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こんな国旗の例もある [2006年06月11日(Sun)]


   
   



 左からインドネシア、モナコ、ポーランドの国旗です。それぞれに曰く因縁があり、こういうことになりました。

 詳しくは、拙著『世界の国旗』(学研をはじめ、同一の題で各社から出ています。)をご参照ください。『国旗で読む世界地図』(光文社新書)も参考になるはずdす。

逆になったら一大事 [2006年06月11日(Sun)]


  



 サイドが換わると国旗も逆に? そんなことはありません。左がオランダ、右ガセルビア・モンテネグロデス。但し、モンテネグロは今月、独立宣言をしましたから、秋には、これはセルビアだけの国旗になるでしょう。




W杯、きょうはセルビア・モンテネグロとオランダの対戦。いまは1対0でオランダがかってますが、どうなることでしょうか。

 お気づきになられた型も多いかと思いますが、両国の国旗がちょうど逆さまですね。それがどうしてかは先週の小欄でかきましたので、ここでは省きますが、そういう関係の国旗は実は結構あるのです。

 適当は年鑑、図鑑、書物で探してみてください。結構あるんですよ。
万葉集にはない梅雨 [2006年06月11日(Sun)]





 きょうの日曜日(6月11日)は、これぞ梅雨という天気でした。小雨がふったりやんだり。

毎日新聞によれば、「アジサイ寺」として知られる鎌倉の成就院(極楽寺)の参道沿いに、青や紅色のアジサイが咲き出し、きのうは観光日和で、約2000人が散策して楽しんだそうです。

 成就院のアジアサイは、1965(昭和40)年に植え始めたもので、今では100メートルほどの参道脇に262株あるとのこと。

 ふと考えてみました。「万葉集」や「古今集」に「梅雨」とか「入梅」を詠んだ歌はあるのだろうか? 不思議に巷間には伝わっていませんね。

 ひと通り探してみましたが、「万葉集」にも「古今集」にも、梅雨の歌を見つけることはできませんでした。

「梅雨」は中国から入ってきた言葉のようですね。『古語辞典』(岩波書店)にも、「梅雨は、陰暦五月に降る長雨。さみだれ」とあるのみです。続いて「梅雨穴」・梅雨のころ、湿った土地に出来る穴。「ついり穴」とも。

 そして<梅雨穴は明きて流るる泉かな>(俳・桜川)と紹介しているのみです。
梅雨と同様の気象は、朝鮮半島や中国の中部や南部にもあるようです。中国では梅雨(メイユー)、韓国では長霖(チャンマ)というのだそうです。

「でんでんむしむしかたつむり・・・」の唱歌をはじめ、大正から昭和にかけての唱歌や童謡には結構、歌われてますよね。

北原白秋の『雨』(弘田龍太郎作曲)、『雨ふり』(中山晋平作曲)、野口雨情はその名も雨ですよね。『雨ふりお月さん』(同前)、そして浅原鏡村作詞の『てるてる坊主』(同前)といったところでしょうか。

「万葉集」や「古今集」に「梅雨」とか「入梅」を詠んだ歌がないとすれば、長雨は鬱陶しいばかりで、昔の人は和歌に詠む気にもならないからなのでしょうか。

 それとも、もしかしてこの時代には梅雨はなかったのでしょうか。どなたか気象史に詳しい方、教えてくださいませんか。
アメリカの祝祭日 [2006年06月11日(Sun)]




 
 日本のように「国民の祝日」多いのは、そんなにたくさんありません。私の経験では、インドやバングラデシュは実にたくさん休日があります。世俗国家で、主要な宗教の聖なる日を公休日にしているからかと思います。

 アメリカの「連邦法定定休日」は以下の通りです。


1月1日         新年 New Years Day
1月第3月曜日  キング牧師の誕生日 Martin Luther King Jr. Birthday

2月第3月曜日  ワシントン誕生日 Washington's Birthday

5月最終月曜日  戦没者追悼記念日 Memorial Day
7月4日     独立記念日    Independence Day
9月第1月曜日     労働祭      Labor Day
10月第2月曜日 コロンブス・デー Columbus Day
11月11日      復員軍人の日   Veteran's Day
11月第4木曜日 感謝祭      Thanksgiving Day
12月25日    クリスマス    Christmas
 

