川奈ホテルへの評価 [2007年09月17日(Mon)]
![]() ![]() ![]() ![]() あいにくの天気で伊豆の島々は見えなかったが、 こんな案内表示が室内にあった。風光明媚 9月12日、川奈ホテルに1泊した。 仕事とはいえ、こういう出張は楽しい。 私にとっては1998(平成10)年4月、 橋本・エリツィン両首脳による会談の舞台になった場所 という印象が断然強い。 その会談のことについては、 さまざまな思いがあるし、秘話もいろいろ書きたいが、 一献傾けたきょうはさておくとして、 この名門ホテルについての、 率直な感想を書いておきたい。 東京の帝国、日光の金谷、箱根の富士屋などとならぶ 古いよき時代の伝統を偲ばせるところと期待して 出かけた。 1928(昭和3)年5月、 大谷光明によって設計・完成された「大島コース」が濫觴。 大谷は真宗大谷派の御曹司、 わが国ゴルフ界では「ゴルフの父」とまで言われた人。 翌月、大倉喜七郎によって 株式会社川奈ホテルが創立となった。 1934年には、 静岡県がゴルフ税を設けたことに反対して、 ゴルフコースを一時閉鎖するということもあった。 1936年12月、ホテルが客室60室で開業となった。 高橋貞太郎の設計による、いまに続くサンパーラー、 読書室、バーなどが大評判となった。 翌年8月には、C.H.アリソンの設計により、 富士ゴルフコースが完成した。 1939年には、 日本プロゴルフ選手権大会がここで開催されている。 いささか驚いたのは、 戦時中の1942年10月に、 日本アマチュアゴルフ選手権が開催されたということ。 さすがに大戦末期の44年11月には 海軍省に接収され、 ホテルは横須賀病院の保養所となり、 大島コースは農場として食糧増産に努めるようになった。 45年8月の終戦で海軍は去ったが、 10月、米軍のリゾートホテルとなり、 47年2月には、英連邦軍の接収するところとなった。 さすが、ゴルフの本場イギリスだけあって、 翌年4月には大島コースが復活した。 日米英の軍人による10年に及ぶ接収を離れたのは 52年7月のこと。その3ヵ月後には、 早くも日本オープンゴルフ選手権大会が開催されている。 その後の目覚しさ、 華々しさは列挙するだに一仕事なので、 皇室、マレーシアの国家元首、スエーデンの国王などなどが 行啓・来臨し、 日米経済人会議、アジア太平洋閣僚会議、 日英市場協議会、日米経済協議などなど 数々の重要会議が開催されているという程度にとどめたい。 ジョー・ディマジオとマリリン・モンローが 新婚旅行でやってきたという写真もあった。 ただ、正直なところ、 ゴルフをやらない私には ゴルフ場についてのことは何も言えないが、 ロケーション一流(大島から式根島までが一望に出来る)、 伝統一流、 料理は美味、 庭は立派、 スポーツ施設や調度品は最高であっても 古い施設の限界は見え見えだし、 部屋ではゴキブリを退治した。 何よりも、フロントでホテルの歴史や エリツィン来訪のもろもろを訊ねても、 ロクに知らないというこの現実は、 如何せん、3流と断じざるをえない。 上記のホテル史を書いた本も 図書室にあるといいながら、 出版されていなかった。 だから、これだけのことを知るのに、 仲間がバーで楽しむ時間を全部費やしてしまった。 ささやかながらもホテルの歴史にかかわる展示を 地下の廊下でしていることも、 簡単には教えてもらえなかった。 プリンス系ホテルの1つとなって、 スタッフがどんどん入れ替わってでもいるからか。 それにしても研修が不足すぎるのではないか。 猛省を促したい。 総合的に点数をつけると、まぁ、いまの時代、「ほかにいいところがいくらでもあるよ」という厳しい評価しか出来ない。あしからず。 |








