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秀麗の山 [2007年09月20日(木)]










 知床半島から北方領土、
そして占守(しゅむしゅ)島までの千島には
実に美しい山々が連なっている。

 残念ながら私は
まだ択捉島の別飛(べっとぶ)以北には
行ったことがないが、
そこまでの範囲で、
一番気に入っている山が、こ
の散布山(ちりっぷさん)。

 きょうの午後、タンポポの向こうに立つ散布山の写真を
紹介したところ、
大阪のK氏から、
「そのものズバリの写真はないのか」との催促。

 明日からの「サハリンフォーラム」の準備で、
ロシア側の論文を見たりしているので、
きょうはとりあえず、
私が撮影した中で気に入っている写真を
1葉だけ紹介しておくに留めたい。

 散布山はこんな秀麗の山なのである。

 あしからず。
北方領土の美しい山 [2007年09月20日(木)]









 台湾の話があまり進まないうち、
まだまだお伝えしたいことが山ほどあって、
少々困っています。

 そんななかから自分でもプレッシャーになっているのが、
日本最大の島である択捉島のことについてです。

 とりあえずは、自分で一番気に入っている、
紗那の学校の裏から撮影した
散布(ちりっぷ)山(標高1587m)の写真です。

 3週間前なのですが、
もう、紗那ではすっかり秋かなぁと、
「日本の広さ」を感じています。
秘書の麻薬所持 [2007年09月20日(木)]



会見する藤田幸久参議院議員
(共同通信)




 30年来の友人である藤田幸久参議院議員(民主党所属)の公設秘書が、麻薬の所持で現行犯逮捕されたというニュースが流れている。

 藤田くんのために惜しむ。

 藤田くんは20日、「私は民主党のすべての役職を辞し、自らの襟を正したい」と会見で述べ、佐々木容疑者は逮捕後に解雇したという。解雇は当然であり、本人はもちろん厳罰に処せられるべきである。

 わがユーラシア21研究所でも冗談めかして、役職員に「麻薬だけはやらないでくれよな」などと言ったが、こういうのって、どうやって管理できるものなのか、正直なところ、私にはわからない。

 今の社会は個人の自由と私生活の保護が徹底している。友人だから弁護するわけではないが、藤田くんは、どうやったらこの秘書の私生活を管理・監督できたのだろうか。

 せっかく国会に戻ってきたばかりでこういうことになった藤田くんにとって、慙愧の念というほかあるまい。私はあえてその秘書の「自己責任」ではないのかと言いたい。

 責任をとれというなら、私はまじめにわがスタッフの私生活を全部把握するほかない。わがスタッフが、万一、麻薬はともかく交通違反、小競り合い、万引きなどで犯罪行為を犯しても、私はいっさい責任をとる気にはなれないかもしれない。

 また、今は、派遣職員やアルバイト学生もいる。こういう人が私生活上、何かした場合も、私が管理責任を問われるものなのだろうか。私はそうとは思わない。これではあまりに形式主義というものではないのか。権力を利用した公務上の法律違反なら国会議員であろうとも管理監督上の責任を厳重に取ってもらいたいが、ここまで誰が監督できるのかとホンネで思う。

 もし、異論のある方がおられたら、ご指導、ご叱正をたまわりたい。

 とにかく、「事件」はこのように報道されている。

☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 警視庁新宿署は20日までに、覚せい剤と大麻樹脂を所持していたとして、覚せい剤取締法違反と大麻取締法違反の現行犯で、民主党の藤田幸久参院議員(57)の公設第2秘書佐々木明宏容疑者(25)=水戸市=を逮捕した。「自分で使うために買った」と供述しているという。

 調べでは、佐々木容疑者は17日午前1時50分ごろ、東京都新宿区の路上で、覚せい剤約0・5グラムと大麻樹脂約4グラムを所持していた疑い。

 佐々木容疑者の車が方向指示器を出さずに交差点を曲がろうとしたため、巡回中の警察官が止めて車内を調べると、運転席の下から覚せい剤と大麻樹脂が見つかったという。

★.。.:*・゜★.。.:*・゜★.。.:*・゜

 なお、小欄では7月30日に、「藤田くん、当選おめでとう」と題し、次のように書いている。こんなことにめげずに、日本の政治を通じ、日本を世界に伍する国にしてもらいたい。貴君への信頼と期待は変わらない。

★.。.:*・゜★.。.:*・゜★.。.:*・゜

 仲間の藤田幸久くんが茨城選挙区で、堂々トップ当選を果たした。民主党は、あやうく国会から遠くにしかおれなくなりかけた藤田くんを見事に復帰させた。鳩山さんの采配に拍手したい。

 藤田くんは、相馬雪香先生(尾崎行雄の3女)の「愛弟子」である。MRA(道徳再武装)運動で中心的役割を果たし、難民を助ける会では創立以前から、政治家になるまで役員であった。

 この会は、政治と宗教に中立ということで、立候補することが明らかになった段階で、役員を退いていただいてきた。藤田くんは北区を中心とする衆議院議員選挙に立候補した段階で、役員ではなくなった。衆議院には確か、4度挑戦したが、小選挙区では運がなかった。が、その間ももちろん親交は続いている。

 昨年度は、東京財団の「アジアの人権」研究プロジェクト(山田寛代表)でも一緒に研究しあった仲だ。さまざまな場面でお世話にもなったし、お世話もした。

 英国に留学した国際通。


永田町の奇策 [2007年09月20日(木)]






