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文藝春秋の広告 [2007年09月16日(Sun)]






 択捉島で取得した寛永通宝のことを書いていたら、先日、福島県郡山市の(たぶん)「妙齢の美女」さんから、「そんな昔のことを言われても実感がありません」とのご指摘がありました。

 ところが、不思議なもので、私はさきほど電車の中で「文藝春秋」を読んでいたところ、なんとなんと「寛永」も「寛文」も、記事や広告でたくさん出てくるのです。

 たとえば・・・
 名古屋の両国屋是清の広告は巻頭カラーペイジにあり「寛永十一年創業」とある。1634年にできたお店ということです。島原の乱の3年前、キリシタン弾圧のさなかのことです。

「長崎ぶらぶら節」の記事に出てくる県指定史跡料亭「花月」は寛永19(1642)年の創業という。シーボルトや坂本龍馬らの社交場となりました。

「いなにわ手綯(な)いうどん」の広告は、その名も「寛文5年堂」、1665年の創業です。欧州では第3次英蘭戦争の年。バッハが生まれたのが1685年だから、これは老舗という気がします。

 長野の善光寺門前にある有名な七味唐辛子の「八幡屋磯五郎」は元文年間の創業とのこと。1730〜41年が元文なので、モーツアルト以前の話。

 文藝春秋の広告ではありませんが、ペットボトルでおなじみの福寿園、「寛政2年」とありますから、ぐっと下って、これは1790年。

 小布施(おぶせ、長野県)の「桜井甘精堂」、7代200年の伝統を誇る老舗ですが、これは150年もあとの文化5年、1808年の創業です。ナポレオンが欧州を駆け巡っていたころの創業ということになります。

 転じて、吉備団子の岡山廣榮堂本店。こちらは安政3年というから、1856年。前の年に日魯通交条約(下田条約)が結ばれて、両国の国境が択捉島と得撫(うるっぷ)島との間に設定されたのです。

 いずれにもせよ、択捉島で拾った寛永通宝、お店の広告を見たりして整理しながら、私もようやく時代感覚をつかめてきました。

 それだけにこの寛永通宝、日本がいかに古くから北方領土の開拓にあたってきたかの貴重な象徴のような気がします。

 それにしても、老舗でなくては文藝春秋の広告には出ないのかなぁ。

北方領土で何を食べたA [2007年09月16日(Sun)]
























  択捉島内岡(なよか)のギドロストロイ社員食堂で





 ロシア人の食事で感心するのは、
夜は着替えて正装して食卓につくこと、
巧みな挨拶で杯を上げ座を盛り上げること、
小噺(アネクドート)を仕入れていて話題が尽きないこと。

 あまり感心できないことは、
しばしば昼酒を飲みすぎること、
酒を他人に強要しがちなこと、
脂肪分の多い食生活。

 さてところで、彼らは日本人の食事をどう思っているのだろうか。


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