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寄付額は公表すべし [2007年05月20日(日)]




 5月18日、CIVICホールで。




 猪口邦子さんの勉強会を途中で抜け出したのは、文京CIVICホールでの「横田めぐみさん支援コンサート」に行くためだった。

 親しい友人であるサックスの三四朗が出演することもあるし、何よりこのコンサートが重要な意味を持つものと思ったからだ。

 米国の有名なフォーク・グループである「ピーター・ポール&マリー」のポール・ストーキーが出演したこのコンサートは18、19の両日行われたもので、横田めぐみさんのご両親ら拉致被害者の家族も会場に来ておられた。

 ポールさんは自ら作詞・作曲した「Song for MEGUMI」を披露、大きな拍手を浴びていた。

 今朝の新聞報道によれば、「ポールさんからは、支援金としてCD販売の収益の一部が、横田夫妻に手渡された」(産経)とある。すばらしいことだ。

 ただ、一般論として、私はもし、チャリティ・コンサートとして銘打って行う催しであれば、寄付した金額ははっきり発表すべきだと思う。

 よく、演奏家や芸能人が「収益の一部は〇〇へ寄付されます」ということを表記して、演奏会などを行なうことがある。この「一部」って何だろう、といつも疑問に思う。

 極端な話、10円でも寄付すればそれは「収益の一部」であり、それは協力してくれた方の期待に背くことではないか。

 贈った側はみんなの気持ちを代表し、協力に感謝する意味できちんと発表すべきだし、受け取った側も、責任をもって活用するため金額を公表すべきではないか。

 私は数年前まで、難民を助ける会の責任者として数十回のチャリティ行事を担当してきたが、その場または精算後、正確な数字を発表し、活用の状況を報告するのは主催者の義務と心得てきた。

 みなさまのお考えを聞かせていただきたい。


猪口邦子さん [2007年05月20日(日)]















     女性の労働力率と合計特殊出生率の関係比較




        各国の家族政策に関する財政支出の規模。

      2つの表は、いずれも、『猪口さん、なぜ少子化が問題なのですか?』より。





 衆議院議員の猪口邦子さんは、私の友人の一人である。いうまでもなく、猪口孝中央大学教授とおしどり政治学者として有名であり、家族ぐるみのお付き合いをさせていただいている。

 初当選の国会開会式に際し、お二人で登院してきたことと、閣僚になったときの認証式の服装には、ほほえましさを通り越して、私も大方のみなさま同様、いささか唖然としたが、その後は政治家として、なれぬ国内政治の修羅場で、懸命にやっておられる姿をしばしば拝見している。敬意を表したい。

 5月18日、憲政記念館で行なわれた、邦子さんを囲む30人足らずの夕食をとりながらの小さな勉強会に参加した。『猪口さん、なぜ少子化が問題なのですか?』の出版記念会を兼ねた催ししだ。

 この本は、前の少子化問題担当大臣であった猪口さんと、経済評論家の勝間和代さんとの対談で、ディスカバー携書という、新書版の本だが、昨日、さっと読んでみてなかなか読み応えがあったし、得るところが多かった。

 ただ、少子化の原因、現状、対策については具体的で、データも参考になるのはいいが、本の表題についての解答は必ずしも明解とはいいがたいな、という印象を持った。

 それはともかく、なにやらにわかに私が主賓の一人という扱いになり、挨拶をさせられ。そこで、私は次のように、ホンネを申し上げた。

<猪口さんの大臣在任中、出産率が上がり、前年比3万2千人も出産が増えたのは大変結構だが、これはマスコミでも言われているように、大臣のせいとはいえない話。

 むしろ、「第2次ベビーブームの子」が子どもを設けたという「第3次ベビーブーム」ないし「団塊3世」みたいな現象である。

 しかし、大臣としてまた新人政治家として評価すべきは、とにかく「少子化」といえば「猪口さん」というくらい、この問題に熱心に取り組み、その結果、この言葉を定着させたこと。これは大きな貢献だと思う。

 ただ、猪口さんへの本来の期待は国際政治分野であり、戦略的に日本と世界のあり方を考えて行けるごく少ない国会議員の一人なのだから、これからはそのほうでも大いに活躍してほしい。>

 猪口さんの話の中で興味をそそられたのは、「女性の労働力率と合計特殊出生率を比較すると、2000年の時点では、女性の労働力率が高いほど出生率も高いという傾向がある」ということと、「3つの“ひ”」、すなわち、「ひがむな」「ひるむな」「(足を)引っ張るな」、この3つで、女性は幸せになるし、出生率も向上する、というのである。

 私は、「(猪口邦子さんは)批判を恐れるな」「(私は)退き時が肝腎」「(きょうは)酷い日程で次がある」と自己流の「3つの“ひ”」を挙げて、少々早めに会場を退かせてもらった。

本格的な学者からの転身は貴重である。政治家としての大成を期待する。
タンポポ4題 [2007年05月20日(日)]













