運命は世界各国人民によって決定されるのであって、核兵器によって決定されるのではない。中国が核兵器を開発しているのは防御のためであり、アメリカの引き起こす核戦争の脅威から中国人民を守るためである。 中国政府は厳かに宣言する。中国はいかなる時、いかなる状況のもとでも、決して最初に核兵器を使用することはないであろう、と。 中国人民は全世界のすべての被抑圧民族、被抑圧人民の解放闘争を断固として支持する。各国人民は、自分の闘争に頼り、相互に支援し合うことによって、必ず勝利を勝ち取ることができる、と我々は確信する。中国が核兵器をその手に握ったことは、現在闘争を行っている各国の革命的人民に対する大きな激励であり、世界平和を守る事業に対する巨大な貢献である。核兵器の問題について、中国は冒険主義の誤りを犯すこともなければ、また降伏主義の誤りを犯すこともないであろう。中国人民は信頼できる人民である。
平和を愛好する国家と人民のすべての核実験の停止を求める善意の願望を、中国政府はよく理解している。しかしますます多くの国々が、アメリカ帝国主義とその一味の核兵器独占が強まれば強まるほど核戦争の危険が増大することを理解してきている。
彼らがもし、あなたがたが持っていなければ、彼らはますます威張り散らす。彼らに反対する人々もまた持つようになってしまえば、彼らがそんなに威張り散らすことはなくなり、核恐喝、核威嚇の政策もそれほど効き目がなくなり、核兵器の全面禁止、完全廃棄の可能性が増大するであろう。
我々は、核戦争が永久に発生することのないよう心から希望する。平和を愛好する全世界すべての国家と人民が共に努力し、闘争を堅持しさえすれば核戦争は防止することができる、と我々は確信する。
中国政府は世界各国政府に対して丁重につぎのように提案する。世界各国首脳会談を開いて核兵器の全面禁止、完全廃棄の問題を討議する。
各国首脳会議はその第一歩として、核兵器の保有国と極めて近い将来核兵器を保有する可能性のある国家が、核兵器を使用しないこと、つまり、核兵器を持たない国に対して核兵器を使用しないこと、非核武装地帯に対して核兵器を使用しないこと、そして相互の間での核兵器を使用しないことを保証する義務を負う、そのような協定に達するべきである、と。 もしすでに大量の核兵器を保有している国家が核兵器を使用しないというこの点すら保証できないとしたら、核兵器をまだ保有していない国家に彼らの平和への誠意を信じて、可能なそして必要な防衛措置をとらないよう、どうして期待することができるだろうか。 中国政府はこれまでと変わることなく、国際的な話し合いを通じて、核兵器を全面的に禁止し、完全に廃棄する崇高な目標の実現を促すためあらゆる努力をはらうものである。その日が来るまでは、中国政府と中国人民は国防を強化し、祖国を防衛し、世界平和を擁護するため確固として変わることなく自分の道をあゆむものである。
我々は確信する。核兵器は人間が作ったものであり、人間が必ず核兵器を消滅することができる、と。
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吹浦 忠正
at 16:40 |
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アジア・アフリカの王国 [2008年02月16日(Sat)]
金色の「十六葉八重表菊形」を配したのが天皇旗。 公式行事に天皇陛下がお出ましになるときは ご料車に取り付けられる。また、自衛艦に搭乗される場合には、 搭乗の瞬間から艦をはなれる瞬間までお召し艦に掲げられる。 但し、まことに遺憾の極みだが、 これまで、陛下が陸海空の自衛隊を訪問されたことはなく、 外国の元首をお迎えしたときに行う儀杖隊の観閲にあたっても、 傍で待っているという、奇妙でなさけない実態が続いている。 自衛隊は圧倒的な国民に支持され、国際貢献をはたしている 公務員ではないのか。 政治の決断が待たれる。
「日本国憲法」は天皇の権限や職務を大幅に制限していますが、その大半は、各国においては君主たるものが執り行うものであり、日本は民主的な君主国に他なりません。
日本は立憲君主国です。
君主国は現在、世界に31カ国あります。国連加盟国の6つに1つということでしょうか。
