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恩師・橋本祐子先生D [2008年02月07日(木)]







 十字にするわけにいかない30のイスラム諸国の33社
(2009年2月6日現在)は、赤十字ではなく、red crescent(赤新月)
を標章として用いている。






 イスラエルはred cristal(赤菱章)を標章にすることが認められた






「いと高き理想、確固たる現実把握、そして忍耐、また忍耐」とは、国連の初代総長・ハマショールドの言葉です。彼自身は用務の途上、飛行機事故で不慮の死をとげましたが、その一言で、生物に必然の死と、有限の生とを両端に持って生きる人間の生き方を教えています。

 アンリー・デュナンのよき理解者、アルバート・シュワイッツァーが、「世にもだいじな事は、人間“我”の胸底深く燃える炎を消さないことだ。そうすれば、どんな暗やみにあっても、共に歩む人達の姿が見えて来る」と言っているのはいい!

 結びの言葉がいい!「他人が認めてくれる」なんて言わないところが・・・。それは『私のアンリー・デュナン伝』の第14章「奈落に生きる! そこにも天使が(236頁〜260頁)」にくわしく私が書いているところです。

 我が「アンリー・デュナン教育研究所」は、このシュワイッツァーの言葉そのまゝに、おのずから集まってできたグループなのです。

 一人の月給とりもいない純粋のボランティアの人間が、まず、心を、それから時間を、知恵を、技能を、捧げて一か月に一度集まるのが幹事、その会場と、生きた長さに勝る人生経験を提供するのが私、そして一年に7,000円の無くてはならない会費を収めて実際上の運営を可能にして下さる会友は現在、約400名、と言うところを上下しています。

 従って、我らの矢は、心が第一、それから知恵を、技能を、それから一番欠乏しているのが時間、というところで、やりくり算段、火の車。お金のほうは、会費滞納と、会員の増強に弱いのは、御催促と、広報不足のせいと思いながら、それは時間貧乏との相関々係にあるわけで、幹事を初め、会員諸氏が各自の職場で、無くてはならない人になっている年頃にあるからなのです。

 その年代を御卒業の方々の老人パワーを期待してもいいのじゃないか、と思うにつけても、その方々の「デュナンとの出会い」年令に、国際青年の年が無かったせいでしょうか?!
                         (つづく)
恩師・橋本祐子先生C [2008年02月07日(木)]







私は年令を重ねて76才、そゞろ有限の危機感を実感しています。

吹浦君は高校一年生でデュナンとの出会いを果たしたので、
ここに、「その後、赤十字思想の実践をライフ・ワークに」とあるのを、
この切り抜きに読んで、私はアンリー・デュナンにも、
同じような人生の布石は、幼・少年時代の「出会いにある」と
言っている文章があるのを思い出しました。

『私のアンリー・デュナン伝』の47頁にあるのがそれです。

「・・・こんなに偉大で世界的な人道活動は、
その時、その場に偶発したものではない。
それに役立つ道具が、それを必要とする仕事のために、
前々から用意されていなければならなかった」と言って、
彼の場合はその母の幼児教育のせいにしています。

「国際青年の年」を、国連は統計の必要上という言いわけつきで、
15才から24才までを青年と呼ぶことにて、
日本は12才から30才までとしましたが、
何ごとも数量だけで片付けるのは、
一番簡単な手抜き思考で、
発想の転換を伴う開発につながりません。

青年とは、そこだけを数量だけでチョン切れない人間一生の流れの中で、
誰にでも共通の特質をあげれば:――
@心身共に、一番活力の波高き時、
A喜びにも悲しみにも、最高に感度のよい時、
B心身共に最も空腹感が強く、また消化、吸収の早い時期
と、言えましょう。

自分を見ても、他を見ても・・・・・・。

それらを失ったときに、青春は終るのです。
若者の老年ぶりになるのです。

ここに、私は、この時期にある人間をテーマとした
「国際青年の年」にあたり、
一番考えることは、
以上の特質を無駄使いさせたくない!!
それを「で」として、
「その後のライフ・ワーク」にするに足る「を」との
出会いを切望してやみません。

その切望が行動を生む「矢と標的は一如」の人生を生き貫いて、
我が墓碑銘はスタンダールの「我は生きたり」で、ありたいものです。

まず今日は「ジュネーブ条約」と
「赤十字の基本原則」の普及から・・・を矢としてッ!

