クイズ・日本の領土 [2007年05月01日(火)]
小欄では、これまで、日本の領土を総点検してきました。まだまだ続きます。このGW、きょう明日の勤務をお休みにして、執筆しています。
ところで、このあたりで復習をかねて、クイズといきましょう。全部正解なら、私の代わりになってこの原稿を書き続けてください。
では、問題です。
@ 日本の領土の最北端はどこの島?
どこの都道府県に所属していますか?
A 日本の領土の最南端はどこの島?
どこの都道府県に所属していますか?
B 日本の領土の最東端はどこの島?
どこの都道府県に所属していますか?
C 日本の領土の最西端はどこの島?
どこの都道府県に所属していますか?
D 日本の領土で日本人定住者のいる
最北端はどこの市町村?
E 日本の領土で日本人定住者のいる
最南端はどこの町の何という島?
F 日本の領土でユーラシア大陸に
一番近い島は何という島で、
どこの県に所属していますか?
G 日本の都道府県でEEZ(排他的経済水域)を
最も広く有しているのはどこの都道府県ですか?
H 日本の領域(EEZ内の範囲)は
世界で何番目に大きいでしょう?
I 地心(地球の中心)から一番遠い
日本の領土はどこでしょう?
まだ小欄で触れていない内容も含まれています。
あしからず。正解は1週間以内に小欄で。
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Posted by
吹浦 忠正
at 22:02
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領土問題
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AEDって知ってますか? [2007年05月01日(火)]
これは地下鉄都営三田線・御成門駅で、
今年1月に撮影したもの。多くは赤い色である。
さて、誰が実際にすぐ使用できるのだろうか。
地下鉄さん、大丈夫ですよね。
まずは、「スポーツニッポン」紙(5月1日付)の
以下の記事をご覧ください。AED(自動体外式除
細動器)で、高校球児が救われたのです。
よかった、よかった。
☆―――――― ・・・ ―――――― ・・・
4月30日午前10時15分ごろ、大阪府岸和田
市内畑の飛翔館高校(佐々木敏昭校長)グラウンドで
高校野球春季近畿大会大阪府予選の試合中、
同校投手(17)が打球を胸に受け一時、心肺が停止する
騒ぎがあった。しかし居合わせた救急救命士が
学校にあったAED(自動体外式除細動器)を使って
蘇生(そせい)措置をとり生徒は間もなく息を吹き返した。
病院に搬送された生徒の心臓と脳に異常はないという。
対桜宮高3回表のことで、昏倒した生徒は痙攣するなど
した。すぐさま関係者が119番通報したが、
たまたま家族と観戦していた岸和田消防署八木出張所の
救急救命士がマウンドに駆けつけた。
同署によると、救命士が最初に見たときは
心肺停止の状態。すぐさま心臓マッサージと
人工呼吸を行い、その後AEDを使った電気ショックを
与えた。数分後に救急車が到着したときには生徒は
呼びかけにまぶたを開けるなど、意識が戻っていたという。
骨折などのけがもなかった。
府高野連によると、搬送された病院の医師は
「完ぺきな措置だった」と話しているという。
また同連盟は「(府連の公式試合で)このような事故
は初めて。助かってよかった」としている。
AEDは患者の胸に電極パッドを置くだけで
自動的に心臓の状態を察知し、心臓の動きを戻す機器
。04年から駅などに設置されている。
試合は突然のアクシデントでショックを受けた
チーム状況を考えた飛翔館高から棄権が申し込まれて
没収試合となり、9−0で桜宮高の勝ちとなった。
☆ ―――――― ・・・ ―――――― ・・・
今回の場合は、「たまたま家族と観戦していた
岸和田消防署八木出張所の救急救命士がマウンドに
駆けつけた」からよかったものの、
さてはて、今、全国の主要な施設やビルのほとんどに
AEDが設置されている。
これは非常にいいことで、私など「もしかしたらい
つかこれの世話になるかも」と、地下鉄の駅構内や
わがユーラシア21研究所がお世話になっている
海洋船舶ビルの玄関にある赤い箱に「よろしくね」と
声をかけたいような気分にさえなる。
でも、ほんとうにAEDをどれだけの人が使える
のだろうか。時々、訓練をしなくてはと、
機会があったら私もそれを受けようと思う。
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Posted by
吹浦 忠正
at 21:34
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環境・保健・衛生