 このほか、2月12日のリンカーン誕生日 Lincoln's Birthdayも多くの洲や市で公休日としているところが多いし、復活祭も休みにしているところが多いようです。

 キング牧師といっても、もはや歴史上の人物かもしれませんね。黒人解放運動の指導者です。、1964年、ノーベル平和賞を受賞しましたが、4年後、39歳の若さで、暗殺されました。

 日本では、12月23日の天皇誕生日を動かすようなことをしませんが、アメリカではワシントンの誕生日の祝日まで動かして、最初から、Happy Mondayになっているのです。

 祝祭日からも国民性が覗けますね。
6月には「祝日」がない [2006年06月11日(Sun)]






  6月はすべて暦どおり、祝祭日がない。すっきりしない天気で、散歩も空模様と相談するほかない。

 ところで、「祝日」が「祝いの日」であるというのはあたりまえだが、法律でいろいろ規定されている。他方、「祭日」はもう少し広い意味があるのではないかと思うがどうか。

「祝日」とは、1948年の「国民の祝日に関する法律」で定められた祝日を言う。休日になる。それ以前は祝祭日といっていた。「祝祭日」には国旗「日の丸」を立てるのが明治初年以降の日本の習慣であったことから、俗に「旗日」ともいう。

「祭日」は、『国語大辞典』によれば、「@祭りの行なわれる日 festival day、A物忌みをする日 fast day、B神道で死者の霊を祭る日、C皇室の祭典を行なう日」とあり、最後に「D明治以降、国民の祝日など日曜日以外に休日とされる日」とある。

 週休2日制がほぼ定着した今日では、「土曜・日曜日以外に」とすべきなのであろう。
祝日と祝日の間が1日しかない場合はその中間の日を「国民の祝日」として公休日にすることになっている。2001年の法律改正で、例えば、敬老の日が移動したことにより、曜日の配列と秋分の日の日付によっては、敬老の日と秋分の日に挟まれた平日が「国民の休日」になる場合もありうる。

 若い人たちや旅行業者の中には2009年の9月22日が公休日となり、前後で5連休が、この年に限り実現すると計算している向きもある。

「国民の祝日に関する法律」第1条では「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを国民の祝日と名づける」としている。この法律は昨年改正され、4月29日が「昭和の日」になった。kのため、従来の「みどりの日」が5月4日に映った。休日は増えないが祝日が増えたということだ。

 祝日に関する法律や天文(地)学的な計算式などは、Addin BoxのHPを見ると、感心するくらい詳しく、かつ面白い。

 6月で、もう一つ思い出されるのは、この月が決戦になった戦争、この月から始まった戦争が実に多いということである。1945年6月23日に終焉した沖縄戦、1950年6月25日、北朝鮮の南侵で開始された朝鮮戦争、ヨーロッパでの戦争もかずかず、この月に由来するものがある。

 イラン? 北朝鮮? とりあえずは6月を平和にと祈りたい。
ロレックスは立派です [2006年06月11日(Sun)]



      スイス国旗。


「みなさん、時計はロレックスにかぎりますよ〜〜〜〜!」。こう叫びたくなるほど、同社のフィランソロピー活動は素晴らしいのです。

昨日のロレックス「時の記念日」コンサートも、これまでにキレテ・カナワ、森下洋子/松山バレエ団、アイザック・スターン、ダン・タイ・ソン、ミッシャ・マイスキーといった一流どころを招いて16回も開催している。昨夕のコンサートはそれでも一般の入場券は2万円からというので、知り合いの「妙齢の美女」は「清水の舞台から・・・」と言っていたが、私のような者には招待券でもいただけねば、清水の舞台までも上れない。

しかし、何十回とコンサートを開催した経験から言うと、独奏者、指揮者の格、サントリーホールのステージから落ちこぼれんばかりの数のオーケストラ・メンバー(第1バイオリン16人、コントラバス8人、金管14人、パーカッション3人、バス・クラリネット、コントラ・ファゴット・・・という大編成)を楽器とともに日本に運び、関係するスタッフも相当な数となると、「妙齢の美女」からも「清水の舞台」から少々落ちていただかなくてはいけないことは分かる。

