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晩秋 D [2007年11月26日(Mon)]





 八ヶ岳山麓にて。11月25日撮影。





      同  上






       八王子市内で。同日撮影。







        同  上






 昨日は、
八ヶ岳山麓から八王子に立ち寄ってお墓参りをし、
夜は、青山のライブハウス・マンダラで、
中井貴恵さんの朗読「あらしのよるにU」を
拝聴しました。

 難民を助ける会(相馬雪香会長)が9月に2日間、
六本木ヒルズのアリーナで
「地雷ではなく花をください」Live & Talkをしたとき、
中井さんはテレビ朝日の君和田社長のご紹介で
出演してくれました。

 ですから、昨夜も君和田さんもいらしてました。

 9月に、中井さんが
絵本『地雷ではなく花をください』を朗読した時、
私、は高円宮妃殿下のお隣でボロボロ泣いてしまいました。

 読み方ひとつでこんなにも違うというのは、まるで、
名曲を私が歌ったり弾いたりするのと
プロの演奏の違いのようなもので、
ある種の驚嘆を感じた次第です。

 それはともかく、海抜千メートル以上のところから、
東京まで下ると、紅葉が断層のように変化するのがよくわかります。

 そしてきょうは憲政記念館から国会議事堂前、
外務省、財務省などの官庁街を抜けて、
虎ノ門のユーラシア21研究所まで歩いたのです。

 東京では今、銀杏並木がすべて金色に変わる寸前です。
紅葉は今が最高かもしれません。


浜崎あゆみと宇多田ヒカル [2007年11月26日(Mon)]







「秋田の男と岩手の女」のところで、藤圭子の娘を
浜崎あゆみと書いたところ、
本当に大勢の方から、あたたかい、または厳しい
ご指摘やお叱りをいただきました。

今一度お詫びします。

さきほどいただいたさる中国問題の専門家からの以下のメールには
救われました。「あたたかい」の典型です。ありがとうございます。

☆・★☆・☆・☆・★・☆・☆・☆・★☆・☆・☆・★

私以外からも指摘があったとのことで
広範な人々が先生のブログを愛読していることが
わかります。

同じ勘違いは新華社の記事で見たことがあります(笑)。

浜崎あゆみ、宇多田ヒカルは、どちらも中国で大人気です。
とくに前者は北京でコンサートをしたことがあるので、
宇多田ヒカルの写真が浜崎あゆみであることがあります。

☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆

以後十分気をつけます。

正直言って、私はどこかで見かけてもどちらが誰なのかもわかりません。

ところで、古くから「東男に京女」とか、「讃岐男に阿波女」などといわれています。

内外でほかにもそういうのがあるのでしょうか?
中国要人との対話 [2007年11月26日(Mon)]


    


  日中の互恵、相互理解、友好の促進は
 大事なことですが







 中国の要人C氏と日本の有力な政治家J氏の対話。最近あった実際の出来事をもとに、構成しました。文責:吹浦忠正。


    ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

C「台湾有事となったら日本はどうするのでしょうか」

J「わが国にとっては日米同盟が最優先です」

C「じゃ、中国の見方にはならないのですか」

J「いやいや、そんなことはいっておらん。中国も大事だ」

C「中国では日本に好感を持っているのは5%ぐらいまでですね」

J「最近の調査では日本でも、貴国に好感を持っているのは同じく5%程度」

C「そんなことはないでしょう」

J「そんなことはあるんですよ(笑)」

C「どうしたら改善されると思いますか」

J「中国が日本の国連安保理常任理事国入りに賛成したら劇的に変化しますよ」

C「だって、アメリカだって日本をそんなに強くは推さないじゃないですか」

J「そんなことはない。中国が賛成すれば、アメリカは大慌てで賛同するよ」

C「日本は麻生前外相が<自由と繁栄の弧>を提唱しましたね」

J「その通り。それがどうかしましたか」

C「あれはいけません。わが国を敵視して包囲しようとしている」

J「政治家の大風呂敷ですよ。貴国は風呂敷で包むには大きすぎるし重過ぎる」

C「日本はやはり警戒しなくちゃいけません」

J「何をです?」

C「軍事力をです」

J「何を言うとるんですか。中国は日本を攻撃する能力をたっぷり持っていますが、日本の自衛隊は中国を攻撃する力をまったく持っていません。戦闘機など行ったら戻ってこれません。専守防衛ですよ」