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台湾船の与那国入港 [2007年05月01日(火)]
与那国民芸館には台湾の品物が数多く展示されている。
与那国の語り部ともいうべき池間苗さんは、まず台湾臼から
見せてくださった。
与那国と台湾はしばしば台風に襲われる。
これは2006年9月に大きな被害をもたらした台風13号が
同地方に襲来したときの天気図。
与那国町が求める「クリアランス船」の
入港というのは、台湾や中国の船舶が、この地に立ち寄って
税関上のOK(クリアランス)を得る船のことである。
直接交易の出来ない「両国」の事情に、地元が協力しよう
という話なのだ。
昨年はこのクリアランス船が、与那国よりさらに東に
127キロも離れた石垣港に5,600隻も立ち寄っている。
「こうした船の数があまりに多くて、航行や操業の安全、
自然破壊が心配だ」とは、私自身、石垣島で漁業関係
者から聞いた話だ。
「そのせめて10%が与那国港経由になってほしいの
です」と外間町長や田里氏は言う。
「与那国は台湾からの距離で石垣より127キロも近い
のです。ですから、運航業者にとって、日数やコストの面で
断然、トクするはずです」。
それが簡単に出来ないのは、与那国港が「不開港」、
つまり外国船に開かれた港ではないからなのである。
そこで、町では行革が進捗する中でなんとかして
「交流特区」になることができないかと、内閣府を通じて
2度にわたり申請した。しかし、国の権限を譲るわけには
行かないということから、結果は「ノー」、却下された。
それでも、この折衝を通じ、与那国町は事実上、
「実」を得ることが出来た。
「税関において取り締まり嬢支障がないと認める場合
においては、現行制度においても直接入港することが
可能であることから、クリアランス船側から具体的な
出入港の要請が(事前に)あれば管轄する税関に相談する
ようにしていただきたい」旨の回答を文書で得ることが
出来たのである。
税関の見通しは立ったが、検疫ができない。
このため、衛生上、国際的に基準が達成されている
国として認められている台湾発の船しか、与那国を
経由できない。これはまた台湾の運航業者にとっては
メリットになる。
「本町としては、入港実績を積み上げ、国境離島型の
新たな開港を目指し、台湾への表玄関になりたい」。
町ではこうした希望を持って街づくりに挑戦している。
花蓮市との間に、「防災協力協定」を結ぶ話も
進行中だ。
国境の町が、それゆえのメリットを回復することを
祈念したい。
「離島苦(しまちゃび)」を克服し、「平和な国境と近隣
諸国との友好関係に寄与する国境の島守」(与那国町議会
2005年4月5日付「自立・自治宣言」)になってほしい。
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Posted by
吹浦 忠正
at 20:19
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国際政治
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与那国町が在外事務所を開設 [2007年05月01日(火)]
与那国島からの沖縄各島への距離を
ご想像ください。石垣島までは127キロです。
西に台湾があり、花蓮市とはわずか111キロ
なのです。
与那国島の西崎灯台付近から臨む
台湾の山なみ。
北方領土の国後島の一部では、
日本の電話がそのまま使用できる。
日本の領土だからあたりまえというなかれ。
要するに、電波に国境はないが、限界があるから、
単純に遠ければ通話はできないというだけのことであり、
国後島の最南端である泊村と知床半島に近い
材木岩周辺までのことだ。
他方、日本の最西端・与那国島では島の北側で
台湾の電話がそのまま使用できる。東シナ海をはさんで
111キロの距離だ。
この5月1日に与那国町は、日本の市町村として
初めて外国に自治体の事務所を開設した。
畏友・田里千代基氏が初代の所長である。
「事務所開設にあたって」という声明の中で、
外間守吉町長は次のようにその意義を高らかに述べて
いる。
与那国町は、かつての琉球王国「万国津梁」
(ばんこくしんりょう)の精神に則り、すべてのアジア地域と
友好関係を築きたいと願っている。
特に与那国町としては、善隣交流の歴史・蓄積のある
台湾・花蓮市との姉妹都市との姉妹都市関係を極めて
重視している。
・・・21世紀の東アジア地域の平和と共生にも寄与する
ものと認識し、これを推進すべきものと考える。
・・・また、姉妹都市締結25周年を念頭に、
引き続き花蓮市との連携と更なる努力を継続して
参りたい。
実に立派なものである。
新たに開設される与那国町の「在花連絡事務所」は
、防災協力協定締結に向けた建設的協議、