 タンポポは「蒲公英」と書く。

 いったいこういう字は誰が考えたんだろう。

 そんなことを思いながら散歩していると、
花だけのところ、
もう綿毛だけになってしまったところ、
両方が並存しているところなどいろいろある。

 西洋タンポポの隆盛な中で、
めったにあえないが、
まだ頑張っている和製?のもに遭う時など、
思わず応援したくなる。

 これも愛国心か? 単なる判官びいきか?
海は日本の貴重な財産 [2007年05月20日(日)]





 海は日本の貴重な財産である。

 まず、以下の数字をご覧いただきたい。数字はいずれも「約」。

領土面積        38万ku 
領海の面積      43万ku (世界第61位)
領海・EEZ     447万ku (世界第 6位)
 同 体積      1580k㎥ (世界第 4位)
海岸線の延長    3.5万km (世界第 6位)
面積あたりの海岸線 92m/ku(世界第 1位)
人口当たりの海岸線 27m/100人(世界第 1位)
海上貿易量     9億5千万トン(世界の14%)
国際貨物の71%(金額ベース)、99%(重量ベース)が海上輸送。
食糧の60%とエネルギーの90%を外国からの輸入に依存。

 日本にとって、海がいかに重要であるかを示す数字を
『海上保安レポート2007』などを参考に、
挙げてみた。

 安全保障と生活に密着しているのが日本周辺の海であり、
そうした周辺の海、
日本の領土を知り、
その実情を理解することがいかに大事であるか、
ご理解いただけるかと思う。

 小欄では引き続き、
日本の海と領土について連載してゆきたい。


観測船の遭難 [2007年05月20日(日)]




  明神礁の西南西約10kmにあるベヨネース列岩(標高約10m)。2002年9月4日、海上保安庁撮影。




 前回述べたように、日本の近海には福徳岡ノ場や西之島など海底火山があちこちにある。

 これを主として観測しているのが、海上保安庁(海保)と海上自衛隊。海保では現在31ヶ所を要注意の海底火山として、定期的に観測し続けている。

 観測というのは、もちろん肉眼や双眼鏡を使っての目視によるものからはじまり、温度測定、測量船による海底の地形や地質構造の変化を調査し、火山付近の地質構造やマグマの位置を把握するようにすることだ。

 こうした調査には、もちろん危険が伴う。現に、1952(昭和27)年9月24日には、火山調査に向った第五海洋丸が海底火山の爆発で遭難、31名が死亡するという痛ましい事故があった。

 すなわち、明神礁の噴火を観測中の海上保安庁の観測船・第五海洋丸が、ベースサージに巻き込まれた。ベースサージというのは、火口から環状に広がる横なぐりの噴煙で,低温の火砕流と考えられるている。水蒸気爆発にともなって発生することが多い。

 このため、田山利三郎測量課長を始めとする31名全員が殉職した。

 しかも、第五海洋丸は明神礁ではなく付近の高根礁の爆発に巻き込まれた、との説もあるのだ。

 はっきりしないのは、生存者や目撃者がおらず、連絡が途絶えたあと、浮遊物などにより、遭難を確認されたに過ぎなかったからだ。

 2年後に公開された映画「ゴジラ」にはこの遭難事故が取り入れられた部分がある。
 
 同水域の近辺海域に海底火山危険区域が設定され安全が発表されたのは、ようやく、1999(平成11)年8月9日であった。

 海上保安庁の文字通り命がけの活動はもっともっと世間に知られ、感謝されていい。 
東京都西之島 [2007年05月20日(日)]




 1973年9月14日の西之島の噴火。気象庁のHPより。



 西之島(にしのしま)は、小笠原村に属する無人島。

 基底の直径約30kmの大きな海底火山の頂部に位置する。
島は、直径約650m、幅約200m、面積約77000u、標高25m。

 父島の西約130kmに位置する。

 火山列島(硫黄列島)と同一火山脈に属し、
付近は今なお海底火山活動が活発である。

 グリーンタフ変動と呼ばれる
日本列島の大規模な海底火山活動の時期に噴火して、
西之島海底火山が出来上がったのが、
およそ1500万年前。

 その後、さまざまな造山活動が続き、
500万年ほど経って、海面上に姿を現わした。
これが西之島の旧島である。

 歴史はその後、噴火を記録せず、
諸外国の船が通過したことを伝えている。すなわち、
 1702年、 スペイン船ロザリオ号が発見し、「ロザリオ島」と命名。
約100年経った1801年、
イギリスの軍艦によって「ディサポイントメント(がっかり)島」
と命名された。

 日本が西之島としたのは1904(明治37)年。
1911(明治44)年、海軍は 軍艦松江を派遣して測量を実施した。

 その後、1973(昭和48)年4月に海面に変色水が確認され、
にわかに緊張した。

 火山活動は急速に活発になり、
同年5月30日、西之島の東方600mで付近の海底火山が噴火した。

 有史以来初めての噴火である。

 かくして、同年9月11日に新島(西之島新島)が出現した。

 引き続き噴火を繰り返し、
同年12月21日に
東西に550m、南北に200〜400mの火山島に成長したところで、
政府は西之島新島と名づけた。

 その後、1974(昭和49)年 3月、新島と旧島が接続し、
1つの島に合体し現在に至っている

 長年の浸食を経て、
島の周囲は高さ約20メートルほどの断崖となり、
船舶による上陸を至難にしている。

 新島は噴火丘を持つ円錐形。

 1975(昭和50)年、 新属新種のニシノシマホウキガニが発見され、
生物学的に注目されたが、
その後、西之島ではこのカニは絶滅したといわれる。
 
 島は安山岩系の岩地であるが、
雑草やコケ類や、漂着した種子からグンバイヒルガオが繁殖している。

 また、セグロアジサシやカツオドリの飛来も確認されている。

 1982年には湾口が完全に閉じて湾が湖になった。


「福徳岡ノ場」って? [2007年05月20日(日)]