C「そんなこと言ったって日本の工業力からすれば、すぐにでも装備できるではないですか」

J「憲法、世論、財政、周辺諸国との関係・・・とてもとても」

C「小型空母を建造するという計画もおありのようで」

J「検討課題じゃ、そんなのは。せいぜい、ヘリ搭載型で、所詮は、災害や海難救護用なんだよ。それより貴国は核兵器をはじめ、強大な攻撃能力を持ってるじゃありませんか。日本がささやかな防衛力を持ったところで、痛くもかゆくもないでしょうが」

C「わが国の軍事力は平和のためです」

J「何を言ってるんですか。日本どころか世界に脅威を与えていますよ」

C「とんでもない。台湾が勝手なことや生意気なことを言うから武力解放しようというだけです」

J「なに? 台湾を武力解放とやらするのに、核兵器や地球の反対側まで届くミサイルが必要なんですか。いざという場合には“自国民”にでも核兵器を使おうというんですか」

C「お互いにそういう批判はやめにして、日中友好のために尽くそうじゃないですか」。


☆ .。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


せめてこのくらい遣り合えるなら「よし」としましょう。しばしば、「へい、へい」と腰をかがめて、「ご指導」いただき、選挙区でばら撒くツーショットを撮してもらって来るのが多い(と聞くもんで)。
文章と写真 [2007年11月26日(Mon)]




























小欄の挿画でおなじみの石田良介画伯から、
こんな助言を承った。

「ブログの写真は、
まあ、素人としては
一応撮れているみたいだ。構図も必ずしも悪くはない。
しかしだね、
いつもアップというのは見るほうがくたびれる。
標本じゃないんだ。
全体がどんな樹木になっているか、
葉っぱはどんな形か、
そういうことが判別できるような写真も
つけなくちゃいけない」。

ズキッときた。

と言うのは、
35年前、文章について同じ注意を、
私は某大出版社の編集長からいただいたことがある。

私は目が覚めたように、文章を手直しし、
3ヵ月後に持ち込んだときには
この編集長が退任して、
希望はかなわなかった。

結局、このあと、
読売新聞社から『血と泥と―バングラデシュ独立の悲劇』という
一書になって刊行したのだが、
手直しした結果、それなりに書けていたと今でも思う。

しかし、本来なら、
その某大出版社から出してもらえるはずだった。

担当者(と言っても私より年長)がいろいろ助言してくれて、
いよいよと言うときに、
編集長が
「これはいかん。内容があまりに顕微鏡的で、読むほうがくたびれる」。
石田画伯と同じこと言われたのだ。

「テレビだってそうだろう。カメラを引く、ワイドにする、
立ち位置を変えて人が気づかないような角度から描く、
そういう工夫ができていない。これでは読者がついてこない」。

そのご指導には今に至るも感謝している。

ところが、なんと昨今、カメラで、それを忘れていた。

24日の土曜日、石田画伯に同じ注意を、
今度は、文書ではなく写真で受けたからだ。

つまり、これではこの30年、
私は何も進歩していないのではないかと、
週末、結構ショックだった。

そこで、さきほど憲政記念館で撮影したサクラ、
できはイマイチではあろうが、
なんとか3つのカットで撮れた。

なるほど、天下の石田画伯はきちっと指導してくださる。

頭が下がります。
ありがとうございました。
晩秋 C [2007年11月26日(Mon)]






黒部と八ヶ岳山麓を経て東京に戻ると、
この季節の東京ってこんなに暖かいのかと
感心してしまいます。

さきほどは所用があって、国会正面の憲政記念館に
行ってきました。

庭にはサクラが咲いていました。

立て札があって、1988(昭和63)年4月2日に
財団法人日本さくらの会が植樹した「子福桜」
と書いてありました。

秋の桜はそんなに珍しくはないのでしょうが、
私には数年前、金沢の兼六公園で見て以来でした。

世界戦略での位置づけ [2007年11月26日(Mon)]







ユーラシア21研究所では、 先週、虎ノ門フォーラムを開催し、北方領土研究の第一人者である北方領土返還要求運動連絡協議会の児玉泰子事務局長を講師に、「北方領土の現状と課題」という題で講演をしていただきました。

