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NGOと外務省の関係 [2007年09月04日(火)]




 JMASの最高幹部の方から、小欄に8月19日に掲載した記事へのご意見をいただきました。コメント欄に掲載されていますが、お気づきにならなかったり、文字が小さくて読みづらいという方もいらっしゃるかと思い、まず、その全文を掲載します。

 ☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆〃☆

 影響力の大きい吹浦さんのブログにJMASの行動を批判され
たことを残念も思います。

ご承知のことと思いますが、JMASのアフガニスタン地雷処理事業は全額外務省のNGO連携無償資金でまかなわれています。

今回、外務省からNGO無償で行われる事業については期間を短縮して中止するか、国外からの遠隔操作で実施するよう指示(勧告ではありません)がありました。

これについては外務省との協議においてJMASを含めNGO無償で事業を実施しているNGO側から強い不満が出ましたが、
資金を贈与されている以上、決定に従わざるを得ませんでした。

事業を中止するよりは遠隔操作での活動継続を選んだわけです。

NGO無償で活動しているNGOはすべて国外に出ます。

紹介されているAARさんは国連の資金で活動していますので
外務省から資金を絶たれる心配はないでしょう。

ピースウインズさんも外務省の資金ではありません。

今回の措置を一番残念に思っているのは、現地で身を粉にして働いているJMASのスタッフです。

1億円の自己資金があれば国外に退避する必要はありませんが、現状ではやむをえないのです。

自衛隊OBが腰抜けであるかのような文章は直ちに訂正してください。

AARさんには聞かれたようですが文章を書く前になぜJMASに問い合わせないのですか?
日本財団での司会などでお姿を拝見することが度々あり、尊敬していただけに残念です。

  〃★〃☆〃☆〃☆〃★〃☆〃☆〃☆〃★〃

 以下はこれについての私からのお返事です。

 まずもって私は大変な自衛隊のファンであり、そのことはかねて小欄でもまた自衛隊関係紙誌でも書き綴っていることを申し上げます。私は、このたびの機密漏洩など許しがたいことは少なくありませんが、総じて、自衛隊のファンであり、小欄で書いたことも自衛隊を誹謗中傷するつもりは全くないことを、誤解なきよう最初に申し上げます。

 また、JMASの活動には最大限の敬意をはらっていることも前提とさせていただきます。

 その上での苦情ないしは希望としてさらに書き進めたいと思います。たった今、北方領土から戻ったばかりで20分後には外出しなくてはなりませんので、箇条書きにさせていただく失礼をお許しください。

@ JMASにはどの程度のNGOとしての誇り、自主性、矜持がおありかというのが最大のポイントです。

A それと同時に、JMASや外務省がこうした件につき、情報公開をどこまでできるかということが関係してきます。

B すなわち、現地の状況にもっとも詳しいはずのJMASや他のNGOのみなさんが、外務省の勧告に対して、なぜ、「強い不満」をいう程度なのかと言うことです。外務省を説得すべきです。私は少なくとも40年ちかくそうやって外務省と付き合ってきました。そしてほとんどそれに成功してきました。

C どんな不満を述べ、JMASはどう説得したのでしょうか。

D 外務省が常に正しいわけがありません。1つだけ古い例を挙げましょう。1972年11月、私は国際赤十字の駐在代表としてダッカにいました。やがて戒厳令が出て、JALの救援機2機がやってきました。邦人のほとんどがそれに乗って脱出しました。桧垣正忠総領事もタラップをのぼりました。そこで引き返して、国際赤十字の保護下に入りましたが、とにかく残留したのです。本省からの退去命令に逆らいましたが、おかげで13カ国からの総領事がいる中で、日本だけが撤退したという屈辱は免れることが出来ました。本省もやがて、これをよしとし、桧垣氏はノンキャリながら、その後、当時としては珍しく、ある国の大使にまで昇任しました。

E アフガニスタンでカブールの大使館員が直接、状況を把握しているのはどの程度の地域なのでしょうか。少なくともJMASが活動している付近については、JMASのほうがはるかに状況を把握し、人脈を築き、周辺住民に尊敬され、守られているのではないでしょうか。

F 資金の全額が外務省というのも私にはあまり賛同できません。他人の懐に過度に甘えてはいけません。私は難民を助ける会の幹部を20年務めました(2001年に引退)が、幹部の仕事の主要な部分は「資金づくり」です。そのためには汗水たらし、時には下げたくない頭も下げ、さまざまな苦労を重ねたわけです。