 奇策その1。

 台湾から戻ってこんな奇策を耳にした。

「23日の自民党総裁選挙で誰が勝とうと、25日の首班指名で自民党の何十人かが小沢さんに投票し、民主党政権を発足させる。

何の用意もない民主党は大混乱し、その政権担当能力のなさをさらけ出す。

それによって小沢政権の失政を誘う」。

 冗談ではない。無責任きわまる。それならその前に、そうした議員は堂々と離党して、小沢さんに投票すべし。

 そうはしないでこういう奇策をもてあぞぶのは、自民党への不信感を決定的にする。しかし、それはかまわない。

 問題は、政党政治への不信、民主主義に対する不信が起こってしまうことだ。

 衆参両院のねじれは政治の運営を本当に難しくするであろう。しかし、ここは、努力と工夫と忍耐で辛抱するしかない。

 ところが、世界にはもっと怖い奇策がある。以下、次回に続く。


寛永通宝第5報 [2007年09月20日(木)]



 択捉島で拾った寛永通宝(表面)


 実際に寛永通宝を拾った、尊敬する通訳である畏友・T氏から以下のメールが来ました。
また、拾った日時についても事務局から訂正が知らされて来ました。
2001(平成13)年8月27日が正しいのだそうです。


  ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

寛永通宝が見つかってよかったです。
ネットで写真を見ました。

川の名前は「べっさまがわ」でした。
拾った場所と特定すると、
別様川の別飛錨地河口付近、別飛側岸辺。
海岸線から30−40mの所です。


安倍辞任書かざるの記 [2007年09月20日(木)]







 安倍首相の突然の辞任を私は出張先の川奈で知った。第一報を即時知らせてくれたS教授に感謝する。

 その後、この問題について小欄で一切触れていないことにつき、台湾出張中に数人の方から批判めいたメールを頂戴した。

 そこで、一言触れておきたい。

 辞め方は尋常ではない。稚拙などという場合ではない。異常である。それを厳しく批判する人がいるのは当然である。

 だとすれば、安倍さんを総理総裁に選んだ側の「任命責任」はないのか。

 安倍さんには随分「任命責任」を問う声があった。それゆえに参院選挙も大敗したのかもしれない。私はそのときにはむしろ「罷免責任」を問うた。なぜ、不祥事を起こした閣僚をもっと早く辞めさせなかったのか、と。

 しかし、今回の安倍さんの退任には、「病気」ということが理由の中にあるというなら、今は発言を控えたい。

 そして、もちろん一刻も早い回復を望むが、さらに悪化したら、この1週間、安倍さんを罵り続けた人たちの「糾弾責任」を問いたい。

 いやしくも、あれだけ多くの人々の輿望をになって首相になった人である。何か、私のような凡人には計り知れない事情があったということはまったくないのだろうか。

 そうでなくては、国会の両院で絶対多数によって選出され、決定した憲法人事ということがあまりに軽くなるのではないか。

 そんなことを考えていたので、何も書けなかったということである。あしからず。

 福田さんには、先代を含めて長年ご指導いただいている。落ち着いた政治をじっくりやって、日本を立て直してほしいと、期待する。


30万人のアクセス [2007年09月20日(木)]




 わが師・末次一郎の揮毫です。拳拳服膺して
いるつもりです。





 昨夜遅く、台湾から帰国しました。

 今回の主な目的は、
東京財団と台湾国際研究学会との共催による
「第2回日台次世代対話」に
加藤秀樹東京財団会長の率いる日本側代表団(25人)の顧問として
参加したというものです。

 この「対話」は大成功でした。いずれ少しずつご報告しましょう。

 ところで、その間に小欄はアクセス数300,000人を超え、
昨日など、1,188人もの方がご覧くださり、
畏れ多くも、笹川陽平日本財団会長をはじめ、
諸兄姉を差し置いて、
個人の部で人気ブログ第1位でした。申しわけございません。

 そんなことより、私自身がうれしいのは、
昨年の春にブログをはじめて以来、
地方出張や外国出張が何度もありながら、
一度も更新しなった日はないということです。

 つまり、ブログ執筆と共に日々を過ごして来、
30万を超えることができたという、
そのことがきょうの私の気分を良くしています。

「日本にいないときや出張で東京にいないときにも
更新されているとはどういうことか」との疑問もおありでしょうが、
それは協力者がいるからです。

 1本10分少々(この「少々」を
なかなか「以内」に変えられないのが悩み)で書いています。

 そんなわけで、「質より量」的な書き方をしているので、
思わぬミスタッチや変換ミスがあるのを
私の不在中に校閲して、出発前に書き溜めたものを
毎日、開いてくれる人がいるからです。

 Aさんです。感謝しています。

 また、時々、資料や
かつて私が書いたものを補筆して掲載することがありますが、
こちらはTさんがお手伝いしてくれています。
ありがとうございます。

 みなさまにおかれましては、
何卒、今後とも特段のご芳情にて、
小欄とお付き合いください。

 それはさておき、
台湾は日本の「南の隣国」。
何度も行った国なのに、
常に新しいものを感じて、学んで帰ってきます。

 今回は、
原住民のこと、
台湾の親日感のこと、
高雄という台湾第2の都市のこと、
中国との微妙な関係、
太平洋岸の港町・花蓮と
日本最南端の町・与那国町との交流のことなどなど、
知る機会が多くありました。

しばらく台湾の話にお付き合いください。