政治家、学者・専門家、各社の政治部長や外信部長、元モスクワ支局長といった、この問題に詳しく、関心の高い方々多数にお集まりいただきました。

その中の一人である、H氏は、元著名総合雑誌の編集長。日本の政治と外交の本質を突いた、コワ〜イ所見です。

よくも悪くも、戦前のほうが、基本的な世界戦略が構築されていましたよね。

ご紹介しますので、ご感想をお寄せください。

    ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★


北方領土問題は難しい情況にあると、つくづく思いました。

講演を聴いたあと、あれこれ取りとめも無く考えていましたが、領土問題以前に日本には世界戦略のなかで対露関係をどう位置づけるかの議論がほとんどなされていないことに気がつきました。

ソ連時代は「仮想敵国」でしたが、いまは何なのでしょう。

敵でもない、同盟国ではもちろんない。友好国とも言えなそうにありませんが、どういう位置づけになるのでしょう。

国境が隣接していて、かつ超とはいえないにしても、大国に対してこれでやっていけるのでしょうか。

確かに、経済・科学技術などでの基礎的な体力がなくなってしまえば交渉力も失われてしまうので、たえまない改革が必要なのはわかりますが、絶え間ない研究と研究者の育成もまた必要ではないでしょうか。

こういう時期こそ、こういうところにお金を使うべきではないかと思います。

赤字の日本国の政治家は、国民にどのように負担させるかの方針(税制改革)は先送りして、選挙向けのサービスばかり考えています。

こうなればお金のあるところに考えてもらうほかありません。ロシアに進出したトヨタあたりが大学に特定講座を基金で設置するとか、考えてくれないものでしょうか。

地域のためには北海道にすべきですが。
黒部と北方領土 [2007年11月26日(Mon)]












黒部市の生地(いくじ)地区には
まことに美味かつ良質の湧き水がでる。
ペットボトルを持参して、各家庭からやってくる。





 昨日までの連休、最初に、富山県黒部市を訪れた。
県東部に位置し、日本海に面したまちである。

 講演のために訪れた漁港に近い生地(いくじ)は湧き水で、
昨年3月に合併した宇奈月は温泉で知られている。

 また、“YKKの城下町”としてその名は世界に知れ渡ってもいる。

 何を隠そう、わが両親は1936(昭和11)年に
この宇奈月温泉に新婚旅行をしている。

 よほど楽しかったと見えて、
写真を見せながら何度か、
おのろけ?を聞かされたものだ。

 私も以前訪れたことがある。
 
 昨日今日掘り出したにわか温泉とは違い、
鳴子(宮城)、草津(群馬)、三朝(鳥取)、道後(愛媛)などは
特別の風情と情緒がある。

 宇奈月温泉はトロッコ列車での渓谷観光が売り物。

「東京の人はよく誤解されますが、
観光地立山黒部アルペンルートにある黒部(黒4)ダムは
黒部市内にはないのです。あそこは立山町なんです。
それでもみなさん、こちらから登ってくれますし、
黒部のお土産も買ってくれますから」と堀内康男市長。

 合併による新市長選で、
それまで商工会議所の仕事をしていた、この人が当選した。

 政治には直接関わったことのなかったのが、
市民に歓迎されたということのようだ。

 黒部には宮腰越光寛衆議院議員がいる。

 さきに、農水副大臣をしたくらいだから、
今では中堅代議士ということになろうが、
私とは北方領土返還運動を通じて20年らいのお付き合い。

 というのも、この黒部からは昔、
多くの人々が歯舞、国後を中心に、
今の北方領土に進出したのだ。

「越中衆」という言葉は、
北方領土の歴史の中に互いに助け合い、
力をあわせて開拓していった人々として、よく登場する。

 戦後62年を過ぎた今でも、
黒部には629人の「一世(北方領土で生まれた人)」と
その後継者といわれる子孫2,313人がいる。

 北方領土返還要求運動発祥の地である根室市とは、
姉妹都市になっている。

 今回の黒部訪問は、そうした人々の団体である
社団法人千島歯舞居住者連盟(通称:千島連盟、本部:札幌)の
主催する学習会の講師としてのものであった。

 学習会に集まった人たち約70人は、
それはそれは熱心に耳を傾け、質問も厳しいものがあった。

 冬間近の立山連峰はきれいだった。
富山や黒部の紅葉は真っ赤に色づいていたし、
会場になった生地の市場で食べた魚介はおいしかった。
生地の水ももちろん飲んだ。

 日帰りで東京に戻った(特急と上越新幹線で3時間と少々)が
疲れを忘れさせる気分のいい1日だった。


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