G 豪華メンバーを役員に連ねておられるJMASが、1億や2億の資金を自力で集められないと言うなら、率直に言って、それは幹部の怠慢というものです。資金づくりは、究極のところ多くの人の賛同を得る努力に尽きます。努力と工夫と忍耐の積です。

H JVCやAMDAは、私の知るところ、政府の干渉を受けたくないから政府資金がほとんどのJPF(ジャパン・プラット・フォーム)にも加入しないという方針でやって来ました。政府を説得するだけの総合的な「実力」を持つか、そういう関係を離れるか、外務省に屈服するか、NGOのリーダーはそれぞれの判断を敢然としなくてはいけないでしょう。

I 「JMASに問い合わせない」ことを批判されますが、その批判派甘んじて受けましょう。もし、問い合わせていたら、以上の私の質問にお答えいただけたのでしょうか。今からでもどうぞ、ご回答ください。

 最後に、あらためてJMASさんの発展を期待し、祈念し、それが日本のNGO全体の
対外務省の姿勢や、国際社会からの評価に大きくつながることであるからゆえ、率直に書いたことに特段の理解を期待します。字句や表現などの失礼はご寛恕ください。

演奏会場の素晴らしさ [2007年09月04日(火)]



























 天満敦子さんのバイオリンを聴きに、
長野県野辺山町まで行きました。

演奏もすばらしかったけれど、演奏会場である、
八ヶ岳高原ロッジの六角形の木造ホール、
特にその天窓、照明、芝生がよかったです。

 毎年、おっかけのようにこのリサイタルには行ってるのですが、
場内を真っ暗にしての「望郷のバラード」は、圧巻です。

 今回はまた、前半、難曲を3つも織り込んだプログラムだったことも
感激でした。

 音はブログで届けられないので、
せめて写真で、会場の雰囲気をお伝えします。

 会場に展示されたピアノには
ここで演奏したリヒテルやブーニンのサインが残っていました。


地球儀が泣いている@ [2007年09月04日(火)]






   挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。







 タコ(蛸)は明石(兵庫県)の名物というが、実は、日本人の口に入るタコのうちの90%はアフリカからの輸入によるもの。アフリカからは他に、鉄道レールの原材料であるマンガンの40%を輸入している。

 それはそうと、突然、話は古くなり、ヨーロッパに転じるが、ジャン=ジャック・ルソー(1712〜78)の『政治経済論 DISCOURSSUR L’ECONOMIE POLITIQUE』に、次の一節がある。

 人間の感情は、地上全体に広がるときには薄められ、弱まるようであり、われわれは韃靼地方や日本の災害によっては、ヨーロッパの人民の災害のときほどには心を動かされることはありえないように思われる。
          (阪上孝訳『ルソー全集 第5巻』白水社)

 ルソーがこれを書いたのは240年前の1755年(完成は58年)。手許の年表によれば、この年、「幕府は対馬藩に一万両を与え、朝鮮の飢餓を救援させる」とあり、またこの前後、松代(信濃)、備後、久留米、田野口(信濃佐久)、郡上(美濃)などの各藩で農民が窮状に耐えられず、強訴に出たり、打ちこわしをする事件が続くが、こうした出来事がオランダを経てルソーに伝わったり、日本と朝鮮が誤解されたとも思われない。単なる、「ほとんど知らない遠い国」として、たまたま韃靼と日本の名前があがったに過ぎまい。

 その日本、今や国連安保理の常任理事国を目指すという勢い。しかも、世界中に日本製品があふれ、日本企業が縦横の活躍をしている。ボランティア活動だけが、ひたすら国内と身近なアジア重視とばかりは言っていられない。

 しかし、日本の全国紙でも、ブラック・アフリカ(サハラ以南)に支局を持っているのは朝日がナイロビに、毎日と読売がヨハネスブルクにのみ常駐特派員を置くだけで、NHKでも、アフリカには自らの支局はない。これでは、アフリカはまだまだ遠い世界に過ぎなく、まさかターザンや少年ケニアを思い浮かべる人はもう少ないだろうが、いつまでも動物、貧困、飢餓、エイズ・・・・・・から抜け難いのではあるまいか。