人的基盤形成などにあたり、「チャーター機等与那国新空港の
利用促進、クリアランス船などへの一時的開港」など
新たな与那国町観光の創出、経済交流の促進に
努めるというのである。
この「チャーター機等与那国新空港の利用促進、
クリアランス船などへの一時的開港」については多少、
解説が必要かもしれない。
与那国空港はこの3月に、滑走路が500m延長
されて2000mになった。これにより、
従来、ボンディアル社の38人乗りプロペラ機程度しか
飛来できなかったのが、いまや、宮古、石垣と並ぶ
第三種空港として、外国からのチャーター便の利用に耐えうる
ようになったということである。
クリアランス船については、少々複雑なので、
次回に述べたい。
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Posted by
吹浦 忠正
at 00:00
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政治・社会
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国境の町・辺境の地 (続) [2007年05月01日(火)]
2007年4月2日、私は沖縄の
下地島を訪れた。3000mの滑走路を持つ
この空港にはJALの練習機が1機、寂し
そうに駐機しているだけだった。
国境の町や辺境の地について考えたい。
前回、その特殊性を5つあげたが、さらに5つ
あげてみたい。
第6は国境地域ならではの外国との
特殊な付き合いである。さきの薩摩藩や
対馬藩のような役割はいまでも北海道の
稚内市や根室市にはある。稚内市には
「サハリン課」があり、根室市には「領土対策室」が
ある。サハリンからはともに年間数千隻の漁船など
がやってくる。信号機やホテルの表示にはしばしば
ロシア語が書かれ、歩いている人はロシア人が大半
ということもあって、冬に行けばまるで
ロシアの町にきたような錯覚を起こす。
日本人はほとんど自動車で移動しており
歩行者が少ないからだ。根室は
極端な医師不足にもかかわらず、市立病院で北方
領土から緊急治療を要する患者を受け入れて
、国策に協力している。
対馬は、韓国からの大勢の観光客でにぎわっている。
御互いに肉眼で望見できるところには「いつか行って
みたい」という気持ちになるものだ。
沖縄県石垣市もまた特殊な役割を担っている。
台湾と中国が直接船舶や航空機の行き来を
しにくい事情から、石垣港や石垣空港を経由した形に
しているのだ。
第7は、国境の町は、避難先になるということだ。
万一、台湾と中国が武力紛争になったときなど、
避難民が台湾からわずか111キロの与那国をはじめ、
波照間、石垣、西表などの島々に「ボートピープル」として
やってこないとも限らない。
私は中台双方の空軍機の緊急避難が
滑走路3000メートルで
ほとんど使用していない沖縄県下地島(宮古島市)空港に
ありうるとみる。その場合に、武装解除させ、
実際の戦闘行為終了後すみやかに機体を返却するなど、
今から準備しておくべきものと思う。
宮古島市長が「下地島の軍事利用は認められない」
などと発言しているが、「それでは外国がそこを軍事利用
した場合はどうするのか」と申し上げたい。武装解除も
機体の検査や送還も、これは自衛隊に頼むほかないので
ある。
辺境の地が活用されている第8の役割は、
気象観測である。日本の最東端に位置する南鳥島が
その典型であろう。内陸の気象台ももちろん重要だが、
より広範な地域の気象観測が必要なことは昔から
変わっていない。
9番目は、辺境の地に立つ灯台である。
2006年4月1日現在で全航路標識総数は5,600基、
うち灯台だけで3,337基となっている。港湾を除き、
その多くが岬、半島、島に立ち、航路の安全を図って
きたものだ。
10番目は、辺境の地あっての200カイリに及ぶ
EEZ(排他的経済水域)の設定である。それゆえに、
日本の最南端にある沖ノ鳥島や最東端に位置する
南鳥島の存在は、わが国の国益にとって決定的に
大きいものがある。
4月には日本の最西端・与那国島と有人最南端・
波照間島に行ってみた。
また、6月には最北端の市である稚内、
そして沖縄も再訪する。さらに7月には
ユーラシア大陸に最も近い対馬を訪問する予定だ。
そんな中で、日本の領土と国境について考え、
報告してゆきたい。
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Posted by
吹浦 忠正
at 12:01
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日本
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国境の町・辺境の地 @ [2007年05月01日(火)]
