日本最大のチョウ [2007年05月02日(水)]
日本最大のチョウといわれるリュウキュウアサキマダラ
と思われる蝶々が盛んに樹液を吸っているいる様子を見ました。
日本の有人最南端の島・波照間(沖縄県竹富町)の下田城
遺跡でです。しかし、私は詳しいことはよく解りません。
何でも渡い鳥ならぬ渡り蝶でもあるらしいです。
どなたかこのチョウについてご存知の方教えてください。
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吹浦 忠正
at 20:58
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動植物
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皇后様の歌集 B [2007年05月02日(水)]
「実相寺の桜」。この挿画は、石田良介画伯作。
特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
皇后様が本格的に和歌に取り組まれたのは、
ご婚約が決ってからのことだそうです。
指導されたのは歌人・五島美代子さん。歌会始の
選者でもいらっしゃいました。その五島さんが亡くなら
れたのは今頃の季節でした。
皇后様は、師の「日本列島を北に北にと咲きゆく桜見たし」
という言葉を懐かしみつつ、霊前にこの歌をささげられました。
み空より今ぞ見給へ欲りましし
日本列島に桜咲き継ぐ
両陛下には昨年も、先日亡くなられたバルカン研究者・
田中一生さんとともにうかがわせていただきました。
両陛下はバルカン半島の歴史については本当にお詳しく、
専門家である田中さんも感心しておりました。
恥ずかしながら私が申し上げることが出来たのは
せいぜい、6月に分離して新しくなったセルビアと
モンテネグロの国旗のこと、そして、モンテネグロが
1878(明治11)年に初めて独立したとき、
明治天皇が贈られた象牙づくりの大きなワシの象が、
いまでも旧城門の中にあるというお話ができた程度でした。
今、あらためて『瀬音』を拝見しますと、
皇后様にはこんなお歌もあるのです。バルカン半島に限らず、
国際政治や世界の動きにはいつも関心をもたれ、
高いご見識をお持ちでいらっしゃることがよく解ります。
あたらしき国興りけり
地図帳にその新しき国名記す
われらこの秋を記憶せむ
朝の日にブランデンブルグ門明るかりしを
秋空を鳥渡るなり
リトアニア、ラトビア、エストニア今日独立す
窓開けつ聞きいるニュース南アなる
アパルトヘイト法廃されしとぞ
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吹浦 忠正
at 15:06
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皇后様の歌集 A [2007年05月02日(水)]
硫黄島にかつての戦友たちによって建てられた
学徒兵の慰霊碑。2006年7月、筆者撮影。
慰霊地は今安らかに水をたたふ
如何ばかり君ら水を欲りけむ
これは平成6(1994)年に激戦地・硫黄島を訪ねたとき、
皇后様が詠まれたものです。
昨年7月、私も同島を訪問する機会がありました。
そのときには、この歌を書いたメモを掌にはさんだまま、
慰霊塔の前で合掌しました。
沖縄の海。2007年3月、竹富町で。
終戦50年の時の歌会始の歌は沖縄を詠んだ
ものでした。
日本国民の一人として、また、特に今、日本の領土について
毎日執筆している者として、私もまた沖縄のことについては
胸が締め付けられることが多いのです。
波なぎしこの平らぎの礎と
君らしづもる若夏(うりずん)の島
「うりずん」は沖縄の言葉で「若夏の季節」を表すもの。
7月にまた沖縄に行く予定があるので、この、
皇后様の平和を祈念し、亡き人々へ感謝する気持ちを
受け継ぎたいものです。
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吹浦 忠正
at 14:49
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皇后様の歌集 @ [2007年05月02日(水)]
皇后陛下御歌集『瀬音』の題字は、
松村篠舟氏。
品川区御殿山の旧正田家の跡、
今の「ねむの木の庭」に表示されている
皇后様のお歌はすべて、皇后様の歌集『瀬音』から
採られたものです。
わが君のみ車にそふ秋川の
瀬音を清みともなはれゆく
から、歌集の表題が採られたと聞きます。
昭和56(1981)年の「歌会始」の詠進歌です。
この歌集はそれ以前の『ともしび』以降のお歌367首
をおさめたもので、巻末に松村淑子元女官長が
お書きになっておられるように、「皇后様が
決してお失いになることのなかったお心のみずみずしさに、
改めて深く心打たれるもの」です。
松村さまは皇后様に20年ほどお仕えされた方で、
私も何度もなんどもお世話になった方です。
この『瀬音』には、私が特段に心惹かれる歌
がいくつもあります。
み使ひの旅のみ伴と今日は訪ふ