招待客は、島津貴子さん、各国大使、各界のお歴々。ちなみに、「お歴々」には程遠い私は、単に社長ご夫妻の友人だったからお招きをいただいただけ。

演奏終了後に開かれたレセプションでは、明石康ご夫妻(明石氏はわが秋田高校の大先輩)と談笑していたら、苅田吉夫前式部官長からお声をかけられたのは嬉しかったことの1つだ。本来なら、駆け寄って長年のご指導を感謝しなくてはいけない関係なのに、気付かず申し訳ありませんでした。私の恩師である、橋本祐子(さちこ、日本で唯一の「赤十字最高勲章アンリ・デュナン章」の受賞者)先生の共通の弟子だ。苅田先輩はパリで外交官をしていたときの話をしてくれた。

「ハシ先生が来られて、なぜだったか忘れたが、スタンダールの墓を見たいといわれ、二人でモンマルトルの中腹の墓場を懸命に探し回ったんだよ」。

苅田さんは外交官として、シカゴ総領事、デンマーク大使、NY総領事を務めたのち、宮内庁に移られた。総領事の前にも宮内庁に居たので、あるいは、よほど両陛下に気にいられてのことかもしれない。

畏友・近衞忠W日赤社長には、来月、私と田中須磨子さんという看護界の人とで共同編集して刊行する『看護婦の大東亜戦争史』(祥伝社)に寄せる一文の催促ができたし、柳井俊二元外務次官からは、「『国際法の百年』でキミの『捕虜の文明史』(新潮選書)を紹介し、引用したぞ」と教えられた。

この本は結構、便利に使われているようで、先年も、五木寛之さんがエッセイで使ってくれていた。

東京財団では9月から各国大使をお招きしての虎ノ門DOJOを開催するので、レセプションの場で、たくさん「仕事」をしてしまった。カロン駐日カナダ大使はじめ数人の旧知の大使には東京財団虎ノ門DOJOへの講師出演の承諾をいただいた。最初は、9月19日、駐日英国大使、そのあと、毎月一回くらいのペースでフィリピン、トルコ、カナダ、エジプト、スエーデン、チュニジア・・・と続きそうだ。どなたでも入場無料で参加できるので、どうぞ東京財団のホームペイジでごらんください。

ロレックスは、案外知られていない活動として、天智天皇を祀った近江神宮に龍を象った青銅製の「古代火時計」を寄贈したり、「メント&プロトジェ アートプログラム」と称して、音楽、映画、舞踊、舞台芸術、文学など世界的な芸術遺産の継承を図り、ロレックス賞として、遺跡の保護、滅びかけた文化や伝統の復活、極地探検などを支援している。

翻って、日本の企業は、最近、米国などでは「おつきあい」もあり、結構、フィランソロピーやメセナに力を入れ始めているが、はっきりいって、日本ではまだまだである。それを期待する声はやまほどあるというのに。サラリーマン社長ではだめなのか、と思ってしまう。
ヨーヨーマのドン・キホーテ [2006年06月11日(Sun)]





  チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団は、作曲家ワグナーがチュリッヒ近郊に亡命していたとき、1968年に創設されたオ−ケストラ。今やスイスを代表する交響楽団の1つ。国旗はスイス。




「時の記念日」に時計のローレックスは、毎年、すばらしいコンサートを開催する。今年はヨーヨーマを迎えての、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏会をサントリーホールで開催した。

 まず、ベートーベンの3番「エロイカ(英雄)」をデヴィッド・ジンマンの指揮で同管弦楽団が演奏し、ついで、ヨーヨーマとギラード・カーニー(同管弦楽団ヴィオラ首席奏者)を独奏者としてリヒアルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」、アンコールなしという演奏会だった。

