日本財団公益コミュニティサイト CANPAN CANPANブログ:公益法人,NPO,CSR,社会貢献活動のための無料ブログ
« 2007年09月27日 | Main | 2007年09月29日»
2007年09月
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日本最高の紳士クラブ [2007年09月28日(金)]





    東京・六本木1丁目の東京倶楽部ハウス。秀麗!









    ダサイ看板などいっさいなし。
正面玄関の表示はこれだけ。さすが超一流!






 社団法人東京倶楽部から
わがユーラシア21研究所に助成金を頂戴した。

 ありがとうございます。

 昨日、その贈呈式と午餐会が行われて、
参席させていただいた。

 同倶楽部はわが国随一の超高級紳士クラブ。

 今から123年前の1884(明治17)年に、
英国の紳士クラブに倣っての創立というから
比肩すべき類似のものがない。

 あえていうなら日本工業倶楽部や交詢社ということであろうが、
常陸宮殿下を名誉総裁とし、
産業、官僚、学者、外交官、
そして多数の外国人からなる構成
(日本人500人、外国人100人、米英加豪の4大使は名誉会員)は、
抜群のプレステージである。

 伝えられるところによれば、
当時の英国公使パークスが
「日本は紳士クラブひとつなき野蛮な国である」と語ったというのを
耳にされた
明治天皇が、「早速、創設すべし」とご下命になられ、
井上馨外務卿が中心になって、
鹿鳴館の一角に誕生したものだとか。

 条約改正が喫緊の国家的課題であった時期だっただけに、
即刻開設の運びになったものであろう。

 その後、霞ヶ関の一等地に土地を購入するなどして財を成し、
創立120周年を機に、移転し、
現在はオテルオークラ、スエーデン大使館に南接する場所に
独自のすばらしいクラブハウスを構えて、
「21世紀日本最高の貴顕」のみによる社交クラブとして
運営されている。

 午餐会では審査員の諸先生を前に
受益団体の代表がそれぞれの申請プロジェクトについて
説明したのをもとに、懇談が行われた。

 私も日露関係とその改善のための
「日露専門家対話2008」(2008年3月、モスクワで開催)について、
緊張したまま、ご説明申し上げた。

 懇談の最後に、
たまたま世界の国旗の話になり、
こちらは当方、余裕たっぷり、
勇躍、たのしいお話をさせていただいた。

 助成金は、東京倶楽部の趣旨に照らし、
心して活用させていただくのはいうまでもない。

 再度感謝。

ネパールは王政廃止か [2007年09月28日(金)]



   ネパール王国国旗。1962年の憲法で、幾何学的作図法を定めた。それ以前のものには、太陽や月に顔が描かれていた。





 ネパールでは、9月18日、共産党毛派(Maoists)が政権から離脱し、26日には、最大の政党である、ネパール会議派が11月22日に実施予定の政権議会選挙で、共和制への移行を公約にすることをきめた。

 ネパールでは05年2月にギャネンドラ国王が非常事態宣言し、直接統治を導入、強権政治を行なった。

 これに毛派を含む各政党が反発し、混乱の末、今年4月に暫定政権が発足した。

 毛派は主要7政党とともに政権に参加し、王制廃止と共和制への移行を要求。しかしコイララ首相は性急な共和制への移行に慎重と伝えられていた。

 これに対し、06年4月、主要7政党が民主化を求めて大規模なデモを実施、毛派もこれに同調した。

 このため国王が直接統治の終結を宣言し、コイララ氏が首相に就任、11月、毛派が政府との和平協定に調印し、内戦が終結したかたちになった。

 今年1月、暫定憲法が成立し、これにより暫定議会(定数330)が発足、4月には、コイララ首相が再任し、暫定政権が発足した。

 しかし、9月に毛派(議席数84)が暫定政権を離脱したのに加え、ネパール会議派(次席数138)が共和制移行に賛成することになったため、11月の制憲議会選挙で王政廃止に向かうことは大勢となったといえよう。
 
 ただ、毛派が必ずしも国民的支持基盤を持っていないため、11月の選挙で大敗北を喫する可能性もなしとしない。また、インド系住民の権利拡張を求めて、インドに近い南部では不安な社会情勢が続き、選挙が穏便に行なわれうるかは楽観しできないのが、今のネパールである。
 
 幼少時から、3角形を二つ合わせたようなネパールのユニークな国旗に魅せられてきた。
 
 加えて先年、宮廷内革命で惨殺されたビレンドラ国王が皇太子時代来日して東大病院で耳疾の治療にあたっていたとき、宿舎の帝国ホテルから病院までの付き添いボランティアをしたこともある。
 
 そんな私としては、これで、あの国旗が消えるかもしれないと思うだけで、王政に今しばらく、と声をかけたいと言うのがホンネだ