日本の最西端・与那国島には、
こんな居酒屋があった。4月初めに与那国町の
田里千代基氏とここで飲み交わした。4月末に、
その田里氏が、市町村としてははじめての海外事務所を、
台湾の花蓮市に開設するため、
初代駐在員として出発した。わずか111キロの
対岸の町に行くのに、田里氏は、石垣、那覇、
台北と1100キロもの道のりを渡らねばならなかった。
これでは与那国は「国境の町」のメリットのない、
単なる辺境の地になってしまう、と工夫を重ねつつ
ある。
古来、国境の町、国境の島の役割は
何であったか。歴史を紐解き、現代を考えてみよう。
第1は、貿易・交流の場所であった。薩摩藩は
江戸から遠いところに位置した雄藩であった。
その財政基盤は琉球に対して過酷なまでの支配を
していたことによる。幕府が交易は長崎でとしたのも、
江戸から遠い良港であったことが大きい。開港後、
函館もまたそうした地理的条件から最初の対外貿易港の
1つに選ばれた。
中国とロシアの国境の町ブラゴベシチェンスクと黒河、
黒竜江を挟んで中ソ対立の時代でも庶民レベルの交易は
続いていた。いまも毎日担ぎ屋が自由に往来している。
中国の丹東と北朝鮮の新義州もしかり。
第2は、辺境の地は戦力を蓄え、リベンジを図る場所
でもあったということだ。また薩摩の話だが、琉球王国を通
じ、また、時に大陸とも交易をした。そして、深く静かに
情報を収集し、戦力を備蓄し、Xデイに備えた。
これが明治維新での主役となる原動力になった。
及ばずながらわが秋田も同様であった。
常陸63万石の佐竹義宜が関が原の戦い(1600)で
家康に加担しなかったことから、
辺境のほとんど未開の地であった地に、
石高を3分の1に減らされ、
天守閣も石垣も構築してはいけないという形で追いやられた。
爾来250年、稲作と鉱山の開発に努めた。
徳川への恨みは確実に継承され、明治維新にあっては、
「奥羽越32列藩同盟」をいち早く抜けて、
官軍側についた。このため、佐竹は明治になって
特に侯爵に列せられたという歴史を持つ。
第3は、遠隔地が果たした中央政府と近隣の外国との
接点となった役割であろう。対馬がその典型である。
数百人もが釜山の近くの倭館に常駐していた時期もある。
朝鮮通信使の受け入れ、通詞の養成など
いずれも対馬藩ならではのことである。
諜報活動ともいうべきヒューミントの情報収集は、
辺境の地ならではである。
第4は、軍事的要衝としての役割である。
中国では辺境を守るために都を離れる人々のが
自らその心境を詠んだ詩がたくさんあるし、
「万葉集」には「防人」として
北九州の防備に就いた将兵の歌がたくさん遺されている。
もちろん近代以降もそれは変わらず、
沖縄、小笠原などの島々は、過ぐる大東亜戦争で
軍事上重要な役割を果たしたし、
南鳥島は米軍との開戦数ヵ月後にかなりの爆撃を
受けているし、硫黄島では終戦間際に日本軍は事実上玉砕した。
戦後も、陸上自衛隊の主力は北海道であったし、
いまも在日米軍の大部分は沖縄に基地を置いている。
米軍や自衛隊のレーダーサイトが日本各地の
辺境の地に置かれていることはいうまでもない。
第5は、エネルギーを生産したり備蓄する役割である。
原子力発電所は下北半島、越前海岸など、
比較的人口の希薄な地域に設置されている。
電力は本来消費地に近いところに設置されることによって
より有効なはずだし、それほど安全なら都心にでも
発電所を建設すればいいという人もいるが、
それは経済性を無視した空論に過ぎない。
安倍首相は2007年4月のサウジアラビア訪問で、
沖縄本島中部に橋で繋がる平安座島(へんざじま=
沖縄県うるま市)にある石油タンク群をサウジアラビア側に
提供し、商業用原油在庫の保管に利用してもらうよう
提案した。 (つづく)
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Posted by
吹浦 忠正
at 11:36
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日本
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すずらんの日 (続) [2007年05月01日(火)]
さきほど「すずらんの日」について書いたところ、K夫人から、「この絵は作者も所有者も不祥」とのご連絡をいただきました。
どなたかご存知の方がおられましたら、ご一報ください。すばらしい絵ではありませんか。
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Posted by
吹浦 忠正
at 10:54
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