 上の三角形に見える島は南硫黄島。「福徳岡ノ場」はその北東約5キロに位置し、活発に火山活動を継続中である。写真は2006年7月25日、海上保安庁による撮影。











 下の2つの写真は2005年7月3日、
海上保安庁が航空機から撮影したもの。





「福徳岡ノ場」って聞いたことがありますか?

「福徳岡ノ場」というのは、
南硫黄島の北東約5km(北緯24度17分1秒、東経141度28分9秒)にある
海底火山のこと。

 1999(平成11)年に海上保安庁が測量したところによれば、
最浅部(海底火山の頂上)は-22m。

 南硫黄島は硫黄島の南南東約60kmにある
硫黄火山列島最南の島で、
島の直径は約1.9km、円錐形の孤立峰であり、標高は970m。

 島の北西側には三ツ星岩があり、
その周辺では変色水がしばしば観測される。
この変色水の源が「福徳岡ノ場」。

 明治以来、これまで3回新島を形成したがいずれも海没した。

 3回の新島形成記録によれば、

 1904(明治37)年11月14日(日露戦争で旅順攻略戦のさなか)に
海底での噴火が始まり、
同年12月5日には新島の形成が確認されている。
 
 新島は標高145m、周囲約4.5km、面積7,936haでほぼ円形だった。

 しかし、翌年6月16日には標高2.5〜3mに減少、
その後、海没して礁に変化、
1911年には礁の深さは426mになっていた。

 2回目は、1914(大正3)年(第一次世界大戦の始まった年)。
 
 1月23日に大噴煙が上がり、溶岩が流出、
25日には高さ300m、周囲11.8km、面積9,075haの新島となった。

 しかし、2月12日以降、各所で決壊が始まり、
約2年後の1916年6月29日新島は消滅した。

 3回目は、1986(昭和61)年1月18日、噴火活動が海面に達した。

 20日、新島の出現となったが、
噴火活動はわずか3日間に過ぎず、
海面上への溶岩の噴出がないまま、
3月26日、海没した。

「福徳岡ノ場」は
最近でも、海上保安庁が厳重な警戒を怠っていない地域だ。

 すなわち、2005(平成17)年7月2日、
海底噴火による100m以上の水柱を海保の観測船が視認した。

 当時の記録には
「夜間に海中に火花らしきものあり。
7月3日多数の黒っぽい岩塊が水蒸気を発しながら海面上を浮遊。
周辺にはオレンジがかった茶色の長さ約1000mの変色水域。
7月4日黒っぽい岩塊は無し。多量の白っぽい緑色の変色水」とある。

 日本の領域内には、刻々と変化を続け、
西之島や福徳岡ノ場のように、
もしかしたら新しい領土になるかもしれない場所がいくつかあるのである。


政府の総合調整機能は× [2007年05月20日(日)]



 択捉島。挿画は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。





「お役所の広報ほどつまらないものはない」というのが定評だ。それが、毎年、同じような内容で、同工異曲のようなものを出されてはたまったものではない。

 私は、多年、北方領土関連の広報の一元化ないし連絡調整をきちんとすべきだと主張してきた。そのために内閣府に北方対策本部があるはずだし、内閣府というところはそもそも他のテーマに関しても、そういう機能を担うべき役所なのである。

 しかし、この点は率直に言って、高市早苗北方担当大臣以下、まったく無能力である。

 北方領土関係の広報啓発資料は、同本部自身を始め、内閣広報室、外務省、北海道、根室市、独立行政法人北方領土対策協会、社団法人北方領土復帰期成同盟などが、税金で刊行している。

 しかし、これについてはほとんど何の相互調整もなく、百年一日のごとく、同じような内容で、毎年、美麗なる印刷資料を作成し、北方同盟では一部ロシア語のものもやっているが、他はほとんど日本語でのみHPを作製している。

 ちなみに、わがユーラシア21研究所では、ロシア語でHPを作製し、日ロ関係に関わるニュースや、日本側の見方や考え方を紹介し、頻繁に更新している。アクセス数も多いし、世界中からアクセスしてくる。

 上記の諸機関は、広報に関してきちんと返還運動団体の意見を聴くでもなし、学者や専門家に相談するでもない。

 こんな実態を見逃している監査業務に携わっている人たちも、大いに批判されるべきである。木(各公共機関の広報活動)を見て森を見ていないからだ。

 関係機関に異論や反論があったら歓迎する。