「下手な矢でも数打ちゃあたるッ!」には違いありませんが、
標的は、ねらうことその事に意義があるのですから・・・。    (つづく)
恩師・橋本祐子先生B [2008年02月07日(木)]




アンリ・デュナン
(1828〜1910)






 デュナンは、戦争を合法的殺人と言いました。それを逆転して合法的人命救助をする為に、有史以前も以後も、誰も思ってみたことさえない、国際条約(ジュネーブ条約)と、常設機関(国際及び各国赤十字社)を創設したのであって、ただ弾が来なくなるだけを目的とした平和なら、それの実体は、食べよう、寝よう、遊ぼう、ですむことで これらが何より大事なことは「生命あっての物だね」の諺にある通りですが、それだけでは充分でないのが人間なのですね。

人間にとっての平和は、「人間らしく生きる」を標的にした第一条件でなければなりません。

アンリー・デュナンは言っています:――「敵、真の敵は、隣国に非ず。飢え、寒気、貧乏、無知、慣習、迷信、先入観こそ、それ!」と。

人道を以って赤十字運動の起爆力とした彼が、基本原則の第一番めに挙げて曰く
「赤十字ハ、苦痛ト死トニ対シテ闘ウ:赤十字ハ、人間ガ、スベテノ場合ニ於テ、人間ラシク取リ扱ワレネバナラナイトスル」と。

実に明瞭に、赤十字運動の本質は「一人、ひとりの生命にこもる、深い倫理的な意味」と「一人ひとりの人間個人に対する、完全な尊敬の念」にある事を、「人道の定義」として表現したのが、ピクテ氏なのです。

生命も良心も、人間一人ひとりのもの、痛いも嬉しいも、実感としては、人間一人ひとりのものではありませんか?!苦しむのも死ぬのも、その個人、個人なのです。

赤十字は、世に言う学識経験者のお偉いさんが集って作文して出来上がった趣意書から生まれた運動ではありません。

赤十字との出会いは、アンリー・デュナンと言う実存の人間個人との出会いから始まるのです。彼は決してお偉いさんではありません。学校でも、世に出ても、デコボコ人間のヘマ人間。しかし、倫理的な意味では絶対の信頼がおける82年の生涯を生き果てた人間として、我が出会いの喜びの遅きを嘆く私です。北京から引き揚げて来て以来のことですから・・・。

ことの次第を、くわしく語ったものが漸く青年や教育者に受けるところとなって、昭和53年4月の初版『私のアンリー・デュナン伝』(学習研究社)は、今回5版を重ねることになりました。         (つづく)
恩師・橋本祐子先生A [2008年02月07日(木)]





 挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で
掲載させていただいております。禁無断転載。

 私が初めて「ハシ先生」とであったのは高校3年生のとき。
伊勢神宮の前で行なわれた、青少年赤十字全国スタディセンターに
参加したときです。師との感動のencounter(出会い、遭遇)でした。






時は4月。
ところは桜が花盛りの伊勢。赤十字本社主催の高校生を対象とした「リーダー養成トレイニング・センター」が、その機会でした。教材はその時(1958)初めて、ジュネーブの(赤十字国際委員会副委員長、ジュネーブ大学教授)ピクテ氏による「赤十字の諸原則」が当時の日赤本社外事部長井上益太郎氏によって完訳され、私のかねてからの心の飢えを満たす威力に驚いて、「高校生には難かし過ぎる」の声もよそに、やっと間に合せて貰ったゲラ刷りも、オーヴンから出し立てのホヤホヤ、ミスだらけという代物でした。

秋田県代表として参加した彼は最前列に陣どって、出るは、出るは、私を質問攻めにしました。「師弟一如」の「原則」に関する勉強をしたものです。

よかった!よかった!!これがよかったのです!

私はここに「世界青年の年(IYY)」を迎えて、あえて言いたい!

「何をしたらいいのか」右往左往するばかりでなく、何のためにするのか?!

まとがはっきりしないことには、えてして無駄玉の自己満足に終るのではないか?!と思います。

ピクテ氏とよく話すのですよ。

Action(行動)を矢とすれば「矢はTarget(標的)あっての存在であり、標的は矢の為にある」と言う間柄的存在なのに、
二つをバラしてしまったら「実存の空白」が残るのみ。

「最もよい理想家は、最もよい実践家である」というのがそれで、
赤十字の祖、アンリー・デュナンこそ、その指標でありましょう。
人間考えもしないことは出来っこないのですから・・・。

だからこそ、現在戦いつつある敵兵の生命をさえ、一旦傷ついて、または捕らわれの身になって、武器を手に出来なくなった輩は、兵士ではない。

みんな同じ人間として、各自一つきりない生命を護り、護られる義務と権利があると、政府同志の約束をとりつけたものが「ジュネーブ条約」であり、それにこもる人間の尊厳と、深い倫理的意味を昇華したものが、ピクテの「赤十字の諸原則」となったのです。

今年の「国際青年の年」には三つの副題が付いています。「参加」「開発」「平和」がそれです。しかし、どれも矢であって、標的ではありません。

「で」であって、「を」にはならないのです。

参加して、何をするのか? 何を開発するのか? 平和で何をするのか?
                           (つづく)