黄なる花さかるアドリアの岸
分裂国家となる以前のユーゴスラビをご訪問された
ときのものです。東宮時代のことですが、
両陛下にとってこのときのご旅行はほんとうに印象に
残るもののようで、特に、いまはクロアチアの領域になった
ドゥヴロブニクでのことは、私も2,3度拝聴いたしました。
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吹浦 忠正
at 12:41
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ねむの木の庭 D [2007年05月02日(水)]
「ねむの木の庭」にはほかにこんなきれいな花も咲いていました。
あまざかる鄙に生まれし無粋な私には
花の名とてしるよしもありません。今一度、地図を
掲載しますので、どうぞご覧になってみてください。

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吹浦 忠正
at 10:44
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ねむの木の庭 C [2007年05月02日(水)]
皇后様のご実家の跡を品川区が整備して造園した「ねむの木の庭」。その一部の様子を紹介させていただいています。今回は小さな表示板から皇后様のお歌を2つ。
耕運機若きが踏みて草原の
土はルピナスの花をまぜゆく
薩摩なる喜入(きい)れの坂を登り来て
合歓の木の花見し夏の日想ふ
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吹浦 忠正
at 10:10
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ねむの木の庭 B [2007年05月02日(水)]
東京品川の美智子皇后陛下のご実家跡が「ねむの木の庭」として見事に整備されています。皇后様の歌集『瀬音』から花を詠んだよりすぐった秀歌が表示され、その解説と実物の花が展示されています。
わが君のいと愛でたまふ浜菊の
そこのみ白く夕闇に咲く
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吹浦 忠正
at 09:59
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ねむの木の庭 A [2007年05月02日(水)]
縦25センチ、横15センチほどの軽金属製パネルに、皇后様の短歌が記され、それをめくると、その花についての解説が出てくる。またすぐ近くには、実物の花が植えられている。心休まる完璧な庭づくりであり、いつもきれいに掃除が行き届いている。
剪定のはさみのあとのくきやかに薔薇(そうび)ひともといのち満ち来ぬ
このパネルをめくると名花プリンセスミチコの薔薇の説明があり、近くにその薔薇が蕾をつけていた。
四照花(やまぼうし)の一木(ひとき)覆(おほ)ひて白き花
咲き満ちしとき母逝き給ふ
東京都品川区御殿山の旧正田家の跡に
造園された「ねむの木の庭」にて。
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吹浦 忠正
at 09:33
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皇后様のご実家跡 [2007年05月02日(水)]
品川区御殿山にある、旧正田邸跡にいらしたことがありま
すか?
感動的にすばらしい、よく整備された区営の公園になっています。
その名も「ねむの木の庭」。そこには旧邸の正門がそのまま活かさ
れていますし、皇后様の歌集『瀬音』から花を詠まれた秀歌10種を
紹介した小さなパネルとその花の説明、そして実際の花が並んでい
ます。
目黒駅前が自宅の私の散歩コースはおおきくわけて4つあります。
一番多いのは、車で15分ほど行った駒沢公園を2周、次が、
麻布十番までいって地下鉄で戻る、3番目が上がり降りの多い
我が家の周辺。そして3番目の特別コースが、皇后陛下のご実家
周辺なのです。
3日ほど前はその特別コースを歩きました。
相続税の関係で物納となることに私の知人なども
反対運動をしたりしていたが、その人たちの中には、
御殿山という高級住宅地の象徴でもあったこのお邸がなくなるこ
とのエゴに近いものもあったのではないかと、私は振り返ります。
みなさまも一度、是非、お越しになられルことをお勧めします。
品川区が理想的に整備しました。感動的でさえあります。
私も品川区民としてスズメの涙ほどの区民税を払っていることに、
大満足です。開園時間は10時から17時です。
特に、花と和歌が好きな方には見逃せません。
このあと数回に分けて写真を紹介します。
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Posted by
吹浦 忠正
at 07:21
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