春爛漫、菜の花の極めつけ [2007年05月05日(土)]
石田良介画伯作「春爛漫」。これぞ、菜の花と日本の春の極めつけ。実際の作品は横数メートルという大きなものです。
石田画伯の特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
石田良介画伯。八ヶ岳山麓の戸田城址公園で。
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Posted by
吹浦 忠正
at 22:17
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季節
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八ヶ岳山麓にも春 [2007年05月05日(土)]
待ちに待った季節。風薫る5月。
八ヶ岳山麓にもようやく春。山登りや散策には絶好の季節。
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Posted by
吹浦 忠正
at 09:17
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季節
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日露戦争と捕虜 (27) [2007年05月05日(土)]
●「マツヤマ!」と叫び降伏
先に述べた桜井忠温(ただよし 1979〜65)は
『哀しきものの記録』(1954)で、
その松山がいかにロシア兵に知れわたっていたか、
次のように書いている。
「松山!」「松山!」と手をあげて飛びこんで来る。
「松山」というのは「降参」といふことなのである。
それほど「松山」がいつのまにか露兵の間に有名になった。
「松山は海に近く、山あり、温泉あり、美人あり」と
写真入りのビラを撒いたが、これくらゐ効き目があると
面白いみたい。その「松山」組が、ゾロゾロと松山へ送られてくる。
伊予の松山は昔から捕虜の引受所だった。
……捕虜は続々と送られてくる。
むろん「松山」組ばかりではない。
船着き場の高浜港にはアーチが立てられ、
町の人々は紋付き羽織で出迎えるのだった。
自分達の兄弟や子供が戦死してゐるかも知れぬ。
それでも捕はれの身となれば
可哀想だからといふので心よく迎へてやった。
●捕虜厚遇の行き過ぎ」を批判した水野廣徳
ところで、日本におけるロシア人捕虜の優遇について
、中にはその行き過ぎに眉を顰めるめる人々もいた。
もっとも有名なのは、水野廣徳である。
代表作『此一戦』で、松山収容所を具体例として、
こんなやり方では捕虜収容所のある地方で育った少年たちは
捕虜を恥辱とみなさず、
後でとりかえしのつかないことになると、
次のように警鐘を鳴らした。
露国俘虜に至りては、我が待遇の寛なるに依るか、
将俘虜の鉄面皮なるに依るか、
将校の如きは青衣紅帽、美服を纏うて
、傲然狭き大道を闊歩し、
或は白昼妓楼に登つて豪遊を極め、
或は妾を囲うて自由居住を為し、
或は妻子を招いて同棲し、
人をして俘虜か、外賓かを疑はしむるばかりであつた。
水野は特に、「神聖なる学校」を参観させ、
何も知らない小学生に
美しい軍服を着たロシア人捕虜の姿をさらすのは
「俘虜の何たるか」を誤解せしめることで
最もいけないことだと説き、
「抑々(そもそも)俘虜の待遇法に関しては、
国際法上一定の規約ありて、猥に虐待、凌辱を許さない
。併し決して国民性を害して迄も、
之を優遇せよとは要求して居ないのである」と、
「行き過ぎ」を厳しく戒めている。
『此一戦』が日本人の捕虜観に
大きな影響を与えたことは特記していい。
これより前、福岡日々新聞(1905年6月13日付)は
「柳町の俘虜登楼拒絶−楼主会の決議」と報じている。
それによれば、旅順の捕虜は比較的謹慎しているが、
奉天の捕虜は横着だとし、
「酒色に飢えたる彼らは散歩許可と同時に遊郭に入り、
酒に飽き色を買はんとし」
それに呼応した楼主らはこれを
「奇貨」として歓迎するものさえあるのはけしからん
と主張している。
「名古屋の俘虜一将校は早くも芸妓小三なるものを
落籍の珍談を伝へ、
其の他の一二風俗壊乱技師の称ある芸妓が彼等に売淫したとか、
せざりしとか」
「伊予道後温泉場の如きは…全く俘虜の専有に化し」
蹂躙された。
小倉収容所の捕虜は
「日々獰猊(どうげい)悪相の珍客三々五々出入し…」などと
各地から伝えられる話を列挙し、
「我が出征軍人は開戦以来酷暑と言わず、
想像も及ばざる艱難辛苦をなめ、
厳重なる軍律の下に立ちて血を流し、
命を投げ打ちて勇戦しつつある今日」、
柳町楼主会は俘虜の登楼を断じて拒絶すると決し、
「各娼妓にも夫々此の趣を告げ聞かせるに、
何れも安堵の色を現はしたるよし、
流石に侠気ある博多ッ子といふべし」と結んでいる。
水野廣徳(1875〜1945)。海軍軍人、後に評論家。愛媛県和気郡広町(現・松山市)出身。日露戦争の旅順口閉塞や日本海海戦に参加。軍人としての活動のかたわら、軍事関係の著述活動も行う。1911(明治44)年に出版した『此一戦』は、桜井忠温の『肉弾』とともに戦記文学の双璧とされ、版を重ねた。第一次世界大戦直後にヨーロッパへ留学、戦争の惨禍を目の当たりにし、人道的平和主義者へと大転換。退役後も筆を休ませることなく、太平洋戦争に向かう社会情勢の中で、日米の対立激化を憂慮するような著述を出し続けた。
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Posted by
吹浦 忠正
at 08:41
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捕虜
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