「エロイカ」の冒頭、主和音を2度繰り返して、弦が8つの分散和音を弾いただけで、音色の素晴らしさに、「こころ」を乗り出した。第2楽章のオーボエの独奏と弦楽器の合奏による悲しい葬送を思わせる進行、そして一転して、個人の若かった頃を追想するかのような心温まるメロディー、以下、どこもかしこもすばらしい演奏だった。以前はともかく、シンフォニーをナマで聴くのは久しぶりだったせいもあって、名演奏にどっぷりとつかって堪能した。

「ドン・キホーテ」を演奏会場で聴くのは実は2度目である。前回は7年ほど前、錦糸町トリフォニーホールで、難民を助ける会が主催したチャリティ・コンサートでであった。ロストロポーヴィッチのチェロ、小澤征爾の指揮、新日フィルという豪華判だった。

 日露両国の外務大臣(河野洋平、イワノフ)と、日ロ関係の改善に熱心に取り組んだ橋本龍太郎前首相らがお越しくださった。私は「助ける会」の副会長としてすべてを取り仕切った。

懇親会の席で、イワノフ外相から声をかけられた。「20年前、IMEMO(世界経済国際関係研究所)で、イノゼムツェフ所長の秘書をしていたイワノフですよ、吹浦さん」。

正直言って、すぐには思い出せなかった。イワノフは多すぎるから勘弁してほしい。

そんな個人的なことよりもロストロポーヴィッチ、小澤征爾の両巨匠と並んで記者会見をしたことが重要だ。お二人に出演料を払うとなると、これは「メン玉が飛び出るくらいの金額」であるのは言うまでもない。そこで両巨匠に何とか少し考えてほしいと交渉した。

ロストロポービッチは大好物の「虎屋の羊羹」をナイフ・フォークでステーキでも食べるように口に入れながら、「ダァ、ダ、ダ」(よっしゃ、よっしゃ)と即座に了解してくれた。小澤とは昼食をともにしながら話した。「そりゃそうだ。しかし、もっと名案がある。将来のためを考えて、こうしよう」と、堂々たる提案を出してきた。

謝金は記者会見の場で吹浦が二人に渡す、二人はその場で領収証にサインし、現金を吹浦に返す、吹浦は難民を助ける会発行の領収証を二人に渡す、会見は概ねそういうやり取りで進み、お二人は「日本の大蔵省はこういう趣旨の演奏会には税金をかけないようにすべきである」「日本にも寄付文化を根付かせる必要がある」などと発言、私は「このご寄付されたお金は、他の純益と合わせて、チェチェンの子どもたちへの支援とサハリンの孤児院へのベッドや寝具、そして、サハリンの国立劇場用グランドピアノの寄付など別紙の計画の実施に充てさせていただきます」と述べた。

お二人の圧力に屈したのか、何か税法上の抜け道があったのか、大蔵省からはその後、お咎めはなかったし、チェチェンには堀江良彰(現・事務局長)が、サハリンにはピアノ披露記念演奏会のメンバーである西本梨江(ピアニスト)、丸山朋文(チェリスト)や我孫子・柏の女性合唱団の人たちとともに、私が出かけた。

話を戻す。

「ドン・キホーテ」は大曲である。可愛くも印象的な序奏と10の変奏曲、そしてフィナーレという構成の中で、時代に取り残されていることを知りつつも、中世の「騎士」を理想とする主人公が、立ち向かうさまざまな事象と格闘するという物語であり、曲である。滑稽でもあり、哀歓を感じさせもするが、どこか親しみを感じさせる幻想的なこの物語を、まだ34歳だったリヒアルト・シュトラススが交響詩と言う形で見事に描ききったものと言えるだろう。

 最後の、「騎士」が息をひきとるシーンなど、いささか屈折した言い方だが、ヨーヨーマの演奏は、「あまりに死を美化しすぎると思うほどの名演奏」であった。あそこまで美しい演奏になると、この曲も、「騎士」も新たな希望に満ちた永遠の命を獲得するかのような感動さえ与えられる。私も永遠の命をもらった気分にさせていただいた。それが音楽の魔力かとも思う。

 どうやら、きょうはヨーヨーマのCDを聞きながらの読書になりそうだ。
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