歴史の歪曲・サハリン版 [2007年09月24日(Mon)]
私が主宰するユーラシア21研究所が 安全保障問題研究会(佐瀬昌盛会長)と共催 (ロシア側はサハリン州行政府)した、 「サハリン・フォーラム2007」(通算10回目)で、 サハリン側は『露日関係におけるクリル列島』なる A4版24頁からなる日本語の印刷物を配った。
「サハリン州国際・対外経済・地域間関係委員会」が作成し、 ユジノサハリンスク(旧豊原)の「カノコンパニー」なるところが、 製版・製本・発行したとある。
当方はかねて入手し、読ませていただいていたが、 先般、択捉島の博物館でも展示されていた。
いやしくも州政府という公的行政機関の発行である。
しかし、その中身は遺憾ながら 「よくもここまで都合よく書いてくれた」というシロモノである。
会議の中で私が直接、質問したことのみ報告する。
「12頁に、 <1945年8月14日にソ連軍がクリル列島に上陸した> とあるが、 これはどの島に、 何という部隊が 上陸したのか説明していただきたい」。
返事がなかった。出来るわけがない。 そうした事実がないからである。「ないものはない」のである。
その文章はさらに続く。 「8月15日に昭和天皇の終戦詔勅放送にもかかわらず、 サハリン、クリルにいた日本軍が戦闘を続けた」。
待ってください。
サハリンの日本軍は「玉音放送」で整然と降伏したはずだが、 文献が手元にないので、 樺太(サハリン)でいつ、日本軍が戦闘を停止したかは 追って確認するが、 クリルにはソ連兵は一兵たりともいないのであるから、 戦闘の続けようも、 降伏のしようもないのだ。
こういう「ごまかし」を行なって、 あたかも日ソ戦が合法的に始まって、 「終戦の詔勅」に関わらず、それ以前から千島で 戦闘が開始され、継続していたように記述することは、 歴史の歪曲も程度を超えている。
次回は、それをソ連側の資料で もう少し詳しく述べてみたい。
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ピアノのウィーン奏法 [2007年09月24日(Mon)]
演奏終了後にご挨拶をしている姿を、そうっと撮らせて いただきました。ごめんね。 山季布枝(やまきのぶえ)先生 (わが音楽の師匠なので、「先生」)の 新しいCD発売記念リサイタルが 23日、銀座の王子ホールで開催された。
題して「幻想の夕べ」。
モーツアルト、ショパン、ドライショックの それぞれの「幻想曲 Fantasie」と モーツアルトのハ長調ソナタ(Kv.545)と ベートーベンのソナタ「月光」の5曲。 アンコールが「乙女の祈り」と「別れのワルツ」。
一緒に出かけた仲間の一人Zさんから、早速、 「心地の良いピアノの名曲の数々を ゆったりとした気持ちで楽しませていただきました。 ストレスフルな日常から開放された貴重なひと時でした」 とメールが来た。
山季先生の音色はそんじょそこらにはないもの。 「ウィーン奏法」というのだそうだ。
めったに力まない軽いタッチで弾く。 だから、指を挙げず、腕の重みで鍵盤に触るという感じだ。
私がいうのではあまりに信頼性に欠ける。
そこで、日本フンメル協会の会長で、音楽ジャーナリスト、 しかも、自らもすぐれたピアの演奏家である岳本恭治氏の文章を プログラムから拾ってみよう。
例えば、「月光」について。岳本氏はこう述べている。
<「月光」はベートーベンが命名した曲名ではない。 それどころかベートーベンが嫌ったネーミングである。 今夜は、 月の光をイメージしないで「山季の響き」のみを 聴いていただきたいと願う>。
納得。
また、ショパンの幻想曲(op.49)について。
<ペダルの効果を手だけで行なう奏法も必聴。 本日は完璧な「脱力奏法」による ショパンのウィーンデビューを感じさせる、 繊細な演奏を聴くことが出来る>。
「ウィーン奏法」の真髄を堪能させていただいた。
もう一方(ひとかた)、 NHKテレビでも大きな番組になるなど、今、大変な人気の アンネット・一恵・ストゥルナートさんも会場にお越しで、 プログラムに 「彼女は気品高く美しい。 彼女の奏でるピアノの音は風のように舞い、 小鳥たちが梢にその羽を休めているかのような憩いを感じる。 そして美しいウィーンの街角、 カフェからたちのぼる馥郁たる香り、 壮麗なステファン寺院の鐘の音が聞こえてくるようである」 と寄稿している。
ベーゼンドルファー弾きとして、 いまやおしもおされもせぬ地位と実力を築き挙げた 山季布枝先生の演奏に、 私はまるで少年のように夢中になって、 曲が終わると最初に手をたたき、たぶん最後まで 大きな拍手を送った。
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Posted by
吹浦 忠正
at 18:38 |
音楽 |
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