アジアでは、日本とネパ―ルのほか タイ王国、 ブルネイ・ダルサラーム国(国王の称号はスルタン)、 カンボジア王国、 マレーシア(国王は各州のスルタンによる互選で選出される)、 ブータン王国 、 オマーン国(国王の称号はスルターン)、 サウジアラビア王国、 バーレーン王国、 ヨルダン・ハシミテ王国 が君主制を保持しています。
アフリカにも王政の国はあります。 モロッコ王国、 スワジランド王国、 レソト王国の3つです。
エチオピアはハイレ・セラシエが゙ラスト・エンペラーとなり、 1974年に君主制が崩壊しました。 (つづく)
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Posted by
吹浦 忠正
at 11:46 |
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王制(王政)の変化 [2008年02月16日(Sat)]

「2児の母・しげ子」という方から、王政(王制)について質問がありました。
さっそくお答えしましょう。
おっしゃる通り、ネパールの王政(君主制)があと数ヶ月で終焉となる状況です。その結果、国旗が変更になる可能性がきわめて高いのが、残念です
というのは、私的には、あの3角形を2つ合わせたデザインはほかにないということ、それが子供たちにものすごく人気であることです。現在の国旗に描かれている、月が王家を、下の太陽が宰相の一家を表し、その協力で国が発展することを示しているというものです。
1962年12月の憲法第9条で、国旗の概要を説明し、さらに付属書では数百単語を使って、幾何学的に、「1点Pを通り・・・」という具合に規定しているというのも、諸外国の国旗に比べて、特に珍しい決め方なのです。これは、いわば国旗の専門家としての私の残念さです。
肝腎の質問にお答えしたいのですが、その前に、王制そのものについて少し説明したいと思います。政治学の授業のようで恐縮ですが、できるだけ簡易に書きたいと思います。
そもそも王政とは、国家元首ないしそれに準じる立場の地位が血統的に継続されている存在のある国です。
もちろん、古来、全権を保有している専制王制の国もあれば、現在の英国のように、法制上はともかく、事実上、ほとんど政治的権力を持たない国、日本のように国事行為のみ行う国など多彩な君主制が存在してきました。
古代世界ではほとんどの国家が王政(帝政、君主制、首長制、選定侯制)でしたが、古代ギリシャから始まって次第に王政が滅び、貴族制や共和制の国家が増えていきました。 こうした状況を見たまずアリストテレス(BC384〜322)が国家の統治機構を王制、貴族制、ポリティア、その堕落して逸脱した形としての僭主制、寡頭制、民主制に区分されるとしました。そして王制は父と息子、貴族制は夫と妻、ポリティアは兄と弟の関係にその原型をもつとしたのです(ニコマコス倫理学)。
そのあと、紀元前2世紀にポリュビオス(BC204?〜125?))という歴史家が、『歴史』全40巻き著し、その中で「政体循環論(史観)」を唱えました。詳しくは、竹島俊之訳『世界史』(龍渓書舎、2004年)をご覧ください。
すなわち、国家という共同体を統治する政治のあり方には王政、貴族政、民主政の3つがあるとし、どの政治体制も長期化すると、制度疲労や権力機構の腐敗により、必然的に堕落落し、次の政体に移行するというものです。 王政は、自ら王と僭称する「僭主政」へと、貴族政は少数の貴族が自分たちのいいようにする「寡頭政」へと、民主政は「衆愚政」へと堕落するというのです。そうなると、今度は民衆が英明なリーダーを求め、その人を新たな王として権力を委ねるという説です。
その後の西ヨーロッパ各国やそのほかの国々の歴史を思うに、この説はあながち否定は出来ないようにも思えるのですが、全てがこの通りに行っているかと、それもまた無理ではないでしょうか。
さて、ネパールですが、皇族内で殺害事件が起こったり、国内のマオイスト(毛沢東主義者)たちが武力を使って権力を奪還し王制の打倒を図ったりするという、ここ20年ほどの動きをみると、やはり、王制の堕落期に入っていたのではないかと言わざるを得ません。(つづく)
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Posted by
吹浦 忠正
at 10:41 |
政治・社会 |
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